桃色少女と青天の霹靂(side:リリーナ・アグノエル)
「……えっ?お父さん、今なんて?」
有り得ない発言に私は思わず今の父親であるアグノエル子爵の髭面を見上げた。
うーん。やっぱりお父さんって気はあんまりしないんだよねー。過去の記憶があって、そして私はそこそこ放置気味だからか、親と言われてもまだまだ日本の両親の方が出てきちゃう。
でも、そんなんじゃダメダメ。今の私はリリーナ・アグノエル、この世界の主人公だもんね!
ちょっとの寂しさはあるけど、切り替えていかないと!だって、この世界は乙女ゲームの世界。ヒロインである私に、イケメン達だけじゃなくて世界の命運すらもかかってる筈なんだから!
「ルートヴィヒが、留学先で病死した、と。さっき、手紙があった」
と。目線を下に下げて、ぽつりと子爵は言う。
「え?え?」
でも、その筈なのに。
今の父である子爵のオッサンは、そんな有り得ないことを言う。
「お兄が死んだ?嘘だよね?」
だって、有り得ないよ。
そんな風に、私は今世の兄を思い出す。
お兄。正式にはルートヴィヒ・アグノエル。
私の兄というかたった一人のきょうだい。アグノエル子爵、私とお兄以外の子供は一切作らなかったというか、魔力はそこそこなんだけど体が弱いお母さん一人しか妻がいなくて、お母さんが二度と子を産むな死ぬぞと言われたから私が末っ子なんだよね。
だから私は継母に虐められるーとかそんな事はなくて。
そしてお兄は原作では実の兄だからか、兄妹結婚はこの世界ではまあ許されないこともない(だって結局神様が認めるかどうかだし?)けど、現代日本人の感覚として厳しいよね?ってことで攻略対象外のモブ。なんだけど、設定的には普通にゲーム内でも生きてるんだよね。
というか、生きてないと困る。だって、私がっていうか、主人公である聖女リリーナが原作ゲームで何のしがらみもなく色んなイケメンと恋愛できるのって、お兄が居るからなんだよね。
そう、
「お兄が死んじゃったって、この家どうなっちゃうの!?」
これが問題なんだ。
私、なーんか妹にも厭らしい視線を向けてくるお兄ちょっと苦手で、あまり仲良く無かったから悲しいとか、ちょーっぴり酷くない?って自分でも思うけど全然感じないんだよね。
何て言うか、高校であったけど担任の先生のお母さんが亡くなったくらいの感覚っていうか、家族なんだけど他人事。
でも、大問題。
原作では特に婚約者も探してたけど中々良い相手が見付かってなくて、お兄が跡継ぎなのが確実で既に相手も居るからって事でそこまで焦らなくても良くて……ってタイミングで、聖女として目覚めてって話になってるんだよね。
だから、乙女ゲームヒロインだけあって特定の誰かが居るって訳じゃなくて婚約とかそういうしがらみ無いんだよ。
っていうか、無きゃいけない。
だって、女の子がイケメンと仲良くなって、心の傷とか治してイチャイチャするのが本来の乙女ゲームだよ?人によってはドロドロしたのが好きとかあるけど、ヒーローに婚約者が居てそれを断罪ざまぁするー、とか、主人公に婚約者が居て攻略ヒーローと争うーとかあんまり求められないよそんなの。
というか、ヒーローにもヒロインにも基本的にあんまり異性の影居ちゃダメだと思う。他のキャラ攻略の時に気になるじゃん。
意識している異性が居る幼馴染ヒーローとかなら良いんだけどね?
そういう点では、小説版で深掘りされてたけどゼノ君贔屓がゲーム時点で各所にちらちら見えるあのアナスタシア・アルカンシエルって追加主人公だけあって異例なんだよね。
ゼノ君との恋愛の為に用意されたヒロインっていうか……一応ラインハルト君もその枠なんだけど。
外見は正規ヒロインの使い回しなのも、専用ルート以外全部ほぼ使い回しで終わるからスチルに映ってるヒロインをわざわざ労力かけて書き直したくなかったんだろうなーって感じだしね。そういうの無い小説版ではゼノ君と同じくらい気合いたっぷりの書き下ろし挿し絵があったし。
っていうか、乙女ゲームの事を思い出してる場合じゃないよこんなの。
「リリーナ。混乱するのは分かる」
目を白黒させる私に、子爵(父)は優しく、けれども厳しく語りかける。
「お前には自由で良いと言っていた。良い相手が見付からないなら婚約は先延ばしで良いと。
だが、それも全てルートヴィヒあっての事」
そうなんだよね。私が原作ゲームで婚約だー結婚だーから自由だったのって、お兄が家を継ぐし既に結婚もして子供も居るって安泰状態になっていたから。
留学前にも見たけど、婚約者の他にスノウって獣人メイドの女の子も侍らせてハーレムしようとしてたし、頭に赤いバンダナした何で出てこないんだろうってくらいに渋い武人イケメンも着いてて、とても死ぬようには見えなかった。
男の人って差別対象だけどケモミミ好きだよねー。まあ、私も特典イラストの狼耳ハロウィンゼノ君とか結構好きなんだけど。
というか、あの赤いバンダナの彼、原作にはいないけど人気出そうな外見なのに勿体無い。
あれかな?やっぱり頼勇様みたいにキャラ人気は高くてシナリオも甘いけど評判高くないみたいな事になっちゃうからダメだったのかな?
頼勇様って完全に明確な弱点の無いスーパーダーリンだから、シナリオの評判ってあんまりなんだよね。ちゃんと恋愛はするし甘いシナリオなんだけど、相手がヒロイン……つまりリリーナである理由がないっていうか。頑張る君に何時しか惹かれていたって言うんだけど、聖女でなきゃいけない理由がなくて、単なるイチャイチャなんだよね……
ファンも根強いけど他に比べて目立ってアンチが多いゼノ君は逆に聖女なヒロインが変えていくからシナリオ評価だけは頼勇様を圧倒する。因みに私もゼノ君は見てて不安になるから頼勇様の方がより好きだけど、シナリオ的には……
実際に自分がヒロインの立場なら見てて面白いとかよりただ甘な方がいいかな。いや、ゼノ君も3本指には入る推しだし、死んで欲しくはないし攻略頑張るけどさ。
ってそじゃなくて、今はお兄が死んだから前提が崩れたことが問題なの!
「ルートヴィヒ亡き今、お前の婿、そしてお前の息子がアグノエルを継ぐ事になる」
「……はい」
可笑しいよね!?絶対変だよこれ!
まだ学園に入るには1年あるんだよ?私まだ14で、15の成人で入学する学園に入るその寸前っていうか、まさにその日に私が聖女っていう神様の預言と共に七大天の女神様から封光の杖を渡されてシナリオが始まるのに……
それ以前に結婚して子供作ってって、乙女ゲームが始められないじゃん!?既婚子持ちママさんなヒロインって完全に主人公造形としてアウトだよ!?
それにさ、幾ら貴族だから直接子育てすることはあんまりなくても、産まれたばかりの我が子を置いて学園行って死ぬかもしれない戦いだなんて出来ないよ普通。
第一、私が婚約者の一人も居ないの、今年高位貴族で辺境伯とか公爵とか忌み子皇子……は誰も狙ってないけど婚約者の居ない人が多いから狙い目とかそういうちょっとした下位貴族としての下心もある。でも、一番は身分的に丁度良くてついでに私に合う感じの年齢の貴族が居ないからなんだけど、早急に世継ぎをとかいうなら歳の差とか無視されかねない。
「……あ」
そうなったら、私は知らない大人の男の人と子供のために結婚して、そして……
脳裏に浮かぶのは、昔の私。乙女ゲームに手を出すようになった切っ掛けの、あの出来事。
『出来ちゃった結婚しようね』と耳元で囁く、知らないおじさんの重さと熱さ、そしてネチャネチャした心地悪さ。
「やだ」
また、ああなるの?
私はリリーナなのに。乙女ゲームの主人公。あんなおぞましい化け物じゃなくて、見るだけですくむようなのじゃない男の人とキラキラな恋をする女の子の筈なのに。
私を初めとした皆の幸せな夢になるべきなのに。
「やぁ」
きゅっと腕で体を抱き締める。
昔の私より柔らかくて、ふわふわで。もう少し育てば胸も大きく身長はそこそこ。ふわっふわの髪に、ちょっとだけガードが緩そうで男の人をドキドキさせる正に主人公って姿になる今の私を強く強く抱く。
折角こうなったのに。キラッキラで居られるように、皆と仲良くなれるように、頑張ろうとしてるのに。また、全部壊されて、ああなるの?
「やだ、そんなの、やだよぅ……」
そのまま私の意識は、ぷつりと途切れた。




