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影、或いは記憶

「せいっ!」

 少しの焦りと共に刃を震い、巨大な六枚の翼を持った少女の影を両断する。

 同時、おれの背後から同じく六枚の翼を持つ別の少女の影が近付くも……

 

 「全く!楽じゃない!」

 おれへとその手の剣を振り上げ、隙を晒した脇腹へと親指が中指と水平に伸びた猛禽の爪を持つ人間からしてみれば異形の右手が嵐を纏って突き込まれ、少女姿の影を抉る。

 アドラー・カラドリウス。"暴嵐"の名を持つ魔神王四天王である。

 二つの影が両方とも遺跡の壁に溶けて消えた事を確認して、おれは小さく息を吐いた。

 

 「ティア。何なんだこれは」

 抜き身の刀に傷はない。勿論、影に血は通っておらず、血糊の一滴も残されていない。けれども放置は気分が悪くて、始水に用意して貰った布でドラゴニッククォーツの刃を、そして微かに露出したようにも見える薄くクォーツでコーティングされた角を拭き取りながら、おれは特に戦わずに見守っていた幼馴染に声をかける。

 「此処は異なる枝葉、異なる世界と繋がる茎のようなもの、と私は言いましたね兄さん。

 世界は葉、他の世界は別の葉、魂は其処を循環する……まあ水に含まれる栄養素ではありませんが、似たようなものです。

 どれだけ余計なものを入れないようにしていても、機能として全てを排除なんて出来ない。だから、魂にある余計な記憶はこの世界に来た時に此処に置いていかれるんです。だから、前世の記憶なんて大抵はありません」

 くすりと、少女はおれを見て笑った。

 

 「兄さんや私は、七大天の加護を得て、記憶を置いていかなかったようなものですけどね。

 そうして、この世界で生きていくために魂に置いていかれた異世界の記憶から造られた影がアレです。

 私一人であれば管理者一族なので流石に襲っては来ませんが、それ以外の者が門を目座すとなれば、この遺跡はそれっぽい影を作り出して足止めをするんですよ」

 「そういうものなのか、今日4度目の襲撃だけど」

 「つれぇ……」

 と、カラドリウス。

 

 「お前はいざとなれば自殺するんじゃないのか、カラドリウス」

 アルヴィナのように、とおれは半眼で疑問をぶつけた。

 

 「その姿、お前自身も影だろう?

 アドラー・カラドリウスが動かしているゴーレムのようなものだ」

 「まあ、意識含めてアルヴィナ様によって転写しているだけではあるんだけどな」

 おれの言葉を受けて、ここ一週間で少しは打ち解けた気がする大翼の魔神は手の親指で頬を掻きあげた。

 「駄目だ。隔離されてるから戻れない。本体とのリンクが切られている。

 此処でこの俺が死んだら、この俺が蓄積した記憶まで含めて転写された意識が朽ち果てる。本体に影響はなくとも、記録の維持が出来ない」

 「つまり、今のカラドリウスを倒せばこの遺跡の事や、倒す際に使った兄さんの切り札の話なんかも相手に情報を与えなくて済むわけですね」

 「ティア、物騒な話は止めよう。休戦中なんだから」

 

 そんなおれの口出しに、むっとするどころか嬉しそうに口許を抑えて龍少女は微笑んだ。

 「ええ、兄さんを立てていますから冗談です」

 

 ……ひょっとして、過激な事をわざと言っておれの普通の発言が有り難い話に見えるように……ってしてくれているのだろうか。

 おれ個人としては有り難いけど、それで良いのかゴールドスターのお嬢様。最初にあまりにも無茶を言うことで無茶を良心的に見せる詐欺の手段じゃないか?これ。

 

 「……それで、アルヴィナってどうしてるんだ?」

 そんなこんなで今日も一日遺跡をさ迷い、海底にあるというだけあって少し湿っぽくてひんやりした空気の中、おれは歩みを止めたカラドリウスにそう声をかけた。

 「物好きな奴だな、人間」

 

 この質問は毎日の事だ。最初は無視されたが、段々とおれへと顔が向いてきている。

 始水は話の邪魔をしないようにおれの背中に頭を預け、龍の翼を毛布ですと言いたげに大きく展開したままおれの肩に被せて寝息を立てている。

 

 吐息のリズムからして起きているのは分かってるんだが、寝たふりをしてくれているんだろうな。

 自棄に辛辣な態度を取ってるから、起きてても邪魔にしかならないと理解して。

 

 「遠く離れてしまった友達の事を知りたいと言うのはそんなに可笑しな事なのか?」

 「魔神族とは殺しあい、世界を懸ける間柄。違うのか?」

 ついに、乗って来た。

 

 このまま行けば話をもっと聞けるだろう、そう思っておれは言葉を探す。

 

 「アルヴィナとなら、仲良くなれた……と思ってる。

 手を取り合えない相手じゃない、と。怖くても、恐ろしくても、伝説に残る時代に殺しあっていても、それは今も絶対に変わらない事実じゃない」

 だが、おれの言葉を受けてカラドリウスは口をつぐむ。

 そのまま、その日は口を開くことは無かった。

 

 ……何がいけなかったんだろうな。

 

 ふと、そんなおれの背骨に、始水の頭の角が当たる。

 「ティア?」

 寝たふりしていた少女の吐息が、背後からおれの右耳をくすぐる。

 「……兄さん。仮にも婚約者の前で、相手の愛しの婚約相手と仲良くしてた自慢はキレられますよ。

 別に婚約などはしていませんしこうして世界を隔てても切れない縁と余裕のある私でも、兄さんとの仲でマウント取りに来られると少しはイライラしますから」

 「そういうものか?」

 乙女ゲームでしか知らない恋愛についてはどうにも良く分からなくて、おれは呆ける。

 あのゲームだと、略奪愛とかそういったのが無いから、理解が甘い。それは分かっていたんだが……友達についてで惚れた腫れたが出てくるなんて予想が出来なかった。

 

 「そういうものですよ、兄さん。

 兄さんとの縁なら最強無敵の私だって、兄さんマウントの言葉は聞きたくありません。此方から頼んで婚約したような相手ならば尚更ですよ」

 悪戯するような龍の優しい吐息が、おれの毎日の始水の魔法ですこしずつ治ってきた右耳を弄んだ。

 

 「まあ、そういった情緒面をぐちゃぐちゃにしかしない、相手の心分かってないから良くも悪くも波風立てるのが兄さんですからね」

 「……難しいな、ティア」

 「ええ。人の心は、自分の骨を取り出してダイヤに変えたような頑なさのある兄さんの心と違って、複雑で流動的で難しいものなんですよ」

 翼の下でおれの右手の甲を左手で包み込み、龍少女はそんなことを言ったのだった。

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