降伏、或いは勘違い(三人称風)
「ギャギャギャウッ!」
何事か、ゴブリン達が騒ぎ立てる。
そのうち一匹の横に居たコボルド種の首筋に蒼く透き通る刃を押し当てて、レオン・ランディアは彼等に歩みを進めさせた。
時は風の刻の半ばを過ぎた頃。風の刻の終わり、龍の刻の始まりと共に天頂で交差する二つの太陽は大分空で近づいており、向こうが告げた時間は、刻一刻と迫り来る。
そんな中、レオン・ランディアは……乳母弟から貰った刀を手に、100匹のゴブリン(+3匹のコボルド)を兵士で囲んで引き連れ、ようやっと結晶で出来た砦の前に辿り着いた。
「四天王アドラー!言われた通りだ!」
そうして、代表してレオンが言葉を叫ぶ。まだ年若いレオンだが、団長と同じ家の出ということで、この場ではリーダーなのだ。
ずらりと並べられたゴブリン達。乳母弟であり帝国第七皇子でもあるゼノならば、きっとその言葉も理解したのだろう。
意味もなく、ゴブリンなんかの言語を覚えた馬鹿だ。基本的にこの地のゴブリン達とは、ゴブリン側が人間の言葉を覚えた代表を送り、税を払うことで不干渉といった形。わざわざゴブリン達の言葉なんて覚えてやる義理は無かったというのに。
けれども、この場の三十人の中にゴブリン達の公妖語なんて言語を理解する人間は居ない。エルフの言葉を通信教育……ではないが本で習い始めた若い兵士が居るくらいだ。
けれども、蒼き雷刃……神器、月花迅雷の威に平伏したのか、それともこの刀を持つ者をゴブリンなんて奴隷の方が余程偉い獣人なんて半人類を国民だから平等と嘯く知能の足りない馬鹿の名代だと思っているのか、百と三匹の獣人達は、その人間の子供……6~7歳くらいの子供の背丈の皇子称人類は、大人しく並んで行進する。
此処まで連れてくる際にも、大きな抵抗は無かった。
「百匹……いや、まずは百人だ」
レオンが言うと、結晶で作られた光を反射する砦の扉が開く。
エルクルル・ナラシンハが現れた時、自分達を蔑ろにしていたゼノが友義を結んで、その縁で帝国騎士になったという少年タテガミライオが、ライオウなる巨大ゴーレムで一度は破壊したその砦門は、その痕跡を残さず修復されきっていた。
その事を思い出し、レオンの心はざわつく。
そう。自分は……ランディア出で乳母兄の自分にはほぼ関わらなかったのに、見ず知らずの相手には爵位までほいとあげているあの皇子。
死んだと思えば帰ってきて、プリシラ達が死ぬかもしれない事態の直前に、それを解決できる力を持った皇子を帰らせる無能。
だからだ、とレオンは自身の手の神器を握り締める。だから、プリシラを、大事な人を護れるのは自分だけなのだと。
馬鹿皇子には頼らない。自分と……きっと自分を選んでくれたこの神器とで、大事な人々だけは護り抜くんだ、と。
レオンは知らない。神器というものの性質を知っているがゆえに、自分のソレが勘違いであることに気が付かない。
神器とは、持ち主を選ぶものである。轟火の剣が皇帝シグルドの剣であるように、流水の腕輪がアナスタシアのゼノを助けたい想いに龍姫がなら貸してあげますよと応えた結果彼女の手に収まったように、選ばれたもの以外には使えない。
だからこそ、レオンは月花迅雷は自分を選んだのだと信じている。
この刃は、馬鹿を言う皇子と悩みながらも、自分を信じているのだと。
そうして、開いた門を通り、兵士達は中庭に通される。
一度は青い機神……LIOHによって大きく抉れたその地は、戻ってきた主によって修復され、傷一つ残ってはいない。
「レオン君。大丈夫なのかね」
「もう、来る筈です」
そんなだたっぴろく、元々草原の最中に立てられたのに雑草一つ生えていない中庭に立てられているのは、二つの十字架。映像では割と近くに並んでいたようにも見えたが、数十mは離されぽつんと孤立するように立っているその二つにかけられた二人の人間は、数時間の日射によってぐったりしたように項垂れている。
その姿を見て歯噛みしながら、レオンは暫し時を待つ。
そして……空が翳ったと思うや、一つの大きな羽音が響く。
焦げ茶色い大きな翼を翻し、猛禽のような鉤爪の手足を持つ鋭い美貌の青年魔神、アドラー・カラドリウスが見下ろすように、まだ成人前のメイド服の少女を吊るした十字架の上に降り立った。
「アドラー・カラドリウス!」
「……で、誰お前?」
何処か拍子抜けしたように問い掛けてくる青年に、レオンは刀の切っ先を突き付けて怒声を浴びせる。
「プリシラの婚約者、レオン・ランディアだ!」
「いや、誰?」
ランディアという団長と同じ姓であり、プリシラの婚約者。それを告げても、四天王の気の抜けた顔は変わらない。
「何しに来たんだお前」
「プリシラを、ゴルド兄を!返して貰いに来た」
「あー、つまり?
その神器を手にして?勝ちに来た訳?」
ふわりと結晶製の十字架の先端から少しだけ浮き上がり、焦げ茶の翼が風の魔力を孕む。鮮やかな緑色の風、本来の風にある不可視の強みはないが、その分破壊力の高い魔力の風が、四天王の影を取り囲む。
「……戦力の逐次投入って、舐められたモンだな」
青年魔神の顔が好戦的に歪む。
「最大戦力に、最大の力を持つ武器。一番勝てる見込みがあるのはそれだろ?
随分と、四天王ってモンも舐められるようになったなぁ……」
はぁ、と青年は息を吐く。
「ナラシンハの影に、ニュクスとニーラの影。三体何とか出来たから、案外弱いって勘違いされたか?」
「違う!」
「あ?何が違うって?
皇子とお前で力を分けて、勝てる気で来たんだろ?」
ふわりと飛び降りたカラドリウスは、中空で静止し、真横でぐったりする少女の首筋に腕の鉤爪を触れさせた。
「俺達を倒し、こいつらを救う貯めに」
「違う!」
「……あ?」
尚も、戦うんだろ?と挑発する四天王。
けれど、レオンは怒りを抑える。
自分にだって、プリシラを護れる。いや、自分にしか護れない。そんな思いで、唇を歪めた挑発に耐える。
「ゴブリン百人、そして……言われていた皇族一人。
代価を用意して、無謀に挑まずプリシラ達を護りに来たんだ」
「そうだ!」
「所詮忌み子と獣人だしな」
「……マジ?そっち?」
一瞬、青年は面食らった顔をし、
「そっちなのか」
表情を抜け落ちさせた。
「スコールさんを殺したあいつらは、決して諦めるような行動をしなかった」
「……おい!」
突然語りだした魔神に、レオンは少しの苛立ちと共に目線を向ける。
「俺達が封印されてる間に、人類ってのは此処まで腑抜け揃いになったのかよ。
弱者を差し出しての保身とは……あいつを信じるんじゃなかったわ」
突如、嵐が膨れ上がる。
「皇子は直ぐに連れてくる!好きにしろ!
だから、プリシラ達は……」
「もういいっての。
突っぱねられて殺し合う前提のもの受けられても、こっちも困るんだよ。
とっとと……」
その瞬間、轟音と共に降り注いだ人の姿をした流れ星が、魔神に激突した。
「……ゼ、ノ?」




