幼馴染、或いは異界知識
「……兄さん、耳は大丈夫ですか?」
ふとそう問い掛けてくる巻き角の始水。
「割と何とかなる。
でも、不便だな」
耳を澄ましても耳鳴りばかり。右耳は何とか補聴器で聞こえるものの、左は壊滅的だ。
「大丈夫。そのうち治します。結構な荒療治だから、すぐには治せませんけど」
「……頑張ってたんだな、始水は」
耳が聞こえないといっても、おれはそれがどれだけ辛いことか分かってなかった。ただ、始水も大変なんだろと考えてただけ。
「今の私は聴覚に異常なんてありませんよ。昔の私より今の自分の心配をしてくださいね兄さん?」
言いつつ、少女は広く物が多い部屋を漁り、何かを持ち出してくる。
「物が多いな」
「勿論、基本この部屋しか使ってませんから。
兄さんの意識が無い以上、抜き身の雷刃なんてものを放置していたら壊れそうだから特別に何もない部屋を空けましたけど、大事なものは全部纏めておいておくのが私なんです。知ってますよね?」
「始水は昔、おれからの不格好なぬいぐるみとか枕元に置いてたんだっけ?」
「懐かしいですね、兄さんの妹の遺品で出来た球団のマスコット」
そう言いながら、少女が用意したのは……
「青汁?」
どぎつい緑色をした謎の飲み物であった。
「兄さんに分かるように言うとそうですね。栄養豊富、滋養強壮、風味下劣の素晴らしい飲み物です」
「駄目じゃん」
「所詮は日の光の届かない遺跡内部ですよ、兄さん。
ロクな食べ物はありません。我慢して飲んでください」
「文句がある訳じゃないんだが」
言いつつ、口をつける。
うん、苦い。そして不味い。
「ところで兄さん。どうして、私と再会したのにずっと浮かない顔をしているんですか?」
不意に、少女の瞳がおれを見据えた。
「……そう見えた?」
「ええ。兄さん分かりやすいですからね。
私と出会ったことが、嬉しくなさそうで困ります」
「嬉しくない、訳じゃないよ」
少し自分の中の想いを整理して、おれはぽつりと呟いた。
「ただ、さ。
おれがそうと分かるぐらいに、癖がそのままだったから」
「いけないんですか?」
「誰かと幸せに生きて、おばあちゃんになって、幸福な人生だったって転生したなら。きっとその癖はそのまま残ってたりしないと思うから。
ひょっとして、あんまり幸せに長生きしてないんじゃないかと思うと、悔しくなった」
……いや、悔しいって何だよおれ!?
となるが、そうとしか言いようがない。もっと何か出来なかったのか、そんな後悔がある。
「……兄さんの癖に言いますね。
私は、兄さんに置いていかれたのに。寮から帰ったら、兄さんが葬儀らしい葬儀すら行われずに使えそうな臓器を摘出した上で共同墓地に葬られた後だった私の気持ちが分かりますか?」
責めるような青い眼がおれを見る。
「……ごめん」
「謝っても今更ですよ。ああ、流石に後追いなんてしてませんから、変に気に病まないで下さいね兄さん」
……流石にそれくらいは分かる。始水は、自分から逃げるような奴じゃない。
「……でも、兄さんが死んだと聞いて、それがずっと心残りだったのは本当です。
だから、あの時の癖が残ってたんでしょうね」
「……ごめん」
「本当ですよ、兄さん」
でも、と龍少女はその翼を軽く閉じ直して、話を切り替えるように自分も青汁を飲む。
「でも、ずっと兄さんの事を忘れきれなかったから、こうしてまた会うことになったんですよ」
「……そうなのか?」
「はい。今の私はティアでもありますから。原作でもこの遺跡に迷いこむ兄さん……第七皇子と出会い、兄と慕うようになる龍」
くすりと、少女は笑う。
「本当に、出来すぎなくらいの縁です」
その言葉に、ふと思う。
「始水は、何か力を持っているのか?」
「……兄さん、気付きませんでした?
私が始水だと思っているから、警戒が緩すぎますが……兄さんは本来回復の魔法が全く効かないでしょう?
なのに、私は兄さんの右耳を魔法で軽く治療してたりしたんですよ?」
「……あ」
いや、待て。それは元々ティアが出来なかったっけ?
聖女の魔法は例外で、聖女とはそもそも七大天の特に強い加護を得た者。龍姫の力を継ぐ眷属であるティアもまた、おれの呪いを貫通したような。
「あれ?元々じゃなかったか、それ」
「はい、元々私の魔法は兄さんにも効きます。極光の聖女と同じですね。
それは、龍姫から与えられる特別な力です。それと、真性異言に与えられる尊厳破壊物は両立できませんよ。どちらも同じ魂のスロットに後付けで付加される神の力ですから。
つまり、私は兄さんがあの道化によって、獅童三千矢としての記憶を引き継いだように、兄さんを助けてあげられるように龍姫によって記憶を継いだ、くらいの存在です。
残念ながら、AGX-ANC15《ALT-INES》とか、AGX-15S《ALT-INES Riese》とか、AGX-ANC15MtAR《ALT-INES STERNE'》とか、AGX-ANC13Czwei《Верный》とか、AGX-ANC11H2D《ALBION》とか持ってません」
「数多くないか?」
おれの知らない機体ばっかりなんだが、まさか全部他の真性異言が持ち込んでるとか……あったら考えたくもないな。
というか、あの14Bとかいうバケモノを越える15ナンバーが3つも出てきてるんだが、その3機全部を相手にしろとか言われたら絶望しかない。
ダイライオウ……いやそれを越えたジェネシックダイライオウ(仮)と、おれ用にアステールが作れないかとアイリスに打診していたしスカーレットゼノンシリーズ第二作、『魔神剣匠アズールレオン』の次回作に出したいなーと言っていたダイナミックゼノン、略してダイナ……いや、止めよう。
アレは机上の空論以下の妄想だから置いておいて、だ。アステールに妙な執着があるっぽいユーゴがその想いをおれの都合の良い方向に傾け、アステールとちゃんとした恋をしておれ達と共にアガートラームを駆使して戦ってくれるようになるくらいの奇跡がないとまず勝てなさそうだ。
「兄さん。
ひとつだけ言っておくと、そもそも15はアルトアイネスですよ、ディザストラじゃなく。
あと、龍姫等七大天によれば、この世界に送られたと把握しているAGXは4機。
14B、t-09、11H2D、そして……15です。流石に、アルトアイネス複数機なんて地獄絵図にはなってないらしいですよ?」
「……詳しいな、始水」
「……兄さんは死んでしまったので知らないとは思いますが、あのAGXという巨大兵器も、一応あの乙女ゲーシリーズの続編の登場兵器ですからね。一応兄さんの縁で情報追ってたので知ってますよ」




