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桃色少女と攻略対象(side:リリーナ・アグノエル)

「……アグノエル嬢」

 と、地面に叩き伏せた5人の物盗りを縄に繋いだ後、改めてゼノ君は私を振り返る。

 

 「あれ?」

 そんな彼の顔を良く見て、私は疑問に思った。

 ゼノ君って、左目周囲がケロイドで赤黒いのは確かだけど……左目って健在だった筈だよね?

 「ゼノ君、その目どうしたの?」

 「単純に潰れただけ。心配してくれるのは有り難いけれど、普通のオチだよ」

 って、ケロイドでひきつった微笑を崩さずに、ちょっと近付く私に向けて彼は言う。

 

 「アグノエル嬢こそ、此処は確かにアグノエル子爵領だけれども、君はずっと王都育ちだろう?

 どうして急に……と聞きたい事はあるけれども、こうして外で話すことも問題か」

 「うん」

 「君達の行く先は?」

 「それよりゼノ君!助けてよ!」

 と、にこやかに話す攻略対象の一人に、私はそう泣き付いて。

 

 「助けるさ、(キミ)が願うならば必ず。

 でも、まずは……落ち着ける場所に行こう。良いね?」

 真剣な血色の目に見つめられて、私はただコクコクと頷いた。

 

 ドキン、と心臓が跳ねる。

 うん、そうだよね。ゼノ君はこんな人。誰にでも優しくて、誰も見てないから……好感度が基本的にフラットな攻略対象。

 今私の転生時に得た特殊な力で頭の上に見えてる私への好感度は+13なんだけど……これほとんど全員この辺りなんだよね。誰も特別じゃないし、独善的な面があるからこそ、誰にでも優しい。それが偽善ってアンチの人は言うし、ファン側の私もまあ偽善者だよねというのは否定できない。

 でもそれはそれとして、カッコいいし優しいし、だからこそこんなゼノ君が明確にヒロインに向けておれは君を護るって叫ぶ終盤が良いんだよ?アンチの人は分かってないなーって。

 

 それとさ?ゼノ君の周囲に見える好感度数値は何これ?±0、-20、-2って酷く悲しい好感度が3つ周囲に飛んでて……

 

 「シロノワール!周囲の警戒を頼む。いやお願いします」

 と、少年が叫ぶとその影から姿を見せたのは、三本足の烏。その頭の上に-2の数字。

 あー!警戒されてたんだ私。ゼノ君の周り、色んなのが居て、それだったんだ納得。

 

 ……え?私そんな-数値が多いの?

 

 「それ、八咫烏だよね!?」

 「八咫烏(やたがらす)のシロノワール。友人からの預かりものなんだけど、導きの(とり)として優秀だから色々と手伝って貰ってる。

 ちょっと、敬意を示さないと動いてくれないのが……まあ、そういうものかな」

 って、翼を一度振って頭上を旋回し始める烏を見上げて、彼は呟く。

 珠に傷とかあんまり言わないんだよねゼノ君。うん、正にゼノ君。

 

 私って流石にリアルティアとか頭アナスタシアとかとか言われてた程の狂信者じゃないけどね?流石に目の前にちゃんと現実として、昔画面越しに見てた彼が居ると感慨深いっていうか……

 

 あれ?でもゼノ君と烏って特に原作で絡み無かったよね?あるのはガイスト君の方。

 あとは……そう!カラスって言えば魔神王!攻略キャラじゃないっていうか敵なんだけどね。

 ルートはあるんだけど攻略出来ると言うより攻略されてヒロインが闇落ちして終わりってバッドエンド。普通に攻略できたらなーとか思ったこともあるけど、それはゲームだからで現実だったらやりたくないなー。失敗したら私も彼に依存しちゃうし、世界は滅んで目の前の彼とか皆死んじゃうんだもん。

 

 「へー」 

 って私は頷く。文句無しのゼノ君なのに、何か原作と境遇が違う点多くないかな?左目の怪我とか。

 でも、そもそも乙女ゲームが始まらない感じの私……よりは良いよね。

 

 「さあ、行こうアグノエル嬢。落ち着ける場所へ」

 って、ゼノ君は勝手に着いてくる賢いお馬と共に私の手を引いて馬車に連れていこうとするんだけど……

 「落ち着けないよ!」

 って自分のドレスの袖を掴んで叫ぶ。

 

 「やだ、屋敷は嫌なの」

 「事情は分からないけれど、嫌なことがあるのは分かった。

 おれに手助け出来ることならする。ただ、此処に居るわけにもいかないんだ。街までは、ちゃんと行こう」

 

 って事で、また馬車に乗せられて、私は輸送されていく。

 でも、その歩みは前より遅い。だって、キリキリ歩かされている盗人達と、それを見張るゼノ君が同行してるから。

 

 そうして、日が傾く頃……漸く馬車は街に……領主の館があるアグノエル領の中心に辿り着いた。

 ま、大きくない領土だから街と呼ばれる大きさの集落、一個しかないらしいんだけどね!うーん、お貴族様としては物悲しい。特に私って都会生まれの都会育ちで、リリーナとしてもずっと王都育ちだったからこういうの慣れないよね。

 

 街の門番に盗賊をさくっと引き渡して、燃える鬣の白馬と共に、彼は私を屋敷まで連れていって……

 

 「おお、来たか我が妻よ」

 「やぁっ!」

 馬車から下ろされた瞬間に出迎えてきたのは、でっぷりと太ったおじさま。

 悪趣味な指輪とか成金感たっぷりで脂肪満天。喜色満面の彼が、いきなり私に向けて……

 

 「おっとすまない」

 その前に、白い巨体が立ちはだかる。

 さもうっかり馬を止めようとした場所が悪かったと言わんばかりに、アーモンドのような緑の瞳と文字通り赤く燃える鬣を持つネオサラブレッドが割って入った。

 

 「な、無礼な!何者か!」

 と、突然の障害につんのめった男がゼノ君を見上げて……

 「ひっ!亡霊!」

 「ゾンビじゃなく生きてるんだがな。

 どうも、第七皇子だ」

 あ、そっか。私っていや原作でリリーナ編でも影はあるんだから死んでるわけないしねーってスルーしてたけど、ゼノ君って対外的には行方不明っていうか、逃亡して死んだことになってるんだっけ?

 

 「だ、第七皇子が何の御用で!?」

 と、馬から降りて、ゼノ君は私の方を見る。

 「助けてって、これ?」

 「こ、これとは……」

 って震える多分私の結婚相手。青筋立てて怒ってはいるんだけど……言えないよね、相手仮にも皇子様だもん。

 しかも上級職で、レベルも8くらいあるっていう、騎士団長の条件を満たしている凄い人。

 私ってゲームの戦闘マップは低難易度で流す形でしかやってこなかったけどゼノ君の火力が可笑しかったのは知ってるくらいだもん、自分を難なく消し炭に変えられるスペック差がある相手に文句つける勇気なんてそうは出せない。

 

 「うん。私はやなのに、お父さんが無理矢理結婚の話を決めて……」

 と、ちょっとだけ目を閉じて、ゼノ君は私を諭すように優しく、けれど厳しく言う。

 

 「結婚、婚約、そうしたものはある程度貴族の義務だよ。おれみたいな、不幸しか呼ばない呪われた子でもない限りはね。

 好き嫌いはあっても……ニコレットだって耐えてたんだし、あまり文句を言っちゃいけない」

 「そ、そうでござるな。何だ、びっくりさせただけでござるか」

 と、雲行きを察して同調するおじさま。脂ぎった手をこすりあわせて、ゼノ君の横を迂回して私に近付こうとする。

 ゼノ君は止めない。ただ、何かを待つように私を見守る。

 

 「でも、信じてゼノ君!これじゃ駄目なの!

 私は……っ!お願い!あの日言った事が本当で」

 涙ながらにそう叫ぶんだけど、ゼノ君はどこまでも静か。

 「なら、君は分かっているんだろう?どうこの先世界が動くのか」

 

 うん、そうだよね。普通に考えたら、私転生してて未来を知ってるんだって話を誰にでも優しいから私に酷いことする筈ないよってゼノ君には話したんだから、解決法くらい分かってると思われるよね。

 でも、違うのゼノ君。その未来から外れそうで……

 

 此処でゼノ君が助けてくれるのが未来なの!って言いたいけど、それは嘘。

 嘘ついてもきっと助けてくれるよ?でも、それはちょっと気が引けて……

 

 そんな間に、静かに見守るゼノ君の前で、おじさまは私の手を握る。

 「さあ、結婚式はそのうちで、今は……」

 

 ぷん、と鼻に来るデブ臭。花の香りで誤魔化されているけど、あの香りに敏感な私の鼻はそれを感じてしまう。

 これで終わるの?折角キラキラな世界で、私はヒロインで、なのになのになのに。

 「やぁっ……誰か……」

 足がすくむ。心臓がバクバク言う。

 呼吸が辛くて……体が言う事をきかなくて。焦点が合わない視界に、2つにブレた夫になる見知らぬ人の顔が大写しされて……

 

 不意に、その視界が途切れる。でも、意識が無くなったんじゃなくて、何かが私の目を覆っているだけ。

 

 「ゼノ、君?」

 一瞬で私の横まで移動した少年が、その左手で私の目を覆っていた。

 「申し訳ない。おれの伝達ミスだ」

 「む?」

 「貴方はアグノエル子爵との対話で彼の娘との結婚の話を持ち掛けられ、それを受けた。

 それに問題は無かった、いや本来は無かった筈だった。だがその時、おれがアグノエル嬢に婚約を申し込んでいたんだ。

 それを知らぬまま話を進めてしまい、此処でこうして齟齬が出た」

 

 え?

 優しく脂ぎった手を外してくれたゼノ君が、逃げられるように緩く私の肩を抱く。

 

 「つまり、彼女を貴方の妻とする子爵の話と、おれと婚約するという彼女自身の話が、伝達不足からかち合ってしまった」

 静かに、私の横で血色の瞳がおじさまを見る。

 

 「すまないが、これも皇族の強権。当人同士の意志を優先させて貰おう。

 おれの伝達ミスからとんだご苦労をお掛けして本当にすまないが、彼女との結婚は、婚約者としておれが無かったことにさせて貰う。皇族命令だ。

 

 文句があるなら、おれに言え」

 

 その言葉に、少しだけ口汚い言葉を喉の奥で転がし……おじさまは肩を怒らせて立ち去っていった。

 

 「いい、の?」

 「おれなりの打算もあるし、それに単純に彼等の行動には大義がある。

 親が決めた結婚っていうのは当然のもの。相手が3倍年上なのは確かに酷い話だけれども、感情論で問題視出来るようなものじゃない」

 だから、と結構凄い方法で庇ってくれた彼は、それを感じさせずに微笑する。

 

 「それを覆すには、同じだけの大義をぶつけるしかないんだよ。

 そういう点で、七大天に呪われた子とされていて魔法による契約書類が書けないおれは、全てが口約束という忌み子の性質は……口から出任せでもあったと突き通せる便利なもの」

 って、ゼノ君は何処かズレた答えを返す。

 

 うん、知ってるんだけどやっぱりズレてるよねこの返し。

 「ただ、形だけでも君からの肯定は必要だ。おれと、結婚しないことを前提に婚約してくれないか?」

 

 って、右手を差し出して、灰銀の髪に血色の瞳の攻略対象は、私に向けて言ったんだ。

 

 フランがああそういうことですかとニマニマして見てるけど……そうじゃない。

 ゼノ君の好感度は微動だにしていないし、高いけど本気で恋してる程には高くない。

 

 ぱっと見だと実は私の事が好きだったとかそういった理由があるようにしか見えないけど、ゼノ君は本気で私が結婚から助けて欲しそうだったからでこの言葉を切り出してるんだよね……

 

 いや情緒バグるよ!?ゲーム知らなかったら私の事好きなんだーってなっちゃうでしょこれ!?

 勘違いさせる行動にも程があるっていうか何人か女の子泣かせてきてそうだよねゼノ君……

 例えばニコレットちゃんとか原作でゼノ君の事を凄く嫌ってたけど(っていうか婚約者が居るヒーローってどうなの?ってなるからゼノ君が攻略対象であるために絶対に上手く行かないし愛がないことって必然なんだけど)、あれ多分きっとこれで勘違いして泣いたとかそんな理由だよね。

 

 「アグノエル嬢?」

 って、ゼノ君が目を白黒させる私を見て怪訝そうかつ心配そうに目線を下げて見てくる。

 「リリーナ」

 ぽつりと言った言葉に、虚をつかれたようにゼノ君は一瞬呆けて、

 

 「ああ、そうだ。形だけでも婚約するなら、この言い方は間違っていた。

 すまない、リリーナ嬢」

 って、もう一度手を差し出した。

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