修行、或いは前途多難
「……ゼノ、殿下」
「オウジデンカ」
そんな風に、距離を取った言い方をしてくる二人に苦笑する。
「レオン、プリシラ。前みたいにしてくれ」
と、即座にぷいっとおれを無視しだすプリシラ。
確かに、前みたいにと言われたら前……つまりおれをガン無視していた時期と取れなくもないが……
ちょっとそこは止めてくれないか?
「いや、まだ昔、割と話せていた頃みたいに、さ」
5歳頃……にはもうおれよりレオンに近かったなプリシラは。
まあ、母親がおれを産んだ時に焼け死んだって話は最初から忌み子の原初の罪としてのし掛かってきていたし、距離も取るか。
まだまだ親に甘えてる幼子には、自分の親を焼き殺した化け物なんて怖いし近寄りたくないよな。
「そんな頃ない」
「……なら、言い方を変えるよ。
ちょっとくらい無礼で良い。おれが許す。
だから、そう距離を取らないでくれ」
まだまだ、互いに歩み寄るには厳しいかな。
そう思いながら、おれは訓練場である中庭の一角で、透き通った刀を構えたレオンと対峙する。
が、別に決闘という訳ではない。
「教えて貰うぞ、ゼノ」
そう。教える……つまりは、鍛錬の一種だ。
「俺も、同じ派の剣士だ。
同じ技を学べる筈。差別に歩み寄るなら」
「ああ、おれ自身感覚で放ってる面があるから教えれるかは不安だけど。
行くぞ、レオン」
「学ばせて貰うぞ、あの剣を」
その言葉に頷いて、練習用の刀の鞘をおれは撫でる。
月花迅雷では勿論無い。寧ろ、あいつは今レオンの手にある。
「『雪那』」
こうして奥義を撃ち込んで覚えて貰う為には、折れる刀じゃ駄目だ。
だから、一旦渡した。
ドラゴニッククォーツの刃に向けておれは実体の無い刃を振るい……
「ぐおっ!?」
迎撃するように撃ち合わされた蒼き刃が、痛みを幻視させた。
「っ!おらぁっ!」
同時、隙ありとばかりに跳ね上がり、上段から振り下ろされる刃。
「おいレオン!?」
おれはそれをギリギリで飛び退いてかわ……すも、前髪の一部が迸る雷撃によって焼けた。
「……あ、」
しまったなという感じの表情の乳母兄に、おれは一瞬浮かんだ敵意を心の奥底に沈めるようにして一息吸って。
「気を付けてくれよ、レオン。
これは相手を倒す師匠が良くやらせる訓練じゃないんだからさ」
と、わざと明るく言った。
追撃は無いし、レオンにも悪気はないんだろう。
自分の手の刀を見てちょっと呆けた顔の少年を観察して、おれはそう思う。
だが、止めてほしい。訓練の為にわざと刀に向けて撃ち込んでいる訳で、反撃しようと思うならばいくらでも出来るように残心している。いわば、剣道でいう面や胴などの一本をしっかり取るような動きをおれはしている。
剣道の試合みたいな形式であれば、しっかりと振りきって残心することが必要で、奥義の型を見せるためにおれもそうしている。
けれど、撃ち込まれたレオン側は無事なわけで。残心は隙にもなる訳だな。
結果、何時もは実戦的な修行なせいかつい隙だらけだと反撃してしまうと、こうしておれが焦る事になる。
ステータス差があるからと言い……たい気持ちはあるが、月花迅雷にはおれのステータスは意味がない。
いや、意味はある。悪い方向に。
ゲームではあった【竜水の刃】。その効果は……射程1での攻撃時に【防御】と【魔防】のよりダメージが通る方でダメージ計算を行う。射程2以上?雷飛ばしてるから魔法攻撃扱いだ。
つまり、おれの場合【防御】の76ではなく、【魔防】の0でダメージ計算される。
マナの影響による異様な頑健さを完全無視で、非力でもおれをバターみたいにさくっと斬れる凶器、それが月花迅雷だ。
「……ああ、悪い」
少しだけ魅入られたように透き通る刃を見詰めつつも、しっかりと少年は謝罪し、再度刃を構える。
「レオン。見えたか?」
「いや、全然」
「そうか」
一つ頷いて、おれも訓練用の刀を鞘に納めて、今一度一息吐く。
「あまり撃てるものじゃないから、今日見せるのはあと一回。
その先は自分で感覚を掴もうとしてくれ。切っ掛けがないとおれも何も言えないからさ」
「分かった」
頷く乳母兄の手元の愛刀に向けて、おれは刃を振るった。
そして、大体一刻後。
「レオン、どうだ?」
自前の素振り3セットと走り込み(何時もの修業は月花迅雷貸し出し中のため無理)を終えたおれは、無心で刃を振るう乳母兄に声を掛けた。
おれ自身集中していたからあまり見てないけれども、バチバチという雷撃の音とかが響いてきていて……
ん?あれ?可笑しくないか?
雪那の鍛錬なら月花迅雷の力である雷の音とかしなくても普通な気がするんだが。
雷を斬る練習でもしてたのか?
実際に、哮雷の剣の雷を斬る訓練は雪那の修得に役立った気がするし……
そう思って、緑髪の少年の方を見て……
「見ろ、ゼノ。はぁぁぁっ!」
おれの視線に気が付いたレオンは、掛け声と共に桜色の雷を刃から放ち、バチバチと自分に纏わせてスパークする。
「これが、俺の境地」
「レオン君!やっぱり凄い!」
と、プリシラがおれを見る時は絶対にしないキラキラした目でレオンを見ていた。
それを見ておれは……あ駄目だこれと一人溜め息を吐く。
「皇子殿下。これはもうレオン君の刀で良……」
「はい、正気に戻ろうなレオン。力に呑み込まれんな」
おれは降ってくる雷を避けて近づくとぺしりと鞘で乳母兄の頭を叩いて気絶させる。
「雪那の鍛錬の為に貸した筈なんだが、月花迅雷で遊ぶなレオン。
確かにおれもそうだし、圧倒的な力に溺れたくなる気は分かるがそれは最後の手段だ」
おれ自身デュランダルでごり押した事が2度もあるので人の事は言えないがな!
そうして、意識を飛ばした少年の手から愛刀を回収した。
「折れず砕けずだから無茶させやすくて良いかと思ったが、溺れて本来の目的を忘れるようなら暫く貸すわけにはいかないな」
そうして、オリハルコンの鞘に愛刀を納め、何時ものように左腰にマウントする。
それを、どこか恨むような目でプリシラは見ていて。
先は長いな、と一人呟く。
だが、だからといってじゃあもうレオンのもので良いよと言うわけにはいかない。
「……前途多難だな」
何時、彼等……四天王カラドリウスの襲撃が来るとも知れないのに、こんな感じで大丈夫なのか?
そんな事を思いながらも、信じるしかない。おれは皆を護る皇子なのだから。
そんなおれを、ノア姫は何というか……誉めるべきか貶すべきか迷っているのか、複雑な表情で見守ってくれていた。




