表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

217/687

IfEND 『水底に揺蕩うは安寧の星』

若しも、直前でそれでも!と返せず言い澱んだら、の始水ヤンデレifとなります。ifですので、此処で終わる可能性があったよ、くらいの認識でお読みください。

「起きてください、ほら、もう四度目の朝ですよ」

 とんとんと肩を揺する優しく少し体温の低いひんやりした手の感覚に、不意に意識が戻る。

 

 「……おや、本当に起きましたね」

 目を開けてまず飛び込んでくるのは、二次元から抜け出してきたかのような現代日本人としてはあまり似つかわしくない青い髪と瞳。まだまだ未完成のやわらかな幼さの中に全てを呑み込み揺蕩う何かを感じさせる理知的な顔立ち

 何だっけ?バブみを感じてオギャれるロリママだっけ……?とネットで聞いた評を思い出す。

 

 「まだ起きるとは思っていませんでした。すみません、兄さんしか食べないものをわざわざ何度も作っては古くなるので捨てるのは勿体無いですから」

 と、少女は体が沈むふかふかのベッド(当然おれ所有ではない。うちはマットレス一枚だ)に何故か寝かされているおれを余所に、ちりんとベルを鳴らした。

 

 「はい、私です。では兄さんの為のご飯を。

 ええ今すぐです、胃も体もボロボロで歯も欠けてるんですからそれを考慮して食べやすくお願いしますね?」

 恐らくベルを鳴らすと音声が繋がるのだろう、虚空に向けて語る少女。

 ……事態についていけない。

 

 目をしばたかせるおれを、家では割とこうですよ?とたまに見せてくれた和服でベッド脇に立って見下ろしてくる13歳財閥令嬢。

 「さて、兄さん。頭の方は大丈夫ですか?」

 「……ヤバいのか?」

 「事情は覚えていますか?記憶はありますか?

 恋人で妹な私の事はしっかり覚えていますよね?」

 何だろう、この違和感。始水ってこんな性格してたっけ?

 

 「……いや、恋人で妹って矛盾してないか?」

 「いえ、矛盾はありません」

 「そもそも幼馴染だろ、始水」

 そのおれの言葉にはい、と幼馴染は微笑みを浮かべる。

 「正解ですよ兄さん。倒れる前までの記憶はある程度しっかりしているようで安心しました。

 頭も顔も強く打っていましたからね、記憶に混濁があるか試したんです」

 「否定しなければ記憶が混乱しているって事でわざと嘘を?」

 「ああ、さっきの本当ですよ?」

 その言葉に目をしばたかせる。体は上手く動かない。

 

 「いやいやいや、幼馴染で」

 「妹です。恋人……かは、とりあえず今は置いておきましょうか。私と兄さんの関係を、その程度の言葉に押し込む必要もありませんし」

 ……更に違和感が強まる。

 

 日本に名だたるゴールドスターグループの御令嬢、金星始水はおれ、獅童三千矢の幼馴染である。

 自分達がいずれ従える庶民の事も彼等の中で学ぶべきだと家の方針で小学校と大学の二回は良家専用のお嬢様学校ではなく一般の学校に通う事になっていた彼女は、世間を分からず怖いもの知らずなガキだらけ故に、偉いってウザいと苛めの標的にされていた。

 その際に変に庇って自分も苛められた事から、何だかそこそこ仲良くなったのだ。分別がついた高学年頃からはもうお嬢様に変な手出しとかヤバくね?と始水は遠巻きというか苛めてた過去を黒歴史と周囲が怯えて苛めなど起きようはずもなくなったが、今でもおれとの変な形の絆は残っている。

 そう、昔苛めを通して傷を舐めあった?くらいの幼馴染。それにしては何だか言動が……

 

 「ああ、兄さん。今日から……いえ、二日前から兄さんの家は此処になりましたから」

 「へ?」

 「兄さんの両親の財産二億ちょっとを目当てに保護者を名乗っていた叔父達ですが、ちょっと宝くじの当たり券をちらつかせてあげたら二つ返事で親権手離してくれました」

 いや何してるんだあの人達!?

 

 薄々親と兄妹を喪った後に全然知らないあの人達が引き取ってくれたのは財産目当てなのは知っていた。でも……

 「なので私が買いました。いえ、人身売買はただの犯罪ですから違いますね。

 たまたま一等の宝くじを手に入れた獅童の家が、たまたまその時昏睡していた兄さんを見捨ててそのお金で海外に移住してしまったので、たまたま縁のあった私達金星家が兄さんの親権を継ぎました」

 「たまたまなのか」

 「不思議な偶然です。ですがこれで兄さんと兄妹のフリをすれば一人っ子な御令嬢と別人に振る舞えるという防犯名目でなく、名実ともに兄さんと呼ぶのが正しくなりました。

 

 ……もっと早くにやれば良かったと今では思います。あの程度の金で兄さんを手離すとは思いませんでしたから」

 「いや、おれの価値はそんな無いぞ始水?」

 「まぁ、私はお金で計るモノではないと値段付ける気にもなりませんが、それをわざわざ値段付けさせた上に安かったのが不満なだけですよ」

 不満を露に、体の線の出ない和服(といっても下はスカート的な形)で肩を小さく怒らせて少女は語った。

 

 「……ところで、兄さんは本当に大丈夫ですか?

 今までの経緯は」

 「確か、暗い体育倉庫に鍵かけられて閉じ込められて……」

 まだ上手く動かない体が震える。

 

 確かおれは、あの日護ろうと抱き締めた妹を盾に生き残った墜落した飛行機の暗がりを思い出し、半狂乱で小窓から抜け出そうとして……

 「ええ。たまたま今の私の学校が創立記念日で、たまたま放課後兄さんにサプライズで会いに行こうとしていて、たまたま門近くの体育用具室で変な音がしたのを聞いて、たまたま不安に駆られて見に行かせて貰ったから、足を滑らせてバスケットボール箱に頭を打ち付けそのまま平均台に歯を打って崩れ落ちた兄さんを発見できたんです」

 きゅっとおれの手が握られる。

 

 「本当に偶然がここまで重ならなかったら死んでたんですよ、兄さん?」

 死。

 今のおれには、何だか遠い感覚。

 「ええ、だから兄さんはもう私が居ないと駄目だと思って買い取ることにしたわけです」

 

 等々と心配そうに見つめながら語る幼馴染。だけれども、おれの動かない体は、駆け巡る意識はそんな事があったはずなのに遠い感覚に思いを馳せていて……

 

 ああ、そうだと思い出す。

 遠い記憶。忘れていちゃ駄目だったもの。

 「そうだ、これは夢なんだな、始水」

 何故、意識不明の重体だったらしいおれが、目覚めた直後に語られた事故状況を遠く感じたのか。

 おれは、そうだ。あの事故の後……

 

 「大丈夫ですよ兄さん。これは現実です。此処が現実です。助からない可能性とか夢の話ですよ」 

 「違う。おれはあの地で、皆を護らないと」

 第七皇子ゼノ。民を護る剣にして盾。おれは転生したあの世界で

 

 「おや、最近ネットで流行りの異世界転生ですか?

 私が昏睡した兄さんの無事を祈っている頃、当の兄さんの意識は随分と楽しい夢を見ていたんですね?」

 くすりと笑っておれの頭を撫でてくる同い年のお嬢様。

 

 その姿に見覚えがある。そう、おれの転生後の最後の記憶にあった幼馴染の姿。本当に最初からそうだったのか、記憶の中の姿形があの神のものに補正されて本来の彼女の顔を忘れてしまったのかは定かではないが、その外見は紛れもなく……っ

 

 「……夢なんかであるものか、始水。いや、ティア」

 ほんの少しの沈黙が豪華な白と青の部屋を支配する。

 「ノンノティリス、余計な加護を……」

 ぽつりと、小さく少女は言った。

 

 「兄さん、夢です」

 「夢じゃなかった。君はあの世界の神だ。ティアミシュタル・アラスティル」

 その名をおれは知らなかった。転生先はゲーム世界ということで幾つも覚えがある状況や覚えのある相手に出会ったが、彼女の称号ではなく名前はゲームには出ていなかったから。

 

 これが夢なはずがない。 

 「いえ、夢です。兄さんは異世界転生の夢を見て、現実に帰ってきた」

 その背に、氷の翼が見える。額には氷の角も。

 「そんな龍の意匠がある日本人なんて居ない。何処のファンタジーだ」

 「此処の日本の現実ですよ」

 「君は」

 「兄さん」

 

 何処までも優しい声音に声帯が凍りつく。何も言えなくなる。

 「兄さん、私の知っている兄さんは、それはもう馬鹿です」

 ……誉められてるのか貶されてるのか。何処までも包み込むような優しい海の声音で、少女は語る。

 「だからこそ、死んでも折れません。折れることを知りません。そんな兄さんは……私の問いかけに何と答えました?」

 「……それでもこれが、おれの果たすべき使命だ」

 その言葉は覚えていない。けれども、返すべき言葉は多分これだろうと分かる。

 

 なのに、おれの頭を撫で続ける13歳姿の水神は、諭すようにおれの眼を覆う。

 「それすら言い澱んだんですよ、兄さん。返すべき言葉としては最低限のそれすら、ね」

 「……え?」

 「なので、兄さんの戦いは終わりです」

 「そんなのっ!」

 

 思わず叫ぶ

 「残された皆はどうなる!君はあの世界を見守る神なんじゃないのか、始水!」

 「ええ、そうですよ?

 ですが、簡単な話です。だから兄さんが転生したんです。ゲームという形で未来を知っていたら、必死に世界を護るために動きますもんね、兄さん」

 

 幻ではなく現実に生やした翼をぱたぱたさせて少女は神様アピールをする。

 「でも、元々迫害気味だったのは確かですが、あれだけ行動しても兄さんの周囲は変わらなかった。兄さんに助けられることを当然と思った」

 「こんなことは……っ」

 「まあ例外が居たのはそうでしょう。居なかったら怒ります。

 ですが、多くはなかった」

 「けれど、居たんだろう、なら!」

 「それでも、兄さん?

 私の知る限り、絶対に兄さんはさっきの言葉を言い澱みませんよ。それが澱む程苦しかったなら、もう良いでしょう?

 彼等彼女等にはもう兄さんは過ぎた代物です。自力で救われる辛さを味わって貰いましょう。ええ、大丈夫です、兄さんが引き受けてくれたろう多くの傷が残るだけで、きっと何とか勝てますから」

 「始水っ!おれを今すぐ……」

 なのに、おれは怒りたいのに。

 

 頭を撫で続けるひんやりした手は優しく、おれの意識を落として行く。

 「兄さん。兄さんはもう傷付く必要はありません。一生分以上やりました。

 御休みなさい、兄さん。起きたらスッキリ余計な事は忘れて、私と水族館に行きましょうね?」

 動かなきゃ……

 

 諦めるな、おれは……護らなきゃ。いけない、もの、を……

 「もう良いんですよ、兄さん。

 今生が終わった後で、また頑張りましょうね?」




ENDING No.if01『水底に揺蕩うは安寧の星』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ