始水、或いは遺跡
「始水」
と、言いかけてふと思う。
「これからも始水で良いのか?」
「……二人のときは始水の方が嬉しいですよ?
でも、兄さんがエッケハルトさんを隼人と呼ばないように、外では止めてくださいね」
「じゃあ、外ではティア、か。
というか、そもそも此処から出れるのか?今まで出会っていないAGXの名前なんかを聞いて、少しは対策が……と思ったんだが、出られないとまず始まらない」
そんなおれに、何時もみたいな少しだけ呆れた表情で、始水は見返してくる。
「ゲームでも出られた事を忘れたんですか、兄さん?
ゲームでの私は兄さんと元々知り合いではなく、それでも契約を交わして外に出れるようになったんですよ?なら、今の兄さんが出られない筈が無いと思いませんか?」
「いや、それはそうなんだが……
始水、ならばティアも一人で出られたんじゃないのか?」
その言葉に、それがそうでもないんですよと龍少女は首を横に振った。
「兄さん、この遺跡が何なのかはさっき話したので覚えていますね?」
「ああ、他の世界……つまり、おれ達真性異言等の他世界からの流入者を防ぐ弁のようなものだよな?」
「まあ、時折来るくらいならば問題はありませんし、そもそも禍幽怒のせいで完全なシャットアウトはもう出来ないそうですけれど」
「マガユウド……って、竪神の言ってたアレか。ライオウの基礎を残したというバケモノ」
「はい。精霊真王ユートピアとも呼ばれる……異世界のカミです」
「つまり、そいつが……」
「あ、違いますよ兄さん」
ぱたぱたといつの間にかミニチュアのように小さくした翼をはためかせて、龍少女は否定した。
「まあ、確かにあのAGXが出てくるゲームでは敵として出てきた彼ですが、別にこの世界を侵攻しようとしている訳ではありません。
寧ろ、t-09も、11H2Dも、彼にとっては絶望的な戦況を共に切り開いてきた歴代の愛機です。それを軽々しくあんな相手に渡すわけが無いでしょう?
兄さんだって、今更月花迅雷をそうそう他人に託しませんよね?それと同じです」
……よく分からない。
「始水。おれはそのシリーズ知らないから良く分からないんだが、そのユートピアってのが敵、じゃないのか?」
「はい。彼は一度この世界に墜落し、禍幽怒を名乗って人々と交流した縁から……七大天に協力的な側だそうですよ?
兄さんにも覚えがありませんか?」
その言葉で思い出す。
あの時のシステムボイス。何度か訓練で聞いたものとは異なる声で言われていた文字列。
『system hacked.Sterne advent Utopia drive』
だったか?そして、その後に出てきたライオウの型式番号が確か、『AGX-MtS03pc13c』
それと似た単語はさっき聞いたな。AGX-ANC15MtAR……
「アルトアイネス・シュテアネブレイク」
その言葉に満足そうに始水はうなずいて、不味そうに青汁を一口。
「その名前に聞き覚えが?」
「おれは竪神……って分かるよな、始水?」
「知ってますよ、竪神頼勇でしょう?
兄さんはもう出会ったんですか?」
「ああ、協力して貰ってる。彼の力が無ければ、アトラスを相手にするなんて無理だったよ。
その時、アトラスとの決戦時に聞いたんだ。シュテアネやユートピアの単語を」
「今の彼は精霊真王。精霊達の王です。
精霊の力を組み込むレヴ・システムといったものへの干渉はお手の物。それを使って手助けしてくれたんでしょうね」
……ああ、成程。あの時、幾らライオヘクスに合体してたとはいえ、出力が想定外に高すぎるように見えたのはそのせいか。
本当に想定してたスペックより外部干渉で性能が強化されてたんだな。
「会った時にはお礼を言わないとな」
「異世界のカミですから、出会うことがあったら、ですけどね。
それに、遥か昔異世界からこの遺跡に墜落して大穴を空け、完全なシャットアウトを不可能にした戦犯でもありますし……
だから守護龍一族なんて必要になったんです。お礼なんて要りませんよ兄さん」
少しだけ頬を上気させて捲し立てるティア。それが可笑しくて、おれは少しだけ噴き出した。
「随分とお怒りだが私怨でもあるのか、始水?」
「まあ、私がずっと一人で兄さんにも会えずに遺跡に居たの、元々は護り手なんて要らなかったのにこの地に墜落した彼のせいですから。
お陰で守護龍一族なんてものが必要になって、私が兄さんが来るまで一人ぼっちになったんです。
……来るって知ってても、それまで寂しかったんですからね?」
言いつつ、少女はおれの横に移動し、行儀良くちょこんと腰掛けた。
おれの右隣。左耳悪かった始水には聞こえにくいように見えて話すときはずっとおれの方を向いているからあまり影響はない立ち位置だ。
「……ああ、また会えて良かった。
それにしても始水、詳しいな?」
「ゲーム知識もありますし、龍姫の眷属として色々知ってますからね」
「眷属?本神じゃなくて?」
……あの感情の入りようは普通じゃないと思うんだが。
「兄さん。私はティアで、同時に真性異言の始水ですよ?
幾らなんでもこの世界の神の意識を始水の意識で上書きなんて出来ません」
そんなおれの疑問に、そうだとも違うとも言わず、始水は返す。
「……そう、だよな」
納得いかないながら、おれは頷く。
というか、消極的肯定だな、あの言い方。
……ティア、という名前の時点で信仰する神の名を娘に付けるか?と怪しかったんだが、マジでこの龍人娘、七大天ティアミシュタルの化身か何からしい。
ついでに始水でもあると。よく分からないな、うん。
「それとも兄さんは、私より何でも叶えてくれる神様な幼馴染でも欲しかったんですか?」
どこか不満げにおれを見上げる滝流せる龍姫ティアミシュタル=アラスティルの化身。
……つまり、あれか。今の自分は神様だけど、神様だからって頼りきったり態度を変えたりしないで欲しい、と。
いや、元々今更始水相手に態度を変えるとか無理だわおれ。始水じゃないティアなら兎も角。
「……いや、始水は始水が良いよ。
神様でも何でも良いけど、始水が良い」
「はい、ならばこの話はどうでも良いので終わりにしましょう。随分と回り道になりましたしね、兄さん」
おれの右手の甲にひんやりとした手を重ねつつ少女は話を戻した。
「……冷たいな」
「龍人は変温動物に近くて、遺跡はずっと冷たいから暖かい兄さんが恋しいんですよ」
そう呟く少女の頬は少しだけ赤かった。
「まあ兎に角ですが、私は今最後の守護龍としてこの遺跡を護っています。
ですが、兄さんが遺跡の存在を見れるくらいに今や遺跡の守護はギリギリです。元々は世界の隙間に隠れて存在すら確認できなかった筈なんですよ、これでも」
一息ついて、少女はおれの掌をくすぐりながら続けた。
「私一人で何とかしている以上、当然外には出られません。外に出たら、離れすぎたら遺跡を守る役目が果たせませんから。
でも、もしも、仮にですよ?誰か一緒に遺跡の防人になってくれれば、私の負担が減って外に出ても良くなるとしたら」
「……解った。おれがやるよ、その役目」
食い気味に言うおれ。
そんなおれの頭を重ねていた手を引いて引き寄せ、額に自分の額を押し当てながら始水は言葉を続ける。
「おれがやるも何も、そもそも兄さんしか居ませんよ、それが出来る人なんて。
……でも、兄さんはそう言うでしょう。私が始水でなくても、兄さんが獅童三千矢の記憶を持たなくても。
兄さんは、第七皇子ゼノは絶対に一人ぼっちの龍人に手を差し伸べる。それがどんなに辛い運命を背負うことになるとしても」
「……だから、約束、か」
ふと、原作ティアが兄扱いしていたゼノ相手に言っていた言葉を思い出す。
「はい。躊躇無く契約を交わし、遺跡の防人になることを選んだゼノ。共に遺跡を守る約束。
それがあるから、原作でのティアは遺跡の外に出ますし、ゼノを兄さんと呼ぶ事になるんです」
「……良く知ってるな」
「兄さんが死んだ後に出た資料集にそうありました」
「……そっか。でも始水、あの作品プレイしてたっけ?」
不意に疑問に思う。おれが話を振っても私やってませんからと言ってたような覚えがあるんだが。
「兄さんと離れて寮に入ってから、そういえば兄さんは良くやってましたね、とスマートフォン移植版をプレイして、そこからはまあ……兄さんとの思い出として追いかけてました。どこか兄さんみたいなキャラも居ましたし。
全文暗記とはいきませんが、一通りは知ってます」
「おれ、みたいなキャラか……」
そんなおれの言葉に、額を漸く離して悪戯っぽく始水は笑った。
「今は兄さんですけどね。第七皇子様?」
「そんな似てたか、おれ?」
「まあ、私とティアくらいには似てましたね」
さて、と龍少女はおれの手をその小さくひんやりした手で引いた。
「方針も決まりましたし、行きましょうか兄さん
防人になりに、遺跡の最奥へと」
そして、ちらりと脇に置いたおれの愛刀を見る。
「月花迅雷は忘れないでくださいね。
追い払いはしましたし、単独では下手な事は出来ないとは思ってますが……四天王カラドリウス、まだこの辺りに居る筈ですから」
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