龍、或いは幼馴染
「行きますよ、おにーさん」
先導するように、けれども一歩ではなく半歩だけ先を往く龍少女が、ふとおれを振り返る。
何となくそんな気がしたのでおれも歩みを止めて当たらないようにする。
……やはりというか、分かるな。何時止まるのか、勘で合わせられる。
「ふふっ、大丈夫ですか?
やっぱり起きたばかりで辛いなら、もう少し休んでから歩きますか?」
「いや、良い。大丈夫」
おれの右を歩く少女に当たらないように、鞘を無くした愛刀を左手に持ちかえながら、おれはそう首を横に振った。
まあ、おれが始水をうっかり斬る筈がないんだが、念のためだ。
「色々と思うところもあるとは思いますが、殺風景過ぎますし。
早めに行きましょう。おなかもきつと空いてるでしょうし」
龍人である証明のような尻尾は少女には無い。翼だけだ。
その代わりとばかりに、二房の編まれた……ほどけば腰まであろうかという長い髪が揺れた。
龍尾のようなと言うならばポニーテールのような髪型の方がとは思うのだが、その辺りは……キャラデザの都合だろうか。青系統のポニテというか一つに纏めた髪型だと四天王のニーラと被るとかそういう感じの意図を感じる。
いや、始水は髪のボリュームの問題です、一つに纏めるには多いんですよと二つ分けにしてたし、それと同じ理由だろうか?
「……ああ」
おれの頷きに合わせて、少女はおれの半歩前を歩く。
そして、ティアが魔法で浮かせていた光と月花迅雷だけが照らす変な材質の割と広い通路を暫く煽動されて歩き……
途中、一歩止まることで分かれ道を左に往くティアとの接触を避け、一つの場所にたどり着く。
「はい、此処ですよおにーさん」
小走りに前に出るやくるりと振り返るとその蒼い翼を小さく拡げ、龍人娘は己の右手の扉を指し示した。
「そっか」
「はい。其所が私の部屋です。色々と置いてあるので、そこでご飯にしましょう」
ほんの少しおれと同じような角度になっている少女の顔を意図してまっすぐ見詰めて……
扉に入る前に、おれは話に決着をつけるべく、呟く。
「……ティア」
「はい、何ですかおにーさん?ご飯は逃げませんし、私のお部屋だからって遠慮しなくて良いですよ?
これでも私は、1000歳以上のおばあちゃんですから、男の子を部屋にーとか気にしません」
「そうじゃないよ、始水」
その声に、龍人の少女は、無意識だろうか、翼を大きく拡げた。
「しすいちゃん?どうかしたんですか、おにーさん?
誰かに私、似てましたか?」
「ティア。君……始水だろう?おれと同じく、真性異言で、シドウミチヤの幼馴染」
……そもそも、自分を見てふと呼んだからといって、しすいという名前を女の子のものだと判断できるのか?
おれは無理だ。知ってる俳優に仲村止水という芸名の……時代モノの主役を何度か勤めた男の人とか居るし、男女の区別がつかないだろう。
「私はティアですよ、ゼノおにーさん?
どうして、突然私を他の人だと言うんですか?ちょっとくらい怒りますよ?」
少しだけ見極めるように、からかうように、龍人娘はそうおれを見る。
その際に、少しだけ右耳が前に出るように顔を微かに斜めに向けているのが見てとれて、おれは苦笑した。
「まず、ティア。おれは君に向けて名乗っていない。名前を書いたものも持っていない。
だから君は、おれが誰なのか、此処がどういう世界でゲーム通りならどんな未来が有り得るのか、そういった事を知っている筈だ。
おれがゲーム……『遥かなる蒼炎の紋章』の仲間キャラの一人、ゼノだと知ってなきゃ、今のおれを『ゼノ』おにーさんと呼べる筈ないだろ?」
「それは可笑しいですよ、おにーさん?」
くすりと、ティアは訂正する。
「七大天から話を聞けば、その限りではありませんよ?」
……確かにそうかもしれない。アステールは真性異言では無く、けれども出会ったことの無いおれの事を知っていた。
だが、根拠はそれだけじゃない。端から見て決定的な証拠っぽいものを最初に出してみただけで、他にも沢山ある。
「なら、最初から君がおれをおにーさんと呼ぶのも、助けてくれたのも、七大天様のお告げだと?」
アステールは実際そうだったが……
「はい、そうですよ?
満足しましたか、おにーさん?」
「なら、そこは良いよ」
言いつつ、おれは……火傷痕の残る顔で、精一杯微笑んだ。
「ティア。君は……おれみたいに片耳潰れてたり、片眼が見えなかったりしないよね?」
言ってて思うが、ボロボロだなおれの左側。
「……心配してくれたんですか、おにーさん?
大丈夫ですよ、おにーさんみたいに、目や耳に酷い怪我なんてありません」
「うん、ちょっとね。始水は左耳がほぼ聞こえなかったから心配になったよ」
そして、すっと目を細める。
「君は始水じゃなくて、至って健康なんだよな?
なら、どうして……おれに右耳を向けるようにしているんだ?それは、補聴器があっても尚左耳が遠い始水が少しでも相手の言葉をしっかり聞くために無意識にやっていた癖そのもの。君が左耳が不自由だったことがないなら、そんな癖がついてるとは思えない。
そもそも君は基本的に人は迷い込まないような遺跡で暮らしてたんだろ?こうして相手の言葉に耳を傾ける機会だって、あんまり無かっただろうに」
龍人娘は黙り込む。
こういう時の始水は、もっと言ってくれることを……全部吐き出すのを待っている。
そういう幼馴染だと、おれは良く知っている。
だから、更に言葉を続ける。
「それに、君はおれの右側の半歩前を歩いた。
自分の部屋の位置が、通路左側だって分かってるだろうし、途中で左に進む分かれ道もあったのに、ね。
普通、左側にある部屋に向けて先導するのに、右側に立ったりしないだろ?」
まあ、始水はそうだったんだけどな。
というか、おれがずっと意識して始水の左のポジションをキープしてた形だ。金星のSPにお嬢様に車道側を歩かせるとかこいつクソか?と凄い視線を向けられたりしながらも、おれは必ず耳が聞こえなくてもおれが居るから大丈夫だとばかりに始水の左に居るようにしていた。
その時の感覚に合わせてるから始水が左に動こうとするのを勘で分かるというか、だから当たらなくて済んだというか。
「案内なのに、君の立ち位置は案内に向かなかった。
実際、此処ですよと止める前の一瞬、振り返るまでのおれとの距離感が足りなくて小走りになってたじゃないか」
「細かい事ですね。
私、あんまり人の案内とかしたことがなくて、それでです」
「……他にも色々あるよ、何か言って欲しい言葉があって期待してる時、前髪を左手でくるくると巻くところとか」
ボリュームのある始水の前髪は、その関係もあって常に緩くロールしていた。
そして、目の前の少女もまた。
……にしても、何を言って欲しいんだ?
ふと、おれは思う。
始水がその行動を取るということは、多分言って欲しい言葉があるのだ。だから、こうしてティア=始水を誤魔化している。
……だが、ならば何を求めてるんだ本当に。
其所が分からない。
「……おにーさん、癖がたまたま似てても、同じ人だという証拠にはなりませんよ」
「……一つ一つはそうかもしれないけれど、数が多すぎる」
……ついでに言っておくか。
「それに、可愛い顔もほぼ同じだし」
うん、これは一番要らないよな。転生したら顔立ちって変わるものだし、元々ティアが始水をキャラ化したんじゃ?ってくらいに似てただけだ。
おれも、虐めの原因の一つだった(といっても、始水へのからかいを止められたからおれ自身としては寧ろ誇らしい)薄汚い若白髪よりはマシな灰に近い銀髪になってるし、瞳の色も色素異常のアルビノ。ゼノとしての今の顔立ちは日本人のシドウミチヤを数段格好良くした感じだ。
仮にも乙女ゲーの攻略対象、火傷痕で台無しと作中では言われつつもそれでもイケメンなのだ。
シドウミチヤとしてのおれとは違う。いや、不思議なことに割と似てる方だけどな?
だから、一番どうでも良い類似点で、適当言ってみたに近い。
近いんだが……ぱたぱたと翼を二度開閉させると、少女は満足そうに頷いた。
「……流石に、いくらおれでも大事な幼馴染の見分けぐらいつくさ。例えどれだけ外見が違っても、纏う空気と癖が同じだから。
……可愛い顔まで同じだから今は凄く分かりやすいけど、例え人じゃなくドラゴンそのものの姿だったとしても、おれは始水だと分かるよ、きっと」
……実は自信あんまり無いけどな!そもそも、忘れちゃいけないのに暫く忘れていた訳だし。
「……私とゴールドスターのお嬢様が、何か本当に関係があると?」
「おれは、金星 始水ってフルネームを出してないだろ?
ゴールドスターグループの令嬢だなんて、何処から出てきたんだ?」
答え合わせなんだろ?とおれは笑いかける。
「はい、出してませんね。その通りです。三千の名を持つ兄さんとのお遊びですよ。
お久し振りです、また会えましたね、獅童兄さん」
少し怒ったように、蒼い龍人娘のティア……おれにとっての前世からの幼馴染である金星始水は、唇を尖らせてそう言った。




