救援、或いは都合の良い譲歩
血走った瞳で、眼前の四天王を睨み付ける。
原作ゲームでのゼノも、こんな気持ちだったのだろうか。
いや違うと自答する。彼は……仮にも全てを護り抜いた。負けて死のうが、相討とうが、護るべき民そのものは護ってみせたのだ。
それが今のおれはどうだ?結局プリシラを死なせ、愛刀を投げ、団長すら護りきれない可能性を高めた。
「情けねぇ……っ」
奥歯を噛み締め、相手の出方を伺う。
何とか隙を突いて、月花迅雷を回収しなければならない。あの刀無しではロクに傷を付けることすら出来ないし、牽制に雷撃を飛ばす等も不可能。
何より、何処かで狙えるならば狙いたい一撃必殺……奥義である雪那を放つ事すら出来ない。
「……おいおい、そう警戒するなよ人間。
言ったろ?本気のお前をぶっ殺す事がアルヴィナ様の為だって。だから、とっととお前の神器を取ってこいよ。神器無しのお前に価値とか無いからさ」
そんなおれを尻目に、のんびりと伸びなどして、カラドリウスは地面に降り立つや胸元から取り出した木の実……ではなく人の指なんぞ食べ始める。
明らかに指だ。血も滴っているし……誰かからもぎ取ったのだろう
その指の一本に、小さな指輪を見て……
「プリシラの指輪、せめて葬る際に一緒に入れてやりたいから返してくれないか?」
と、極力平静を装ってそんな風に声をかける。
奪おうとしても無駄だ。今のおれでは届かない。だから、せめて相手の油断を誘う。
実際には煮えくり返りそうだ。おれの眼前で、ズタズタに引き裂いたのだろう少女の……レオンとの婚約指輪付きの左手薬指を飴玉か小さな木の実か何かのようにしゃぶろうというのだ。
この手に刀があれば、その翼を切り落としてやりたい。
「分かった分かった。クソ不味いしな」
ぺっ!と指輪を吐き出し、能天気っぽく四天王はおれに向けて指輪を投げて寄越す。
唾液にまみれたそれを、時間をかけないために乱雑にポケットに突っ込んで……
「ってか、とっとと取りにいけよ?
俺はここで指食べてるから」
「……出来ると思うか?」
出来ない相談だと、おれは鞘を構える。
実際、取りに行かせてくれるというのはとても有り難い話だ。涙が出る。
その最中におれを放置して団長を血祭りにあげるという未来しか見えなくて、情けなさで涙しか出てこない。
「……お前さぁ。
アルヴィナ様をイライラさせた事、多くない?」
「さあな?」
どうだったのだろう。おれ自身、アルヴィナとはそれなりに良い友人関係を築いていたと思っていたんだが、アルヴィナはどうだったのだろう。
少なくとも、借りていた寮については、おれとアナと三人部屋(まあ、おれは女の子と一緒にすんな親父と外にハンモック吊るしてそこで生活していたが)でも諦める程度には……ってあれ男と同室というさぁ間違えと言わんばかりのふざけた采配に呆れきってただけか?
って考えている場合ではない。
少なくとも、眼前のカラドリウスは、アルヴィナの婚約者は敵だ。本気でおれを殺しに来ている。
ならば、アルヴィナについて彼が語ったあれこれすらも、信憑性が薄くなる。
おれ個人としてはやはりアルヴィナを疑いたくはないが、そんな個人の感情で、多くの民を危険に晒すわけにはいかない。
「やっぱりウゼェわお前。
良いからとっとと本気を出せ」
「その隙間に、お前は団長すらも殺す」
「あったり前の事聞いてんじゃねぇよ人間。鳥頭か?」
「物理的な鳥に鳥頭と言われたくはないが」
「はっ!頭は鳥じゃないんだが、なっ!」
苛立つカラドリウスの言葉と共に降り注ぐのは羽根の雨。地面にざくりと突き刺さるそれは、手裏剣かなにかを思わせる。
それを数歩歩いて避けて、機会を伺おうとするが……
無理だ。カラドリウスは本気でおれと戦う前に、団長を殺す気だろう。
プリシラを殺したように。
苦々しい。原作ゲームでは、恐らくは出てこないプリシラは死んでいた。だからこそ、此処では……まだその事実が未来の事であったこの世界では、変えなきゃいけなかったというのに!
「……良いから、行けよ!」
吹き荒ぶ風に、一歩下がる。
「……全く、馬鹿、阿呆、考えなし。馬鹿じゃないの?」
だが、それで良かった。
蹄が地面を抉る音が響き、おれが待っていた救援が姿を現す。
淡い黄金の髪に、紅玉の瞳を持つエルフの姫、ノア・ミュルクヴィズだ。
「ノア姫!」
「どうして、愛刀を投げたかのように遠くに突き刺さってるのかしら!?」
「その通り、投げた!」
「馬鹿なの!?」
なんて、そんなやり取りをしながらも、おれの愛馬と共に駆け付けてくれたエルフは、ぐらりと揺れて倒れた十字架から月花迅雷を引き抜く。
そして……
アミュグダレーオークスが、何かを悟ったようにその瞬間、小器用に横へと大きくジャンプする。普通の馬では不可能な横ジャンプ、ネオサラブレッドの馬鹿みたいな身体能力にモノを言わせたそれに、背の少女はぐらりと揺れ……
ピッと、その頬に朱が走った。
「……ご免なさい、迷惑かけたわね」
と、愛馬の首を撫でる少女。
「……首を落とす気だったんだが」
詰まらなさそうに、四天王たる嵐の魔神は小さく拡げた翼をまた閉じて言った。
「物騒ね、本当に」
「……殺し合うしかない」
頬を流れる血は、あまり少女には似合わなくて。
それでも、エルフの少女も愛馬も逃げ出さずに止まってくれる。
自分達は、本気でカラドリウスが来れば抵抗できずに死ぬと分かっているだろうに、それでも、立ち向かってくれる。
本当は、そんなこと無いように。
皇族が、おれが、たった一人で終わらせるのが、理想なのに。
「馬鹿ね。
そうやって、アナタは一人で他人の体を守り、心をズタズタにしていくのよ」
時折放たれる風の刃を避け、燃える鬣を持つ愛馬がおれの横に辿り着く。
「ノア姫」
「結局此処まで来ちゃったら、アナタが死ねばワタシも死ぬ。
一蓮托生だもの、今回だけは責任取らなくて良いわ。戦ってあげる」
言い方は上から目線。エルフとしてのプライドからそんな物言いながら、言っている内容は、どう考えてもおれに対して極力都合良くした譲歩。
「ああ、有り難うノア姫」
カラドリウスが団長向けて投げてくる風の玉を鞘で弾き、そんな少女から愛刀を受け取る。
「それで良いの。御免って言ったら帰ってたわよ。
それで?どうするのかしら」
「ああ、まずは……団長を生きて此処から連れ出す!」
「そう。結局あの作戦ね。分かったわ」
そう、ノア姫とは多少戦法を話してある。
今回やることは簡単だ。死ぬよりは、例え遠くとも生きてる方が何倍もマシ。
ならば、転移だなんだを阻害しかねない十字架から団長を救出し、そのままノア姫には自前の転移魔法で団長ごと飛んで貰うのだ。
行き先はたった一つ、エルフの森しか出来ない欠陥魔法。いや、欠陥というか、ある程度自在に転移できる父さんが頭可笑しいだけだ。
これをやれば、この地に戻ってくるだけで一日どころではない時間が掛かるし、ぼろぼろの人間を突然送られたエルフの森にも迷惑がかかるだろう。
だが、それでも……此処で死なせるよりは良いし、何よりノア姫を長時間危険に晒さなくて良い。
誰かが人質を安全な場所に送らないといけないのだ。必要ならやってくれるし、ノア姫にしか出来ないから異論は出ない。
「頼む、ノア姫、アミュ!」
「……ええ」
「ったく、アルヴィナ様を誑かそうとした割に、他のメスと仲良くとかさぁ?
申し訳ないとか思わないわけ?
んまあ、言ってもアルヴィナ様に誑かされてた…も多いんだろうが」
ぶつくさと言いつつ、カラドリウスはその翼を拡げた。
「そう、か」
「あったり前だ。魔神族は心に決めた相手が出来た時、その相手に相応しくなろうと一気に成長する。だが、アルヴィナ様は昔の愛らしい姿のままだ。
残念ながら俺の事も心に決めた運命の相手だと思ってくれていないが、お前も同じ事。誑かした気なら、残念だったな」
どこかわざとらしく、周囲に聞こえるように大声で、そのアルヴィナの婚約者たる青年は叫ぶ。
そうして、好戦的にその唇を吊り上げた。
「だけどな。アルヴィナ様に色目を使った事を、俺は絶対に赦さない。だからこそ、誑かそうとしたお前を!何の言い訳も聞かないように本気の貴様を!血祭りにあげてアルヴィナ様に捧げる!
それが、俺の婚約者としての誇りだ!」
その宣言すらも、どこか芝居に見えて、
けれども、そんなものどうでも良い。プリシラを殺し、このまま行けば多くを殺す殺戮者を、一度は分かり合えた気がしたからとて……倒せばアルヴィナと恐らく完全に決別するのだとしても!野放しになど、出来はしない!
「ぶちのめす!」
「まあ良いや。本気で来いよ、皇族ぅっ!
パラディオン・ネイル!」
そうして、かつて見たように四天王の爪は、輝く風を纏った。




