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疑惑、或いは龍の巣

「……兄さん」

 四天王アドラー・カラドリウスの影が周囲を見てくると席を外している間に、おれの耳にふわりと涼しい息が吹き掛けられた。

 

 「始水、どうしたんだ?

 ああ、あのちょっと恥ずかしい治療の時間か」

 と、頷くおれ。

 「違います。あと、あれは……龍人の体液を通すことで兄さんの呪いを中和してるんです。必要な事であって趣味……こほん、単なる恥ずかしいことでは無いことを理解してくださいね」

 趣味なのか、始水。

 いや、人の耳を龍人故に先端が少し尖った上に二又に別れた舌で舐めるの、趣味なのか……

 

 「必要だからやってるんです。別に私は唾液で無くても良いんですが……」

 これみよがしに、少女は白魚のような……実際に日が当たったことがないのだろう少し不健康なほどに白い左手の小指を立ててみせる。

 「例えば、この指を鱗で切って、流した血を使っても同じですけれど……

 兄さんもそちらの方が嫌でしょう?」

 「いやまあ、始水が痛そうにしてるのは見たくないが」

 「私が痛いのと、兄さんが恥ずかしいの、どちらがマシですか?」

 「……好きに舐めてくれ」

 お手上げだ。

 恥ずかしいことは恥ずかしいんだが、舌戦弱いからなおれ。始水相手だと基本的に手も足も出ない。

 

 勝てたのは、始水の未来のためにも折れるわけにはいかなかった、中学校の進学先の喧嘩だけ。

 

 「あ、余計なことを考えてますね、兄さん」

 ぴょこりとおれと背丈を合わせるために作り出していた氷の足場から飛び降りて、龍少女はくすりと笑った。

 

 「今は私の疑問に答えてくださいね。

 兄さん、兄さんが誰かにその左目をあげた……のはまあ良いです。今更私が怒っても一切取り返しはつきませんからもう良いです」

 少しだけ唇を尖らせ、幼馴染は呟きを続ける。

 「魔神族と仲良くしようというのもまあ、そういう手で未来を切り開く手段も……無くはないでしょうね。

 可能性としては低くはなりますけど……当初、魔神王の妹が人間側に付くというシナリオも想定があったそうですから」

 「そうなのか」

 「兄さんなら知らずにその道を目指してると思いました。

 ええ、魔神王の妹アルヴィナ・ブランシュ。彼女が選べる聖女の外見のひとつに良く似ているのは、容量とテキスト差分の多さから没になったシナリオ……

 聖女として目覚め葛藤しながら恋をして、最終的に人間側として兄と対峙する魔神聖女。そこの主人公を折角グラフィックがあるからと流用したものらしいですからね」

 「だから、アルヴィナはリリーナ・アルヴィナって名乗ってたのか。

 後は……名乗らせた魔神王はその没シナリオの話を知っていても可笑しくない、と」

 と、おれは納得したように頷く。


 「どうでしょう?外見流用なだけあって瓜二つだから名乗らせてみただけかもしれませんよ?

 兎に角、没シナリオ……って後々出た分厚いガイドブックには書いてありましたし、そもそも此処はゲームの中ではなくひとつの世界です。ですからゲームではこうだった、が全部通用するはずもありませんが……

 それでも、ゲームに酷似していることは確かです。誰かが小さな世界間の繋がりからこの世界の有り得る可能性を夢に見て、ゲームシナリオというように書き上げたのかもしれませんね。なら、没シナリオ(低い可能性)でも、それなりの参考にはなるでしょう」 

 「……アルヴィナの事を聞きたいのか、始水?」

 「いえ別に。寧ろ止めてください。

 幾ら私でも、兄さんの口から他の女の子と仲良くした話を聞く事に耐性はあまり無いんです」

 

 「……耐性」

 何の?いや、たまに今の始水が分からなくなるというか……

 

 「契約の(えにし)。基本的に誰から兄さんマウントを取られても平気ですが、兄さんからだとちょっと傷付きます」

 「……良く分からないけどごめん」

 

 良いんです、と本来の大きさにした翼を広げ、龍そのものの瞳孔の裂けた蒼い瞳がおれを映す。

 

 「兄さん。兄さんでも分かるように言っておきます。

 龍は嫉妬心と独占欲が強いんです。身動きを取るわけにもいかなくなりつつも、七天に数えられる中でただ一柱、一番近く……世界の内側で世界を取り囲む海として見守る事にした程に。だから……」

 にっこりと、始水は笑う。

 

 「どれだけ他の娘と仲良くしても良いんです。兄さんが幸せになってくれるなら、浮気でも本気でも何でも私は応援します。

 でも、私の前でそれを口に出さないで下さい。私があえて聞かない限りは、ね。そうでないと……」

 不意に、おれの首筋に冷たいものが触れる。

 それは、少女の白い右手。ステータス面でいえばイカれofイカれ。皇族すら越える神の似姿の、その気になれば鋼より数段硬いおれの首をへし折れるだけの力が、まだ白く痕の残る首筋の傷跡をくすぐったくなぞる。

 

 「私、兄さんを巣から出ていかないようにしたくなっちゃいますから。

 二度と、傷付かないように。眼を離した隙に死んでしまわないように。兄さんの心がどれだけ誰かの為に命を捨てなきゃいけないとばかりに泣き叫んでも、私の為に永遠に使われてくださいとずっと……」

 「……心配してくれるんだな、始水」

 「ええ、一度兄さんには置いていかれていますから。

 ってそうじゃありませんよ兄さん。私が聞きたいのは、魔神王の娘と仲良くするのは良いとして、どうしてその辺りの事情をあっさりと伝えたのか、ですよ」

 ああそれか、と気軽に頷く。

 簡単な理由なんだよな、アレ。

 

 「始水。あいつは真性異言(ゼノグラシア)だからってテネーブルを裏切れない。でもな、逆に言えば縛りはそれだけっぽいんだよ。

 あいつがアルヴィナが一番ってことをおれは信じた。なら、アルヴィナの立場が悪くなる事実を、例え真性異言(ゼノグラシア)で無い本物相手だったとしても、カラドリウスは語ることはない。なら、アルヴィナは無事の筈。

 だったらさ、真実を話した方が分かり合える、おれはそう思ったんだ」

 

 そうですか、と少女は納得したように頷く。

 「……でも、忘れちゃ駄目ですからね兄さん。

 彼等は確かに分かり合える可能性はあります。けれど、基本は敵です。ゲームの話通りに進めば兄さんと殺し合うような相手です。それを念頭に警戒してくださいね。

 信じすぎて……」

 首筋に回した手を引き寄せておれの耳に唇を近付け、ふぅと始水は息をふきかける。

 「もっと酷い怪我を負ったり、死んだりしたら怒りますからね、兄さん」

 「分かってる。おれが勝手に信じたいだけ。相手の態度が示す意志を見誤ったりしないよ」

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