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再会、或いは困惑

そうして、ゴーレム事件から16日、つまりはちょうど二週間の月日が経った(繰り返しになるが、この大陸での一週間は8日である)。

 

 そうして、漸く師のシゴきが一段落付いたおれは、修行の一環としてアナ達の孤児院へと足を運んでいた。

 右肩には巨大な袋を2段抱え、やっぱりというか完全に折れていた左腕は魔法無しなら全治3月、未だに縛って固定しておかなければならない案件ではある。

 高位の魔法さえあればまあもう治っているのは当たり前、寧ろどんな怪我だろうと死んでなければ強引にでも治して何でもないと即座に健在を見せ付けるのが力によって成り立つおれ達皇族の常ではあるのだが。魔法に押されて影の薄い薬では3月は言い過ぎにしても、1ヶ月で治るかどうかって感じだな……

 まあ忌み子たるおれに関しては残念ながら魔法で治せるものでもないのでそれは置いておいて。


 痛みは鈍く残るが、動けなくはない。故に師は容赦なく干渉してくる。酷い姿だから見せるわけにもいかないと何時もより強く追い返されるのでアイリスにも会えない。

 結果こんな仕事をさせられたのである。確かに孤児院にも食料は必要だし、おれが名義で保護した以上おれが面倒見るのは当然であり、夕方までには終わらせておけという余裕に溢れた時間設定からして運ぶという名目で暫く向こうで休めという師なりの優しさでもあるのだろうが……

 「……片腕、使えない状態、なんだけど……」

 と、愚痴も出ようというもの。ひとつ10kg(まあ、生前の単位で換算してだが)はあるだろう穀物を2袋。少年に持たせて良いものじゃないだろうこれ。

 

 まあ、それでも。運べてしまうのが仮にも皇族というものである。魔法による支援を一切やらない愚直な運び方なんてするのはおれだけで、例えば妹アイリスならば適当なゴーレムを組み上げて持たせ、第二皇子シルヴェールならば……風のクッションでも作って空中に浮かばせて運ぶだろうか。

 そんな形ではあるのだが、6歳にもなって運べないなんてことは無いだろう(皇族基準)。故にふらつきながらも、片方の肩に重りを載せて、ふらふらと向かう。


 向けられる視線は……微妙なもの。尊敬も混じるが、何とも言えない。少なくとも、事件を知る者達、つまりはあの時回りで見ていた人々から向けられるのは何とも微妙な視線。


 金払いの問題ではない。とっとと礼は払った。ばら蒔いたと言っても良い。それでも微妙なのは……事態解決そのものはおれがした訳では無いから、だろうか。

 わざとかっさらわれた、それは良い。そこでの問題ではない。単純に、皇族なのに一人で片付けられなかったという事が拐われていた子供達等から広まった、という訳だ。

 六歳のおれに何を期待している、とは言いたくもなるが、この大陸この国においては、皇子様とはそれだけの期待をされる存在なのである。例え子供であろうとも、あれしきの事態一人で終わらせて当然。そういった子供向けのお伽噺(親父に聞くに事実が6割ほど混じっているらしい。正気かよ)が沢山あるのだから。


 その幻想を抱き、故に漠然と皇族を信じる。それが民と皇族の基本であるからして、一人では事件を終わらせられなかったおれの存在はどうにも、という奴である。それが視線にも反映されているのであろう。

 皇族への信頼そのものは、事態を解決したのも皇族、それも有名な第二皇子であるという事から消えてはいないようだが……。今おれに残るのは、その重責を背負いきれていなかったという事実のみ。面子に泥を塗ったと言われればその通りとしか言えはしない。

 一度撃破した、イレギュラーな再起動が無ければ勝てた。そんな言い訳など何にもならない。追い詰めたは意味がない。勝たなければいけない。

 それが皇族の責任だ。自分が民の最強の剣である事を忘れるな……と、親父ならば言うだろう。

 

 だがまあ、くよくよしても仕方ないといえば仕方ない。

 今必要なのはただ一つ。強くなれ、それだけだ。

 まだまだ荒らされた孤児院は直されきっていなくて。補修しかけの所があちこちに見えはするものの最低限雨風は防げるように扉や窓は板で塞いでいる。

 そのボロ屋のそこだけは荒らす意味も無い為特に何ともない木材製の赤茶の屋根を見上げて、一つ心を新たにする。

 ……庭(というほど広くもない。基本的には柵で一応外と区切った狭い洗濯物干し場だが今は柵も半分壊れている為竿は撤去され空きスペースである)に椅子と机を広げ、阿呆(エッケハルト)が悠々と茶を飲んでいた。


 ……いやあれ透明だし水だな、と透明なポットを見て思い直す。

 にしても透明なポットとは中々に豪華なものを使う。この大陸、ガラス……は無くもないのだが、加工は基本属性が合った者の扱う魔法頼みという形であり、数は少なく基本的には嗜好品としての要素が強い。

 ガラス品なんてお洒落だろう?という話であり、かなりの値段で貴族家庭にしか普及していない。だが、保存中でも中身が見える入れ物の需要や窓の需要は一定量存在する。

 では透明な素材は一般には何で確保しているかというと……木の樹脂や暑い頃になると湧いてくる虫の羽根である。虫なんぞで……と言いたくはなるが、この世界の虫には巨大なものも居るし(ゲームでも敵として人間を越える大きさのカブトムシっぽい原生生物が出てくる)その羽根も相応に巨大なのだ。

 だが樹脂や羽根では透明とはいえ曇りガラスのようにくぐもった色になるのは避けられない事。そして水が中身だろうと推測付けられるほど綺麗なクリアなのはガラスという訳だ。

 「あ、皇子さま!」

 ……エッケハルトに目を奪われていたが、良く見ると一人では無い。柵の残骸に隠れるように(向こうとしては隠す気はなかったろう)他にも人が居た。

 反応して声をかけてきたのは何時ものアナだが、もう一人……栗色の髪の少女が居る。

 

 分からない……訳ではない。アレット。アレット・ベルタン。

 「ア……ん?そこの子は」

 思わずアレット、と呼び掛けて言い直し。そう言えばあの時その名前を向こうから聞いていない気がする。ならば今その名を呼ぶのは不自然だから、名前を知らないていで言葉を紡ぎ直す。


 「おいおい、忘れたのかよゼノ」

 「いや、忘れてない。

 あの時捕まってた子の一人だろ?それは覚えてる。でも名前を知らないんだ」

 その声に栗色の少女は少しだけ此方を見て目をしばたかせ……

 

 「……ニセ皇子?」

 と、そう呟いた。

 「ニセモノじゃない」

 「出来損ないのマジモノだアレットちゃん」

 そんなエッケハルトの軽口はまあ無視すると……それはそれで問題であるので止めることにして。

 「自分で言うならまだしも、他人に言われると名誉がだな」

 「そうです、皇子さまに謝ってください」

 「事実だろ」

 「自虐と侮辱は別だろエッケハルト」

 言いながら一応庭部分まで辿り着き、穀物を下ろした。


 「そんな事よりゼノ、大変だ」

 下ろすや否や、エッケハルトのバカは座れ座れと机を叩く。


 穀物が……孤児3人かかりで運べそうなので言葉に甘え、用意された椅子の一つに腰かける。地味にアレットからも、アナからも離された位置なのが信用微妙だな感があって辛いところ。

 「何が大変なんだエッケハルト。アナに嫌われたというならばおれは知らん」

 「嫌われてねぇよ!?」

 ガチャンと音をたてて揺れる水のグラス。樹脂だとそんな音がしないので、割と久方ぶりの音だ。

 ふと、ガラスの音が何かを思いだしかけて……それを振り払う。思い出しても、きっと良いことはない。

 

 「皇子さま……水、飲みますか?」

 頭を振る俺を見て穀物を運んできた疲れで立ち眩み(座ってからだが)でもしたのかと心配してくれたのだろうか。

 銀髪の少女が自分の前のカップをささやかに押し出す。

 「……いや、大丈夫だよアナ

 きっと、優しい主催者様が用意してくれるさ」

 ……だからこっそり睨むなエッケハルト。間接キスだなんだを考えたのか知らんが……

 と、そこで見回して気が付く。グラスが3つしかない事に。

 「ということで貰うぞ」

 と、エッケハルトの前の殆ど残ってない水をこれ見よがしに煽る。うん、残ってないから口を付ける必要もないな。

 

 「……野蛮、ニセ皇子」

 「野蛮は兎も角ニセ皇子じゃない。というか、そもそも座れよと言っておいてグラスが無い方が悪い」

 ふいっと、栗色の髪の少女は横を向く。嫌われたのだろうか。嫌われるようなことは……


 「遅かった」

 「何が?」

 「お姉ちゃん、まだ部屋から出られない」

 口をとがらせ、そんなことを言われる。

 「手遅れよりは良いだろう」

 「でも……!」

 「おれはおれに出来ることをした。そして、間に合いはした。

 おれから言えるのは、それだけだ」

 御免、もっと早く来ていれば。と言葉はぐっと飲み込んで。

 言ってしまうのは楽だ。気分も晴れるしアレットの機嫌もちょっとは上向くだろう。


 だが、それだけだ。それだけの為に謝ることは出来ない。皇族の謝罪にはそれなりの意味がある。気軽に頭を下げるな、意味が無くなる。毅然としろ。そう、何度も教えられている。

 ……だから、頭は下げない。御免とも言わない。言ってしまえば、この少女はもっと謝罪を要求するだろうから。

 実際問題、もっと早くにエッケハルトから色々と聞けばもっと早くに動けたかもしれない。

 

 けれども、あの時は自分の知りうる限りの情報で正しいと思う行動を取ったのだと、行動に非など無いと、だから謝罪は口にしない。

 気軽に自分が至らなかったすまないと謝る上に、誰がいざというとき従いたいだろう。その命令もミスで後で謝罪されるんじゃないか、そう思われても仕方がない。明確に非が無いならば謝るな。

 ……子供の間でそんなこと、と言いたい。言いたいけれども……皇族である自覚を常に持てと言われている以上、下手には崩せない。崩してはいけない。

 

 「……睨まないで」

 「睨んだ気は無かったよ」

 言いながら、静かに目を閉じる。

 後味の悪さに、小さく唇を噛んで。それでも謝罪はせず。

 「もう良いよ、最低」

 ふいっとまた顔を反らす気配に、目を開けた。


 「王公貴族って面倒でさ。

 謝ったら色々とスキャンダルされたりするのさ」

 その栗色の髪が触れかけた目尻に光る涙を、さっとエッケハルトが拭う。

 あいつなりのフォローだろうか。正直有り難い、あいつも貴族、似たような話は聞いているのだろう。


 「だからバカ皇子がもしももっと早くに来るには、もっと早く事件を知れてたっていう運の良さでしか無理だったんだよ」

 ……いや、散々お前も同類(転生者)かと二人して基本事項話す前にお前が実はさと今回の事について話してれば間に合ったぞエッケハルト。

 おれはアナ達孤児に手を出すペド野郎共じゃないからと捕まってるだけでそれ以上はない安全だと思って確実に人質だ何だが起きない時まで待とうとしてただけで、と悪気があったわけでもあるまいし言っても仕方ないことで少しだけ目は細め。

 

 「それは置いといて、大変なんだゼノ」

 「それは、おれとお前に共通の話か?」

 「そうだ」

 頷く焔髪に、多分ゲームではとか何だだろうなと当たりを付け。

 「アナ、穀物見てきてくれるか?

 基本的には粥にして食べるものだし……一昨日レオンが持ってきたろう干し肉とか入れて煮るんだ」

 「お腹、空いたの?」

 「昼は運んだアレ食ってこい、って言われてるよ。何時も豪華なものばかりじゃないさ。皇族だからこそ、皆の食事も知れという話」

 「……がんばります」

 こくりと頷いて、銀髪の少女は席を立つ。

 実は昼は食ってきたので騙すようで悪いのだが……それでも転生云々を聞かせるわけにもいかないので、席を外して貰う。

 「……ニセ皇子」

 「貰っていけ、アレット。

 詫びじゃないけれども、折角来たんだから」


 詫びじゃないと強調。寧ろこれで詫びみたいなものと認識してくれると助かる。

 「あっそうだ、アレットちゃん、出来上がったら俺の分も持ってきて」

 そうして体よく出来上がるまで見ててとアレットも人払い。

 

 聞き耳立ててる馬鹿もまあ居ないと確認して。

 「で、どうしたエッケハルト」

 そう聞き、返ってきた答えに呆然とした。

 

 「リリーナが増えたぁ?」

 リリーナって増えるものだっけ?

 「そうなんだよゼノ。どうしよう」

 「ちょっと待て、リリーナってまさかお前が飼ってるペットとか……じゃないよな?淫ピ……桃とか日焼け……金とかだよな?」

 と、わざともしも魔法で聞いてる奴が居たとして分かりにくいように言い直しつつ略して聞き返す。


 正確には淫ピリーナ、ロリリーナ、日焼けリーナの3種。この世界に近しいゲームの本家主人公(リリーナ)の選べる3タイプの立ち絵である。

 ふわふわのピンク髪の正統派乙女ゲー主人公、全体的に小さく神秘的な黒髪、胸も背も大きめの金髪褐色の3種。

 イメージとしてはザ・乙女ゲー主人公、レーターの趣味が出た片メカクレロリ(自由枠)、テンプレギャル。最後を選んだときの口調は全部ギャル口調にすると流用出来ないからか普通だしちょっと浮いてねこいつ……感は中々のもの。

 ロリリーナ時にシルヴェールルートやってしまって事案臭が中々にした事も覚えている。

 他が16なのに対してロリリーナだけ13くらいに見えるんだよなアレ。


 「そう、それ。

 桃居るだろ?」

 「ああ、居るな」

 原作主人公が居るかどうか確認しようとした際、確かにリリーナという名前のピンク髪の子を存在を確認した。年は同じでアグノエル子爵家。

 階級はキャラクリエイトの結果によって伯爵、子爵、男爵のいずれかの家だった事になるのでゲーム的には子爵家だから本物だとかそういったことは言えないのだが……まあ間違いないだろう。

 因みに爵位は一部キャラの好感度の上下に補正を掛ける。家柄が格上か格下か等でちょっとだけイベント等が違うわけだ。

 「子爵家だろ?」

 「お前も確認したのかエッケハルト」

 

 「それでさ。

 ……男爵家が他の家に縁ある息子以外の跡継ぎのいなささに業を煮やして、商人に嫁いだ娘の子を引き取った」

 「ほうほう、それが?」

 多分名前リリーナで黒髪でちっこいんだろうな、とアタリを付けながら頷く。

 「多分あいつ、ロリリーナだ」

 「……名前は?」

 「リリーナ」

 「同い年の貴族に二人とか流行ってんのかその名前」 


 と、言いかけて気が付く。

 リリーナ、つまりは主人公たる少女は聖女である。聖女の属性は天、天、天以外。天、天は聖女故の力の強さにより重なって表記されるようになったという話なので、今現在は天、天以外となるはず。

 魔法の資質は産まれ持ったもの。エッケハルトが何を望もうが火属性なように、おれに何があろうが属性が無く魔法が使えないように、アナがどれだけ練習しても水、天なように、一生変わることはない。

 変化するとしたら、圧倒的な力により重ね表記になる事だけ。ならばだ。天属性を含む2属性を持たなければ聖女じゃないと言えるのではないかと。

 ……幸い、同い年なので桃色リリーナについては調べられた。おれと同じときに覚醒の儀を受けていたのでさっくりと見つかった。結果は天、火。天を含むので聖女足り得る。

 

 「んで、その子の属性は?」

 「天、影だ」

 「……ダウト、出来ないな」

 「だろ?」

 エッケハルトと二人、顔を突き合わせる。

 

 「まさか、実はどっかの伯爵家の隠し子でしたーって金出てきたりしてな、天、土辺りで」

 「はっはっはっ、まっさかぁー

 流石にネット小説の読みすぎだぜゼノ」

 「読んだこと無いわ、家にネット環境無かったから……」

 「……マジかよ。そういう家なら、近所のねーちゃんも可愛がるか……」

 「んまあ、不幸だったって記憶はないんだけどな。

 ってかごめん、おすすめだって一部だけ印刷させてもらって家で本にして読んでた」

 と、うんうん頷くこの世界でおれがおれとして接せる現状唯一の相手に笑って。

 自分でも確認しておくか、と心に決めるのであった。

ちなみに主人公君ここではこんな格好付けてますが、だが謝らないはマジで格好付けしかないです

後々ぽんぽん謝るようになるので、平民相手にイキってるだけです

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