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遺跡、或いは海底

「兄さん、私も眼は良かったので分からないんですが、その左目は本当に大丈夫なんですよね?」

 

 おれの手を引いて右を行く龍少女が、おれへと振り返りながら不意にそんなことを訪ねてきた。

 

 「ああ、視界は狭まってるしちょっと遠近感も狂ってるけど、問題なく動け……」

 死角に入っていた小さな段差に足を取られかけ、言葉が途切れる。

 

 「……大丈夫。ちょっと意識が散漫としすぎてただけ。普段は問題ない」

 というか、幾らなんでも気を抜きすぎたな、おれ。

 

 そう思って意識を集中しようとして……

 「はぁ、兄さんは本当に怪我人の自覚がありませんね」

 呆れたような始水が先導を止め、おれの右腕を取る。

 ひんやりした龍人の体温が、からめられた腕に伝わった。

 

 「今の兄さんは大怪我した怪我人です。本当なら安静にしてるべきなんですよ?」

 「……悪い、始水」

 「はい。多分兄さんは耳と周囲の音である程度把握しようとすると思いましたから。また耳、痛めますよ。

 そんなことはせず、私に預けてくださいね」

 

 「……大丈夫なのか?」

 おれの肩までしかない少女を見て、少し心配になるんだが。

 「まあ金星始水な私なら心配されるのも分かりますが、今の私はドラゴンですよ、兄さん。

 兄さんもゲームで知っての通り、一時的にであれば龍姫が与えた化身姿にだってなれるんですから、兄さんより力も強いですし頑丈ですよ」

 ぐっ、とおれから離した右手で小さく瘤でも作ろうとするかのように腕を曲げてみせる始水。

 それがどこか可笑しくて、おれは思わずくすりと笑った。

 

 「そっか、頼りにしてる」

 「はい。存分に私を杖にしてくださいね。間違っても一人で無理をしないように。

 また私を置いていったら今度こそ怒りますよ、兄さん?」

 「……分かってるよ、始水」

 

 本当は分かってないながら、おれは表面上そう呟いた。

 

 そのまま暫く歩き……

 ひたすら、歩き続ける。始水のちょっとゆっくりな歩みに合わせているからそんなに速度は出ていないが……

 

 「……始水、今どれくらい経った?」

 黙々と歩き続けた果てに、おれはそう少女に問い掛けた。

 「4時間ってところですね。兄さんの今の感覚で言えば1刻に当たります」

 何でもないことのように、おれの手を取ったまま答える少女。

 「1刻って3時間だと思ってたんだが」

 「地球換算で言えば32時間ですからね、この世界の一日は。といっても、兄さんの肉体なんかも32時間サイクルが当たり前の感覚になってると思いますから24時間起きていても徹夜って感じは無いと思いますが」

 「へぇー」

 

 知らないことがまだまだあるんだな、おれ。


 そんなことを思う。

 「にしても良く知ってるな始水は」

 「まあ、一人ぼっちでしたから。沢山ある本を読むことくらいしか、出来ることが無かったんですよ。

 ……兄さんと会えると分かってなかったら、幼児退行くらい起こしてたかもしれませんね」

 くすりと、少女は冗談めかして笑う。

 

 「それは良いんだけどさ始水。

 4時間?それって始水の家から……路面電車に乗って二人で行ったあの遊園地まで歩いてたどり着けるくらいの時間だろ?そんなに歩いたのに……」

 と、おれは周囲を見回した。

 

 代わり映えのしないつるりとした遺跡の通路。

 先は分からず、此処が何処かも把握がつかない迷宮の一角。

 

 「……そんなに広かったのか此処。外から見たらそんなに大きな遺跡じゃ無かったと思うんだけど」

 そんなおれの疑問に、始水はその耳をぴくりとさせて反応を返した。

 「あ、兄さんは此処があの外に見えてる遺跡の中に思えてるんですか?

 違いますよ。あれは開いていない門に過ぎません。本当の遺跡は、他世界と繋がる場は……世界の奥底、龍海の下に広がってるんですよ?

 兄さんに分かるように言うと、海底の下全部が遺跡です。兄さんは、転移で空間を飛び越えて其所に来てしまったんですね。だから、普通には入れません」

 

 おれは上を見上げる。

 其所にあるのはつるりとした天井。その先に広がるのは……龍姫が住まうという水底なのか。

 何というか、実感沸かないな。

 

 「龍姫様は、上に?」

 「私という化身体……あ、金星始水(この私)の意識に貸してくれてるので肉体だけですけどね?

 化身は此処に居ますが、本体はちゃんと天井の上……龍海に眠ってますよ?動くと災害が起きるので起きるに起きられないだけですけどね?」

 「津波とかありそうだもんな」

 「ええ、大変なんですよ」

 

 「……で、目的地にはどれくらいで着くんだ?」

 「……1ヶ月ほどですかね?」

 どこか嬉しそうに顔を綻ばせて少女はそんなことを告げた。

 

 「……1ヶ月もか」

 海の下……つまり海に囲まれたこの世界の下に拡がるというならば、確かに遺跡を歩いて1ヶ月はあり得るかもしれないな。

 でも、あっさり言われると何とも……


 「はい。1ヶ月もです。私の歩みに合わせていたら、ですけど」

 「おれ一人なら?」

 「兄さん、迷わず歩けます?」

 責めるようなじとっとした目がおれを見る。

 

 「いや、無理だ。始水が居てくれないと何も始まらない」

 「ええ、ですよね。だから1ヶ月です。一緒に歩きましょう兄さん。

 あ、心配しないでくださいね」

 と、少女は昔より翼が生えた分分かりやすく翼をパタパタと動かして安心をアピールする。

 「食事やお布団なら、私一人なら遺跡の管理者権限で好き勝手遺跡内部を転移できる事を利用して、毎日持ってきますから。兄さんを飢えさせたりなんかしません」

 

 少女は微笑む。

 「まあ、そんな美味しいものはありませんけど。

 思い出しますね兄さん。兄さんは小学校の給食が一番の御馳走だったのに、デザートが付いてきた時はみんなが欲しがってるから俺は良いよって毎回毎回残して。

 私の分、一口だけあげてましたね。私はもっと美味しいデザートを帰れば幾らでも食べれますからって」

 「……迷惑かけてたよな、おれ」

 「本当ですよ、兄さん」

 どこまでも優しく、腕を絡めたままの幼馴染は微笑んだ。

 

 「そんな事したら、また始水まで虐めの標的にされるのに」

 とたんに、眼がじとっとしたものに変わる。


 「兄さん。

 兄さんは自分一人が虐められれば他の虐めは無くなるって言ってたから良いかもしれませんけど、私は嫌だったんですからね?

 虐められたくないから兄さんと関わらないなんて、兄さんを虐めてる人とそんなに変わらない悪いことで、悪い人に負けることです」

 はぁ、と息を吐き、少女は真剣な表情を崩した。

 

 「さて、兄さんも起きたばかりですし、今日はこの辺りで終わりにしましょう。

 折角会えたのに嫌な話ばか……」

 「離れろ、始水!」

 不意に感じる懐かしい気配におれは叫び、

 「……ん?」

 現れた相手に毒気を抜かれて月花迅雷の切っ先を下ろす。


 「……アドラー・カラドリウス……だよな?」

 目の前に現れたのは、敵意の欠片も無さそうなやつれた顔の魔神であった。

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