考察、或いは圏外
「でも、今のおれに出来ることはない。信じるしかないさ。
そして……まずは、現状を変えなきゃ行けない」
そうしておれは、魔法で作られた檻を睨み付ける。
とりあえず……ぱっと見で分かるのは、金属製に近いように見えること。
但し、単なる金属では無いだろう。小さく振動しているようにも見える辺り、何らかの仕掛けがあるのは間違いがない。
だが……それだけだ。一見して抜けられそうにも見える。
「ノア姫、少しだけ中央に寄って欲しい」
「……ええ、良いわよ」
そうして、何があっても多分一番安全な場所に動いてもらって……
「っ、はぁっ!」
掌底一発。ステータスにものをいわせて、取り敢えずぶん殴って様子を見る。
「ぐっ!」
同時、肉体に痺れが、金属っぽい檻の格子に僅かな歪みと電流が生じた。
更には……
「これもか!」
まるでSF映画で見る脱走者を射殺するレーザービームのようなものが、おれの足目掛けて照射された。
「……とりあえず、厄介な……」
そうして、距離を取ったおれはそう呟いた。
天井は同じ素材であり、格子の隙間から朝日の隠れた曇り空が見える。飛んで脱出……は不可能だろう。
「ノア姫、おれの拘束を解いてくれたように、この格子も……」
と、振り返って聞いてみるも。
「アナタね、最初に聞きなさいよそれ」
なんて呆れた表情をしながら、紅玉のような目の少女は首を横に振った。
「でも、責めないわ。結局ワタシも、この格子はお手上げ。
残念ながらワタシの手持ちの魔法書には、何とか出来る手段はない。
あと、魅了も転移も意味ないわ」
……先に言われた。
「魅了はワタシの為に自分の命すら擲たせられるけれど、今は効かないわ。
アナタを閉じ込めてゴブリンと共に生け贄として差し出すことが、大真面目にワタシを助ける手段……に彼等の中ではなるみたいね。馬鹿馬鹿しい話だけれど、魅了は好き勝手操れる訳じゃないもの。残念ながら、使い物にならないわね。
転移についてはもっと簡単。この檻、アナタの父の使ってきた陽炎の牢獄と同じで転移無効よ」
「そう、か。有り難う」
とりあえず考えてくれた相手に礼を言って、だがどうしたものか……と悩む。
のんびりしている時間はない。
檻の耐久力はおれ基準では低くはないが高くもないから、本気で握り締めて曲げようとすれば曲げられなくは無いだろうが、それをさせないために電流が走っていて、ついでにレーザーが狙ってくる、と。
電流だけなら無理矢理耐えてねじ曲げられたんだが、足をレーザーで狙われてはその場に留まって踏ん張れない。足が破壊されたら、流石に体勢を崩す。
「ノア姫、おれの足が壊れたら支えてくれたりしないか?」
「却下よ」
「駄目か」
「そもそも成功するとは思えないわね。ワタシに危険を犯して欲しいならば、もう少し現実的な方法を考えてくれる?」
と、ふと思う。
「ノア姫」
「何よ、また馬鹿な考え?」
「ああ、そうだけど……此処を出てからの話。
魅了魔法、カラドリウス等に効かないか?」
本来の彼等には効かないだろう。だが、相手は今は影だ。
それに、影としても作られてから時間が経過して劣化している。
「魔神相手よ?」
「人間だって、元魔神なんだろ?それに、おれ……は先祖返りらしいけど、効くっちゃ効くんだろ?」
「……分かったわ、でも分かる?」
その瞳が、おれをじっと見る。
少しだけ震える指先が、おれの手に触れる。
「魔神は頭可笑しいのが多いの。効いたとして、気に入ったから殺してやると襲い掛かってきたりする可能性は高いわ。
それに、効くかも微妙なところ。効かない可能性も十分あるわ。
上手く行けば人質を解放させられる一手になるけれど、ワタシを殺しに来られる可能性もまた高い。
それでもやって欲しいの?アナタが命を賭けさせる、ワタシの命の責任を背負うその覚悟はあるのかしら?」
「頼む、ノア姫」
その声は、自分でも分かるくらい情けなく震えていた。
覚悟なんて出来ていない。
それでもだ。今まではずっと、誰かが来てくれる可能性を信じていた。今回も、ルー姐に頼めばこんな事態にはきっとなってなかった。
でも、それを断った以上、おれ以外には誰もいない。
今回は、おれが何とか出来なかったら、誰も助けてはくれない。
それは、背負うには重すぎる光で。人の命なんて、万四路すら死なせたおれに、預かれるものじゃなくて。
「そんな顔しないでくれる?
まあ良いわ。とりあえず、此処を出ないとやるやらないの話にすらならないもの。
まずは、現実を見ることね」
現実、か。
ふと思い付いて、耳に触れる。
「始水」
呼ぶのは幼馴染。龍姫様の知恵を借りようかと思うも……
「『兄さん、此処は圏外です』」
「って圏外あるんだ、これ……」




