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肉団子、或いは手料理

「……おれ、は」

 固い木箱の上で目を覚ます。

 

 木箱に適当にシーツを敷いただけ。幾らなんでも扱い酷くないだろうか。

 そう思って体の各所を見ていく。

 プリシラをくるんでいた黒いマントはある。月花迅雷は無い。全身の傷痕は治っていないが、甘い香りのする包帯が各所に巻かれている。そして枕元にはおれ名義+判の入った10000ディンギルの借用書。

 右手の指は……あ、ちゃんと3本指が切り離された上で包帯が巻かれてるな。まだ上手く動かないが、前回ほど溶解して接合されてはいなかったのだろう。まあ、最初から最大出力で行ったエクスカリバーやATLUSと四天王スコールというタッグと対峙するために長時間発現し続けた前回と違い、今回は無理矢理短時間変身した形。思考へのダメージは大きくとも、肉体への負荷は少なめなのだろう。

 いや、少なめでこれなのかとはなるが、そもそもおれは忌み子だ。そんなおれが無傷で勝てる雑魚は多くないだろう。必要経費だ。

 

 「ノア姫、帰ってきてくれてるんだな」

 襤褸切れの服では、上半身が半分くらい裸なので黒いマントを羽織り前を隠す。

 下半身はまだマシだな。ズボンなんかはギリギリダメージジーンズで通るくらいの穴で収まってる。が、皇族がダメージジーンズなんて履いてどうするのかと思うと……まあいいか、おれファッションの最先端とか発信できないしスルーされるだろうか。

 

 甘い香りのする包帯は、エルフの村で巻かれていたものと同じ。この騎士団の備品では間違いなく無い。

 ならば、これはノア姫が巻いてくれたのだろう

 そう当たりを付けて……借用書を眺めて待つこと暫し。

 

 「……起きてたのね」

 「何とか。お帰り、助かったよノア姫」

 カチャリと物置の扉を開く音におれは顔を上げてエルフの少女を出迎えた。

 白いワンピースに、薄桃色のエプロンがちょっと眩しい。かなりのミニスカートだからか、エプロンの下からはほぼ直接太くてむちむちしすぎずけれど細すぎない健康的でしなやかな白い太ももが見えるのが何とも……ってアホかおれは。こんなことを思うのは魅了が解けてないのだろうか。

 

 馬鹿な思考を頭を振ってリセット。

 「本当に助かったよ、ノア姫」

 「あら、ノアとはもう呼ばないのかしら」

 じっと紅玉の瞳がおれを見据えた。

 が……トマトのような香りが鼻をくすぐり、緊張感なんて無い。

 

 「……まあ、どちらでも良いわ。珍妙な敬意を見せても、変に距離が近くても。

 それより、数日何も食べてないのでしょう?」

 と、おれの視線に気が付いたのだろう、エルフの少女は小さく微笑んで、おれの寝かされていた木箱より少し背の高い木箱の上に深い木の器を置いた。


 この世界のトマト……ちょっと日本で食べてたのに比べると酸味が強くて野菜感が強いソレを使った、ころころと肉団子の浮かべられた赤いスープが注がれて湯気を立てている。

 

 「はい、どうぞ。

 アナタにあげるわ。好きなだけ食べて」

 「……良いのか?」

 「良いのかって、アナタ向けに作ったのにそれを言われても困るわね」

 形の良い眉をひそめて、少女は不満を露にする。

 

 「……ああ、そういうこと」

 と、少しして納得したように木匙を手渡してきた。

 「ワタシは借りを返してるだけよ。

 これは、その為の一品。それとも……」

 からかうような笑みを少女は浮かべておれの瞳を覗き込む。

 「家族のようなものだから、と言って欲しかったの?」

 

 そう、そうだ。エルフは基本自給自足。そんな彼女が……家族でもないおれの為に、というのがどうにも気になった。

 だが、厚意は有り難い。息は焦げ臭いし、焼けて脆くなった足はプリシラを運んで歩く最中にへし折れた。あまり食堂まで歩きたくないのは確かだし、籍も消えてた時期が長いからお前の分の食料とか無いんだが?されたらそのまま帰るしかない。

 

 ……いや、一応おれ皇族じゃなかったか?おれはまあ忌み子だしなとスルーしてきたがそんな扱いで良いのか。

 

 「いや、そこまでは言わないよ」

 「ええ、そうしてくれる?

 そう在りたいならば、アナタからしっかり言葉を言ってくれないと嫌よ」

 逆に、ちゃんと言えば受けてくれるのだろうか、それ。

 「どうかしらね。

 ただ、アナタから言わないとそもそも考慮する気もないというだけよ。あとは、人間の恋愛小説では基本的に男の人から告白するものでしょう?

 ああいった本の文、特に告白の辺りはワタシもそれなりに評価しているの。だから、アナタにもそうした態度を期待するわ。万が一の話だけれど」

 と、少女は微笑んで、自分の分の匙を取り出した。

 

 上手く手が動かないので子供のように逆手にスプーンを握り締めて、団子を掬い、口に運ぶ。

 行儀は悪いが、行儀の良い食べ方なんて今は無理。

 

 口に含めばまず感じるのは柑橘系の爽やかな香り。それにつられて1~2本折れた歯で端を噛み千切れば、肉汁溢れる……なんてことは無く、ほろりと口に残るのは濃厚というよりも淡白という感想が出るミンチの味。熊等の肉食動物の肉に感じる臭みもまた少なく、代わりに口に残るのは何処か柚子のような爽やかさ。これがきっと、しつこくて臭みのある肉を少し中和してくれているのだろう。

 更に一口食べ進めれば、柔らかな団子の奥に弾力のある卵が出迎えてくれるのがアクセント。

 それら全てが何処か臭みを抜いたせいか薄く……

 匙に残るスープを一口。

 

 うん。そうだ。淡白だからこそ、濃い味のスープに浸してやることで、ちゃんとした料理になるのだろう。

 「どう?エルフ料理としては邪道な作りで、自信はあまり無いのだけれど」

 「いや、美味しいよ、有り難う」

 礼を言って更に一匙。

 

 「……味もそうだけど、おれの為に作ってくれたって事実がそもそも嬉しい」

 「そう、なら良いわ。これで少しは借りを返した事で良い?」

 「もう十分返されてるよ」

 「冗談は止めてくれる?ワタシ達の価値は、自分達の方が分かってるもの。

 それに、アナタが言ったのよ。『魔神の復活が来るから、手を貸して欲しい』って。そして四天王まで現れ本気で此方を殺しに来たというのに……

 本番はこれからでしょう?バカを言うと怒るわよ」

 その流麗な長耳をぴくりと跳ねさせて、少女は自分も一匙肉団子を掬って口にする。

 「……薄味ね」

 「そうなのか」

 「ええ、もう少し濃い目にしても良かったとは思うけれど、アナタは病人だもの、これくらいの方が良いのよ」

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