暴嵐、或いは見極めの風
「……言葉は無いよな、人間」
静かに、ひんやりとした遺跡に風が吹く。
何処から空気が入っているのかも分からない海底遺跡。普段は風などあろうはずがない。空気が清浄だが、それは恐らく水を司る龍姫の御技。
風を司る猿侯が居ないこの場に涼風など吹かせなければ無いのだ。
「言葉は要らない。馬鹿を理解するのに、馬鹿の妄言に付き合っても煙にまかれるのが精々だ」
「馬鹿にそんな策があるとでも言うんですか?」
「上等な策なんて無いだろ。ただ、その分飛躍した理論を振りかざすのが馬鹿だ。言葉で分かりあうなんて……それこそ馬鹿げてる」
羽ばたく鳥の翼が嵐を巻き起こし、小さな緑風の竜巻が青年魔神の姿を覆い隠す。
「言葉じゃない。態度だけが、真実を語る!」
竜巻の中に赤い光が浮かび上がったかと思った瞬間、腕爪に嵐を纏い、紅の残光が後を引きながら、暴嵐の四天王が前に出た始水を飛び越すように跳躍し、おれの背後から襲い掛かる。
「……っ!それがお前の答えなのか、カラドリウス!」
「答えじゃないけどな!」
おれは手にした愛刀で嵐を受け止める。が、規則的に吹き荒れる風が薄く幅もそう無い刀身を煽り、激突点が滑る。
刃の表面を渡り、爪がおれの右腕へと空を裂いて……
「……良い!」
何となく意志を感じる。天狼にとって力の源とも思われている角を埋め込んだだけあっておれの意志で触れて操作する以外にも勝手に時たま所有者を護るように雷を放つ事がある愛刀の角を左手で包んで放出を抑えながら、おれは刀を大きく切り上げて刀身をレールに走る爪の軌道を逸らす。
「哮雷の剣ケラウノス!随分なものを持っている!」
「いや違うんだが!?」
これは月花迅雷、哮雷の剣を目指して作られた刀な訳だが。
「アルヴィナ様の言葉には無かったが、随分な武器だこった!」
だが、と更に嵐は膨れ、一歩下がったおれを追う。
「お前のもう一個の切り札はどうした!
抜いて見せろよ、真性異言!轟き燃え盛る、あの忌まわしい剣を!」
猛り狂う嵐が、最早エメラルド色の光という程に腕に集約し、カラドリウスの爪を覆う。
「お前の全部、アルヴィナ様へのどうこうも、全部、覆い隠せると思ってんじゃねぇぞ」
……来る。
その直感と共に、おれは振り上げた体勢の刀を引き下ろし、騎士の礼のように胸元に捧げる。
諦めではない。師に習った技でもない。
「パラディオン・ネイルッ!」
「……らぁっ!」
突き出される爪を、刀の腹で受け止める。
あくまでも斬る気はない。敵として戦いたい訳ではない。だからこそ刃を向けず、神器の不滅と呼べる程の圧倒的頑健さを利用して普通の刀なら曲がり折れるような無茶な受け止め方を押し通す。
「……カラドリウス!おれの言葉は変わらない!
アルヴィナの婚約者なら、お前とだって……分かりあえると思うから!今は戦いたい訳じゃない!」
「甘いことを、ほざく!本気なら、それを見せてみろ!全てを使って……やってみせろぉぉっ!」
更に風が強まる。
「おらぁっ!」
爪と刀が打ち合う最中、背の翼で空に居るが故に自由な魔神青年の左足が閃く。
「っ!」
それをおれは足を浮かせて叩きあわせるように迎撃。
「ぐっ!」
走る衝撃。片足立ちの格好になるがゆえにバランスが上手く取りきれないが、ステータスにものを言わせて無理矢理グリップして前傾に体を押し込むことで耐え……
「やっぱりな」
不意に、更なる風が吹く。
風の鞭による足払い。魔力魔法の使い手による手足に次ぐ武器の一撃。
残された左足の支えを崩されたおれは……
ふわりと、柔らかでひんやりしたものに抱き抱えられた。
「兄さん。大丈夫ですよね?」
「ちぇっ」
必殺の輝爪も氷の盾に吸われ、それを砕くもまあ良いかとばかりにそう残念そうでもなく青年は羽ばたいておれから距離を取る。
「御免、助かったよ始水」
「私は兄さんの味方ですから」
痛む左足を庇うように右足で立ち……
あ痛っ!鳥の魔神だけあって足にも爪があるから軽く右足表面も引き裂かれたか。
流石は高級そうな黒ズボンの下が素足なだけある。
「……硬った。爪割れたわ鋼鉄製かこの馬鹿」
……何だ、痛み分けだったのか。
何とも気が抜ける。おれもそうだが、向こうも意識としてはガチで殺し合いという程ではないのだろう。相互理解への道は閉じていない。
「にしても、女の子に護られるとは良い身分だな。そう思わないか?」
「アルヴィナ達にも散々護られておれは此処に居る。情けなさは思うが、今更だ!」
「全くだ!それで俺はアルヴィナ様を死地に送らされた訳だしな!」
びゅうと吹く風の刃。
「兄さんと話すか私と戦うかどちらかにしてくれませんか?」
それを二度現れた氷の盾受け止め、始水はじとっとした眼を浮かべた。
「結果的には無事だったから許してくれないか?」
「それで許されたら未遂の罪は不要だろう!実際に起こってなければ良いのかよ!」
「確かに!」
言われてみればそうだな、と始水の腕の中から離れておれは立ち上がろうとして……
「いや丸め込まれないで下さい兄さん」
「……すまない」
「……使ってこい、真性異言。
隠してんじゃねぇ。その刀は確かに強いが、アルヴィナ様の知らないものじゃない。
アルヴィナ様の力をほんの少し感じる」
……そうなのか、とおれは手元の刀に眼を落とす。
アルヴィナが死んだまま操ったから、遺志が角に残っているとかそういう事だろうか。
「……おれには分からない。でも、感じない……事もない」
ずっと、おれを、皆を、護ろうとしてくれているのか。
ならばこそ、下手は打てない。そこまでしてくれたあの母狼に顔向けの出来ないような事を、やるわけにはいかない。
「だったら違う。アトラスだがアガートラームだかアルビオンだかアルトアイネスだかアカツキだかセツゲツカだか何だか知らないが!お前にもあるんだろう?」
「……来い!デュランダル!」
言葉に合わせ、おれは叫ぶ。
うん、来ないな。
いや、何となく知ってたが。
「ふっざけてんのか」
「大真面目だ。おれの力は轟火の剣を本来の所有者でなく使う力……だと思う。ただそれは、真性異言相手以外に振るうものじゃない。
だから、カラドリウス相手には意味を為さない」
わかるだろ?とおれは相手を見る。
「あの時おれを通してアガートラーム戦を見ていたアルヴィナから聞いてるだろう?」
「聞いていたら即刻殺していたんだが?」
……そりゃそうだった。おれが真性異言かどうかの話で、おれが轟火の剣を使えると言われたら疑惑どころか確定、即刻有罪に決まってる。
「アルヴィナから轟火の剣の話くらい、聞いただろ」
「聞いたのは、忌々しい帝祖をこき使ってアトラスを撃退したという話……」
はあ、と青年魔神は息を吐く。
「言われてみれば、お前が轟火の剣を使えなければあの場にそんなもの存在しないか」
次回更新は8/19です。
もう少しカラドリウス君とのイチャイチャ(絶対違う)にお付き合いください。彼とわかり合えるタイミング、此処しかないので……




