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猿、或いは仮面

そうして、一年ほどの月日が過ぎた。

 

 プリシラとの和解も微妙なまま、レオンとは少し仲良くなれて。それ以上の事が何もないまま、ただ月日だけが過ぎていく。

 本当に、四天王は来るのか?

 

 最近時折痛む左目の傷痕を抑え、ぽつりとおれは呟く。


 おれは来ると思っていても、そんなのおれが勝手に思ってるだけ。現実はどうだろう。

 そんな疑惑が沸いてきて。ティアと出会いそうな何かの切っ掛けも見付からなくて。焦りだした、その頃。

 

 「ギャギャギャウッ!」

 「大人しくしろ、この小鬼が!」

 おれを呼ぶ悲痛な叫びが、今日も刀を振るって鍛錬していたおれの耳に届いた。

 

 「待ってくれ。彼等だって民の一部だろう」

 ちなみに、おれが取り立てる形ではあるが、ちゃんと獣人税を払っている。

 100匹……じゃなくて100人近い集落の全員分合わせて、ナタリエ一人の奴隷税の5倍程度。税も安いが、その分人権だの保障だ何だも無いに等しい。追加課税を払えばそういったものも追加されるけどな。

 いや、奴隷税が人一人の人生背負うだけあって高いってのはあるんだが。

 

 「しかし、忌み子皇子」

 「少なくとも、彼等は隣人であって敵ではない。あまり手荒にしないようにね」

 「しかし、この小鬼どもはこの砦に侵入しようとした。

 これは明らかな襲撃への」

 「ゴブリンはちょっと醜い容姿が多いけど、隣人だ。

 ほぼ相容れない敵性生物なんかじゃない。彼等はちょっと短絡的に、おれに会いに来ただけ。

 罰なら、代表しておれが受けるよ」

 

 おれがそう言うと同時、腕に掛けられる鎖。

 

 割と本気か。これで許されるかと思ったんだが……

 

 「はい、茶番はおしまい」

 と、ノア姫が助け船を出してくれ、事なきを得る。

 

 そうして、おれは震えるゴブリンの子を連れて、砦を出た。

 

 「『どうかしたのか?』」

 もう慣れたもの。ナタリエから習った共妖語でゴブリンと意志疎通し、話を聞き出す。

 

 「ギャギャッ!」

 その言葉を聞くや、おれは駆け出していた。

 

 拙い言葉……人間のようにある程度修飾したり変形したりしない、単語ぶつ切りの共妖語。それでも、訴えの内容は分かる。

 森、遺跡、皆、死んだ、と。

 

 そうして、少年ゴブリンを置いていきそうになったので抱えて走り、遺跡へと辿り着く。

 

 同時、腐った卵のような匂いに、おれはうっ、と鼻を抑えた。

 

 其処には……数人のゴブリンだったものが、散乱していた。

 そう。散乱。

 

 一様に両手両足をバラバラにされた、達磨とでも言うべき胴体だけの死体達。

 首から上は無く、手足は付近に転がっているが……切り落とすのではなく、力任せに引っこ抜かれたのだろう。関節があらぬ方向へと曲がっていたり、半ばで折れて腫れていたり……或いは、縄の痕のような肉を陥没させた凹みが見てとれたりする。

 どれもこれも、見ていて心地が良い道理がない。

 

 口内で奥歯を噛む。

 おれが何とか出来た……訳ではない。幾ら何時か四天王襲来があると思っていてもだ。常に全部を見てられない。

 それでも、やるせなさだけが心の中にあった。

 

 名前も良く知らない気の割と良かったゴブリン達の残骸を、眺めて、

 「黙れ」

 背後から飛び掛かってくる黒い影を、抜刀一閃。


 情けも容赦もなく両断する。

 

 逆袈裟(けさ)に斬られて音もなく地面に崩れ落ちるのは、全長はおれを遥かに越える……のっぺりとした赤い仮面のような顔をした、蠢く触手を翼のように背に生やし、やけに細長い手足の間に皮膜を携えた猿の化け物。

 

 『ギュルガァッ』

 その不揃いの牙が見えるのっぺりした顔の口元から、ぽろりと小さな頭蓋が落ちる。

 人間の子供大で、丸っこい頭蓋骨は……恐らくゴブリンのものだろう。

 『コォォォッ』

 ゴムかと思うほどに伸びる足で、胴を持ち上げる魔猿。

 そして飛び上がった所で、魔猿は手足の皮膜を拡げた。

 

 どうやら、そこから滑空して逃げるつもりであるようだが……

 

 「悪いな。

 本当はお前達とも話し合うべきなのかもしれない。今からの行動はおれを信じた……もう居ないアルヴィナへの裏切りなんだろう。

 が、今、とてもお前と対話する気にはなれない」

 

 おれの想いに応えるように、柄に埋め込まれた天狼の角が輝き、紅の雷撃が空を灼く。

 撃滅の雷に討たれ、皮膜を、そして足を焼かれた猿はみっともなく背中から地面に墜落し……そのまま恨めしそうに触手を此方に伸ばすも届かず、煌めく魔力粒子に分解されて消えていった。

 

 そして……

 「そこかっ!」

 それを見ていた気配を見つけ、おれは刀を振るって二度目の雷撃を飛ばす。

 

 「……逃がしたか」

 一瞬だけ風が吹き、以降反応が返ってこないのを見て、おれはふぅ、と息を吐いた。

 

 だが、これではっきりした。

 最後の最後に感じた気配は、一年半程前に一度感じたものと同じ。即ち、四天王アドラー・カラドリウスの影のもの。

 

 漸く……いや、もう動き出したのだ。

 倒されずに残ったアルヴィナの遺産。アドラーの影が。

 そう考えると、ナラシンハの影ってどうなったんだ?とか、ニュクスの影は倒した筈だしそもそも惨劇を起こすシャーフヴォルは何処かに姿を眩ましたんだがガルゲニアの惨劇はどうなるんだ?とか疑問は浮かぶが……

 

 まあ、そこら辺は考えてもしょうがないな。エッケハルトと頼勇に任せよう。

 

 「『……ミンナ、シンダ』」

 沈むゴブリンに、おれは頷く。


 そして……

 「月花迅雷よ!」

 雷を落とし、その遺骸に纏めて火を点けた。

 

 「ギャウッ!?」

 驚いて此方を見るゴブリン少年にお手本を見せるように、おれは手を合わせる。

 

 「七大天、人の神。焔嘗める道化の導きがあらんことを」

 そう。火葬だ。

 バラバラのまま埋められるよりも、きっとその方が処理も早いし供養にも良い。

 そう思い、おれは猿の魔神に奪われた命に手を合わせ。

 

 「……ごめんな。本当は葬ってやらなきゃいけないんだけど。

 我慢してくれ」

 魔猿が口から溢した頭蓋だけは灰にせず、おれは両手で持ち上げる。

 

 「大丈夫。

 ゴブリン達も、全てまとめて帝国の民だ。

 護るよ、全員。おれの手が届く限り」

 そうしてゴブリンと別れ、おれは砦に帰ってきていた。

 

 そして……

 「ゴルド団長。遂に来た」

 少し溶けたゴブリンの頭蓋を掲げて、おれは何だいきなりという表情で見てくる最高責任者に向けてそう告げた。

 

 「第七皇子。いきなり叫んで……」

 「緊急報告。

 先程、遺跡付近で猿型の魔神族と遭遇、および撃破。

 被害は近隣住民であるゴブリン七名。証拠として……」

 と、おれは肉を、脳を完全に食われた唾液まみれの頭蓋を振る。

 

 「……本気か」

 「ええ。本当よ」

 と、いつの間にかおれの横にいたノア姫がそう呟いた。

 

 「ノア姫」

 「ワタシも結構ギリギリだったけど確認したわ。

 胸元に結晶、背に触手翼の生えた、皮膜猿。おぞましい生き物ね。あれが魔神族でないと言われても信じたくないわよ、ワタシ」

 

 言いつつ、エルフの少女は手にした杖を振った。

 杖の先に埋め込まれた水晶玉が光り、光の当てられた壁に、おれが見た魔猿の姿を……滑空して逃げようとした瞬間に赤い雷撃に撃墜され消え去るまでの数秒を映し出した。

 

 「……ほぅ」

 更なる証拠を見せられ、団長の疑うような目が驚愕に見開かれる。

 

 「有り難うノア姫。助かる」

 「……追い付くの、大変だったわよ。あと少し遅ければ、既にアナタが倒した後、何ら証拠を撮れなかったでしょうね。

 ほら、今回のようにワタシは必要でしょう?だから、今度は置いていかないでくれるかしら?」

 少しだけ責めるように、そして自慢げに耳をぴくりと揺らし、高貴なエルフ少女は微笑んだ。

 

 「ああ、約束する」

 「……そういうことよ。忘れず努力なさい。

 アナタは一人で戦ってるんじゃないもの。誰かのために焦る気持ちは分かるし、そこは責める気は無いけれども、気を(はや)らせ過ぎないで」

 その言葉に、おれは頷いて。

 

 もうおれだって分かっている。頼勇のように、共に戦ってくれる人が居る。

 

 「……流石にお伽噺と思っていたんだが……」

 そんなおれを見て、はぁ、と息を吐き、青年団長は立ち上がる。

 

 「鐘を鳴らせ!緊急会議だ!」

 「紙とペンをくれ!アイリスに、王都に伝令を!」

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