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ノア姫と灰かぶりの焔(side:ノア・ミュルクヴィズ)

「ノア、君を必ず護り抜く」

 そんな言葉に、ワタシはズルいわね、と呟く。

 ズルい……に決まっている。寧ろズル過ぎる。

 

 本当に、ワタシの心を掻き乱して楽しいのかしらとしか思えない。

 彼の今の言動だけで、心が締め付けられる。

 

 「ノア」

 何時もより少し柔らかな口調で、スパイス程度の優しさの籠った声音でそう呼ばれるだけで、情けないけれど心臓が跳ねる。

 というか、ズルでしょうこんなの。ワタシが耐えられるとでも思ってたのかしら?

 

 ふつうに考えて無理に決まってるじゃない。なんで当たり前のように魅了に掛かってるのよ彼は!?

 というか、何よあれ!?ふざけてるのもいい加減にして欲しいわね!?

 

 そんな想いを、ワタシは……仮にもエルフであるワタシですら、抱くしかない。

 

 どうしていきなり呼び捨てなのよ。何時もみたいにノア姫って意味不明な呼び方をしなさいよ。敬意はきっとあって、でも珍妙でなってなくて、礼儀として距離を取る、あの呼び方で良いでしょう?

 集中出来ないのよ、アナタにいきなり距離近くされると。

 

 「……本当かしら。どちらかしか選べないなら、ワタシを切り捨てるんじゃないの。

 より多くを護るために」

 「ノア。君は必ず護る。当然だ。

 どうしても一つしか選べないなら君を護る。けれど……それはあり得ない。その事態にまで行かせない」

 

 ……だから、その顔を止めてくれる?

 ノアと呼び捨てにされるだけで、心臓が跳ねる。君を護ると言われると、それが魅了によるものだと分かっているのに、当然の面されて浮き足立たされる。

 

 というか、よくもまあ魅了されたままで良いとかいえる話ねこれで!?誰を殺すつもりでやってるのよこれは。

 ワタシを殺すつもりでやってる……のよね?

 

 そんな風に、心が乱される。集中する……なんて無理も良いところ。

 

 ワタシは、眼前の白髪のたった13歳の少年に翻弄される。ワタシに比べれば、年は1/6以下でしかない子供。そんな相手なのに、心が締め付けられる。

 ワタシを……このエルフの纏め役であるワタシを見なさいよ。他の銀髪娘や、居たらしい魔神娘なんかじゃなく、なんて言いたくて仕方ない。

 あのアナスタシアという銀の髪で七大天に見守られた腕輪の少女のように、理由を捨ててしまいそう。

 

 「……ノア!」

 そんなワタシの前で、振り下ろされる鉤爪を少年はその蒼い刃で受ける。

 「……ったく、やりにけぇ……なっ!

 まずはクソエルフから」

 「……やらせると、思うか!」

 「だったら、護ってみせ」

 「っ!雪那!」

 割と戦闘中でも口を利く彼にしてはあり得ない程の速度で、溜めすら無い神速の抜刀が閃く。

 

 「っ!がっ!」

 青い血が飛沫を上げ……

 すっとワタシの前に移動した彼は、さりげなく汚れないように自分を盾にする。

 

 「……てめぇ」

 「効かないか。珍しい」

 「魂に作用する刃か。効かねぇよ。

 ニーラとニュクスを斬ったのと同じもので、俺を止められる筈がない。あいつらは逃げて良かった」

 でもな、と血走った瞳の青年魔神の風が膨れ上がる。体の各所に羽毛が生えてゆく。

 

 「だがな!アルヴィナ様の為に!俺は!絶対に引けない。引く先なんてものは、何処にもない!

 この想い有る限り、この魂は燃える!ならば!」

 轟!と燃え上がる炎。

 

 翼に火が灯り、大きく広がって一回り大きな翼となる。

 「この影の体が、心が!魂が!紛い物でなど、あるものか!」

 

 「……それがどうした」

 ……だというのに、少年は嘲るように言って……

 「ノア!」

 噴き上がる熱風を己の剣と体で代わりに受け止める。

 

 「……本当に大丈夫か」

 ……誰のせいよ。

 まあ、ワタシのせいなのは知ってるけれど。

 

 「辛いなら、下がって良い。

 おれ一人でも、きっと何とかしてみせる」

 ……本当に、馬鹿。

 そこは変わらないのねと、ワタシは唇を噛む。

 

 こうなってもまだ、ワタシを信じては居ないのね、アナタは。

 本当に、分かってない。

 

 大事にしてくれているのは分かるわよ?今はそれが過剰な事も、けれども……元から大事に思う気持ち自体は持っているから違和感を感じてなんかいないってことも。

 でも、信頼してはいない。だから、一人で闘おうとする。

 

 何一つ分かっていない。あの銀髪の子も大変ね。

 大切にされている事は感じられて。だからこそ……アナタがワタシ達に傷付いて欲しくないのと同じように、自分が傷付いてでもアナタの傷を庇いたい誰かが居るということに一切眼を向けないその態度が許せなくなる。

 

 その癖、あの青い髪の少年と炎髪の少年は当たり前のように巻き込むのだもの。嫌になるわよ、本当に。

 特に、覚悟決まってないあの赤い方。彼だけは特例である程度巻き込むなんて……嫉妬するわよ、ワタシ。

 

 「馬鹿ね。今更ワタシを排除しないで」

 「分かった。信じる。

 でも、あまり危険なことをしないでくれ。あと一歩ならおれ一人で届かせられる。ノアのやるべきことは、その後だから」

 そのあと一歩、一方的にワタシを庇いながらするのでしょう?

 ……ああ、漸く……何時もの自分を取り戻せた。どきりとさせる声になっても、彼は彼。

 卑怯だけど、それに気がつけば正気でいられる。

 

 「くっちゃべってんじゃねぇ!」

 降り注ぐ炎の羽嵐。

 メテオのように乱雑に降り注ぐそれを……灰の髪の少年は、その片方だけ残された鋭い眼で見極め……当たる軌道のたった3つを、一振りで縦に両断する。

 

 「……それだけか、カラドリウス」

 「ったく!いきなり態度変わってよ!どうした、本気になったのかお前はよぉ!」

 「何時も、おれは本気だ!」

 「……ならば、護ってみせろよ、アルヴィナ様をも護れそうな力で!」

 

 どこか可笑しなことを、魔神の青年は叫び……

 「ハンマーコネクト!パラディオン・ハンマァァァッ!」

 炎によって輝きと強さを増す風が、遂に巨大な槌を構成する。

 右手の爪を巨大化させて、身の丈を越えるそのハンマーを大翼の魔神が握るのに対し、少年は静かに納刀した己の愛刀の柄から手を離した。

 

 「……ちょっと、何よ」

 「……始水。ティアミシュタル様。頼む、力を貸してくれ。

 『ブレイヴ!トイフェル!イグニッション!』」

 少年が語るのは、今唱えるべきではないはずの祝詞。


 『スペードレベル・オオバァッ!ロォォォドッ!』

 応えて響くのは、一度聞いたそんな声。有り得ない咆哮。

 

 「……デュランダル!?」

 「吠えろ!不滅不敗の剣よ!

 ノアを、貴方の盟友の血脈を、おれの大事な……護りたいものの為に!

 この血を燃やし!」

 その背後に、彼を護るように佇む一角を持つ狼の姿を幻視する。

 それが彼に重なるようにして……その姿が変わる。


 「牙無き(たみ)の!焔の牙となれ!」

 魔神への先祖返り。もうそういうものだと分かっているから驚かない、灰の狼耳と牙と呼ぶべき犬歯、そして物理的に燃える左目を持つ姿。

 

 彼を……灰かぶりの皇子ゼノをずっと見守っているかの狼の力が、そして……それとは別に彼を見守る何者かの存在が、少年の血の中に眠る魔神としての姿を呼び起こす。

 

 本来、それに意味はあまり無いはず。けれど、その魔神の出現と共にバチバチとしたスパークを放ってその手に現れるのは、お祖父様が語ってくれた人間の皇帝……唯一面白いやつだったと評価していた帝祖カイザー・ローランドの剣。

 ワタシをあの巨神から護るために、人が振るった不滅の焔剣。

 

 「『変……身ッ!』」

 そして、焔が少年を包み込む。

 

 「魔神!」

 『剣帝!』

 「『スカーレットゼノンッ!!』」

 ……ところで、何が変わったのかしら?

 焔を身に纏い……というか、その身を焼きながらも、魔神化した姿から特に変わっていないその彼を見て、思わず心の中でワタシはそう思った。

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