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軍服、或いはツインテール

「……此処は」

 そうして、おれは居るべき場所へと戻ってくる。

 

 「結局、約束は外に出られるようにだったのに……」

 静かに佇む遺跡の外壁を見て、おれは……

 

 「『あ、気に病まなくて大丈夫です兄さん。

 そもそもですね、契約すれば外に出られるならば……原作第一部でゼノの横に私が居ないのが可笑しいじゃないですか』」

 ……聞こえちゃいけない声が聞こえた気がする。

 

 「『む、失礼な事を考えましたか兄さん?

 兄さんの耳を治したのは私の魔法なんですよ?その際にちょっと忌々しい魔神娘の魔法の残滓を使って兄さんと話せる魔法くらい構築したって良いじゃないですか』」

 「自由だなオイ!?」

 「『仮にも神様の化身を舐めないで下さい。聖女に特別な力を与えたのも私ですよ?まあ正確に言えば精神である私ではなく、本体ですけどね』」

 

 「……とりあえず、始水は外には……」 

 「『所謂因子が足りないという奴です。けっきょく契約があっても外には私は行けません。そもそも契約は最初からある以上出られるならば兄さんを迎えに行ってるので当然ですね。

 ああ、何にも出来ないのかって顔はやめて下さい。兄さんのお陰で因子は増えたので、かの魔神王が直接出向いてくる頃に兄さんが外から扉を開けてくれれば、私も外に行けます。

 元々は向こうから攻めてこない限り、ちょっと聖女を選ぶとか神器を貸し出すくらいしか出来ませんでしたからね』」

 「そうか……意味はあったんだな」

 「『無かったら兄さん相手に詐欺を働いたことになりますし。

 ……と、あまり話をすると体力を使いますね。必要な時は右耳に触れて私を呼んでください』」

 それだけ言うと、ぷつりと幼馴染の声は途切れた。

 

 一息吐いて、しっかりと握り締めたままの刀を見下ろす。

 周囲にカラドリウスは居ない。その羽根が近くに散っていたりもしない。

 砦に帰ったのか、さもなくばこの世界に戻った……つまり本体とリンクし直した事を機に、本体に戻ってフィードバックをしたのか……その辺りは不明。

 が、とりあえず、おれとこの先同行する気はないという事だけは良く分かる。

 

 当然だな、おれと同行していたのはあくまでもそれしか戻る手段がないから。転移妨害くらい出来ますよ?と始水が言っていた以上、おれと一緒に出る以外では妨害されて終わりだろう。

 だがこの先も居たら、アルヴィナに迷惑がかかるんだろうな。カラドリウスはアルヴィナと婚約しているらしいし、婚約者が裏切り者認定されたらアルヴィナにも火の粉が飛ぶ。

 

 「……ってのんびりしてる場合かよ」

 カラドリウスとは多少分かりあえはした。だが、それはあくまでもカラドリウス個人とだ。

 襲ってきた魔神族等全てと和解したとかそういった話ではない。一ヶ月前に、カラドリウスと転移したその時に砦に残った彼らは止まらず襲撃をし続けているかもしれないのだ。

 

 のうのうと過ごしている場合ではない。

 鞘は近くに落ちていたりはしない。抜き身のままの刀を握り、おれは地面を蹴った。

 

 そうして……まだその場に存在する結晶の砦を尻目に駆け抜けて、各所が壊れているものの原型を留めた騎士団の砦に辿り着く。

 そんなおれを門の上から眺めていた影が、ふわりとおれの前に降り立った。

 

 それは、父譲りの銀髪……よりは桜色みがかった髪を左右でふわりと緩く纏め、藍色に近い色の瞳をした一人の美少女であった。

 ……間違えた、いや美少女で良いか。

 白を基調とした軍服。襟は黒く、肩には黄金色の飾りが映えていて、胸元には赤いリボンと狼の紋。下はズボンではなく膝上20cm?のチェックスカート。

 そんな、皇狼騎士団の一員を見て、おれは……

 

 「ルー姐」

 と、一言その美少女()の名前を呼んだ。

 「ゼノちゃん、本当に生きてたんだ」

 「生きてましたよ」

 「そっか」

 「ルー姐。おれが居ない間に起こったことを教えてくれませんか?」

 「んーと、ここで聞く?それとも休みながら?」

 と、忌み子な弟にも朗らかにその美少女はおれと同じくらいの目線の高さでそんなことを聞いてきた。

 

 「カラドリウスと邂逅、一時共闘により不可解な転移先を脱出、それが今までのおれの経緯です。

 向こうにもアドラー・カラドリウスが戻っている筈。彼の人となりを知り、一時は共闘もしたから向こうも情が湧いてくれている事を願いたいものの……あまりうかうかもしてられません」

 と、おれは簡潔に言葉を紡ぐ。

 簡潔で良い。この人とおれとは互いに我が道を往くからあまりベタベタと絡まないだけ。言葉少なくとも、言いたいことは互いに分かる。

 

 「よし、じゃ此処で。

 でもゼノちゃん、はいお水」

 と、その美少女はひょいと腰を漁り、折り畳めるコップを取り出すと魔法でその中に水を貯め、おれに差し出した。

 

 「すいません、戴きます」

 そう言って、おれはコップに口をつける。

 始水がくれたもの並にキンキンに冷えているそれが、体に染み渡る気がする。

 

 「……それでルー姐」

 「ゼノちゃん、まず一個訂正というか、すり合わせ」

 「何ですか、それ」

 「その場所では一ヶ月だったんだろうけど……この世界では、ゼノちゃん達が行方不明だったのは一年以上の事。大体十ヶ月に渡って、四天王アドラーとゼノちゃんは居なかった事になってる」

 「……一年以上も」

 いや、流石に死んだって噂を始水が……ティアが知れるなんて早すぎないかとは思ってたんだ。この世界の一ヶ月って四十八日な訳で、流石に電話とか無いのに広まりすぎだろうと。

 だが、その十倍あれば分かるな。

 

 時間軸がズレてたのか……本気であそこは特別な隔てられた空間なんだな。

 

 ってそういう話をする時じゃない。

 

 「その間に、とりあえずまずはタテガミの人達が来てたんだけど……アイちゃんがまた体調崩してね?」

 ちなみに、おれがゼノちゃんな事から分かるように、アイちゃんとは妹のアイリスの事だ。

 

 「アイリスは無事ですか?」

 「もう持ち直したって。

 でも、あの騎士団はアイリス派だから戻らなきゃいけなくて、でも戻る訳にもいかない相手が居て。

 だからお(ねえ)さんが代わりに来たよって感じ」

 ふわりとしたツインテールを揺らし、美少女はそう告げた。

 

 「その相手とは」

 「エルクルル・ナラシンハ。あのタテガミの子は戦いたそうにしてたんだけど、もう撃退しちゃった。

 ごめんねって謝っておいて」

 「いや、あいつもカラドリウスも影。何時か本体と戦うことになりますよ」

 「……戦うんだ」

 「その為の騎士団って、ルー姐に連名して貰った時に話したでしょう?」

 

 そう、竪神達の騎士団を発足する時にとか、何度か助けて貰ったんだ。

 

 「本気なんだ。ルー姐ちゃん嬉しいよ。

 ゼノちゃんは逃げたりしないって、代行してた甲斐があった」

 うんうんと頷く美少女。

 

 「よし、頑張れ!ゼノちゃん!」

 と、その美少女はそのしなやかな手をおれの背に回し、軽くおれに抱き付いた。

 恐らくそれは、おれへのエール。

 

 ふわりと、柑橘類系……レモラなる緑の皮のソレだろう香水の香りが髪から薫る。

 

 しなやかで予想より柔らかな手がおれの背を軽く叩くが……

 「ルー姐」

 離された瞬間に少しだけ距離を取るようにして、おれはその美少女を見る。

 

 「そういうの、勘違い多発させて悲劇を産むと思う」

 「あはは、ゼノちゃんは相変わらず固いねー」

 ……そういう問題ではないと思う、とおれは眼前の銀髪ツインテール軍服美少女……にしか見えない家族にそう内心で突っ込みを入れた。

 

 ルー姐の本名はルディウス。おれの四つ上の皇狼騎士団長。

 男装の麗人ならぬ、女装の麗嬢?……って違うか。

 そう、彼は女性の気持ちを知ると言って11歳で初めて女装した後その道から戻ってこなかったとはいえ、れっきとしたおれの『兄』なのである。

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