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桃色少女とテンプレ展開(side:リリーナ・アグノエル)

ガタンゴトンと馬車が小さく揺れる。

 王都にある子爵邸で突然倒れた私は、突然の病で万が一という事がないように、療養という名目で都を離れて領地に送られるんだ。

 

 って言うけど、現実は違う。私が逃げられないように、お父さんの息の強い(っていうか領地だし当然)場所に強制送還されるんだ。

 だって、意識を喪った女の子でしかも娘を幾ら豪華だとしても馬車に積み込んで即出発だなんて可笑しいよね?

 

 世継ぎが必要で、直接の血は私だけ。期待されてたのはひたすらにお兄ばかりだから家族仲はそんなに良くなくて。

 

 私が避けてたっていうのもあるんだけどね?やっぱりリリーナになっても、産みの親はあの二人……髪が桃色に近いあの子爵と寝込みがちな人じゃなく、黒髪で引きこもった私を心配してくれていた日本のあの人達にしか思えなくて、家族団欒とか積極的にしようとは思わなかったのも理由だとは思う。

 でも、お兄ばっかりで、私が省みられなかったのも本当。私に要求されてたのは、本当に学園で良い感じにより高位の……普通に縁談を持ち掛けても一蹴されるような地位の貴族と縁を結んで、本人達の願いという体で婚約結婚する事。

 だから、そもそもあんまり良いの居ないよねでスルーされてても普通だった。だって、あの人達にとって、お兄が家を継いで安泰だから娘の縁談はワンチャン狙うものだったんだから、そこまで真面目に探さないよ。私が失敗して独り身のままでも多少行き遅れで価値下がっても、お兄さえ居れば良かったんだから。

 高位貴族ほど自由恋愛だと婚約者を作らないか幼い頃から決めて仲を深めておくかの二極(前者はアルトマン辺境伯家や宰相を排出しているオリオール伯爵家、後者は大半の皇族やシュヴァリエ公爵家等)で、強いからこそ自由を貫く気風が強いこの世界っていうかこの国で、子爵家だけどフリーな私って結構珍しいんだよね。

 

 そんな状況だったけど、実際に両親の願い通り……になれるかは分からないけどね?私は第二皇子(シルヴェール先生)や第七皇子といった皇族(ゲームだとゼノ君はもう一人限定だけどね)、公爵だったガイスト君みたいな高位貴族とのルートが実際ある乙女ゲーム主人公だから、ゲームの時期になればって思ってたから耐えられた。

 寧ろ婚約者とか無くて良いって、どんな人か知ってて、ゲームで攻略して仲良くなったこともあった彼等との物語の邪魔になるし怖いって有り難くすら感じてた。

 

 けど、それは崩れて。完全にお兄前提だったあの家は……私を誰かへの生贄として早急に出さなきゃいけなくなった。

 だから、放置していてちょっと反抗しそうな私を、抵抗出来ない(そりゃ私って王都なら何とかなるかも知れないけれど領地で逃げ出しても生きていけないし)ように、結婚から逃げられないようにこうして護送っていうか、出荷しているんだと思う。

 

 逃げたいよ。

 でも、何にも出来ない。私は……ヒロインの筈の私は、まだ聖女に選ばれてなくて、物語も始まっていなくて。

 なにもしてなかった……ううん、違う。あの時の記憶を忘れたくて、護って欲しくて、攻略対象(ヒーロー)の皆に近付くんだけど、ある程度で自分の行動があのストーカーを思い出しちゃって、ふかーくは関われなかったんだよね。

 

 ゼノ君の周囲の危険なアナスタシア・アルカンシエルとか知りたいことは沢山あったんだけど、ゼノ君は誰にでも優しいから絡んでも許してくれそうだったけど。それでも、偶然会う以外で動きすぎる事は怖くて出来なかった。

 

 「お嬢様。

 結婚相手が決まったそうですよ」

 連絡の魔法(距離的にまだ届く。お兄が留学していた聖教国の聖都は遠すぎて届かないから手紙)を見ていた馬車に同乗しているメイドさんのフランが、一言静かに告げた。

 

 「やだよぅ、フラン」

 「お嬢様。貴族の義務ですよ」

 何時もはちょっと私をフォローしてくれる彼女も、フォローしようがないのか冷たい。

 「さあお嬢様。そろそろ領地ですよ」

 「もう、そんな場所なの?」

 って、私はベッド代わりにされていた長い椅子に座って、外を見る。

 流れる景色は木々がまばらに植わった草原で、石なんかも転がっている中に引かれた踏み固められただけの道。田舎って感じ。ちょっと木になってる実がくるくるとカールしているバナナみたいだったりするけど……本当に田舎。

 

 「何日、寝てたの?」

 「三日ほど」

 「結婚相手、何歳?」

 「47歳です。これでも伯爵家の御当主の弟様。地位は一番」

 「やだぁ……」

 と、その時、普段は揺れもあまりない馬車がガタンと大きく揺れて止まった。

 

 「な、何?」

 「どうやら、物盗りの類いのようですね」

 と、外を見ながらフランは事も無げに言う。

 「物盗り!?大変だよ」

 「お嬢様。暫くお待ちを。この馬車狙いでは無いようですので、大人しくしていれば……」

 「え?駄目だよ、人を簡単に見捨てちゃ」

 「何かあっても、お嬢様は大丈夫です。護衛も複数居るのですよ」

 「でもっ!」

 困ってる人が居て、助けられるかもしれないのに簡単に見捨てたら聖女じゃ、主人公じゃないよ!

 そう思って、魔法で鍵が掛けられている馬車の扉に手を掛けて。

 

 「どんな国でも、どんな場所でも。

 下は泥水か」

 苦々しげに呟く聞き覚えのある声が、私の耳に扉の隙間から聞こえてきた。

 

 え?この声……声変わりを経て、cv:八代匠さんになったそのままの、この声音って!?

 「ゼノ君!?」

 「お嬢様?」

 「これ、ゼノ君の声だ!第七皇子の」

 トントンと扉を叩く。


 「お願い、開けて!」

 「しかし、お嬢様」

 「ゼノ君が、皇子が物盗りなんかに苦戦する筈無いから大丈夫!」

 だってこの頃のゼノ君って、多分ゲーム開始時とそんな変わらないくらい強いんだよ?プロローグ加入組で一人だけ頭4つくらい抜けてステータスとレベルが高いの。主人公(ヒロイン)に比べたら10倍くらい強い。

 「何か良い感じに上の方の人と縁が作れるかもしれないから、お願い!」

 本当はそこまで思ってないけど、外に出たい、逃げたい、誰か助けて欲しい一心で叫ぶ。

 

 「分かりました」

 扉の鍵が空くと共に、私は馬車の外に飛び出していた。

 果たして……

 

 やっぱり、居た。横に一度乗せて貰った焔の鬣をした凄い馬を従えて、ちらりと血色の瞳で馬車の方を一瞥したらそのまま5人の物盗りと馬車の間に立ち塞がる、そんな綺麗な色じゃない事が特徴の灰に近い銀の髪の男の子。

 その左目の辺りは大きなケロイドに覆われていて、腰には二本の刀。そのうち一本は日の光を反射して輝く金属製の鞘に納められた一角狼の意匠の鍔を持っているもの。間違いなく……スチルで見たことがある神器、月花迅雷。

 

 「ゼノ君!?」

 「そうか、アグノエル領だったな此処は」

 此方を振り向かず、彼は腰の刀に手を掛ける。

 月花迅雷じゃない方だけど、良いのかな?

 

 「余裕じゃねぇか。

 とっととその高そうな武器と馬を置いてけば命までは盗らねぇよ」

 と、頭に布を巻いた男はゼノ君を嘲る。

 「ちょっぴり自信があるから一人で旅してるのか知らねぇが……所詮はそんな火傷を残したままのガキだ。分不相応なんだよ」

 「そうそう。だから、オレ等がそいつらを正しく使ってやるよ」

 「ま、戦力を集めてる聖教国辺りに売るだけだけどな!」

 

 ギャハハという笑い声。構えられた5本の剣がブレて……

 キン、と小さな金属音がした。

 

 私に分かったのは、ただそれだけ。ゼノ君が抜刀したその音だけを理解したその時には、もう一度小さな音と共に、彼は抜き放った刃を鞘に納めるところで……

 一拍置いて、物盗りの構えていた5本の剣が一斉にズレる。そして、刃を一閃で半ばから切り落とされた剣の残骸が地面に転がった。

 

 「は?」

 「んなっ!?」

 驚愕に顔を歪めつつも、男達はまだ動く。三人がゼノ君に飛び掛かり、二人がその横を抜けて私を狙う。

 

 「そっちのお嬢様を」

 「必要ないけど、アミュ」

 そうしようとした男の背を、ぶるりと首を震わせた白馬がその後ろ足で蹴り飛ばす。男達はその勢いでつんのめるどころか軽く宙を舞い、草原とキスを超えて小さく埋まった。

 

 「行きしなに視線を感じてたけど、本当に馬鹿馬鹿しい。

 投降を。今ならこの辺りの騎士団に突き出して終わり、余罪は追求しない」

 だが……と、15歳前後の少年が凄む。

 

 飛び掛かった三人を掌底一発と回し蹴り蹴り一発で地面に沈めた彼は、静かに残った片目で冷たく見下ろした。

 「此処で大人しくしなかった場合、容赦は無い。領主の愛娘を襲撃しようとした辺りの全部を語らせて貰う」

 

 「あの、えっと、ゼノ君?」

 「アグノエル嬢。少し話は待ってくれないか?」

 と、事態は分かるんだけど何で彼が此処に居るのか混乱する私の前で、少年は小さくひきつったスチルで見覚えのある笑顔を浮かべた。

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