桃色少女と兄の真実(side:リリーナ・アグノエル)
ど、どうしよう!?私、ゼノ君と婚約しちゃったよ!?
って、馬車は慣れてないと疲れたよね?と一人にしてくれたゼノ君を置いて部屋に入るや使ったことの無いベッドに飛び込み、枕に顔を埋めて足をばたばたさせる。
どうしようどうしよう!?原作には絶対に無いよこの展開!?
というか、これが本来リリーナ編では不可能だったゼノ君ルートへの布石……?
そう思うと俄然頑張れる気がしてきたけど、やっぱり未来の話とか話しちゃったゼノ君には色々と打ち明けないと駄目だよね。原作では違うとか……隠しても良いかな?
だって、ゼノ君ってあんな人なのはゲームで分かりきってるんだけど、それでも私に都合良すぎる展開だし。
それに、ゼノ君ってゲーム内でも結構特別なんだよね。いや、もう一人の女主人公編限定で攻略できるのもそうなんだけど、乙女への配慮的な意味でも。
あのゲームが当初イマイチ人気出なかったのってSRPG混じりってのもそうなんだけど……大手が出している手強いシミュレーションの系譜を汲んでるっていうのも一つ要因なんだよね。
乙女ゲームだしちゃんとシナリオもあるんだけど、ああしたゲーム的に絆支援を進めると個別イベントが起きてペアエンドもあるっていうシステムが、乙女ゲームと相性悪かったんだよね……
だって、頼勇様だって私以外にもゼノ君の妹のアイリスや宰相の娘のイヴとのペアエンドがあるんだし、もっと早くに登場するキャラの男女絆支援はもっと沢山。絆支援を進めたら、攻略対象だって女キャラとくっ付けられるんだよね……支援Sで告白とかしちゃって完全にカップルにもなるし、そのままペアエンドで結婚してたりする。
そういうの、乙女には問題だと思う。いや、支援進めなきゃ良いんだけどね?ゲーム上でヒーローをヒロイン以外と恋愛させられる事実がまず困るっていうか、割り切れる人と割り切れない乙女が居る地雷要素なんだよ。
その点、ゼノ君は他のペアエンド持ちが、兄妹結婚は不可能じゃないけど徹頭徹尾兄としての態度が崩れないからそうなりそうもないアイリスと、恋愛って感じがないティアの二人だけ。恋愛っぽくなるのが主人公ただ一人ってきっちり配慮されてるんだよね。
だからこそ、ゼノ君と婚約って事は嬉しいよ?
でも、大丈夫なのかな……って。
そんな事を思いながら翌日。
「ゼノ君、ゼノ君ってどうして此処に居たの?」
って、屋敷にまた訊ねてきてくれたゼノ君に私はそう訪ねた。
「リリーナ嬢。アグノエル領土の横は?」
「えっと……」
何処だっけ?私ってそこまで詳しく淑女教育されてないんだよね。
「君なら知ってるだろう?おれの乳母兄の家は?」
「あーっ!ランディア子爵領!」
「そう。そこにレオン達の見舞いにね」
「そうなんだ、確かに、子爵領と辺境の間にうちはあるから……」
あれ?でも何で?
「ゼノ君?レオン君って普通にゼノ君と同行してるよね?ちょっと確執から疎遠っぽいけど」
ゲームではその筈。
「そうか。君の知る未来ではそうなっているんだ。
でも、現実のレオンは、おれのメイドのプリシラと共にそういったものは引退して、二人で家族の領土に帰ったよ。というか、もう良いとおれが帰した」
「え?」
メインキャラじゃないけど、味方キャラだよ?何で?
「どうして?」
「大事な人を喪う恐怖を知った。大事な人を奪う脅威を目の当たりにした。
そんな時に、立ち向かう勇気はレオンには無かった。それだけだよ」
へぇ……なんか可笑しくない?
というか、プリシラって誰?誰なの!?
話を聞くにレオン君の恋人でゼノ君のメイドらしいけど、私知らないよそんなの!?
「……というか、おれのことは後で話すよ。
今はどうして君が困っていたのか知りたい」
って、優しく諭してくるゼノ君。
その血色の右瞳に見詰められて、私は言葉を紡いでいた。
「……お兄が死んで、全部パァになって」
「そう、か。"ルートヴィヒ"・アグノエル」
苦々しげに話をきいたゼノ君は納得したように、何かに気が付いたように重く頷く。
「ゼノ君?」
それが、とても思い詰めているようで。私はその瞳を机越しに覗き込む。
「どうしたの、大丈夫?」
「あんまり、大丈夫じゃない」
「え?」
「……すまなかった。今のこれは、おれのせいだ」
と、いきなり目の前の皇子様は私に頭を下げたの。
「え?えっ!?
いやゼノ君のせいなんて何処にも……」
「違う!」
強い言葉に言われて、私はびくっ!と体を震わせる。
「リリーナ嬢。これからおれは、君の夢を壊すことを言う。
嫌なら、止めてと言ってくれ。そうしたら、おれは君の夢を護る」
「ねぇゼノ君、どうしたの」
分からなくて、でも思い詰めてるのは気になって私はそうやって気楽に踏み込んで……
「おれだ。君が結婚させられかけた元凶は、おれなんだ」
「いやそんな訳ないよ、だってゼノ君は何も画策なんて」
策略巡らせるのは攻略対象ではシルヴェール様の役割だし、ゼノ君はとても愚直。正直隙だらけなのにガードが硬いって感じ。
策なんて似合わないからあり得ないって。
「おれが元凶だ。だって……
おれが、ルートヴィヒ・アグノエルを殺した」
へ?
思わぬ言葉に、私は硬直する。
でも、原作のゼノ君的にそんな事理由もなしにする筈ないし、
「それって良くある助けられなかったから自分が殺したようなものって奴だよね?」
って聞く。
なのに、彼は真剣な顔付きで、何かを後悔するように奥歯を噛んで、首を横に振る。
「違う。言葉通りの意味だ。この手で、この両手に握り込んだ剣で、その首を跳ねて、おれが殺害した。
おれが、ルートヴィヒ・アグノエルの命を奪った」
「でも、病死って……」
「聖教国に留学してたんだろ?だから、向こうが暫くは揉み消してくれていたんだ」
おれは指示してないから勝手にやってくれてたみたいだけど、と自嘲するように彼は言う。
「なん、で」
その言葉に、ゼノ君はシロノワール、と八咫烏を呼ぶ。
「すまないがこの先の話はアグノエル嬢のプライベートに関わる。二人っきりで話させてくれ。
頼みます」
カアと鳴いて、影から現れたカラスは壁をすり抜けて何処かへと飛び去っていく。
「そちらの人々も。己の主人かその愛娘の為に」
そうして二人きりになると、真剣な顔付きでお兄の仇?な彼は切り出した。
「真性異言」
「ぜのぐらしあ?ゼノ……君の何か?」
「違うよ、アグノエル嬢。君が昔話してくれた……別の世界で別の自分の記憶を持ち、知り得ない筈のものを知る者。異世界転生者。
そうした者を、此処ではそう呼ぶんだ」
「へー」
ん?関係あるのかなこれ?
「そして当然だけど、昔から君のような存在を示す言葉が実在する事から分かるように、記憶持ちは君一人じゃない。
一世代に一人居るかもしれない……ってくらいには、そうした者達は居る」
「うん」
ひょっとして、だからゼノ君も原作と違うのかな?
私はそこまで深く関わってないけど、あのアナスタシアにゼノ君推しが転生したらもうパラダイスだしね。その関係で違うのかも。
「これから君の知る未来を聞かせて貰いたいけれど、それは……『乙女ゲームのシナリオ』と呼ばれるものなんじゃないか?」
「そうだけど、ゼノ君分かるの?」
「分かる。おれは……『乙女ゲームのシナリオという残酷な運命から少女達を解き放つ』という大義を抱え、《円卓の救世主》を名乗る相手と対峙したことがある」
ちょっと意味不明の説明だけど、何となく分かった。え?でもきっとそれって……
「それ、お兄?」
静かに、少年は首肯する。
「ああ、かつての聖女の時代に死んだ筈の魔神族スコール・ニクスとスノウ・ニクスを従え、民やエルフ達に呪詛による疫病を撒き散らす事で、多くの人々を傷付けシナリオなるものを破壊しようとしたルートヴィヒ・アグノエル。
おれは、彼をこの手で殺した。彼の正義を否定し、一方的に押し付けるように。分かり合おうとすらせず」
罪の告白のごとく、まるで懺悔するように少年は語る。
「この眼」
って、ゼノ君は自分の朱色の傷痕が残るざっくりと抉られて無くなった左目を指差して、更には軍服の襟を引っ張って首を見せてくれる。
何か艶かしいけど……その首にも、古くて深かったろう一筋の傷。
「そして首の傷は、彼等との戦いで付いたもの」
うん!これが正しかったら仕方ないよね!
全くもう、ゼノ君は原作で割と何時もそうなんだけど、言い方が悪いよ。心臓に悪すぎるって私は膨れっ面をしてみせる。
実はお兄が悪い人で、ゲームではモブだけどシナリオ改変して例えばあのアナスタシアとかを手に入れたくて悪事を働いていたから殺して止めたって話でしょ?呪詛とかはちょっと分かんないけどさ。
これ、ゼノ君悪くないよね?
殺さなかったらゼノ君が普通に殺されてそうだし、何とかして捕まえたとしてお兄何処からどう見ても危険な犯罪者じゃん。そんなお兄を次期当主に据えておくとか無理だし……結局私が無事に乙女ゲーム始められる可能性無くない?
寧ろゼノ君が助けてくれないから誰かと結婚確実か、罪を購って教会に入るかしかないよ?
ゼノ君の言葉が真実なら、って話だけどね勿論。
でも……だってゼノ君だよ?そこら辺をいけしゃあしゃあと嘘ついて私を味方にしようとか出来そうにないキャラ筆頭だと思う。
というか、私に取り入るなら先にお兄が悪かったんだって言って同情を引きそうだし、第一私って何度かゼノ君と会ってるんだけど一度たりともファンの私の前で解釈違い行動起こしてないし。これで実はゼノ君が私を騙してたーって言われたら寧ろ感心する。
「うん。信じるよ」
「ああ、だから……
今の事態はおれの責任だ、アグノエル嬢。おれは君を護るために婚約を言い出したが、何でも好きに活用してくれ」
なのにどこまでも律儀?に、彼はそう言ったのだった。




