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アルヴィナ、或いは空白の記憶

途中でレオンを拾い、騎士団の砦へと戻る。

 抵抗されはしたものの、まだ正午(風の刻は一日の四つめの刻なので、その終わりが正午だ)まで二刻以上あると説得した。

 

 「さて……」

 囚われたのは二人。団長とプリシラ。

 放っておいたら二人とも殺され、そのまま攻めてこられるが、二百人……おれを差し出す場合は百と一人の命で残りは許してやる、というのが向こうの主張だ。

 

 当然だが、信用は出来ない。差し出したら皆殺しにする筈だったのを許す?団長等も解放する?

 正気か?交渉になってるのかそれ?

 

 人質と金を交換とか割とありがちな話な訳で、だがしかしこれはそんなんじゃない。

 皆殺しに出来るけど見逃してやる、って何らかの重要な物品と引き換えならば、という形で使うものだろう。

 或いは、支配者として君臨する場合か。

 

 「カラドリウス……まさか居座って支配する気か?」

 「馬鹿を言わないでくれる?ワタシでも分かるわよ、有り得ない」

 と、慌ただしく砦に駆け込んでいったレオンを見送って呟いていると、残っていたエルフの姫が答えた。

 

 「だよな。例えこの場を支配しても、そうなればルー姐や皇狼騎士団とかち合うことになる」

 おれはノア姫の言葉に頷く。

 そうだ。恐怖で実効支配してというのも可笑しい。主力が出てくるのが分かりきっているのに、そんなことしても意味がない。

 「差し出せって言うのも、それが命なのは変だしな」

 「ええ。彼等は真性異言(ゼノグラシア)じゃないものね」

 「真性異言?」

 

 気になってふと、始水、と呼んでみる。

 「『ああ、その事ですか兄さん?

 一部AGXと呼ばれる機体には……ブリューナクという死者の想いを、魂を燃料として放つ雷槍が搭載されているんです。兄さんも見たことがあるでしょう?』」

 「そうか、ブリューナクって……そういうものなのか」

 

 と、ノア姫がじとっとした目で此方を見ていた。

 

 「アナタ、また変なもの持ってきたのね。

 まあ良いわ。ワタシも何処かで聞いただけなのだけれど、死者の魂を糧とする力があり、死霊術等をほぼ無力化出来るらしいもの。そんな真性異言ならば、確かに何人か殺す事に意味もあるでしょう」

 くすりと、エルフの姫は可笑しそうに笑った。

 

 「でも、アドラー・カラドリウスは大翼の魔神。死霊の使い手でも、真性異言でも……ない、わよね?」

 小首を傾げ、短く淡い金髪を揺らして少女はそうおれに問いかける。

 「ああ、カラドリウスは違う。真性異言なのは……魔神王の方だ」

 

 そもそも、原作テネーブルには記憶を消す力とか無かったしな。その辺りが真性異言の能力なんだろう。

 記憶操作の神器とかおれにはついぞ覚えがないし、刹月花の少年みたいなのじゃなく、AGXだのなんだのに近そうなのが恐怖だが……その分本家の第三形態こと竜魔神王ヘルカディア・テネーブルが消えてたりしないだろうか。

 

 「そう。それで?」

 綺麗な朱い瞳がおれを見据える。

 

 「アナタもそうでしょう、灰かぶりの皇子(サンドリヨン)

 真性異言として、この事態の行く末を知っていたりするんでしょう?隠すと為にならないわよ」

 「おれの知ってる限りでは、おれは失敗するんだろう。プリシラを死なせ、団長も救えず……レオンとの仲は完全に壊れる」

 

 実際、ゲーム内のおれ、レオンとの絆支援無いからな。初期支援が付いていないとかそんなんじゃなく、支援そのものが無い。

 普通、乳母兄弟ってくらいなら支援あって当然だろうって関係性なのにそんな形なのは、きっとそれだけレオンから遠ざけられているから。

 

 「そう。そうなるのね」

 だというのに、エルフの姫は問題ないわとばかりに優雅に微笑んで、おれの手を握った。

 「ノア姫」

 「で?そのアナタの知る未来に、ワタシは居たの?

 居ないでしょう?高貴で真に女神に選ばれたエルフ種が、人間なんかに手を貸すなんて……本当は有り得ないことだもの」

 余り無い胸を張って、エルフの姫は自分の存在をアピールする。

 「そんなワタシが、このノア・ミュルクヴィズが、真性異言(ゼノグラシア)の無い記憶で居る筈がない。

 だから、既にアナタにはワタシという事態を知っている未来から逸らすだけの尊い光がある。違うかしら?」

 「いや、その通りだよ、ノア姫。

 ノア姫が手伝ってくれれば、何か動かせれば……救える可能性は十分にある」

 

 ぴくり、とその長い耳がつり上がった。

 「ならば、どうするべきかは分かるかしら?」

 少しだけ挑発的なその言葉に頷いて、おれは……

 馬上から降りて、少女に左手を差し出した。

 

 「ノア姫。貴方の……エルフの力を、おれに貸して欲しい。

 おれ一人ではきっと駄目なんだ」

 「ええ、良いわ。真性異言が繋いだ縁。恩人から頼まれたなら、女神の似姿であるエルフだって、流石に断らないわよ。

 それで?どうするのかしら?大人しく、生け贄になって本当に人質を返して終わりにしてくれることを祈る?」

 座って作戦会議でもしようというのか、おれの手を支えにひらりと少女も馬上から飛び降りて、悪戯っぽく心にもないだろうことを聞いてくる。

 

 「いや、それは有り得ない」

 「あら、結構意外ね。考慮にくらい入れそうに思えるのだけれど」

 ……信頼されてるのか、違うのか。

 苦笑しながら違うさとおれは呟く。

 

 「確かにさ、おれは皇族だ。この命で民を救うのが仕事。

 でも、今回は違う。おれだけじゃなく百人も要求されているから、例えおれが自分を差し出しても民は護れない。

 それに、さ。例えおれ一人で二百人と言われても……おれは今回乗る気はないよ」 

 「へぇ、命が惜しくなった訳は無いわよね?」

 「一ヶ月ほどカラドリウスと対話して分かったんだ。

 あいつは、アルヴィナの事にかけては誠実だって。だから、アルヴィナ関係の事であれば言葉を信じるさ」

 

 だけど、とおれは拳を握る。

 「今回、おれと百人が生け贄になって?

 それとアルヴィナ・ブランシュに関係がない。少なくとも、おれには関連性が何一つ見えない。

 ならば、魔神王四天王の言葉なんて信じても裏切られるだけだ。信じれるなら最後の手段として考慮するけど、そもそもあいつを信じる事が出来ない」

 

 「ご免なさい、灰かぶり(サンドリヨン)

 言いたいことは漠然とは分かるのだけれども……そもそも、アルヴィナとは誰なのかしら?」

 ……あ。

 

 ぽん、と手を打つ。

 ノア姫も見たことがあるし救われたこともあるからそのまま言葉にしていたが……そういや記憶消えてるから分からないわな。

 

 「アルヴィナとはアルヴィナ・ブランシュ」

 「魔神王アートルムの娘辺りかしら?

 でも、彼はニクス一族に執心ではなかったかしら?」

 「屍を好き勝手動かされていたスコールにキレてたから、多分そのニクス一族と魔神王の娘だと思う」

 「親交あるような言い方ね」

 呆れたような目で此方を見てくるエルフに、告げても良いだろうとおれは決めてうなずきを返す。

 

 「知り合いというか友人……だとおれは思ってる

 あと、ノア姫の命の恩人」

 「どういうことよ」

 「アルヴィナは屍使いの魔神。ノア姫が聞いたというブリューナク?についての言葉はアルヴィナのものだ。

 それに、そもそも、ノア姫の星壊紋の治療なんて、腕輪の無いアナとヴィルジニーだけじゃ無理極まるだろ?

 あそこには、もう一人居たんだ。それが、アルヴィナ。おれたちを探るために来たらしいけれど、手を貸してくれた魔神」

 

 少しだけ少女は押し黙る。

 そして、数秒後に分かったわ、と頷いた。

 

 「そう。確かにそうね。

 お祖父様や帝祖の降臨、死んだ筈の天狼の覚醒。アナタを七大天の誰かが見守ってる気がしたから、神々の奇跡だと思っていたけれど……最後のアレ、確かに死霊術と言われればそうも思えるわね。

 それを起こしたのが、ニクスとブランシュの愛娘。確かに有り得る話。

 良いわ、信じてあげる。そして……だとすれば、手も貸してあげる。アナタと同じくらいには恩神らしいもの。

 普通魔神族の為に何かをするなんて御免だけれども、そこまで助けられたならば返さないなんて、誇りが傷つくものね」

 

 それで?とノア姫は話を促す。

 「カラドリウスはそこまでアルヴィナについて語ってくれなかった。

 あくまで真性異言、セイヴァー・オブ・ラウンズという共通の敵相手だから助けてくれただけなのか、また出会った時は敵なのか、その辺りまでは確実な事は言えないけれど……

 そこでおれを助けたことで、ちょっと立場が微妙にはなってるらしい」

 「なら、その関係でアナタの首が欲しいのかしらね?

 ほら、潔白を証明できるでしょう?」

 「だったら、おれを殺せない可能性のあるやり方に意味なくないか?

 直接強襲した方が早い」

 「ええ、そうね。

 その辺りが良く分からないわね、本当に」

 

 と、ノア姫はそのアーモンドのような目を少しだけ細めて、おれに警告する。

 「あとね、灰かぶり(サンドリヨン)に一つ忠告しておくわよ。

 ワタシは良いわ。でも、他の人にそのアルヴィナって魔神の事を話すのは止めなさい。

 多分あの銀髪娘等とも縁があったんでしょうけど、それは忘れなさい」

 「ノア姫?」

 「良い?ワタシはエルフ、人の言葉でわざわざ言ってあげるならば、七大天の眷属、幻獣よ。

 だからこそ、多少耐性があるの。そういうのが無い相手に魔神がどうとか語っても、正気を疑われるだけよ。信じてなんて貰えない」

 

 そんなことを言うノア姫の横を、忙しそうにした兵士が通りすぎていった。


 「……ん?どこへ行くんだ?」

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