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ノア姫と助け甲斐の無いもの(side:ノア・ミュルクヴィズ)

魔神との決戦から、3日後。

 

 「お疲れ様」

 すっかり慣れきった様子の焔の鬣の白馬の首を軽く叩いて、ワタシは砦の前まで戻ってきていた。

 

 「ノア様!団長!お疲れ様です!」

 と、ワタシ達を呼ぶのは、何となくワタシに良く話しかけてくる少年兵。

 

 「ええ、ただいま……と言う気はないけれど、預かりものを返しに来たわ」

 良い思い出なんて欠片もない。

 そして、未だに目を覚まさない、白馬の背に積まれた青年を……癒してあげる気も更々ない。

 当たり前よ。治療は出来るわね。一度村に戻ったその時に幾らでも治療の魔法や回復出来る薬草なんて手に入る。

 

 彼と初めて出会ったあの時のような事は早々起きない。女神の似姿であり影属性を誰一人として持たないからこそ、あの呪詛の解呪の為の魔法は人間の中に求めるしか無かったけれど、単なる外傷ならどんな属性の魔法でも治せるもの。

 でも、治してあげる義理も理由も無い。どうして、ワタシ達が人間なんかの為に骨を折って自分達の持つものを使ってあげなければいけないのか。使う必要なんて、基本的に無いわ。

 

 「お願いね」

 そう呟いてその背から飛び降りるだけで、賢い白馬は小さく身震いして嘶く。

 そして、しっかりと鞍に固定されている青年を届けるべく単独で兵士達の方へと歩みを進めた。

 

 「それで、彼は何処かしら」

 鼻を抑える少年兵に、そう問い掛ける。

 「あ、あの……パンツは、どんなものを」 

 「要らないわよそんなもの。人間は履くらしいけれど。

 ……それより、耳があるんだから聞いている事には答えてくれる?」

 「ぶっ!?」

 顔を抑え、呻く少年兵。その掌の間から赤いものが見えて……

 「はぁ、病なら寝てなさいな」

 仕方ないから手持ちの中で一番要らない布を血を拭き取れるように渡して、役に立たない少年の元を後にする。

 

 「……本当に、人望無いわねアナタ」

 聞いてもさあ?と返されたり、一緒にお茶をと馬鹿馬鹿しい提案をされたりで、結局辿り着いたのは……1/4刻近くの時間が経った後であった。

 直線距離で来たら1/10の時間も掛からないのに、そこまで時間が必要な程に心配も興味も持たれていない少年に、少しの哀れみと当然ねという納得を込めて、ワタシは小さく漏らす。

 

 ふかふかのベッドですら無く、小さな物置の上にこれで良いだろとばかりに適当に布を引いてその上に転がされた……と言わんばかりの様子で、灰色の髪の少年は、ボロボロの服も、細かな切り傷にまみれた腕もそのままに、黒い不思議なオーラを持ったマントのみを被せられて眠りについていた。

 

 「あの銀髪の娘が見たら卒倒するわね」

 数日間包帯すら巻かれず放置だなんて、あの娘が聞いたら駆け付けそうね、なんて。

 そんなことを思いつつ、ワタシは分かりきっていた彼の側まで歩みを進める。

 勝ったことは知っていた。勝っていなければ、そもそもあのまま全員殺されて、この砦は廃墟になっているか、跡形もなくなっているか、さもなくば占拠されているかの3択。

 人間やゴブリン等の人類種が怯えることなく活動している事を確認できた時点で、結果は知っていた。

 

 「だから、汗くらい誰か拭いてあげても良いのにね」

 数日の汗で、少年の体は少し臭い。水を浴びたりせず、ずっとこのまま転がされていたとしか思えない。

 

 「っていうか、また取られてるじゃない。馬鹿馬鹿しい」

 そんな少年の元に、白銀の鞘の刀は無い。魔力をほぼ通さない希少金属オリハルコンを鞘にする必要があるような、あの蒼く透き通った刃の彼の愛刀は、彼を此処に転がした際に誰かが持ち去ったのだろう。

 恐らくは、婚約者だという娘を喪ったあの青年が。

 

 「流石に腹いせに殺されたりはしてないのの。ま、殺す価値もまた無いものね」

 助ける価値も、とワタシは呟いて、その汗を拭う。

 

 そう、助ける価値はない。

 彼を助けて何になるだろう。何よりも、彼のために何かし甲斐の無い相手が、眼前のこの少年

 例えば、あの銀髪の娘は甲斐甲斐しく彼のために頑張ろうとしていた。それで?

 何の利益があるかと言われると、基本的には何も無い。ただ、手遅れなあの娘は、彼のために何か出来る事自体に価値を見出している例外で、無い筈の価値を産み出していたけれど。

 

 この灰かぶり皇子(サンドリヨン)の為に何か手助けしたとして、確かにその分の礼を彼は返してくれる筈だ。

 でも、ワタシへの態度を見れば分かる。彼は、困っていたらどれだけ迷惑かけてきた相手でも基本的に手を差し伸べる。

 甲斐甲斐しく尽くした銀髪娘も、散々馬鹿にしたワタシも、彼は同じだけの……可能な限りの手助けを返してくれる。

 

 なら、彼のために何かする労力は全部無駄。ワタシ達エルフにあまりお金の文化は発達していないけれど……無料で貰えるものにお金を払うようなものでしょう、これ?そんな無駄、馬鹿しかやらないわよ普通。何もしなくても助けてくれる相手に媚びる労力や時間やお金があるなら、それを他に使った方が間違いなく良い。

 

 「……爪、剥がれてるじゃない」

 どうせそんな事だと思ったから村から持ってきた、薬を染み込ませた包帯を指に巻いていく。

 

 ワタシはただ、許せないだけ。

 自分がそうだから、ワタシを助けたことを無駄なことだとする、その間違いを正すために……こうしているだけ。だから、無駄な労力でもないと言いたいのだけれど、いい加減改善の目を見せてほしいわね。


 「恋とか、してないわよ」

 ……その言葉は、特に誰に向けたものでもなく。

 

 暫くワタシは、そうして一番前線に経って、一番(かえり)みる必要の無い少年に包帯を巻き続けた。

 

 「にしても、臭いわね。起きたら何て言ってやろうかしら」

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