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嵐槌、或いは空しい決着

終わらせる。ただ、それだけを思って赤金の轟剣を構える。

 

 見上げるは天の星。渦巻く嵐がスパークし、銀河のごとき偉容を見せ付ける……この嵐に隔離された戦闘域全体を覆い尽くすインパクト面積を持つだろう風の巨槌。

 絶えず爆発する脈動する恒星のようなコアから放たれるエネルギーが、その一撃の威力を何よりも物語っていて……

 

 それでもただ、貫く。

 勝つ。勝たなければいけない。

 ノアの為にも……いや、違う。ただ、負けられない。

 余計な理屈なんて……何も!必要ない!

 

 「パラディオン・クラッシャァァァァァッ!ブレェェカァァァッ!!」

 そんな巨槌が、逃げ場の無い全てを粉砕する裁きが、遥かな空より……思ったよりゆっくりと振り下ろされる。

 これが、最後にして最強の一撃。恐らく原作のおれは……カラドリウス本体の放つこれにたいして……対応できずに死んだか、何とか相討ちに持ち込んだか。

 少なくとも、打ち勝てなかったのだろう。

 

 だが!

 見上げるおれの視界の真ん中で、カラドリウスの右足首から先が、あの日のアルヴィナのように透き通った緑水晶になって砕け散った。

 

 そう、今の奴は本気を本来は出せない影。その出力は本体よりも弱く、向こうとしても本領は出せない。そして……

 此方には不滅にして不敗の名を持つ剣がある。ならば、勝てない道理など、無い!

 勝てる道理もまた考え付かないが、そんな想いで自分を鼓舞し、黄金の焔に身を焼かれながら……

 

 おれはじっと、時を待つ。

 此処で突っ込む意味はない。片方の羽根を半ばまで斬ろうが、空中の機動力で奴に勝てる訳がない。

 ならば……勝負は『パラディオン・クラッシャー・ブレイカー』なるあの一撃が地上に炸裂するその瞬間。

 

 『静寂を破り、焔の最中へ解き放て』

 「……ああ」

 

 恐怖はある。血の活性によって生えてきた……多分アルヴィナのアレと違って欠片の可愛さもないのだろうお揃いでもない狼の耳が警戒するように勝手にぴこぴこと周囲を探るように震える。

 

 「諦めたか。

 欠片くらい残ってないとアルヴィナ様も苦労するからよ、跡形くらい!残れよなぁぁぁっ!」

 「心配無用。神器は不滅だ」

 『我等が魂の焔も、風に吹き散らされる花などに非ず!』

 「光風の中に、消え果てろぉぉぉっ!」

 

 『振りかざしたその手で』

 「明日を導く光を!」

 『さぁ、光に!なれぇぇぇっ!』

 「奥義!」

 インパクトの寸前。地上2mまで迫ったその……直径100mはあるだろう嵐の銀河のただ中へと、おれは黄金の焔となって、剣を突き出して突貫する。

 

 銀河というのは比喩だが、そう間違ってはいない。

 吹き荒れる嵐の中に点在するのは星のような強大な力の塊。触れれば消し飛びそうな炸裂する魔力塊が縦横無尽かのように暴れまわる凝縮された小さな宇宙が嵐のハンマーの中には産み出され、それが振り下ろした時に周囲を風の中の塵に変えるだけの力となるのだろう。

 だが!銀河の中には星のあまり無い地があるように……薄いところは薄い!

 

 焔の上から数えきれない吹き付ける風の刃が全身を切り裂く。

 服なんてボロボロで、肉体にも届き……けれども、その()()が混じりあった汚ならしい紫色の血が、全身から細かく噴き出す命が、全て不滅の金焔となっておれを包み、おれを前へと進ませる力に変わる。

 「絶星灰(ぜっしょうかい)

 

 「クラッシュ・ノヴァァァァァッ!!」

 嵐槌の大鳥とて、その切り札の中を突っ込んでくる相手に対し、何事もせず見守るような相手ではない。

 咆哮と共に、脈動する星のごときコアが超新星爆発を起こし、ハンマーとしての姿をほどいて爆弾として炸裂する!

 全てを覆い存在を拭い去りながら広がって行くそれは、さながら世界の終わりのようで……

 「(りゅう)!」

 だが、おれとて……これが絶星灰刃・激龍衝だなどと言った覚えもない!

 

 黄金の太陽が爆発する。

 黄金の龍焔と、星緑の銀河。膨れ上がる二つの超新星爆発が拮抗し……爆発による後押しを受けて一気に嵐のフィールドから射出されたおれは、未だに黄金の焔に焼かれる右手で愛刀の柄を握る。

 

 「靂紅牙(れっこうが)ァァッ!」

 「っ!なぁぁぁっ!?」

 そして……刀身までも黄金の焔と紅の雷を纏った抜刀逆袈裟斬りが、その右手の肥大化した風爪で巨槌を振り下ろした姿のままの鳥の魔神の右腕を消し飛ばし突き刺さる

 絶星灰龍・靂紅牙。愛刀と最強の神器を合わせた、咄嗟に思い付いた即興の奥義。

 

 雷鳴のように閃く左爪、世界を縦に貫く一条の金雷。

 

 それら全てが消え去り、嵐によって隔離された領域そのものが消え……何もかもが吹き飛んで大きなクレーターに地下から涌き出る水溜まりだけが池のように残る。

 

 蒼き刃は確かに魔神の大半を消し飛ばし、けれども残された左腕が、その爪がおれの頬に突き刺さる。

 「これで!最期だぁぁっ!」

 おれとカラドリウスだけを覆うように、今一度周囲を寄せ付けない嵐の領域が青空を取り戻したクレーターに展開され……

 

 そして、

 「負けだ、負け、完敗」

 あと一歩、ほんの少しだけ力を入れれば、おれの顔を引き裂けるだろう。

 だというのに、おれの左頬に少しずつ透き通って行く爪を食い込ませて、けれどもそれ以上に力を込めることをせず。

 一度たりとも見たことの無い屈託の無い笑顔で、優しくおれの頬の自分が付けた傷とアルヴィナにあげた左目を爪先で撫でて、食らいついた最後の一撃を自ら外し、胸から上と片腕しか残っていない魔神はからからと笑った。

 

 「これで良いんだ、人間」

 突然雰囲気がアルヴィナの事を語るときに戻った彼に違和感を覚え、刃を納めて彼を見る。

 

 『兄さん』

 「有り難う、始水。

 助かりました、ご先祖様」

 強制解除の前に戦いは終わったとして変身解除。その反動でくらりと来るが、地面に落ちながら愛刀の鞘を杖に立ち上がる。

 

 今回は……指三本がくっついたくらいだから、子供みたいな持ち方をすればフォークは持てるな……なんて、ちょっとだけ場違いなことを思いながら、降りてくる魔神の残骸を見上げた。

 

 怒りもない。敵意も殺意も感じない。

 今の今までの空気が、欠片も残っていない。

 

 「カラドリウス、お前……

 おれが放っておいても死ぬとでも、思ったのか」

 「いや、負けだ、人間。

 アルヴィナ様を守れるのは……アルヴィナ様が願うのは、お前だ」

 「何だよ、いきなり勝手な事を」


 「聞け、人間」

 静かな目に見られて、押し黙る。

 

 「……今の俺はもう、四天王カラドリウスじゃない」

 「何言ってるんだお前」

 「俺は……カラドリウスの残骸。本体は既に、思考が分からない方のテネーブルによって消されていた。

 まあ、だから……アドラー・カラドリウスという役を縛る呪縛も解けたんだが」

 「何?」

 カラドリウスは既に死んでいる?

 ならば、何が言いたいんだ?

 

 「だからこそ、これしかなかった。

 アルヴィナ様を疑うテネーブル(?)を納得させるのには……本気で敵対するしか、な」

 「そう、か……でも、ならば!最初にこうして誰も入らない状態で!」

 「駄目なんだよ、それじゃあ!」

 

 ぎゅっと、目の前の青年は……翼が砕け散りながら拳を握り、叫ぶ。

 

 「俺が消えた後、誰がアルヴィナ様を護る!誰があの人を助け、幸せにする!

 俺は既に殺されている!お前しか居ないんだよ、人間……ゼノ!」

 「だからって!」

 「だからだよ。

 全てにおいて心の底から負けたと思った時、嵐の魔神はその翼を捧げる」

 ぼう、とその左翼が光る。


 「クソ甘ちゃんが、全部聞いてて本気出せたかよ。

 誰かが殺されそうにならなきゃ、キレきらない癖に」

 ……おれは、何も返さない。

 何一つ、返せない。

 

 「右翼は既にテネーブルとアルヴィナ様に。それは撤回しないし、してはいけない。俺はテネーブルもアルヴィナ様も裏切っていないし、アルヴィナ様はテネーブルの為に動いている。右翼が無ければ、そうと言いきれない。疑われる。

 だから……俺の死出の旅の為の左翼を、お前に捧げる」

 

 ……だから、なのか。

 事実を知ったおれが、本気を出しきれないと知って……死力を尽くさせる為に、ここまでが、全部

 単なるアルヴィナの為の演技。自分は既に殺されていると突き付けられて、ここまで。

 

 「おれは!お前ほどに、アルヴィナの為だけに動けない」

 「バカ野郎。だから、これは俺からの……最後の、呪いだ。

 俺の魂の翼を託すんだ。絶対に……アルヴィナ様を救い、護り、幸せにする。お前にしか出来ない事から逃げることを、俺が絶対に許さない」

 

 「……ああ」

 小さく、頷く。

 

 「……だから、これしかなかった。

 本気でお前と戦い、正気で人を殺しに行き、そして……本気のお前に心の底から完敗して、此処で終わる」

 どんどんと砕けていきながら、それでも何処か誇らしげに、魔神の青年は語る。

 

 「それが、俺がアルヴィナ様に捧げる最後の愛。

 ま、ニーラ辺りは賢いから、死んだはずの俺がアルヴィナ様の為に最期まで人間と戦った辺りから、何かに気付くかもな」

 

 風が、消えていく。彼の存在が溶けていく。

 

 「だから、お前は……アルヴィナ様のために死ななければならない」

 せめて、安らかに消えると良い。そう思って踵を返して少し距離を取った俺の背に、そんな声が届く。

 

 ああ、本当に……

 「俺に、殺されるべきなんだ!」

 突き出される左手。大きさだけは立派な風の刃がおれを狙って放たれる。

 

 「ッ!バッカヤロォォーッ!」

 最早力なんて何処にもない。死力を振り絞ったというよりも、手を上げただけというにも等しい、派手だが脅威でも何でもない風の刃。

 おれはそれを、振り向き様に、出来る限りの力を込めて、せめてド派手に月花迅雷の雷の刃で切り払って打ち返した。

 

 もう、安らかに消えた方が良かったろうに。

 それだけの事はやったのに。

 

 最期まで、苦痛と共に。

 安らぎすらも、アルヴィナの為に捨て去って。暴嵐の四天王アドラー・カラドリウスは……雷光の刃の中に消えた。

 

 「バカ、ヤロウ……」


 そう呟くおれの手元に……殺したフリの為に何処かに転送しておいたのだろう、左手の薬指と中指、そして右足の人差し指が引きちぎられ、スカートに大きなスリットが入って上着が襤褸切れにされたが、しっかりと息をした……一人のメイドの少女が翼のような黒いマントにくるまれて降ってきたのだった。

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