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銀の少女と天空山、或いはカクヨム掲載おまけエピソード

カクヨムで掲載するにあたって追加したおまけ短編(文字数5桁)。アナちゃんとちょっとイチャイチャしつつ天狼 is chefするだけのおまけです。時系列は此所ということで追加しましたが、読んでなくても特に問題はないです。

「アナ」

 ボロボロの左手を吊ったまま、おれは孤児院の庭先で横でじーっとおれを見つめる少女に声をかけた。

 びくっ!と肩を震わせて此方を見られると、何だか悪い気分になってくるんだが……

 

 「アナ。やっぱり、何か守れるものがあるべきだと思うんだが……」

 「皇子さまはわたしたちを護ってくれましたよ?」

 大丈夫です、と微笑みが返ってくるが……そういうことではない。

 

 「あれは単純に上手く噛み合っただけだ。例えば声に気が付かなかったら?全員拐われていて声を上げる誰かが居なかったら?

 おれがアイアンゴーレムに勝てなかった……ならそれは単純におれの責任だが」

 「そんなことないです!皇子さまは精一杯なのに」

 「力が足りなきゃ意味ないんだよ、アナ。

 必要なのは結果だけだ。過程にも努力にも、結果が伴わなければ価値なんて無い」

 少しだけ寂しく、自嘲気味に嗤う。

 「努力したに意味があるのは、子供だけだよ。そしておれは子供である以前に……責任を負う皇族なんだから。

 結果を出せない努力を誇っちゃいけない。結果を出せなければ唯の塵屑だよ」

 ……だから、おれは塵屑だ。救うべき、護るべき多くのものをこの手から溢れ落としたのだから。

 

 「えっとつまり?」

 こてん、とアナが首をかしげる。その左サイドテールがふわりと風に揺れた。

 「アイリスからの提案なんだけどさ、君達を雇えないかって」

 「やとう?わたし、おしごとなんて……」

 ちらりと少女が自分達の孤児院を振り返り、呟く。

 「おそうじはちょっと出来ますし、わたしはお料理も皆の中では出来る方なんですけど……」

 突き合わせた指をくるくると回して、椅子に座った少女は悩む。

 「おかねを貰える出来じゃないですよ?」

 「それでも良いんだよ。君達を護る手立てになるなら。

 それこそ、奴隷でも」

 「どれい……」

 少女はぽーっと自分の掌を見た。

 

 「わたし、どれいでも良いですよ?

 それで、皇子さまが満足してくれるなら」

 「満足しない言葉の綾だそもそもおれに誰かの人生の責任なんて負えるはずがないから忘れてくれ」

 奴隷なんてもっての他だ。命を含めた全てを捧げさせるが代わりに命を保証するこの世界の奴隷制度を否定する訳じゃないが、おれ自身が奴隷を買うのは真っ平御免だから焦っておれは言う。

 「ふふっ、じょーだんですよ皇子さま。

 わたしだって、流石にどれいになるのはちょっとやですし」

 くすくすと口許に手を当てて、幼い少女は笑った。

 

 「でも、いきなりどうしたんですか?」

 「いや、親父や師匠にまともに責任も持てんのか貴様はってどやされて……」

 「でも、皇子さま?

 雇うってみんなですか?」

 それは……とアナと二人、周囲で遊ぶ子供達を見る。

 4歳~8歳の子供達10人ほどと、今はちょっと奉公ではないが職業訓練に外出している11歳と13歳。

 全員を雇うとなると……

 

 「厳しいな」

 「なら、だめです。わたしだけなら嫌です」

 「……この場所が大事?」

 「はい。両親の事は知りませんし、あんまり余裕はないですけど……」 

 胸に手を当てて、誇らしげに語る少女。

 「いや、ごめん」

 「あ、皇子さまを責めてる訳じゃないです!

 二度助けてくれて、色々修繕するお金やご飯の品数を増やせるようにしてくれたり、ほんとうに助かってるんですよ?

 夜中にお腹減ったって言われることも減りましたし……」

 「あーっ!」

 軌道が逸れておれへと飛んでくるボールをヘディングで打ち返す。

 

 「こんなボールだって、前はボロの一個をみんなで使う遊びしか出来なかったんですよ?」

 その光景にぱちぱちと拍手しながら、銀の髪の少女は上手いですと褒めてくれる。

 「今では皇子さまが買ってくれたから楽しく遊べますけど

 だから、皇子さまが居てくれたからほんとうに感謝してもしきれないんですけど……やっぱり、わたしを拾って生かしてくれた此処が、わたしのおうちなんです。

 だから、一人だけ出ていくなんて、やっぱりあんまりしたくないです」

 その瞳は強い光を湛えていて。

 

 「分かったよアナ。もう言わない。

 全員を雇えるならその時に」

 「ごめんなさい、ワガママですよね?」

 申し訳なさそうに視線を落とす少女に、おれは気にするなってとその肩を優しく叩いて答えた。

 

 「と、今良いな馬鹿弟子?」

 と、現れるのは二角の偉丈夫。和装に身を包み、額から生えた前に突き出した二本の角が何よりの威圧感を持つおれの師。

 

 「っ!ひっ!?」

 二本の角は西方に暮らす脅威の鬼の証。怯えたアナはおれの背に逃げ込んで顔を埋め、遊んでいた子供達も我先にとボールを放り出して孤児院に飛び込んで扉と窓を閉めきった。

 

 「あー、苦手か?」

 その光景に苦笑し、はぁ、と息を吐くのは……おれの師、グゥイである。

 身元の知れたサムライで、額の角が示すように、半分化け物。西方の皇族と、鬼のハーフ。故に畏れられ、忌まれ、家族からは受け入れられたものの……表舞台には決して出れず、放浪する中父に言われておれの師として今此処に居てくれる。

 顔も言動も怖いが、何だかんだ怖いだけでそこそこ優しいし、同じく忌まれる血としてかおれの事も気にかけてくれている。

 そうでなければ、刀なんて特注してくれやしない。

 

 「師匠。存在が怖い」

 「慣れろ」

 「おれは行けましたが、皆は無理です。お面か何か被ってひょうきんな姿をしてくれれば何とかなるかもしれませんが……」

 そんなおれのすっとんきょうな提案に、くつくつと馬鹿らしく男は笑った

 「あ、あの……

 皇子さまのお師匠さま?アイアンゴーレムの時はありがとうございました。お陰で、わたしもみんなも皇子さまも助かりました」

 おっかなびっくり、顔だけおれの背から出して、アナが頭を下げる。

 

 「そうか。助かったか。

 馬鹿弟子一人で勝てたはずだがな」

 そして、彼はおれを見下ろす。

 「だからな、馬鹿弟子。付いてこい、修業の時間だ」

 首根っこを掴まれるおれ。

 そのままぷらぷらと揺れて連れていかれるおれを必死に追うアナ。

 「ま、待ってください!皇子さまは片手折れてるんですよ!?駄目です」

 「そんな状況からでも勝てなければいけない。その修業にはちょうど良いだろう」

 「死んじゃいますって!」

 「心配ならお前も来い」

 その横暴に、一瞬だけ足をすくませて。

 「分かりました、行きます!」

 けれども覚悟を決めたようにアイスブルーの瞳に強い光を湛え、きゅっと髪飾りを握りこんで胸元に当てて、少女はそう答えたのだった。

 

 「……ゼノ、貴様ならこの馬に何と名を付ける?」

 父皇シグルドの炎そのもののような熱い瞳がおれを睨む。

 本人は睨んでいるつもりもないのだろうけれど、彼は何時も怖い。存在が恐ろしい。

 

 そんなおれの前に居るのは、修業に向かおうとしたら父が引いてきた一頭の白馬だ。文字通り赤く燃える炎で出来た鬣を持つ、アーモンドのような形のオリーブ色の瞳の子馬。生後……何ヵ月だろうか、少なくとも一年は経っていないだろう大きさで、静かにおれを眺めながら立っている。

 馬によっては火傷痕と呪いのせいか割と怯えられるおれだが、この馬は落ち着いているな。そして……

 

 「親父」

 「まずは名を呼べ、全てはそれからだ」

 静かな声に威圧され、おれの背に隠れた少女がびくりと震えた。

 「アミュ。アミュグダレーオークス」

 オリーブ色の、アーモンドのような形の瞳。ならばこうだろうとおれは呟いて……

 

 「ほう、その心は?」

 心なしか上機嫌な父は、その馬の手綱をおれへと投げ渡す。

 「このネオサラブレッド種は、親父の愛馬の血筋だと思ったから。

 なら、エリヤオークスの名から、オークスの字を貰うべきだと思って」

 しっかりと手綱を受けとり、おれは父の顔を見上げて、そう告げた。

 「……そうだな。ならば、こいつの名はそれにしよう。ちょっと長いがな」

 

 そして、と父はおれを見下ろす。

 「貴様の馬ではないが、誕生祝いとしてアイリスにやるものだ。とはいえ、あやつは馬に興味など無いだろう。

 故、アイリス派として貴様が管理しろ」

 つまり、それは実質おれへという事なのでは?

 だが、それを聞くには早く、父の姿は炎と共に転移してしまった。

 後には、おれとアナ……そして、心配してくれたのか砕けて吊っている腕をぺろりと舐めてくれる子馬だけが残された。

 

 そうして、今。

 おれは師に連れられて、修業場への道を駆けている。

 乗馬は……割と馴れたもの。貴族としての嗜み、一ヶ月でマスターとまではいかないが乗れるようにはなった。

 

 それにだ、とおれは手綱を一度離して燃える鬣を避けて白馬の首を撫でる。

 流石は父の愛馬の子……いや孫なネオサラブレッド種というか、かなり大人しく此方に合わせてくれるのだ。振り落とされないように気を付けてくれているので、片手手綱の2人乗りだというのにかなり安定して走れている。というか、手綱が無くても余裕。

 

 「アナ、平気?」

 「こ、怖いですよ?」

 「離したら落ちかねないから、気を付けてくれ!」

 「ぜ、ぜったい離さないです!」

 と、ますます少女は後ろからおれに抱きついてくる。幼さ故の熱い体温が背に押し付けられて、何ともむず痒い。

 

 そんなおれ達の横をさも当然の面して並走する師が、その光景にくつくつと笑った。

 ところで師匠?幾ら子馬で無理をさせられないとはいえ、アミュグダレーオークスの時速は約250kmくらいと目算してるんだけれども……いや真面目に何で並走してるんですかね!?ネオサラブレッド種って、ドラゴンとかワイバーンによる航空戦力にすら負けないとんでも馬なはずなんだけどさ!?

 「馬鹿弟子が、魔法を使えば追い付けるだろう?」

 「それは貴方か親父かアイリス……あとルディウス兄さんと……」

 案外多いな、平均時速250km越え勢!

 今のおれが全力で走った時の約4倍とか速すぎるんだけど、恐らく七つの皇の名を冠する騎士団の団長辺りなら全員今のアミュと並走できるだろう、生身で。

 アイリスだけはまあ、ゴーレムでだけどな。

 

 うん、止めよう、自分の至らなさに虚しくなってくる。

 

 そうこうして、数刻。時計の針が3周半した頃。

 ちなみにだが、8つの刻に合わせて針が一周するごとに表になる絵柄が変わることで今が何の刻かを、針の進みで今その刻のどの辺りかを示すこれが、この世界の一般的な時計である。ま、時間の数えかたが違うし、時計の発展も変わって当たり前だな。

 

 漸くというか、もうというか目的地……の麓に到着する。

 其所は、王都からすら見えるというか、大陸の大半の場所から見えることで方角の指針となるもの。宇宙まで届くのではとされるし、実際雲を遥かに突き抜けて聳え立つ、ニホンの縮尺に直して標高100000m程あるとされる伝説の山、天空山である。

 地球では確か標高80km程から宇宙と呼ばれることもあったらしいし、それを考えると……うん、宇宙まで届く山だ。高さが異次元過ぎる。

 

 そして天空山を始めとした山々(といっても他の山は精々標高9000mとかそんな程度)が連なる山脈がこのマギ・ティリス大陸を東西(というには西に寄りすぎてるが)に分断していて、お陰で西方との交流は薄い。

 此処から北に暫く行けば深い森の中には女神の似姿とされるエルフの集落があり、天空山を登れば王狼の似姿とされる天狼の住処がある。そして天空山の山頂、千雷の剣座は七大天の一柱、雷纏う王狼の御座とされている。といった形で、この世界の神学からしても割と重要な地だ。

 

 といっても、エルフと聞けば心が躍るものの……この世界のエルフは神の似姿としてプライドが高いというか気難しいので交流はあまり無い。ゲームでも、イケメンと美少女しかほぼ居ない特別な種族という正に攻略対象に居そうな存在ながらそもそも人類に手を貸してくれないからと攻略可能なキャラが出てこなかったくらいだ。

 ゴブリン種はゴブリンの英雄ルークが共に皆を護るために仲間になるし、天狼種は擬人化した天狼ラインハルトがもう一人の聖女編のみだが攻略対象に居る辺り、人類への友好度は狼>ゴブリン>エルフである。いや美少年エルフの攻略対象くらい居て良かったろと思わなくもない。

 

 そんなこんなを考えつつ、バテてか四肢を折って岩場に転がる白馬に持ってきた水筒の水をやる。草原の方が柔らかいだろうに、鬣が炎だからか岩場で休むのが律儀だ。

 

 そして、横で、

 「も、もうだめです……」

 してる幼馴染の女の子にも、水を差し出す。

 「アナ、大丈夫?」

 「だ、だいじょばないです、もうわたしはだめです……疲れてからだ痛くて動けないです……」

 「大丈夫、暫く休んで良いから」

 そう水を飲ませてあげながら言うと、少女はぐったりと布を敷いた岩の上で荒い息をしながらおれを見上げた。

 

 「よく皇子さまは平気な顔出来ますね……」

 「これくらいでバテてたら師匠に見棄てられるよ」 

 そう、あまり教える気にならんと言われているレオンのように。というか、レオン未参加なのかこの合宿(?)は。

 割と扱いの差が酷い。

 

 そんな事を話していると……来た。

 山のほうを振り返るおれの眼前に、紅の雷が一発落ちた。

 

 紅の雷撃と共に降り立つのは、おれの身長の数倍……大型犬を遥かに越える体躯を持つ巨大な狼。

 その額に輝くのは透き通る蒼き一角とそれと同じ色の綺麗な瞳。雪のように真っ白とはいかないが、白い毛並みに気高さを感じさせる神の似姿とも呼ばれる伝説。

 その前脚は犬科にしては太く強靭。体勢低くどっしりと構えられるような胴から斜めに生えた構造をしており、後ろ脚はその体勢に合わせ短い。その上半身は前脚に合わせて強靭さを備えた毛が変化したろう堅い甲殻に覆われており、隙間からはバチバチとしたスパークが走る。

 ニホン……というか地球ではファンタジーの中にしか居ないだろう。しかしそれが、この世界における『狼』だ。

 神の似姿とされる天狼こそが狼であり、ニホンで知られる狂暴なデカイ犬みたいな種族ではない。他に狼と言えば、魔神族にそう名乗る化け物が居るかどうかって程度。

 犬と狼は、この世界では全くの別種なのだ。

 

 その誇り高き幻獣が、遥か標高99kmくらいはあろうかという高みにあるという住処から麓まで降りてきていた。

 「な、なんですか?」

 その瞳に見据えられた少女がびくりと震える。

 まあ、当たり前だろう。彼等はどれくらい強いかというと……師匠より強い。人類最強である親父でも神器込みで勝てるか怪しい。ゲームで見られるステータスで言えば……平均で100越えてると言えば頭の可笑しさが良く分かるだろう。キチガイ成長率のゼノ(原作)ですら登場時に100越えてるのは【精神】だけだというのに。

 つまりだ、自分を殺しかけたあのアイアンゴーレム程度なら瞬殺出来る。

 

 更に言えば、彼等は幻獣だ。魔物と違い、神々の似姿とされるだけあって魔法への耐性を持つ。どんな屈強な化け物も魔法には弱いから魔物と呼ばれるというのが定説だが、人間と同じように神の奇跡を持つ幻獣だけは例外。

 つまり、巨竜すら倒せる戦力である数百人の騎士が魔法込みで挑んでも、その気になった天狼一頭には傷一つ付けられないままに全員殺される。それだけの絶対強者に見据えられて、怯えないなんて無理だろう。

 

 「え、あ、あの……」

 おれの背に隠れ、震える少女。

 ゆっくりと近付いてきた巨狼は、頭を上げた天狼独特の体勢を崩さずにおれを少しだけ見下ろして……

 

 「誇り高き狼よ。

 おれ……いや私たちにこの地を少しだけ貸してほしい」

 おれは吊った腕を少し掲げる。

 「誰かを護れる力を得られるように。こうして……情けない姿を晒さないように」

 その言葉に、静かに蒼い瞳は見下ろしていた。

 

 『ルォォォッ!』

 今一度響く遠吠え。飛び上がった天狼が華麗に空中でサマーソルトを披露しながら10mほど後方に着々し、空いたスペースにもう一頭の天狼が降り立つ。

 ……差異としては、ほんの少し小さいのとちょっと耳の毛が多くて丸っこくふわふわしたシルエットになっているくらいだ。恐らくは先の個体とは夫婦か何かなのだろう。

 そんなもう一頭はおれの頭に鼻先を当ててちょっぴり力を込める。

 多分退いて欲しいんだろうなと思って大人しく一歩横へ。びくんと震える少女に申し訳なく思い、刀の鞘に手を掛けて見守る。

 

 だが、大丈夫だ。あの師匠が見てるだけなんだから。危険ならもう動いている筈。

 

 じっと見下ろされ、震えながらも銀の髪の少女は狼を見上げ……

 ぽふっとその頭に何かが落とされた。それは、後から来た狼が咥えていた緑の草。

 「これ、くれるんですか?」

 その言葉に狼は鼻を突き出して応えた。

 

 鼻先にあるのは子馬の尻。というかそこにくくりつけてある……深鍋だ。

 「え?これお鍋ですよ?」

 その方向を見て、アナが首を傾げる。

 「交換ですか?でも、お鍋なんてどうするんです?食べられないですよ?」

 『ルゥ!』

 問題ないとばかりに吠える狼。

 

 「というかアナ、それは?」

 「えっと、ちょっとご本で読んだんですけど、天空山にしか生えてない結構珍しい薬草だと思います。

 きっと、皇子さまが腕を吊ってたから持ってきてくれたんだと」

 そうなのだろうか。不思議そうに薬草を見る少女から目を外し、おれは一歩離れた場に君臨する巨狼を見上げる。

 すると伝説の獣は、此方に顔を向けて……ぺろりとその舌で吊ったままの左腕を嘗めた。

 

 「アナ、深鍋ってどれくらい必要?」

 「えっと、これは皇子さまが新しい鍋を買ってくれたから持ってきた取手が割れ始めた古い方ですし、此処でご飯を作る際に困るなーってくらいですけど」

 「じゃあ、交換して良いんじゃないか?」

 と、おれは持ち主である孤児院の少女に確認を取り、臆病さが見えずにしっかり逃げずに立っている白馬の尻付近から深鍋を外し、狼の眼前に差し出した。

 

 「有り難う、おれの為に薬草を持ってきてくれて」

 『ルロゥ!』

 咆哮と共に器用に前脚を閃かせて甲殻の隙間に鍋を引っ掛けて固定。

 そのまま案内するかのように雷光の帯を残して、二頭の狼は山の上へと走り去っていった。

 

 「ゆ、友好的だな……」

 「で、ですね……」

 

 「アナ、平気?」

 一日かけて山の中腹を越える。

 標高にして今は約65km程。そろそろ空気が薄く息が辛くなってくる頃だが……

 

 まだまだ行けるとばかりに尾を振って白馬は応え、その上で少女はぐったりしている。

 「師匠、まだ登るのか」

 そんな浅い息をする少女を心配して、おれは前を行く師に声を掛けた。

 アミュグダレーオークスが子馬だというのに荒れ地どころか山をひょいひょいと登れるのはちょっと予想外だったが……流石にもう空気が無さすぎておれでも息が苦しくなってくる。

 修業になるかならないかで言えばなる方だが、何の準備もない女の子に登らせる場所では間違いなく無い。

 

 「師匠!おれはまだ行けるけれど、アナが限界だ。

 連れてきた以上、これ以上の無茶は」 

 「阿呆が」

 だのに、二角の鬼人は取り合わない。凸凹した道には全く向かない下駄をからころと鳴らしながら、ただ上を目指す。

 

 「良いか馬鹿弟子が。この辺りは……」

 指射し言われて、おれは小さく振り向く。

 其処に居るのは巨大な人面の怪物マンティコアだ。翼を持たないというか退化しているのか背中の大棘ととなっているが、白髪の老人のようなざんばらの白い鬣にしわくちゃの顔、獅子の体に蠍の尻尾を持つあの姿は間違いない。

 「マンティコア……」

 勝てるだろうか、おれで。

 

 「良いか、この辺りはああした魔物が多い。そんな場所で過ごすなど……」

 ふっ、と男は笑う。

 「まあ、貴様と二人ならそれも有りだがな。ろくろく動けんそこな娘は死ぬぞ?」

 「ならもっと麓の方で」

 「麓か、それで満足か?」

 「アナの命の方が大切だ!」

 叫ぶおれ。言葉を聞きつけてしまったのか、此方を見上げるマンティコア。

 

 「くっ!」

 大棘を震わせ、振動波が地面を揺らす。

 それで動きを封じようとしつつ、人頭の巨獣は一番近くに居たおれへと飛び掛かり……

 「ならばっ!」

 だが、地面の揺れ程度で動けなくおれではない!

 吊った左腕の肘付近と腹の間の三角の隙間に鞘を突っ込んで固定。飛び込んでくるまで動かずに待機し、上半身を踊らせ噛み付こうとした瞬間に更に懐へ飛び込み、抜刀一閃。横凪ぎの銀光が

 『ウギャゥ!?』

 その後ろ脚を切り裂く!

 

 「まだっ!」

 更に抜き放った刃を手元に引き戻しながら右足を軸に反転し尻尾を狙う。

 「っ!」

 流石に甲殻に覆われた蠍の尻尾だけあって硬い!

 

 だが!

 『ガルギャァッ!』

 鞭のようにしなる尾。それを屈んで避けたおれは、屈む際にたわんだ脚をバネに、振り抜いた尾を狙って飛び上がる!

 「はあっ!」

 狙う場所はただ一つ!さっき傷付けた……節と節の甲殻の間!

 ぶしゃっと噴き出す黄色い体液。

 尾先の二節を切断され、マンティコアは苦悶の悲鳴をあげながら逃げ去って行った。

 

 「ふぅ」

 右手に被った体液を拭いつつ、刀を戻そうとして……

 「と、溶けてる!?」

 「だ、だいじょぶですか皇子さま!?」

 歪んだ刃を見てあげたすっとんきょうな声にびくりと肩を震わせ、苦しそうに馬上に突っ伏していた銀の少女が跳ね起きる。

 

 「拭うなよ馬鹿弟子。マンティコアの蠍の尾には酸と毒がある」

 「しょ、消毒しないと」

 「娘。貴様が触れると指が溶けかねんぞ。ほっとけ、どうせ皇族級の化け物にはそんな効かん。多少禿げる程度だ」

 禿げるのか。

 「皇子さま若いのに髪の毛抜けちゃったら大変ですよ!?」

 「そう思うなら、早くに上を目指すんだな」

 「こんな危険があるのにか」

 「あるからだ」

 言って、師はまた先を目指す。

 

 ふざけてるのかと思いつつも、流石に自力でアナを連れて下山するのは不安でおれはしぶしぶ彼に着いていき……

 

 辿り着いたのは、標高にして90km付近の、清浄な空気に満たされた天空であった。

 「は?」

 いきなり空気が美味しく、更にはほぼ無いレベルから比較すれば濃くなって目をしばたかせる。

 「あ、あんまり苦しく無くなりましたよ皇子さま!」

 なんて、馬上でぐったりしていた少女が起きて手を振れるくらいだ。まだ地上に比べれば薄いと言えば薄いんだが……息苦しさはほぼ無い。

 

 「師匠、これは……」

 「ここが天狼のテリトリーだ」

 「天狼の……」

 見上げた先、まだ9kmくらい上には蛇王の(むくろ)と呼ばれる天狼の住処があって。

 けれども、清浄な空気に満たされた此処には、宇宙かという高度も、伝説の幻獣の近くだという緊張もない。

 

 「これは……」

 「こういうことだ、馬鹿弟子。天狼のテリトリーに入れば安全だ」

 言われて、ふと周囲を見る。

 ウサギのような魔物が寝ている。バレバレの擬態すらせず、短い草の上で警戒心無く、だ。

 

 「肉食の魔物は?」

 「天狼のテリトリーで狩りをするものは天狼に狩られる。

 だからこそ、山頂近くには草食獣しか居ない訳だ。そこが一番安全だろう?」

 「な、なるほど……」

 「確かにそうですけど……」

 二人して頷いて、暫く過ごせそうな傾斜の緩い場所を探す。

 

 そして、白い巨石のある辺りが良いと思い、向かって……

 それが岩ではない事に気が付いた。

 

 「天狼さん?」

 『ルォン』

 体を丸めて石のように振る舞い呼び寄せた狼は、その体を伸ばして一声吠えた。


 「お、狼……さん?」

 アナがその丸く大きな目をぱちくりさせる。

 確かに、ゆっくりと丸まった状態から立ち上がる白銀の巨狼にわざわざこんな場所で昼寝する理由など無いだろう。

 一息駆ければ既に其処は住処なのだから。だというのに、わざわざ目立つように丸まっていたとすれば……

 

 「おれたちを、待っていてくれた?」

 自身を目印として。

 『ルォン』

 軽く狼は吠える。その背には、さっき引っ掛けていった深鍋がそのままで……

 

 「天狼さん、お鍋はどうするんですか?」

 師匠が無言でキャンプ出来るように色々と荷物を広げる中、一枚の布を敷いてからその上に小鉢を置き、カリカリと薬草を擦り始めた少女がその手を止めて問い掛ける。

 「あ、待ってて下さいね皇子さま。今薬草を擦って、毒液を消毒出来るようにするですから」

 なんて、おれへの言葉も忘れずに。

 

 「アナ」

 「痛いと思いますけど」

 「いや、結構平気。そもそもそこらの毒が効くとか恥ずかしくて皇族名乗れない」

 アナの気持ちも天狼の気遣いも嬉しいんだが、そうなんだよな……。いや、ピリピリはするし右手の爪は変形してるし多少は爛れているんだが。

 だとしても、所詮おれだぞ?元から顔の左側なんて火傷痕で爛れているんだから誤差だし、貴重な薬草は正直勿体無い気がする。

 

 でもだ。折角の厚意を無視するのも悪くて、それ以上は言わない。

 「有り難う、誇り高き狼よ」

 だから、おれは礼を言うだけ言っておく。

 

 「でも、本当に鍋なんて使うのか?」

 「使わないものと交換だと悪いですよ?」

 横で銀の少女も同調する。

 

 その言葉に、天狼は一声だけ吠えた。

 桜色の雷がその体から迸り、背の甲殻が雷撃に合わせて展開。隙間に挟んだ鍋が衝撃でぽーんと宙を舞い……

 躍り上がった狼がその口でしっかりと柄をキャッチ。

 

 其処に現れるのは、最初に姿を見せた個体。その背には、おれ達が山登りの最中に危険だからと鉢合わせを避けた石頭牛を一頭背負っている。

 石頭牛……アフロのような硬質かつ絡み合った体毛を持ち、角の発達した牛だ。頭を覆う部分が特にアフロみたいで特徴的だが、それだけではなく硬質の縮れ毛は四肢の関節なんかももこっとした感じに覆って保護している。衝撃には硬いが絡まる縮れ毛の隙間が奇跡のバランスでそれなりの可動域を維持してるんだよな。

 そんな牛は当然闘牛のように気性が荒い。脆い部分が剛毛で保護されている以上、一撃で切り落とすのはおれには至難の技であり、アナを狙われたらぜーはー言ってるあの娘を振り落としかねない速度で白馬が走らなければいけないとあって、鉢合わせを避けた。

 が、頭の毛は半ば焼け焦げ、片角が炭化して黒くなり、喉笛を噛み千切られた石頭牛は……天狼に手も足も出なかったのだろう。

 正に、一方的な捕食。戦闘とは呼べず、狩りと呼ぶことすら難しいかもしれないくらいに一方的だったと感じさせる亡骸をおれは畏怖と共に見上げた。

 

 体を震わせ、多分雄だろう個体が大地に牛の亡骸を転がす。そして……前肢で近くに積まれた石を退かし、その中から何かを掘り出した。

 それは……

 

 「油?」

 石の中に隠されていたのは、動物の皮にくるまれた白い柔らかそうな固形物。

 ラードとか、確かあんなだった気がする。

 「多分動物さんの油ですよ皇子さま」

 何するんだとぽかーんと見つめるおれの前で、狼は掘り出した油の塊を(つがい)が咥えた鍋の中に放り込んだ。

 

 同時、走る雷。

 『グルゥゥゥッ!』

 低く唸るような天狼の鳴き声と共に、雷を司る神の似姿は桜色の電流を周囲に……というか恐らくは金属鍋に流し続けた。

 

 暫くして、アナが出来ました!と薬をおれのちょっと毒で溶けた辺りをおっかなびっくり薬を染み込ませた布越しに拭ってくれた頃。パチパチと音が響き出す。

 「で、電熱!?」

 「お鍋を暖かくしてるんですか!?」

 香りだすのは、溶けた油の匂い。そう、これは……

 

 目を離していた方の天狼がいつの間にか牛の胴に突っ込んでいた顔を上げる。

 その白い顔を血で汚しながら咥えて引き抜くのは牛の内臓。それをぽいっと狼は頭だけ振って器用に鍋の中に投げ入れ……る寸前、銀爪が閃き空中で長い腸はバラバラになって油の煮えた鍋に落ちた。

 

 「あ、揚げ物……揚げ物やってますよ皇子さま!?」

 驚愕にアナが目を見開き、おれの右手を握ってぶんぶん振る。

 「祭とかで売ってるな、牛系魔物の内臓の揚げ物って」

 珍味として結構な値段した筈だ。

 

 「ああ、電気で熱して揚げ物するなら確かに金属の鍋があると都合が良いのか……」

 いや待て。何で狼が料理作ってるんだ。素揚げとはいえ、これは間違いなく料理の域だ。火竜が獲物を丸焼きにして食うのとは訳が違う。主に、油を別に用意する手間隙が。

 

 そういえば、と思い出す。城に飾られてる絵には天空山の山頂付近から見た景色を描いたものがあるけれど、それを描く最中に画家が崖から落としてしまった絵筆を拾って届けてくれたとか、文化分かってそうなエピソードもあるんだっけか天狼。

 

 「文明的過ぎる」 

 「さ、流石幻獣さんです……」

 二人して圧倒され、思わず拍手なんてしてしまう。

 ぱらぱらという手の合わさる音が二つ、宇宙にも届かんとする山に響いた。

 

 そして、暫くして揚げ終わったのか、耳が少しふわふわな雌っぽい方の狼は咥えた鍋を石の上に下ろす。

 だが、百度を越えているだろう油はパチパチとはぜる音をさせ続けていて……

 

 一瞬の閃き。一滴の油も溢さずに刹那の後には二切れの内臓が狼の爪先に見え、そのまま口内へと消える。

 そして……ガリガリと前肢の甲殻で近くの半透明の岩を削り始めた。

 

 「え?」

 そして削り終えると、更に爪を閃かせ、取り出したものを空中に投げると削った岩を振り掛けていた。岩塩か何かだったのだろうか。

 いや、文化的狼過ぎないか?

 

 そんな風に眺めていると……ずいと突き出される鍋。見れば、まだそれなりに中身が残っていて……

 

 「くれる、のか?」

 『ロゥ』

 短い鳴き声は恐らく肯定。

 

 「すまない、有り難う。戴くよ」

 鍋の使い方を実演したばかりか、一部振る舞ってくれるとは随分と気前が良い狼である。

 ……いや、もっと色々とお礼すべきじゃないか?

 

 そんなことを思いながら、折角くれた素揚げを、手を合わせて頭を下げてから、腰のナイフを引き抜いて突き刺して掬っていく。

 ……油がどうしても跳ねるな。波紋を少し立てるだけで取り出していた狼とは大違いだ。

 

 「分かったか、馬鹿弟子。

 先ずは……静かに水面を断つ技辺りから練習するか」

 と、ずっと他でテントを立てる作業をしていた師匠が戻ってきて言ったのだった。

 

 ちなみに、出来るようになるまで2日掛かった。結構難しいな水を跳ねさせずに断ち切るって。

 

 そんな事をしながら、時折手助けしてくれる人懐っこい?伝説にも助けられつつ、天空山での一週間の修業の日々は過ぎていくのだった。

 今度来るときはもっとお礼を持ってこないとな。例えば……この辺りというか天空山付近には生えてない果物とか。

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― 新着の感想 ―
[良い点] アイリスにあげるからゼノが管理しろなんて遠回しに馬のアミュをくれるなんて、お父上なかなかに素直じゃない(*'ω'*) でもストーリーを追って読んでいるとなんだかんだ言って、ゼノのことを気に…
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