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アルヴィナ・ブランシュと自称怪盗(side:アルヴィナ・ブランシュ)

何時ものアルヴィナ回です。謎の怪盗()が出てきますが、出てきた経緯はそのうち語られますので流してください。

「ウォルテール?」

 真夜中……というものは、この狭間には存在しないけれど。お兄ちゃんが太陽の代わりにと用意した輝く星……導きの翼が降り注がせる光は、一日のうち1/3くらいの時間は消えているから、それを夜として考えたら今はそのくらい。

 文字通り光の無くなった星は空にちゃんと浮かんでいるけれど、光溢れたあの『世界』というものとは違って、この世界の狭間には他に大きな光源は無い。あるとしたら、個々で灯した明かりだけ。

 だから、この世界の夜は真っ暗。あの星も太陽じゃないから常に狭間の中心で微動だにしなくて、影の向きや大きさが時間と共に変わっていくなんて、面白い挙動も一切起きない。

 昔はそれが当然だと思っていたし、どうでも良かったけれど。居心地の割と良かった『世界』というものを知ってしまうと味気ない。

 

 世界に満ちるマナ……レベルやステータスといった世界システムを構築する基本となる魔力形態も殆ど大気中に無くて、空気も美味しくない。寧ろ不味い。

 そんな中で、ボクはずっと一人ぼっちで、石のベッドで膝を抱えて座り込んでいる。

 

 眠れない。四天王アドラー・カラドリウスの事があってから、約……7ヶ月。半年ぐらいかけて、お兄ちゃんじゃなくて亜似に従うような屍としてカラドリウスを蘇らせはした。

 本当は、もっと早く出来るけど。本気で頑張れば一日もかからないし、例えばあの皇子の遺骸を手に入れたら即日開票永遠にしてボクの横に永劫置いておくけど。

 でも、魂のコピーとはいえ意識を向こうに向けたまま、リンクが切れていても生きてはいる筈という特殊な状況だからと言い訳して、ひたすら時間をかけた。

 

 もしかしたら、何でか知らないけれどリンクが切れた原因が解除されて戻ってくるかもという期待があったから。

 でも、そんなことは半年の間には無くて。仕方なく、ボクは脱け殻の魂と肉体から、亜似に従う四天王の屍を産み出した。

 

 屍天皇(してんのう)?あれは……ボクの皇子の為に取っておきたい称号だから、四屍王(ししおう)で良いと思う。

 ということで、四屍王カラドリウスは亜似に渡した。彼は満足していたようで、ちょっとだけボクに自由をくれ……なかった。

 

 危険だからと、ボクは今日も部屋から出られない。

 

 持ってる本は何度も読んだ。図書館に行きたいけど、外に出る事になるから行けなくて。

 ずっとボクは籠の中の猫。逢えるのは、時折訪ねてきて本を取り替えてくれるけど忙しそうなニーラと、どこかねばついた厭らしい視線を向けてくる亜似だけ。

 

 きゅっと、瞳の入ったペンダントを胸元で握り締め、用意された鏡を見る。

 ずっと変わらない、幼い容姿。皇子が可愛いと思うと言っていた、ボクの自慢の姿。

 ちょっと影属性の魔力によって髪が黒く染まっているせいで、影響がない耳毛だけが地毛の白のままで浮いてるようにも見える大きな耳も、あまりなくて……胸というより生えている花のような結晶で盛り上がっているという側面が強い胸元も、あの狐と違って尻尾の無い腰も。

 このままで良い。このままなら、亜似も疑いを疑いのままで終わらせてくれるから。

 

 魔神族は心に決めた相手が出来れば一気に相手に合わせて姿を変える。ボクの母がお兄ちゃんの為に16歳くらいの姿になったように、そんな母を護る為にお兄ちゃんとカラドリウスが20歳前後になったように、本来はもう少し成長する。

 

 でもボクは、この姿が良いと思った。この姿でないとダメだった。

 まだ皇子が幼い頃に変に成長したら可笑しいし、何より……コン畜生相手はまだ勝てるとして、あの銀髪が居る。

 ボクの最大最後最強の敵。あの娘はきっと非常に女の子らしく成長する。狼の勘は鋭いのだ。

 

 だから、ボクが同じ方向で戦っても意味はない。そもそも、母も胸はそんな無いからそこまで大きくならない気がするし、キラッキラで儚いあの銀髪に髪の綺麗さでも勝てる気がしない。16歳前後まで成長しても、いやそれ以上……おとなのおねえさんっぽく姿が変わってもボクはボク。

 メスの体として、成長した後のあの銀髪娘に勝てる気がしなかった。なら、あれとは全く違う方向で勝負すべき。

 

 だからボクはこう。成長限界ギリギリまで背伸びしていた少女になる寸前の女の子姿から、少女になった直後の……成長後の下限の姿へと変化した。

 変わってはいる。身長は曲げた小指くらい伸びたし、胸もほぼ無いからあんまり無いまで大きくなった。でも、成長の早いあの銀髪の覚えてる限り最後の大きさと同じくらい。

 こんなボクにとっては確かな差だけれど旗から見れば誤差みたいな成長だから、亜似は気が付かない。

 気が付いていたら、ボクはきっと無事じゃない。何されていたか分からない。

 

 だって。

 お兄ちゃんの役に立ちたくて。でも、お兄ちゃんは家族でそういう対象じゃなくて。だからこそ、800年近く大人になりたくて背伸びした限界ギリギリで止まっていたのが成長したら、それは心に決めたヒトが出来たということ。あの時期にそんな事になるなんて、裏切りとしか思われないし……実際ボクは裏切ってる。

 

 聖なる夜に『怖くて仕方なくともボク自身を信じる。手を取り合える可能性があるから、ボクを護れて嬉しい』と言ってくれたから。あの時ボクは……皇子に護られる存在で、彼に信じて貰える相手で在ることを心に誓った。

 それは、ボクにだだ甘なお兄ちゃんは分からないけど、亜似にとっては文句無しの裏切り。

 それがバレないから、この皇子が可愛いと言ってくれた姿は本当に有り難い。

 

 そんな可愛いと言ってくれた大きな耳をぴくりと周囲に向けて、ボクは外の気配を探る。

 ニーラなら入ってきてる時期で……

 不意に、本の為に灯している明かりが陰った。

 

 「誰?お兄ちゃん?」

 黒い何かを翻す影は、何処と無く兄テネーブルに似ていて。

 「残念。単なる泥棒さ」

 全く違う、懐かしくて聞きたかった声を響かせる。

 ボクの読書灯に照らし出されるのは、ボクよりちょっと年上になった一人の少年。

 騎士団服……かな?と思う白い装束に、真っ黒のマント。顔の右半分を覆う赤い仮面は嗤うような印象を受ける黒い紋様が入り、けれども左の火傷とボクの付けた瞳の傷によって潰された眼、そして頬に走る爪痕の傷で正体が誰かは一発で分かる。

 

 「おう、じ?」

 来てくれた。そう思って心臓が跳ねる。

 「おれは、単なる君を盗みに来た泥棒だよ、アルヴィナ」

 柔らかな声音で、少年と青年の間の彼はそんなことを呟く。

 

 「それ、怪盗」

 「じゃあ、こう名乗ろうか。

 私は怪盗ゼノン。お宝を盗みに来た世界を渡る怪盗さ」

 「奴はボクを盗んでいきました?」

 本当に盗んでほしい。此処にはもう、居たくない。

 間に合わなかったし、ちょっと苦手だけど仮にもボクの為っていってくれた彼を、裏切ってないと言うために亜似に従うゾンビに変えてしまった。

 永遠にするのは良くても、ああいうネジ曲がった作り方は苦手で。見掛けるだけで吐き気が止まらない。

 「そういうこと」

 と、彼は仮面の裏で微笑して(ボクには分かる)、まずはと背中から何かを取り出すと、ぽんとボクの頭に被せた。

 

 「あ、ボクの……帽子」

 あの日、亜似がぬいぐるみごと置いていった帽子。ボクのたからもの。

 返してくれるのは怪盗じゃないと思うけど、そもそも彼は怪盗じゃなくて、わるい魔王に囚われたお姫様を救い出す勇者そのもので。

 

 でもボクは、やっと取り戻した帽子を手に、伸ばされた手を払う。

 「アルヴィナ」

 「だめ、行けない」

 じゃらりと、腕に、脚に付けられている鎖が鳴った

 

 「捕まってるのか、アルヴィナ」

 腰に差された刀を抜こうとする皇子。微かに感じる雷鳴が、最初にボクの両手の鎖を断つ。

 その刀からは、懐かしい気配がする。あの日ボクと共に皆を護った天狼の息吹は今も其処で彼等を護ろうとしていることを感じる。

 「だめ。

 鎖だけじゃない。沢山ある」

 「なら」

 「むり。間に合わない。殺される」

 響くのは警報音。ボクを逃がさないための、何者もボクに触れさせないための、あの亜似の歪んだ欲望の装置の発露。

 

 だから、と上目遣い。彼の手を握って魔法を一つ。

 

 「今は下見。

 何時か、奪いに来て」

 そのボクの言葉に……静かに仮面を取って、下の赤い瞳で見つめてくる皇子は、静かに頷いた。

 

 「分かった。何時か必ず、君を奪い出す」

 その言葉と共に、ふわりとした風が吹く。その背の真っ黒いマントが風を孕み、三枚の子羽根を持つ巨大な左翼へと変形する。

 

 そう。カラドリウス……そこに居るんだ。

 「多分、暫く来れないけど。話せて良かった」

 ボクの為に。翼だけになっても飛び続ける。飛べない皇子の翼として、ボクと皇子の間の断絶を無くしてくれる。

 報われないけれど、有り難う。

 ボクはそう、眼を閉じて黙祷して……

 

 「曲者か!」

 ニーラが飛び込んでくる寸前、その姿は消えようとして……

 「全く!カラドリウスの影を脅して盗みに来てみれば、とんだ抵抗を受けたもんだ!」

 なんて、バレバレの演技で彼は叫び、そのまま姿を消した。

 

 「アルヴィナ様」

 「大丈夫。攻撃したら慌てて帽子まで落として逃げていった」

 と、戦利品って誇らしげにボクは本当は返して貰ったボクの帽子を掲げる。

 「何奴」

 「怪盗リュバン?って名乗ってた」

 本当は違うけど。ゼノンやゼノだとバレやすいから誤魔化す。

 

 「許せない。

 カラドリウスを殺したのはきっと彼。その上、ボクを盗んで何か酷いことをしようとするなんて」

 言ってるだけで少し心がささくれだつ。彼の悪口なんて言いたくない。

 永遠にすら、今はしたくない。生きてる姿が、やっぱり一番良いとすら思う。永遠にするのは、幸せに生きた後で良いなんて、ボクにしては変なことまで思う。

 そんな相手を、それでも何時か盗んでくれる事を糧に今は罵倒した。

 

 「お兄ちゃん、お願い」

 「分かってます。テネーブル様に報告と追跡を」

 と、頷く四天王ニーラ。

 でも、違う。否定したら可笑しいからなにも言わないけど、ボクが言っているのはそっちじゃない。

 

 ボクの側に居なくなったことを感じる方の、本当のお兄ちゃん。シロノワールって名乗ってる魂が、彼と共に消えた。

 咄嗟に魂に肉体を与える魔法を使えたのは、きっと奇跡。ボクと居ても何にも出来ないから、お願い、魔神王テネーブル(お兄ちゃん)。ボクの代わりに、皇子を助けてあげて。

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― 新着の感想 ―
[一言] 亜人に擬態してた時の姿にはあった尻尾なくなっちゃったのか(´・ω・`) (前回の気になる点のお返事丁寧にありがとうございます)
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