アルヴィナ・ブランシュとブラザーハラスメント(side:アルヴィナ・ブランシュ)
「……兄様」
お兄ちゃんとは呼びたくないから、ボクはそう呼んでくれと言われた呼び方を使って、二人きりになった後の亜似を呼ぶ。
様と呼ぶのはあんまり良くないけど、呼び捨てやお兄ちゃんと同じ呼び方よりは良い。
あの銀髪があの皇子をずっと皇子さまと呼んでいたのもそうだけど、様という敬称には距離感がある。
だから、良い。
「ん?どうしたアルヴィナ。
駄目だからな、外は危険なんだからアルヴィナはちゃんと此処に居るんだぞ」
そう語りかけてくるのは、表面的にはお兄ちゃんと少しだけ似ていて。お兄ちゃんも過保護気味だったけど、その実態は違う。
「兄様、ボク、婚約者を弔いたい」
「駄目だアルヴィナ、あの皇子は……アルヴィナが見てた間ずっと真性異言であることを秘匿しきれた皇子は危険だ。カラドリウスだってあいつに殺されたんだぞ」
……お兄ちゃんは、彼をアドラーと呼ぶ。ミネルの事をカラドリウス、その兄は友人だからアドラーと。
そうじゃない辺り……やっぱり、この亜似はお兄ちゃんの姿をして、お兄ちゃんの立場に居るけれど、お兄ちゃんと違ってボク達への積み重ねた想いなんかは何もない。
「でも、ボクは婚約者。そして、死霊術士。
大丈夫、深入りはしないし、死は見慣れてる」
「でもなぁ……」
尚も目を泳がせて渋る亜似。
明らかに怪しい。ボクを行かせたくない理由があるのがバレバレ。
その理由なら、もう知っているけれど、言って良いのか少し迷う。
「兄様。ボクを行かせたくないのは……」
周囲を見回す。
誰もいない。いや、お兄ちゃんは居るけれど、ボクだけが居ることを視認できる程度。周囲には……関わってくるような相手は居ない。
本当は居て欲しかったけど、それがバレたら大事。演技ではボクは亜似の忠実な妹をやっていないといけないから、誰にも漏れないように注意したというポーズが重要。
そうして、きょろきょろと耳を左右に振りながら周囲を確認すると、ボクはベッドに座って、当然の顔で妹のベッドに座る不躾な亜似の目を見上げた。
「本当は、兄様が処理したから?」
「っ!」
唇を咬み、亜似が驚愕の表情を浮かべる。
「何を……」
「アドラー・カラドリウスの影を創ったのはボク。壊れてるか壊れてないかくらい、わかる。
だから、影を通さず殺されてる」
「アルヴィナっ!」
「……うぐっ」
その結晶の右手が、ボクの喉を掴みあげる。
「兄……様、くるしい」
「アルヴィナ、お前」
「ボク、怒って……ない」
思わず浮かんだ涙を眼に溜めて訴える。
すると、少しして喉は離された……けど、ちょっと痛い。
「けほっ」
「アルヴィナ、誰にも言うな、言ったら……」
「……ボクと兄様の秘密。分かってる。
でもどうして、殺してくれたの?」
本当はくれた、という言葉は使いたくない。好きじゃないけど嫌いでもない、言ってしまえばあの銀髪にとっての穏便な出会いかたをしたエッケハルト辺境伯子のような彼を殺したことを、良かったことのようには流石に言いたくない。
でも、ボクは……亜似の望むボクらしく振る舞わないとお兄ちゃんすら喪いそうだから、わざと酷いことを言う。
「ボクのため?ボクが鬱陶しがってたから?」
「アルヴィナ?本気で怒ってないのか?」
「ボクはお兄ちゃんの味方だから」
決して、亜似の味方じゃない。
「怒る気もないし、ちゃんと死霊術で復活させて従わせる気。でも、困った」
「何が」
「死霊術は、何でもかんでも使える訳じゃなくて、死者と対話しなきゃいけない。
ボクは納得してても、殺された理由が分からないと、上手くいかない」
「そっか」
言って、亜似は片方が剣になっている翼をこれ見よがしにベッドの上で広げて、混沌の瞳でボクを見据えた。
「本気で俺の事を信じての発言なんだよな、アルヴィナ?
全部、兄様の為なんだよな?」
こくりと、ボクは頷く。
「お前はカラドリウスみたいな裏切り者になり得る奴じゃないよな?」
「ボクは絶対に裏切らない。
この瞳が証拠」
と、ボクは胸元に下げた皇子の瞳を閉じ込めたアクセサリーを翳す。
「絶対に?」
「ボクが皇子から奪ったこの瞳に誓って」
……ボクは、ボクを最後まで信じて明鏡止水の瞳をくれた皇子を裏切らない。
嘘は言っていない。ボクはこの瞳を裏切らない。
亜似とは最初から裏切るとかそういった関係じゃないから裏切れない。
「……そっか。
なら良いんだけどさ、アルヴィナ。アルヴィナとカラドリウスだけは、俺を裏切る可能性があった。だから、先んじてカラドリウスを処分しておいたんだ。あいつが裏切って四天王を……そして魔神族そのものを揺らがす前に、士気を上げ、まとめ上げる礎になってもらった」
「……心外。ボクもなんて」
耳がぴくりと跳ねるのがもどかしい。この嘘はバレないで欲しい。
「でも、分かった。
彼等はニクスを連れていたから、カラドリウスだけは裏切る可能性があった」
ボクを通してお母さんを見てる感じの時もあったし、可能性はなくもないと思う。
「兄様は正しい。これならボクもちゃんと出来る」
嘘だけど。
でも、裏切る可能性が高いという点は正しい。
ボクは実際に亜似ではなく皇子とお兄ちゃんの味方だし、その事で結果的に亜似と敵対した時に着いてきてくれるとしたら四天王では……ボクが強く言えば仕方ないと言ってくれるカラドリウス一人。
ニーラは本当はお兄ちゃんに味方したいと思うけど、ボクと違ってテネーブル・ブランシュの存在が四天王である理由の大部分だからこそ、鎖を外せない。
残り二人は別にお兄ちゃんの事を好きだから従ってる訳じゃないけど、享楽的に人間を使って殺して誑かして遊びたいから従ってる者達。ボクが人間側に立つと言って着いてきてくれる筈がない。彼等はテネーブルではなく、暴れさせてくれる魔神王という存在に着いていく。
なら、事情を知れば幾らでも屍を使うことはできる。
そう思ってボクはベッドから立とうとして……
「駄目だぞー、アルヴィナ」
兄の姿をしたモノに立ちはだかられた。
「アルヴィナ、裏切らない証拠に……」
亜似の視線が胸元の瞳に向けられ、ボクはきゅっとそれを握り締める。
「ま、とらないって。忠誠の証なんだろ?」
こくりと頷く。余計なことを言わないように頑張る。
「アルヴィナ、それとは別に……忠誠の証拠に、キスしろ」
なんて、馬鹿は言ったのだった。
「キ、ス?」
ボクは首を捻る。
……言ってることはわかる。でも、何で?
「婚約者に操なんて立ててない証明、お兄ちゃんが大事なことの証明。
出来るだろ、アルヴィナ?裏切っていないなら」
「兄妹でそれは恥ずかしい。頬で良い?」
「駄目。恥ずかしくても……出来るんだから、やろうな?」
「……分かった」
亜似と唇を合わせる。考えただけでおぞましい。
お兄ちゃん相手でも、ちょっと嫌。それなのに、亜似なんて願い下げ。
だから、眼を瞑ってまだ亜似よりマシな相手として……皇子相手と思おうとするけれど、そうするだけで更に吐き気が襲ってくる。事実は違うと分かっているから、より耐えられなくなる。
でも、やらなきゃいけないなら。
意を決して、ボクは眼を閉じて……
触れたのは、濡れていない柔らかな感触。
ぱちりと眼を開くと、そこには……
「何をやってるの?」
呆れたように亜似とボクの唇の間に手を翳して遮るニーラ・ウォルテールの姿があった。
「んー、兄妹の団欒。
ま、アルヴィナが本気で人間にかぶれて裏切る気がないのは分かったし、今はま、ここまでで良いや」
そんな亜似を見て、ボクは助かった……と小さく息を吐く。
でも、何が?
その答えは、今のボクには良く分からなかった。
次回は23の月曜日です




