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蒼、或いは龍

「……っ!ぐっ!かはっ!」

 指先に走る痛みに、おれは瞳を抉じ開ける。  

 

 腕に小さく散る桜の光。死して尚おれを助けてくれる愛刀、月花迅雷の電流がおれの目を覚まさせてくれたようだ。

 

 「っ!」

 同時、意識を喪う寸前の状況を思い出しておれは刀を構え、周囲を見回した。

 周囲に響くのは小さな水音と、同じく小さな鎖の音だけ。左耳を襲う酷い体内の耳鳴りは意識を乱して五月蝿いが、他のノイズは無い。

 

 ……ん?

 ふと、違和感を感じて左手を月花迅雷の柄から離し、小さな鎖音のする右耳に触れてみた。

 ちゃらりとした鎖とつるりとした宝石の冷たい感触が指先に触れて……

   

 「あぎっ!?」

 突然右耳を襲う強烈な異音に、おれは思わず耳を抑えた。

 が、その瞬間! 

 

 「ぐぁっ!」

 更に異音は酷くなり、おれは右耳に何時の間にか装着されていた魔法の補聴器を耳から外した。

 

 同時、異音は聞こえなくなるが、水音も聞こえなくなるわ

 どうやら、補聴器が耳の補助をしてくれていたから、右耳だけ微かに聞こえるようになっていたらしい。

 

 幾らなんでも自然回復だけで鼓膜が治るとは思えないし、無意識に補聴器を着けたとも思えない。

 ならば誰かが、右耳に薬でも塗ってくれ、更におれが意味もなく持ち歩いていた補聴器を見付けておれの耳に嵌めてくれたのか。

 

 ……でも、一体誰が?

 そもそも、此処は何処で?おれが何とかして転移させられる寸前に捕まえた筈のカラドリウスは何処に消えた?

 

 そんな事を考えて、おれは漸く周囲の風景を見回した。

 

 まず、暗い。臨戦態勢ではないが雷をうっすらと纏う海色のドラゴニッククォーツがうっすらと周囲を照らしてくれてはいるが、それでも周囲の事が良く見えない程に、光がない。

 

 光源が月花迅雷しか無いレベルだ。部屋の中だろうとは思うが、有り得ないくらいに暗い。

 窓や扉の隙間から光が漏れていればこんな事にはならないだろう。

 

 「……すまない、力を……貸してくれ!」

 こんな事に使う事に申し訳無さはおるが、刃を振るって雷を小さく放つ。

 雷光によって照らされたのは……殺風景な部屋であった。

 飛び起きる前におれが横になっていたと思わしき、ふかふかさ……は特に無い横になれるだけの場所には、おれがずっと握り締めていた月花迅雷から勝手に漏れ出した雷撃のせいで穴が空くからか毛布が横に畳んで積まれていた。

 

 「……誰だろうな」

 こんな事をしてくれるのは、誰だ?

 

 何となく答えは分かっていて。

 ふと扉の開く気配に振り返る。其所には、一人の少女が立っていた。

 

 頭の上には小さな巻き角、色素の薄い髪を二房編み込んで垂らした、おれとそう変わらない外見年齢の幼い女の子。小さなその手には、さっきから少し遠くで聞こえていた水音の正体である、水の貼られた容器とそれに浸されたタオルが見えた。

 

 ふと、昔と変わらないな、と思う。

 そして、そんな自分の馬鹿げた思考にはぁ、と息を吐いた。

 

 昔と変わらないって何だ、誰と比べてるんだおれは。

 いや、誰の事なのかは分かってる。金星 始水(かなほし しすい)。おれの……シドウミチヤの幼馴染。

 おれは格好良くて好きだったけど、ガイジンだと虐めの原因にもなった、クォーター故の遺伝だという、色素の薄い青みがかった髪色。何というか、アナの銀髪も少し青い綺麗な色してるが、更に青を強くした色だ。

 瞳は月花迅雷と同じ深い青。ドラゴニッククォーツが湛える海色。

 

 背の行儀良く畳まれた蒼い龍翼と頭の巻き角が無ければ見間違えるほどに、その少女は幼馴染に似ていた。

 

 だが、外見だけの筈だ。幾ら似ていても、中身は、記憶は、性格は違う。

 

 「あ、起きましたか、おにーさん?

 駄目ですよ、稼働中の補聴器に触れたら、耳を壊すものに変わってしまいますから」

 不意に近付いてきた少女は手慣れたようにおれの手の補聴器をおれの手から抜き出すと……ふっと息を吹き掛けるや、おれの右耳に……背丈の差からちょっと手を伸ばして付けた。


 同時、耳に戻ってくる音。

 

 責めるような、嬉しそうな、そんな声は、始水に似ていて。けれども少しだけエコーのかかった声優の声。声質なんかはほぼ同じでも、少しだけ違う。

 

 「ああ、お陰さまで」

 言いつつ、無礼だと思い愛刀をオリハルコン製の鞘に……

 鞘に……

 

 鞘、無いじゃないか。さては転移の際に置いてこられたな?

 どうするんだこれ。

 

 仕方ないので月花迅雷は脇に置く。

 

 「君は?」

 そして、知っていつつもおれはそう問い掛けた。


 おれは彼女を知っている。ゲーム知識がある。

 だが、本来のゼノは知らないだろう。始水にとても良く似た龍人の少女の事なんて。

 だから、不自然でないように訪ねる。

 

 「私ですか?

 ああ、すみませんおにーさん、自己紹介を忘れていました。

 あと、まだまだ辛いと思うので、御絞りでもどうぞ」

 ふよふよと光源を浮かせた少女は、そういっておれに向けてタオルを差し出した。

 

 それを受け取り額に巻いてみつつ、おれは少女……ティアの言葉を待った。

 

 「私はティアと言います。

 この場……おにーさんに分かるように言うと、多分おにーさんが見ていた変な遺跡の内部から遺跡を護る御仕事をしている龍人族の末裔です」

 

 「……遺跡」

 「はい。多分そちらでは遺跡と呼ばれていると思うんですが、違いましたか?」

 「いや、遺跡とは呼ばれていたけど……」

 そんなおれの言葉に頷いて、少女は話を続ける。  

 

 「はい。私は一人で遺跡を護っていたんですが、ある日突然おにーさんが落ちてきたんです」

 「落ちてきた?」

 「きっと、転移の魔法というものだと思いますよ、おにーさん。

 使った覚えなんかはありますか?」

 

 「使われた覚えならば」

 カラドリウスがわざわざ遺跡におれを送り込んだのか?

 何のために?

 

 そんな疑問を脳内で浮かべるおれに、龍少女は優しく疑問の答えをくれた。

 「あ、こんなところに来る為のものじゃなかった、と思ってますね?

 はい、そうです。この遺跡は普通に転移の魔法を使っても入れない隔絶した場所。だから、私達が護り手をしなければいけないんです。

 おにーさんは、きっと……何か特別な縁に引かれて、本来選んで転移できない筈の此処に入ってしまったんですね」

 

 「……そういうものなのか、ティア?」

 物知りそうな少女に向けて、ふと問い掛けてみる。

 「はい、そうですよおにーさん」 

 と、少女はふわりと微笑んでそう返してきた。

 

 「基本的に、誰も入れないし入れてはならない筈ですから。

 そうでなければ、遺跡の意味がないんです」

 「意味?」

 「はい。おにーさん、神話は知ってますか?」

 

 何となく、とおれは頷く。

 「はい、万色の虹界アウザティリス=アルカジェネスから切り出され7つの天により世界という秩序を得たのがこの世界。

 でも、世界は一つじゃありません。おにーさんに分かるように言えば、世界は樹なんです。そして、私達の世界はその葉っぱの一つ」

 

 「樹ということは、繋がりがある?」

 「はい、そうですおにーさん。

 他の葉、他の枝、他の世界と、必ず世界は繋がってます。

 だから、私達は遺跡を護ってるんです。他の世界との境界を維持して、別世界から変なものが来ないように、って」

 「……でも」

 

 思わずそう返す。

 ならば、可笑しいじゃないか。

 

 「そうですよ、ゼノおにーさん」 

 くすりと、ティアは笑った。

 「おにーさんの思った通りです。

 本当は、遺跡が境界を護っているから、そんなに深く世界は繋がらないんですよ。

 でも、今は違いますよね?おにーさん達が戦ったアガートラーム等、可笑しな物が沢山入ってきてしまってます。

 だからきっと、遺跡がおにーさんを呼んだんですよ」

 

 「……そう、なのか?」

 違和感はある。ならば、原作ゼノはどうしてティアと出会っていたんだ?という疑問が残る。

 原作ゲームでは、今聞いた話で言えば遺跡の役目がしっかりと果たされていて、ゼノが何故か入れてしまうような理由が無くないか?

 

 だが、そんな事を考えていると……

 不意に、気の抜けた音がした。

 

 「……ふふっ。ずっと立っていたら話しにくいですね、おにーさん。

 

 ご飯にしましょうか」

ハーメルン版のストックが尽きたので、次回更新は7/28(水)となります

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