カラドリウス、或いは役者
「……まず、一つ聞きたい」
おれは刀を下げ、いつの間にかはい兄さんとばかりに用意された水のクッション……言ってしまえばジェル状にされた水を布で包んだものに腰掛ける。
うん、流石は龍姫の眷属。布という水分が染み込みやすいものだろうにひんやりはしていても濡れる気配がない。
「何故、おれを転移させた。此処に飛ばす気だったのか?」
その言葉に、青年魔神は苛立たしげに肩を怒らせて頷く。
「そういうこと。一人ではこの地へ辿り着けない。だが、テネーブルから言われた使命を果たすにはこの地に至るしかない。
そんな時、お前に出会った」
その瞳がおれを真っ直ぐ見据える。
「アルヴィナ様ありきとはいえ、あの厄災を退けた存在を。
アルヴィナ様を通して知った。あの忌まわしき轟帝に護られた者。七天に護られた敵」
嘲るように唇を歪ませて、カラドリウスは語る。
「そんな相手を使えば、辿り着けると思った。
結果はこのザマだったがな」
「このザマ、か。
目的は果たしたんじゃないのか」
気になって、おれはふと問いかける。
おれを使えば、始水との縁があるおれならばこの遺跡に侵入できる。それは分かった。
だが、その策を成功させたにしては、彼の表情は自嘲が過ぎる。
「そうでもありませんよ、兄さん。
彼の役目は何となく想像が付きますが、放置しても問題ないものです」
と、そんなことを言ったのはおれの幼馴染であった。
「何を呼ぼうとしたんですか、大翼の末裔」
何を呼ぼうとした、その言葉でおれも何となく理解する。
そう。おれが推察していた事だが、一般的に言われるようにこの地に、遺跡に魔神族が封印されている訳ではない。この世界の狭間に封じられたとされるが、それは別世界と繋がる門、即ち遺跡とは違うはずだ。
だってそれならば、魔神族は封じられたのではなく……他の世界に放逐された事になる。
ならば、この地に用があるとすれば……
「まさか、AGXとかを?」
「その可能性はありますね」
始水が賢いですね兄さん、と勝手に誉めてくれるが、全く嬉しくない。
あんなものの軍勢が作られたら一大事だ。何故、始水がこんなにのんびりとしているのか全く理解できない。
いや、信頼はしている。ただ、おれには推測の材料が足りないのだ。
だから、始水のように安心したような態度なんて取れない。
「……何であっても構いませんよ。
兄さん。世界の外について、神話では何て語られていましたか?」
くすりと微笑む少女。
世界の、外……?龍海の先……
そうか、とおれは手を叩き合わせた。
「猿侯の御座パターラ」
「はい、良くできました兄さん。
彼……アドラー・カラドリウスが何を呼ぼうとしたのかは知りませんが、遺跡を通して外の世界から何かを引っ張ってくるなんて到底無理な話なんですよ」
すっと、龍少女の眼が細まる。
「世界の内側から護るのが龍姫……こほん、の眷属である私達であるなら、世界の外、門の先にあるパターラから異変を見守るのが嵐喰らう猿侯ハヌマーラシャ=ドゥラーシャです。
彼が居る限り、貴方が足掻いたところで、大規模な召喚なんて不可能です。
……人の魂を改竄し、有り得ないものを貼り付けて、異変と察知されないちっぽけなものとして隙間から捩じ込むような事でもしなければ、ね。
魂は世界を流転しますから、塞き止めることは出来ませんしね」
「そして、外部からそうやって加工してくれなければ、お手上げって話。
色彩を……いや、テネーブルの語感的に災いで『色災』?か」
はぁ、とカラドリウスは一枚の羽根を胸元から取り出した。
「縁のあるこいつで色災の楽園を呼べって言われたんだけど、不可能なものは不可能なんだよな」
「色災の楽園?」
「この世界とは異なる世界を護るもの。言ってしまえば、異界の七大天……というより、七天御物ですね。
『救済』の終ま……霊神に仕えた天使達。兄さんに分かるように言えば、次回作の皇族、ですよ」
「……そんな、者が」
「ああ、大丈夫ですよ、兄さん。
そんなの通してたら、遺跡の守護龍の名が廃りますから。呼ばせませんし、呼べません」
背の翼をミニチュアサイズから元に戻して拡げる事で威嚇しながら、龍少女は小川の水のように淡々と告げた。
「だから放置していたんです。彼の目的は、絶対に果たせない。七大天を倒すくらい出来なければ、ね。
けれど、それが出来るならばそもそも彼女等を呼ぼうなんて考えなくても良いんですよ」
「放置?
殺されかけたんだけどな」
と、苦笑するカラドリウス。
「ええ。貴方は目的を果たせない。目的の為に動いているならば、私は好きにしてくださいと言います。私は遺跡の守護者ですが、何も出来ない貴方は遺跡の見学者に過ぎませんから。窃盗犯でも放火犯でもなく、です。
けれど、兄さんを殺そうとするなら私の敵です」
「……はぁ」
暫くおれを睨み、諦めたようにカラドリウスはその身を投げ出した。
「駄目だこれは。
詰んでる。分かってて送り込んだろテネーブル」
「……捨てられたのか?」
「さあな?最近のあいつ可笑しいから、判断がつかない」
「それは……真性異言だからじゃないのか?」
と、おれはクッションから立ち上がり、地面に自分から仰向けに倒れた魔神青年に向かいながら問い掛けた。
何というか、アルヴィナの発言から推測付いてたんだけど、あの羽根でほぼ確信した。
テネーブル・ブランシュはユーゴ等と同じく転生者。それも別世界のものを持ち込んだ種別の、だ。
つるんでる感じはないから、セイヴァー・オブ・ラウンズなる組織とは関係ないだろうけれども、原作のあのシスコンラスボスではない。
アルヴィナが心配で見に来たのがシロノワールだと思っていたが、あれ、肉体を乗っ取られたテネーブルが魂だけでアルヴィナを護っていた姿なんだろう。
父の発言を聞くに、シロノワールがアルヴィナを護ってATLUSと戦っていた直後辺りに、父と相対していたらしいからな、テネーブル。
「なら、別人に義理立てする必要、無いんじゃないか?」
そう、気になってたのはそこなんだよな。
テネーブルが真性異言ならば、そしておれみたいにぱっと見似てると言われないならば……何故四天王は、ずっと従っているのか。
「……人間の皇子。
あれはテネーブルだ。俺の友人でなくとも、俺の友人の魔神王テネーブル。魔神が仕える魔神王。
そうとしか思うことが許されていないんだよ」
その言葉を語る天井を見る魔神の眼は、何処か虚ろなものだった。
「アルヴィナ様が言っていた、理解できない話。
どれだけ齟齬があっても、違和感を感じることを、本来テネーブル相手にそうあるべき感情以外を抱くことを許されていない」
ははっ、と青年は自嘲するように笑う。
「分からないだろう、人間。
言われた当人すら分かってないのに、傍観者が分かるはずもない」
……いや、何となく分かる。
でも、だとしたら……
「手を伸ばすな、人間の皇子」
思わず無意識に差し伸べられたおれの手。
それを叩き落として、魔神の青年は立ち上がる。
「俺は四天王。アドラー・カラドリウス。
同じ相手に恋い焦がれた親友のために、そしてアルヴィナ様の為に。
太陽をもたらす先導者の障害を吹き飛ばす"暴嵐"。わりぃな、どうだろうが、その役は譲れねぇんだよ」
その目に光が戻っている。
「例えそれが、演じさせられている役割でもな」
嵐が、吹き荒れる。
「……二度とそのアルヴィナのところに帰れませんよ、このままでは」
ぴたりと、風が止む。
「永遠に観客の居ない場所で一人寂しく踊りたいんですか?」
「ちっ、やりにけぇ」
「カラドリウス。
外に出たら敵同士だ。でも、今は良いんじゃないのか」
甘いな、と自分でも思う。
だが、それで良い。もう少し、彼と話してみたくなったから、おれは勝手にそう言葉を投げ掛けた。
「ちっ、わーったよ。
格好つけても仕方ない。一時休戦、ってか、テネーブルに義理立てすんなら此処で殺すけど、アルヴィナ様がむくれるのは見たくねぇしなぁ……」
次回は8/8です




