忌むべき子の帰還(side:アナスタシア・アルカンシエル)
わたしが……通うのではなくメイドとして連れられて行った初等部は街中に聳え立つおっきな塔だったんですけれど、ただ護り育てるべき子供達ではなく、既に15歳という成人を迎えた者達が大人となり、そして知識と実力を兼ねた存在へと成長するための教育機関である帝国学園高等部。その在処は王都の中じゃなくて、その郊外。
一番高く作られている女の子の為の寮塔から見れば街が一望できるくらいには離れた土地に立てられたもの。
川の上流に位置していて、魔法で賄う以外の生活用水を先に取ることが出来る、優遇された土地にある、優秀な平民も、そして一部の高位貴族も通う、下級貴族と平民が主だった入学者な大きな学校。真っ赤な正門が特徴の、通称紅蓮学園。
わたし……アナ、じゃなくてアナスタシア・アルカンシエルは、帝国の皇帝陛下からのお誘いで、その地に留学?という形で足を踏み入れていました。
って、わたしは本来この国の人なので、留学って可笑しいんですけど。何でか今のわたしは腕輪の聖女って呼ばれる別の国のそこそこの偉い人みたいで、留学って扱いになっちゃうみたいです。
嫌なんですけど、仕方なくて。でも、わたし自身の希望で、付き人とか大仰なものは無くして貰いました。
だってわたし、ただの孤児ですし。聖女さまでも清少女でもなくて。多少神様への祝詞なんかも覚えましたし、頑張って結構複雑な儀式の手順なんかも時折間違えるだけくらいまで慣れましたけど、本質はあの時の孤児のままで。他の人に世話を焼かれるとむず痒くなっちゃうんです。
孤児院ではわたしはお姉さんで。ケヴィン君や管理していたダンおじさん達と一緒にちっちゃなリラード君やパック君にフィラちゃん、皇子さまが拾ってきたエーリカちゃんの面倒を見なきゃいけない側で。
大変で、自分の事は自分でやらなきゃいけなくて。それが染み付いちゃってるから……食べたいものを言ったら出されたり、着替えたいと言ったら服が持ってこられて女の人が着せてくれたりって、そんな生活だと体調崩しちゃいます。
だから、正体を隠す……訳じゃないんですけれど、表だってのあれこれは無しで、表向き普通の平民枠の生徒として、わたしは高等部に足を踏み入れたんです。
入学式は、滞りなく終わりました。来るんじゃないかなーって思ってたあの桃色の髪の女の子……昔、わたしを見た瞬間にちょっと睨んできた怖い感じの貴族の子は居なくて、他にも……絶対居るって聞いたのに、皇子さまも居なくて。
なのに、皇子さまについて辺境に行っていたノアさんが我が物顔で特別教師って枠で紹介されて澄ました顔をしてるのが、何か不思議で。
指定制服はあるんですけど、それは礼服の無い平民の人達でも失礼にならないようにする為の支給品で、別に着る義務は全く無いんです。その、白を基調に7色からリボンやタイや指し色を好きに選んで良い制服を瞳に合わせて緑色を選んだ女の子が、
「あー!入学式終わっちゃってるよーっ!」
って中庭?の方から現れたのはつい少し前で。
「君は何者だ?」
一旦正門前に出て、ちょっと男女で交流してから男女で左右に分かれた寮(ちょっと遠いんですけれど王都の家から通う子も居て全寮制では無いです。わたしはお家はもうないので寮ですけど)に行こうと言うことで、炎の色の髪に蒼い瞳の男の人……孤児だった頃のわたしに何かと近付いてきたアルトマン辺境伯ってお偉い貴族の息子であるエッケハルトさんがそのカッコいいんですけどちょっと軽薄そうな顔で音頭を取って。
その時に現れたその子に、皆が怪訝そうにする中、エッケハルトさんは一人だけちょっと楽しそうにしながら、桃色の髪の女の子に向けて言ったんです。
「私リリーナ!リリーナ・アグノエル」
そして、その子は下級貴族多めの中で断トツで地位の高い男の人に向けて何も臆せず満面の笑みでそう名前を返しました。
その手に、忽然と豪奢な黄金色の杖が現れます。光によって封じる杖。銀色の太陽の意匠を杖先に持つ黄金の両手杖。
その姿を知らない人は、きっといません。多くの絵に描かれて、聖女伝説を齧ったことがある人ならきっと見たことがあるし、天属性を持つって言われた女の子なら誰しも一度は手にすることを夢見た筈の、伝説の武器。
封光の杖レヴァンティン。聖女の杖。
「えっ?」
思わずわたしは口を右手で抑え、その腕に填まった腕輪を左手で握り締める。
「せ、聖女の杖!?」
「せーじょ、さま?」
「キャー!スゴいわ!」
口々に沸き立つ皆。総勢で120人くらい?の平民と貴族の子弟のみなさんが、突然現れたそれに興奮する中、桃色のリリーナちゃんは、堂々と杖を掲げる。
そこから、淡い光が放たれて……
「そう、何を隠そう私、今日の朝聖女啓示を受け……」
わたしより胸はちょっと小さいけれどわたしより背が高くて大人びていて顔つきも可愛いけれどどこか蠱惑的。大人になりたいのに要りもしない胸ばっかり大きくなって背の低いダメダメなわたしと違って、そんな美貌まであってズルいなって思う美少女は喜色満面でそう告げようとして……
世界が、割れた。
ひび割れた空。混沌の色をした、おかしな空。そんな場所から、
『グルグシャガァァッ!』
名状しきれない咆哮を響かせて、巨大な龍……じゃなくて竜が降り立ったんです。
細長く流麗な姿をしている七柱の神様の一柱な龍姫様の似姿な龍ではなく、屈強な足と手と太い胴を持つ竜。どちらにも大きな翼と立派な角があって、顔は似ているし鱗に覆われているのも同じ。
でも、そのフォルムは全然似ていない。寧ろ、晶魔様の……心の中の悪を司るという悪魔の姿にも似ているかもしれない。でも、七大天様のような凶暴かつ悪そのものの姿でありながら神々しく理性的な感じは全く無い。
悪を司るからこそ、その誘惑に負けず闇を受け入れ抑える理性と正義を謳う悪魔と異なり、ただの凶暴な獣。
「っ!」
でも、だからこそ……恐怖の前に、足が動きません。
何かしないとって、頭の中でそれだけが空回りして……ただ、ぼうっと立っているだけ。
「あっ……」
その赤竜の黄色い瞳が、わたしを見据えた気がして。
きゅっと握った手には、ある日気が付くと枕元に置かれていたエルフさん達の大事なもの、【流水の腕輪】は確かにあります。第二世代?の神器だというそれは、わたしに聖女さまの真似事の力を与えてくれる凄いもので。
けれど、その力は何かを癒す方向性にしか意味がありません。皇子さまのお役にたちたいのに、何かしたいのに……皇子さまには一切効かないどころが害悪でしかない癒しの魔法を強くしてくれるだけ。
目の前のドラゴン相手にも、何一つ意味なんて……
「んなっ!?」
さりげなく近付いてきていたエッケハルトさんが眼を見開いてそんな風に息を呑む音が聞こえ
「嘘っ!?チュートリアルにドラゴンなんて、そんなの居ない筈でしょ!?」
って、訳の分からない言葉をリリーナちゃんが口にします。
分かるのは……これが、多くの人にとって、有り得ないような出来事だってこと。
「こんな時なのに、嘘つき達は」
ぽつりと呟くのは、茶髪の女の子。ちっちゃな剣と、それを納められる鞘がついた割とおっきな五角形の盾を持った、この場では珍しい戦える女の子。
その顔にすこーしだけ見覚えがある気がしたけど、わたしには答えは出なくて。
「アレットちゃん。無茶だ」
そんなエッケハルトさんの言葉に、彼女がそういえば昔孤児院にエッケハルトさんを訪ねたり、皇子さまに文句言いに来ていた女の子だって事に気が付く。
そんな中にも、次々と割れた空から降りてくる化け物達。昔見た四天王の影程に凄そうなのはドラゴンだけだけれど、四足歩行の魔物……下位の魔神族でも、わたしたちにとっては恐ろしい相手で。
「光よ!」
って、リリーナちゃんが聖女さまの杖を振りかざすと杖の先の太陽の意匠から光が放たれてドラゴンに直撃する……
けれど、ドラゴンにあまり効いてないです。
「嘘でしょ!?見かけ倒しじゃないのこいつ!?
レベル1で勝てなきゃチュートリアルじゃないのに!」
って、驚愕に眼を見開くリリーナちゃん。
大地に降り立った魔神達は、開いたままの正門の先から、わたしたちを見据え……
「ひゅっ……」
息を呑む。
ころり、と何かが転がります。
それは、わたしと年のころのあまり変わらない一人の男の子の首。平民の出で、家族の元に帰ろうと門を出ていった新入生。
何かしなきゃ。でも、死んだ人を蘇らせる力なんて、わたしには無くて。
止められる何かも無くて。みんな、死んじゃうのに。
「うわぁぁぁぁっ!」
パニックになる皆。
思い思いに逃げようとして、門を閉じようとする子達や、寮に逃げ込めばって去っていく子、講堂に逃げ込む子に……茂みに隠れる子。
多くがそうする中、それでも、誰かが頑張らないと。そうでないと、みんな順番に殺されるだけ。
そう思うんですけど、出来ることなんて殆ど無くて。せめてと護身用に持ってきた魔法書を取り出しますけれど、あんまり攻撃魔法なんて得意じゃないからどれだけ出来るか分からなくて。
助けてください、皇子さま。
此処に居ない彼に祈る。
居る筈だってアステール様が自信満々に言っていたのに、なのに居ない理由は分からなくて。大変なことが起こったのにって恨み言すら漏らしそうで。
でも、何時も何時も、一番傷だらけになりながら、何かを護ろうと立ち向かい続けてくれた彼に、わたしは護られてばっかりだった。ずっと護ってくれるなんて、本来有り得ないのに。わたしは何も返してないのに。
何時も、助けに来てくれた。そんな彼に……大好きなあの人に、助けになりたいって夢すら忘れてすがりたくなる。
でも、居ないものは居なくて。
「くっそ!やるしかねぇのかよ俺が!『クリエイト・ファイアゴーレム』」
エッケハルトさんが魔法書を手に何かを唱え、段々と炎が大きくなる。
けれど、それが完全に形になる前に、ドラゴンの喉元から放たれた熱線によってそれは融解して無くなってしまった。
「ま、そりゃそうか。
って駄目じゃん!?時間稼ぎして貰わなきゃ戦えるもの用意できないって!」
なんて、一瞬頼れそうだったエッケハルトさんだけど、すぐに情けないことを言う。
門の近くに残るのは四人だけ。わたし、リリーナちゃん、エッケハルトさん、そしてアレットちゃん。
ドラゴンが悠然と翼を見せ付けつつも歩いて此方に向かってきて、どんどん追加されるそれより小さな魔神族も同じく門を目指していて……
最初の魔物が、門を越えようとした、その時。
「お願い!『水鏡の盾』っ!」
わたしは何とか時間を稼げないかって魔法を放つけど、すぐに熱線に焼かれて消滅する。
そして、もう一度竜の口蓋に点るのは赤い光。三回目の熱線の予兆。
でも、勇気なんて水の盾と一緒に蒸発してしまっていて。
そんな時でも魂を燃やすようにして一人で立っていたあの人を助けたくて。大人になりたかったのに。
実際に似たような立場になったら、足が震えるばかりで、体が動かなくて……
せめて預言の聖女さまを護らなきゃって、盾にくらいならなきゃいけないのに……
こんな時なのに、死ぬかもしれないのに。神器とされる聖女さまの力を持っていても、何も出来ない無力を感じるのに
浮かぶのは、大火傷を左目に持つ、優しくないあの人の事で……
「吼えろ、月花迅雷ッ!
伝ッ!哮ッ!雪歌ァァァァッッ!!」
放たれた熱線は、明後日の空を虚しく貫いた
竜の太い喉元から、蒼く透き通った刃が生え……熱線を逸らさせながらその首を雷光の残光を残して切り裂く。ぐらりと傾いた竜の首が体から転げ落ちた。
「……あっ、え?」
更には
「ウェイクアップ!ゼルフィィドッ!」
「頼む!シロノワール!」
とっても聞き覚えのあるずっと聞きたかった声と、知らない声。
どこかで見たような、でも知らない黒い羽が舞ったかと思うと、一房だけ赤いメッシュ?の入った鮮やかな金髪をして濃い緑色の軍服を着た……浮世離れした現実味の無い世界で二番目って確信できるすっごいイケメンさんが突如としてリリーナちゃんの前に現れて、その手にした槍で門を潜ってリリーナちゃんを襲おうとした魔物を串刺しにして黒い霧の中に消し去った。
更に、周囲にスカートを捲る程に強いけれど何処か温かく心地よい風が吹いたかと思うと風は門の前で竜巻に変わり、その中から……有名な巨大ゴーレムが姿を見せる。
翼のマントを羽織る巡礼者。尖った嘴のようなマスクをした精悍な白銀の巨人。帝国を護るガルゲニア公爵家の守護神。大きさはわたしも見たアトラスって化け物程で、ドラゴンにも負けない巨大さの……機神ゼルフィード。
「ゼルフィードだ!」
隠れていた生徒の一人が歓声をあげる。
「ってことは……機虹騎士団!」
にわかに活気づくみんな。
一気に門を閉じようと力を合わせて……
「閉じるな!開けたままの方が、相手の来る軌道が読みやすい!
わざわざ敵を四方から飛んでくるように散らす事はない!」
叫ぶ声と共に、竜の背から雷撃が此方に向かって迸り……その光を駆けるようにして、火傷痕を蒼い雷光に照らされる一人の男の人が、門を護るように降り立った。
煌めきの薄い灰銀の髪、痛ましい抉れた左目と、その周囲に今も残る治らない火傷痕。蒼く澄んだ赤と青の雷鳴をうっすら纏う刀を携えた……敵から逃げて死んだって噂を広められていたわたしの大好きな皇子さまが、確かに其処に居た。
「皇子さま!」
「ゼノ君!」
日間の端には載ってみましたが特に変わったことは起きませんね……まあ当然ですが。
ご協力してくださった皆様、誠に有り難う御座いました。これからの第二部も宜しくお願いします。
ちなみにですが、二番目にイケメンというのは頭アナちゃんの戯れ言です。一般的にはテネーブル(シロノワール)>>ゼノです。
というか、帝国貴族の美醜感覚(治せて当然なので傷はもっての他)からすればテネーブル>竪神>=エッケハルト=ガイスト>フツメン>ヒキガエルみたいなハゲデブ>>ゼノです。素材が何であれ、火傷痕と左目の傷の時点でゼノ君の顔面偏差値はゴミです。大体偏差値7くらい。




