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アルヴィナ・ブランシュと寝耳に水(side:アルヴィナ・ブランシュ)

「……ウォルテール」

 唯一今のボクが呼べる名前。ボクが話せるたった一人の名前を、ボクは呟く。

 

 迸閃の四天王ニーラ。ボクのお母さんの親友だったという少女姿の魔神ニーラ・ウォルテール。皇子のところに居たから、あの亜似の視界の届かない場所だったから外に居ても問題なかった本当のお兄ちゃん……八咫烏シロノワールは今もずっとボクの側に居る事は感じるし、ボクには見える。

 でも、呼び出せないし話も出来ない。魂だけの存在、地縛霊……というよりもボクに縛られているから自縛霊?なお兄ちゃんは、普段は誰にも見えないし干渉できない。ボクは死霊使いの本領としてそんな状態の霊も視認出来るけど、それはボクの眼が特別なだけ。

 お兄ちゃんが何も出来ない事は変わっていない。ボクに見えても、他人には見えないし勿論干渉も不可能。勿論、ボクにもお兄ちゃんが何を言ってるのか分からない。

 相互理解には、ボクが死霊術で体を作ってあげる必要がある。

 

 でも、それをしたら……他の皆にもお兄ちゃんの存在が分かってしまう。何にも干渉できない魂だけ、ボクですらボクを見守るように近くに居ることしか認識できないからこそ、お兄ちゃんの存在は亜似にバレずに済んでいるのに。

 

 お兄ちゃんが見つかった時、ボクとお兄ちゃんがどうなるのか……考えたくもない。

 元々凄い存在であるお兄ちゃんですら、こうして肉体を離れるしか無かった真性異言(ゼノグラシア)の鎖。お兄ちゃんだけじゃなく、他の魔神……四天王全員やボクといった元々お兄ちゃんとそれなりに縁がある全員の魂に絡みつく亜似の呪い。

 

 シロノワールが、お兄ちゃんが本物の魔神王だとボクが主張して、誰が同調してくれるだろう。

 昔は思考が分からなくて、今は良く分かるニーラは?元々お母さんのことをお兄ちゃんと取り合ってた……というか、お兄ちゃんの為にお母さんを諦めたアドラー・カラドリウスは?

 その二人でも、本来のお兄ちゃんと仲が良い相手でも、怪しい。


 だって、ボク自身……

 

 魂の鎖があってもしっかりと認識できているのは、皇子のおかげだから。

 

 きゅっと、胸元の首飾りを握り締める。

 胸に生えた結晶と触れ合うだけで悩ましい気持ちになる、とっても中毒性のある青い宝石の首飾り。ぱっと見は分からないけど、中に皇子の血色の瞳を閉じ込めたボクのたからもの。

 この瞳が、明鏡止水の瞳が……あの日一目惚れした光が、ボクを変えた。

 

 だって、ボクは亜似の為になんて、何一つしたくない。光ある世界に興味はあったけど、亜似のための調査でなんて、今のボクなら絶対に拒否する。

 それなのに、亜似の為に四天王の影を作って、自分と亜似の影までも用意して、小さな綻びからああして光ある世界に行ったのは……今から思えば、あの時のボク自身すら、鎖の存在に気が付きながらもそれを違和感として捉えられずにお兄ちゃんの為だからという思考に囚われていたから。

 ボクも、魔神王テネーブルの事が大好きな妹アルヴィナという役をやらされていたから、あんなことをした。

 

 本当なら、きっと今もずっと、その役を続けている。だってボクの魂の鎖は外れていない。魂使いの死霊術を、屍の皇女……ってカッコいい名前を言われるボクの力でも、緩めて影響を減らせても、無くすことは出来ない。

 

 なのに、ボクがこうなのは……この瞳のおかげ。

 明鏡止水の瞳。あの日救えなかったお母さんの為に、光へと導く先導者(ヴァンガード)であろうとし続ける、魔神王テネーブルと同じ眼。

 優しく親身なように見えて、何よりも頑なで人の話を聞かないゾクゾクする眼。

 

 だから、ボクはボクに戻れた。あの時ボクは、お兄ちゃんの為に一途に動く妹から、皇子のあの眼に焦がれた一匹の白耳の黒狼になったから。

 例えお兄ちゃんがお兄ちゃんのままだったとしても、大好きなお兄ちゃんを裏切ることになっても、それでも良いかもしれないと思わせたあの眼への激情が……魂の鎖が演じさせている役の根底にあるお兄ちゃんの為に動く妹というアルヴィナ・ブランシュ像にヒビを入れた。

 

 この気持ちが何なのか、言葉にはしにくい。お兄ちゃんへの想いと似てて、でも違う。ニーラみたいな献身ともまた違う。

 恋、というのかもしれないし、違うのかも分からないけど……。この想いが、ボクを新しいボクに変えた。

 

 お兄ちゃんか亜似かは関係ない。亜似である事で態度は変えられないけれど……テネーブル・ブランシュそのものへの想いと態度が変わるなら、それは別。皇子の存在による心境の変化は鎖の影響を受けない。

 

 お兄ちゃんは今でも大事だけど、それはそれ。


 役とは関係ないボク自身の齟齬が、皇子の眼への想いが、鎖の影響を消し去った。

 

 それは、今も続いている。

 亜似は、ボクの態度がちょっと変わったせいか、疲れてるんだとボクを部屋に閉じ込めた。だからボクはひとりぼっち。ニーラと話をする事は出来ても、ニーラはテネーブルに忠実だからお兄様が心配してるからと言って絶対に外に出して貰えない。

 そうしてきっと亜似は、ボクがまた忠実な妹の役に戻ることを待っている。

 

 でも、問題ない。ボクには大事な皇子の瞳がある。どれだけ待たれようと、ボクは揺るがない。

 だって、見惚れた揺らがない瞳がずっと胸元で見守っているのに、ボクが揺れたら情けない。

 

 ……でも、変。


 ふと、ボクは意識を内面から戻して、座った石のベッドから立ち上がる。

 ニーラ・ウォルテールを呼んでから暫く経った。

 何時もなら御呼びですかともう現れている時間。なのに、長々とボクが自分を反芻して、揺らがないと想いを新たにしなおすまで物音ひとつ無かった。

 

 ……なにかあった?

 そう思うけど、窓はないし扉には外から鍵が掛かっている。壊したら怒られるし、更に自由がなくなるから、ボクはただ待つしかない。

 

 カチャリ、と鍵が開いたのは、更に暫く後。

 

 「ウォルテ……違った」

 「アルヴィナ!」

 飛び込んできたのは、背に翼のある一人の少女魔神。

 ミネル・カラドリウス。アドラーの妹。あの皇子によく突っ掛かってきたオリハルコン色の……名前忘れた子みたいに、ボクに良く突っ掛かってくる女の子。

 同じように、別にボクの事が好きじゃない。単純に、兄と婚約しているボクが目障りなだけ……のはず。だからボクは何時も無視してきた。

 

 だって、皇子が困ってたように、ボクも困るに決まってる。向こうが勝手に婚約してきたのに、その事でお兄様の婚約者だなんて!と噛み付かれてもボク知らない。

 知らないものは知らんぷりに限る。

 

 でも、どうして?

 瞳に涙を浮かべるミネル・カラドリウスをボクは困惑と共に眺めた。

 「カラドリウス?」

 「アルヴィナ……お兄様が!」

 「……なに?」

 

 良く分からない。影として今も動いている彼がどうしたというのだろう。

 干渉は出来ないけど何となく分かる。影が壊れたら察知できる。

 だから、影が光ある世界で活動してる事だけは理解できる。

 なのに、何が?

 

 「アルヴィナ様」

 と、漸く現れたのは、フードを被った四天王のニーラ。

 「ウォルテール。これ、何?」

 

 ニーラなんて呼ばない。まだ彼女はウォルテールだから。お兄ちゃんへの献身から、ニーラ・ブランシュにならない限り名前で呼ぶ気はない。

 

 「アルヴィナ様。

 アドラーが蒼き雷刃の神器を携えた、アルヴィナ様の報告にあった皇子と交戦。四天王アドラー・カラドリウスの戦死を確認した」

 「……ん」

 

 言葉が、出なかった。

 

 「お兄様……っ!」

 とりあえず、ミネルが泣いてる理由は分かったけど……

 

 可笑しい、としかボクには思えない。

 「それは、本体の話?」

 「はい。影とあの皇子ゼノとの交戦の報告を確認後、本来不可能な筈の攻撃の本体への波及により……」

 「お兄様を蘇らせてよ!

 出来るんでしょ!」

 涙声で叫ぶミネル。

 

 ボクのところに来た理由は分かったけど……

 可笑しい。ボクの皇子にそんな事は出来ない。それに、影のダメージが本体に届く可能性はあのATLUSやそれより恐ろしいらしいあがーとらーむ?ならあるけれど……

 

 影が健在なのに本体が耐えられないなんて事は絶対に有り得ない。

 だって、影の耐久性は、本体よりずっと低い。魔法にだって弱い。

 影が無事で本体が殺されるなら、それは本体への攻撃によるもの。

 

 ……皇子の攻撃が本体へ波及するちーと?だと見せ掛けてアドラーを殺した犯人が居る。

 

 「うん。

 ボク、行って良い?ウォルテール」

 犯人の痕跡はきっとある。恐らく、それは……

 

 でも、ニーラは頷かなかった。

 その前に、ニーラが従うたった一人のニセモノが現れていたから。

 

 「ごめんな、アルヴィナ。婚約者のあんな姿、アルヴィナに見せるわけにはいかない

 そして、下手人を許すわけにも」

 

 ……いけしゃあしゃあと、ボクが分かる限り……他にボクが見付けていない真性異言(ゼノグラシア)がいない限り唯一犯人になり得る亜似は、そんな事をおくびにも出さずにボクに言ったのだった。

 

 「アルヴィナ

 あの皇子を……アドラーの仇を討つのに、力を貸してくれ」

 「……分かった」

次回更新予定は8/11です

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