隔意、或いは下らない意地
「……レオン、プリシラ
そして、オーリンさん」
決闘を終え、昼食の席。皇族だからといっておれだけ特別なものではなく皆と同じもの……今日のそれは、パスタというかマカロニにも似た穀物粉を捏ねた薄い生地の間に軽く茹でて味付けした野菜を入れて重ね、そして全体をもう一度茹でたミルフィーユ状の食べ物だ。ナイフで切れば幾多の野菜の旨味が溢れ出す手の込んだもの。
多分だが、団長が勝つ事を信じて祝いにしたんだろうなぁ、と、少しの隔意を見せつつ遠巻きに昼食をつつく兵達を見ておれは思った。
「……さん付けが要るのかしら?アナタは雇い主なのでしょう?」
さらっとおれの横で自分だけ生地を茹でるのではなく軽く焼き、採ってきた果物と本人が上機嫌に蜂蜜と混ぜて作っていたジャムで味付けしたクレープみたいにして食べているエルフの少女がそう尋ねる。
「地位よりも年の功。お坊ちゃんが家の老執事にあまり上から目線ってのもね」
「……そう」
黙々とエルフはあまり金属製の食器は使い慣れないというのでおれが削った木のナイフでクレープもどきを切り分けて口に運ぶ。
「……ノア姫」
「何かしら」
「おれにもちょっとくれないか?それ」
と、プリシラが羨ましそうにノア姫の食べている甘いものを見ている事に気が付いて、おれはそう告げる。
女の子は大体甘いものが好きだ。野菜の味の昼食の横で、果物と蜂蜜で甘いデザートみたいなものを一人だけ食べていたらそれはもう気になるだろう。
「……そう。はい」
と、小さな皿に取り分けて、エルフ少女は空の皿と共に一部をおれに差し出した。
「等価交換よ」
「はい」
ちょっとだけ笑い、おれは自分の分の一部を切り分けて空の皿に載せ、貰った分はプリシラの方へと流す。
「……賄賂?」
と、目を輝かせつつ、メイド少女はぽつりと呟いた。
それに苦笑しながら、おれは頷く。
「やり直すための、仲良くなり直すための賄賂だよ」
その言葉に、プリシラは答えない。ただ、おれの賄賂は自分の近くに取り込んで、それはデザートにするのか黙々と食事を始めた。
「オーリンさん」
「何も言う事はありませんな、皇子。
娘や娘婿の問題、口出しはしませんぞ」
と、老執事は一歩引く。
あくまでもビジネスというか、おれが彼等と遠ざかっていたから今までは干渉せず、仲直りしたらそれ相応という態度だ。
ちょっとくらい、切っ掛けをくれればと思ったが仕方ない。
「レオン。今までの事を」
「そういう話は食べ終わってからにしろ。不味くなる」
ぴしゃりと一言。同席してないが近くの一番良い卓に居る団長からの一言が飛んできて、おれは口をつぐんだ。
「お茶のときにな」
そして、幸せそうに蜂蜜と果物の塊みたいなものをプリシラが食べ終えて、お茶にする。
……お茶にするなら、別に賄賂しなくても良かったか?どうせ甘いものをお茶菓子として用意する訳で……まあ良いか。
食べたかったなら仕方ない。
「……はぁ」
と、おれは息を吐いた。
既に兵士達は居ない。昼過ぎの訓練に出掛けていて、団長も引率だ。
此処には、おれとノア姫、そしておれの部下三人衆と……
「訓練は?」
「……報告書の命をうけたので!」
こうして一人残る兵士だけだ。ノア姫に御執心な彼だな。
……うんまあ、おれ自身は応援するぞ。ノア姫が人間を気に入ってくれればと思うし頑張ってくれ。
ただ、仕事よりノア姫の顔を飽きもせずずっと見てるのはどうかと思う。
「ノア姫。魅了とか」
「してないわよ。今使う意味ないじゃない。
それとも、彼等と和解という名の魅了をしたいの?ならばアナタ自身の責任で使ってあげるわ」
その言葉におれは首を横に振る。
「意味ないどころか、最低の所業だろそれ」
「ええ。ワタシも使わなくて良い時には使わないわ」
それに、本当に効いて欲しい相手には効かないしね、と少女エルフはぽつりと独り言のように漏らした。
「……効かないのか、彼等には」
その言葉に、少しだけ意表を突かれたように紅の目をしばたかせ、そしてゆっくりとエルフの姫は頷いた。
「そうね。彼等にはそうした精神に対して作用する一切が効かないわ。ワタシの魅了も何もかも。
いえ、恐らくなのだけど、効いてはいるのよ。表に出てこない、本来の人格には、ね。
あらゆる精神への影響を、体の良い盾に受けさせているから……効いていても影響が出ない。が正しいのでしょうね」
「……そうなのか」
「そうよ。アナタみたいに無理矢理覚悟と気迫で影響を捩じ伏せてる訳じゃなく、もっとスマートかつ吐き気のするやり方ね。
でも、今ワタシと話してる場合なのかしら?後で幾らでも付き合ってあげるから、やるべき事を先にやったら?」
そう言われ、おれは苦笑する。
「悪い、レオン。駄目だな、気になることがあるとつい変な突っつきかたをしてしまう」
「席立って良いか?と言いかけた」
緑髪の少年は、少しだけ責めるようにおれを見た。
そうだよな。アステールと出会ったあの時とか、レオンはおれに文句を言いに来てくれていた。
だのに、アナ達と話して……遠ざけてしまったのはおれだ。あの時に話し合っていれば、今よりもっと早くに、歩み寄れたかもしれないのに。
「悪い、座ってくれ。
そして、一年……いやもう大体二年前か。
レオン。あの日……ほぼ最後に会ったあの日に言いかけたこと、おれへの想い、そういうのを語ってくれないか」
「語れば、直るの?」
そう問い掛けるのは、レオンの横のメイド。
「直せる保証はないけど、精一杯努力はするよ」
「なら、今まで通りにして」
と、プリシラ。
「君達にとってそれが都合が良かったのは分かってる」
実際、プリシラもレオンもほぼ不労所得に近い形で金を貰ってたからな。
半年ぶりに王城外れの自室に帰ったら自分の部屋がメイドのものになってたとか、おれ以外ならクビ一直線だ。
それを見逃してきたのはおれだし、昔はおれは所詮忌み子だしそれで良いと思っていた。
だが、今からもそうある訳にはいかない。
おれは、世界を、皆を護る『蒼き雷刃の真性異言』
そう、おれに命を懸けて全てを託した狼に……そして父に誓った以上、その為に動くべきだ。
「それを咎める気はない。あれはおれも悪かった。
でも。それでも。少しくらいおれを信じて、一歩歩み寄ってはくれないか?」
ぷいっとそっぽを向くプリシラ。
随分と嫌われたな、とは思う。
実際、おれ付きのメイドってそれだけで周囲からあの忌み子の……って言われるしな。
普通に考えて幼い女の子があんな針の筵に耐えられる筈がないし、おれ自身は忌み子だから仕方なくとも罪もないメイドが蔑まれるのはおれだって嫌だ。
「……差別だと、思っていた」
ぽつり、レオンが語り始める。
「刀の師も、周囲の扱いも……同じ母に育てられた乳母兄弟なのに。寧ろお兄さんで、罪も背負っていないのに。
皇子は皇子で自分は違う。そんな事、頭では分かっていても……とうてい、心で納得いかなかった」
おれは茶を一口飲んで、続きを待つ。
「お前と違って魔法だって使える。顔に傷も無い。
自分の方が凄いのに、何で乳母弟ばっかり贔屓されるんだ、って。
大人からしたら、そんなものごく当たり前の血と地位の差による区別でしかない。
でも、俺は!心で納得いかなかったんだよ、そんな区別が」
「そう、か」
「弟みたいなものに見下されて、雇われて、ずっとイライラしていた。
誰も彼も、差別してくる気がしていた」
と、少年は横のメイド少女を見て、その卓上に出したままの手を握る。
「勿論、プリシラは別だ。
プリシラだけが、不当な差別の中、俺を真っ当に評価してくれてる気になっていたんだ」
……おれにとってのアナみたいなものか、と勝手に思う。
おれはアナのそれを過大評価だと思ったけど、レオンは違ったんだな。
実際自分だけに都合の良い過大評価による依存は心地好くて、溺れたくなる気持ちは分かる。おれも、獅童三千矢の罪と、ゼノとしての使命が無ければ堕ちてたと思う。
そして、何時か破綻してあの子を不幸にしていた。
いや、おれでないおれを知るエッケハルトやリリーナが、そして何より原作からしておれの理想系とも言えた頼勇が、それを許さないか?
「……今も、そうか?」
あまり長く語りたくはないだろう。自分の痴部にも等しいものは。
だからおれは、切り上げるようにそう問う。
「……少しくらい、大人になるさ。
今も気に入らないけれど、差別だと思う点はあれど、今更無視はしない」
「……ああ、お互いにな。
おれも、変に負い目を感じて避けてたから、お互い様だ。
だから、おれももう逃げない」




