疑惑、或いは誑かし
「そうか、アルヴィナはそんな……」
カラドリウスからそうして話を聞き、おれは頷いた。
カラドリウス自体、影の存在という問題がある為そこまで長居は出来ず深くは聞いてなかったらしいが、流石に婚約者であるアルヴィナの事は耳にしていたらしく、おれとアルヴィナがまだ一応は協力関係であると理解したからか教えてくれるようになった。
「要っておくけど、人の婚約者に手を出したら泥棒だぞ」
「互いに納得してなければな。知ってるよ」
おれとニコレットだと婚約はしてても別に?な関係性だからそう呟く。
「オイ」
半眼で引っ掛かれた。
「いや、おれと婚約者って冷えきってるからさ……。アルヴィナとカラドリウスは違うって分かってるし、そもそもあれは恋愛感情じゃない。お互いにそうだと思う」
恋愛感情がアルヴィナにあったら、今頃おれは死んでるだろう。
あの刹月花の少年の言っていた屍天皇ゼノって、恐らくはアルヴィナ側がおれに恋愛感情を持ち、おれを殺して屍に変えた状態のおれを指す言葉なのだろうし。
だからアルヴィナと居るおれを見て、四天王……じゃなくて屍天皇ゼノと呼んだ。
……あれ?でも死霊術って死者が納得してないと上手く使えないとアルヴィナが言ってなかったか?好きなように操れるわけではないとか。
……その割に屍天皇とかになるのかおれ……
自分でその自分が分からなくなって……いやアルヴィナに殺されるなら良いやと思った事もあるし、その延長なら分からなくもな……
いや流石にだとしても、その道はアナ達多くを不幸にする道だ。何でそんなもの選ぶ可能性があるんだろうな、本物のゼノ。
そんな道、おれはまず選べないだろう。
「恋愛感情は無い、か」
「アルヴィナは気に入ったものを殺す。おれの事は……友達、とは思っていたとは信じているけれど、傍に置いておきたい程じゃ無かったんだろうな」
だから、とおれは苦笑する。
「そういう点では、婚約者の障害にならないしなる気もないよ」
四天王アドラー・カラドリウスは普通にゲームでもアルヴィナによる死霊術で蘇った姿が出てくるしな。
それを言ったら他の四天王もなんだけど。
「……あんま信じられないんだけど?」
「信じてくれ以外の言葉を言えないんだが?」
「兄さんはそういうの疎いですよ、カラドリウス」
「始水、それフォローなのか?」
最近、幼馴染が冷たい気がする。
「フォローじゃありませんよ、兄さん。批判です」
「批判だったのか」
「兄さんは私を始めとして女の子を泣かせるのが得意ですからね」
「それでアルヴィナ様も……」
「知りませんよ、私は私の見解を言ってるだけですから」
こんな言い種だが、始水の表情は柔らかで。少しからかう空気を混ぜて言葉を紡ぐ。
「寧ろ安心出来るんじゃないですか?
私はもう兄さんがこんななのは慣れっこですし、これが兄さんだからもう矯正なんて端から諦めてますが」
「見捨ててるのかよ」
良く分からんなとばかりに、カラドリウスが首を捻った。
「いえ、違います。馬鹿を言わないで下さい。私は兄さんを見捨てません。
獅童三千矢がゼノなのはもう仕方がない事ですから、そこを変えようという考えを止めただけです」
「……そうなのか」
「……普通に考えて貰えないようなものを普通に当然の顔で渡されて諦めましたから」
「……一つ聞くけど、どんなものだ?
眼?」
と、興味を引かれたのか、大翼の魔神が問い掛けた。
その冠羽根が小さく揺れる。
「そんなおぞましいもの貰っても嫌ですよ。寧ろ貴方は指とか眼とか貰って嬉しいんですか?」
「そんなものを渡されたら、アルヴィナ様を見るたびに申し訳なくなる」
「アルヴィナは喜んでくれたんだが……」
パン、と横で始水が手を打ち合わせ、おれは反射的に背筋を伸ばす。
「はい、こういうことです。私は要らないから兄さんもそんな猟奇的なプレゼントはして来ませんでしたが……
自分と自分の持ち物の価値を低く見るんですよ、兄さんは。だから、片眼だって欲しがられたら差し出すんです」
心底呆れたような表情が、おれを貫く。
「まさか、アルヴィナ様が自慢気に見せてくる瞳が、本気で贈り物だったとは……」
魔神の青年はその鉤爪の手で額を抑え、唸った。
「『有り得る筈がない、アルヴィナ様は本当にあの皇子を利用するだけ利用して捨てたんだろ?』と、自慢気にテネーブルに進言した立場が……」
「……なんというか、悪い」
「ふざけてんのかお前」
「アルヴィナに対しても大真面目だった」
「さては馬鹿だろお前」
もうダメだこいつはとばかりに、カラドリウスが大きく溜め息を吐く。
「もう良い。難しい策略だとか何も考えてねぇわこいつ」
「それはどうも」
……何て言って良いか分からず、とりあえずお礼?でも言っておく。
「アルヴィナ様を誑かそうとしたのも、筋金入りどころか筋金で出来た馬鹿だからか」
「……兄さんをあまり愚弄すると手が出ますよ、カラドリウス」
と、おれを庇うように始水が前に出る。
「諦めたんだろ?」
「ええ、諦めました。そして、兄さん自身ではなく取り巻く環境を変えることにしたんです。
……そうでなければ、嫉妬深い龍が兄さんが誰と付き合っても良いなんて、幾ら契約があってもそうそう言いませんよ」
「というかだカラドリウス、誑かすって何なんだ」
「知ってるだろう、真性異言」
すっと、底冷えのする声が治りかけのおれの右耳に涼風のように吹き込んできた。
「……どうして分かった」
「アルヴィナ様の言動を聞けば分かるっての
アルヴィナ様は真性異言かもしれないから厄介だし殺そうというお前に対するテネーブルの議題を、こういう理由でボクの役に立つから駄目だと一蹴した。
アルヴィナ様が前提を否定せず強い物言いで話を終わらせにかかるのは、前提が正しいが庇っている場合。
つまり、テネーブルは気が付かなかったが……お前はアルヴィナ様を誑かす真性異言、違わないだろ?」
どこか気が抜けたように見えていたカラドリウスの体が不意を突くように風を纏う。
「策は無くとも、都合の良い未来を知ってその通りに動く!
そうだよな、人間っ!」




