決戦相談、或いはゴブリン
「……会議はもう良いの?」
会議に使われる大ホールの扉を抜けたところで、意外そうに淡い金髪の少女がそう問い掛けてきた。
「後はゴルド団長に任せているだけだよ、ノア姫」
おれはそう言って、窓から空を見上げる。
快晴の空には、数羽の魔鳥が飛び去るのが見える他は雲一つない。
魔鳥というのも、魔神族……という訳ではな く、飼い慣らされた伝書の鳥だ。伝書鳩ならぬ伝書魔梟。
何でフクロウなのかって?夜目が利くから夜のうちに迷うことが少ない。いや、おれが勝手にフクロウ扱いしてるだけで、この世界では違う名前の似た生物なんだが。
木の葉を好んで食べ肉は全く食べない点と、尾羽根が扇状に広がるのがフクロウとの差だ。
「多少責任感が出たと思ったのだけど、間違いだったのかしら?」
少しだけ責めるような紅の目。
それにおれは……違うよとひきつった顔でそれでも笑いかける。
「彼等は人間だ。どうしても、ゴブリン達を……ナタリエ達を下に見てしまう。それはどうやっても避けられない」
困ったことだけど、常識はそう変えられないから、とおれは苦笑いして続ける。
「なら、ゴブリン達は誰が護るんだ?騎士団はあまり護る気がなくて、けれども……間違いなく彼等はおれ達の隣人であり帝国の民だ。
彼等を護るのはおれしか居ないんだよ、ノア姫」
「ああ、ゴブリン達の協力の為に送られるという事ね」
「協力というよりは、避難誘導だけれども。
彼等は民間ゴブリンだ。いや、民間人か?」
「どっちでも良いわよ」
おれの横に着いてきながら、エルフ少女は呟いた。
「彼等は騎士でも兵士でも王公貴族でも無い。
前線で戦うなんて可笑しいだろう?」
「へぇ。王公貴族の為に戦えなんて言わないのね。
珍しいわ」
何処か意外そうに呟くエルフの姫に、おれは首を傾げた。
「普段の民の生活を豊かな状態で保持する采配を行い、有事に民を護る事。王公貴族の権力と金はそれを為すものだろ?だからこそ、税を取り、人々に命ずる権限と人々を越えた力を持つ。
全ては、より良い生活を送らせ犯罪を無くすための規範を生み出し守らせ、有事の際に降りかかる火の粉を払うため。
何でそれを意外そうに言うんだノア姫は」
「当然アナタはそう言うなんて知ってるわ。
でも、騎士団がそれに同調するなんて思ってなかったのよ」
そんな言葉に、おれは確かに、と頷く。
「……ちょっと意外かもしれない」
と、少しだけ考えて、おれは一つの結論に達した。
「おれは逃げない。必ず戦場に来る」
その言葉には、エルフの姫は当たり前ねとばかりにうなずきを返した。
「それは、ゴルド団長らも分かってると思う。
なら、おれを行かせれば……ゴブリン相手に多少縁のあるおれに、ゴブリンの一部が勝手に着いてくる事を見越したんじゃないか?」
少しの間目を閉じて、少女は思考を整理すると、確かにねと返した。
「有り得ることね。アナタはゴブリンの人気者。アナタに避難誘導させれば、義勇に駆られたゴブリン達は避難するどころか勝手に、自分の意思で、徴兵せずとも兵士の代わりとして戦ってくれるかもしれないわ。
士気も高いし責任も取らないで良い。
だって、勝手にゴブリンが戦ってるだけだものね。騎士団としては、前線で犠牲になれなんて言ってないもの、罪にはならない」
くすり、とどこか愉快そうにエルフの姫は笑う。
「ええ、ワタシの魅了のように、質が悪いわね」
おれは自分達を護るためなら悪いことだけれども仕方ないと理解するし責める気もない昔の奴隷詐欺事件を自嘲するようにわざわざ例にしながら、少女はおれをふわりと見上げた。
「さて、ゴブリンの皇子様は、それを気が付いてどうするのかしら?」
その言いぐさが何か可笑しくて、おれは小さく吹き出してしまう。
「それを言うなら、長耳で背がちょっと低いノア姫はゴブリンのお姫様にも見えるな」
「御免なさい。言われてみて分かったわ。
悪気がなくても、ゴブリンの皇子は少し不快な言い回しだったわね。訂正するわ。
名誉ゴブリンリーダーな皇子様は一体どう動くのかしら?」
不満でも好評でもどちらでもぴくりと動く耳を今は怒り肩ならぬ怒り耳として上向けて、エルフの姫はそう返した。
……軽い冗談のつもりだったんだが、うん。
やっぱりおれ、冗談とか交渉の才能とかないな。煽りだけは無駄に上手くなってるけど。
確かに考えてみれば、ゴブリンもエルフも系統としては妖精系獣人だ。エルフ種は魔法の力を持つので亜人だけど、種としては割と近いと言われている。女神の加護を受けて色白で金髪の美形になった森ゴブリン種がエルフ説とか色々あるしな。
だとしても、近縁だからといってネタにするのは不味かったか。
「……そんなに気にしなくて良いわよ。軽い冗談でしょう?アナタが口下手なのは百も承知よ。
それでも、誇り高きエルフの恩人。放っておけないからワタシがこうして居るの。
不得手は不得手で良いじゃない。あのタテガミ相手みたいに素直に誰かに頼りなさい?」
「……ごめん、助かる」
素直におれは頭を下げた。
「ええ、それで良いの。
頼られないと、有事だからとワタシが着いてきた意味がなくなってしまうものね」
会話を一旦終えて、砦を出る。
騎士団の運用については完全にゴルド団長に一任している。
おれの出番は最前線での最強の一兵。そして、想定外の強敵……恐らくは現れる筈のアドラー・カラドリウス出現時の緊急指揮だ。
おれが一時撤退を指示すれば兵は従う手筈。逆に言えば、おれが持つのは退却の命令権だけだ。おれが被害出させずに対処できない相手が出たら下がれというたった一つの権限。
だが、それだけでも、護るべき民でもある兵の徒な無駄死にをある程度防げるので十分だ。
そもそも、おれは帝王学も用兵学も戦術学も何も学んでないからな。指揮任されても困る。
ってか、皇族は基本そうだ。巧みな用兵で敵を打ち倒す戦術家ではなく、配下の戦術家の戦術の無茶な部分を押し通す切り札としての面が強い。
原作でも、包囲戦しようという感じのシナリオで、包囲開始と同時にまずはおれとアイリスが敵軍ただ中に突っ込んで混乱させた隙におれとアイリスで航空戦力の指揮官を落として航空優位を失わせる、から始まる作戦があった筈だ。
混乱し指揮官を失えば統制を取って航空戦力で包囲を破りには来られないだろうから数で勝る飛行魔神混成軍相手でも包囲は可能という算段だっけか。
包囲殲滅陣作戦としてネタ的に親しまれてた気がする。
閑話休題。
「……おれはゴブリン達に戦えと言う気はないよ。
でも、戦いたいと言うなら、死んでいった7人の仇を討ちたいなら。それは尊重する。
ちょっとくらい、戦ってもらうよ。あまり危険じゃない範囲で」
「どんな範囲よ」
「さあ?少なくとも、最初からカラドリウスが出てきたら即刻帰らせる」




