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蜂蜜、或いは決闘前夜

「へぇ、アナタにしては好戦的ね」

 と、ゴブリン集落へ向かう道すがら、何故かおれの横を歩くノア姫がぽつりとそう漏らした。

 

 「……ノア姫?」

 「アナタが自分から決闘なんて言い出すのに驚いただけよ。言われるに任せると思っていたの。

 どんな心境の変化を見せたのか、気になっても不思議じゃないでしょう?」

 

 それに……と、少女(90歳越え)はおれを追い抜いて振り返った。

 その綺麗な紅の眼がおれを見据える。

 「どうして、この夜にアナタは出歩いているのかしら?」

 

 「ああ、それ?

 出歩いている理由なんて簡単だよ。決闘まで、騎士団の飯を食べるわけにはいかないから」

 「敵に情けをかけられている事になるとでも言うのかしら?」

 その言葉におれは違うよ、と首を横に振った。

 

 「日時が決まってるってことは、行かなければ不戦敗。

 流石に今回負けるわけにはいかないからさ、麻痺毒なり神経毒なり盛られかねないものは食べられない」

 「物騒な話ね」

 「皇族っていうのは、基本的に理不尽を跳ね返す事で皆に認められるものだからね」

 だから皇族相手なら魔法をぶちこんでも処罰なかったりするし、とおれは蛮族みたいな暗黙のルールに苦笑した。

 

 因にだが、罰せられないのは皇族相手だけだ。例え自分の爵位が上でも、皇族でない貴族に向けて攻撃したら問題視される。

 それだけ、皇族は対処できて当然と思われてるし、歴史のなかでそう思わせてきたんだよな。

 

 だから、こうして忌み子で出来損ないのおれは舐められる。

 

 「……野蛮ね」

 「そうかも。

 けれど、彼等なら必ず何があろうと護ってくれる。皆がそう思うから、クーデターだの革命だのも無く数百年の帝国を築けたって話だから、さ」

 

 一息吐いて、おれは続ける。

 「……だからだよ、ノア姫。

 おれは所詮単なる穢れた人殺し。何も立派じゃないけれど。だからさ、普段はどんな扱いでも良い。

 

 それでも、あそこまで舐めきられていたら、本当に魔神族が襲来したとしても、どんな危険な状況になっても、騎士団の誰もおれの言葉を聞いてくれない。

 それじゃあ、おれは誰も護れない。そんな現状じゃ駄目なんだ」

 

 「……だから、決闘というのかしら?

 不器用ね。もっとマシなやり方を考えた方が良いわよ?」

 「……おれ、頭は良くないから。変に奇策なんて考えても、愚策になるだけ。

 皇族は武断の血族。力をもって示すのが、やっぱり一番人々に知らしめやすいよ」

 

 「……それに、事が起こると信じているのね」

 「当然。きっと来る。

 おれが殺してしまったルートヴィヒ達とおれ達をぶつけ、漁夫の利を得ようとしたあの四天王は、影の体で未だ世界の何処かに潜伏している筈だ」

 

 アルヴィナだって数年おれの付近をうろうろ出来た訳だ。数年は影が活動できるだろう。

 忽然と姿を見せなくなった彼の唯一の手掛かりが、あのヒポグリフ。必ず奴は来る。

 

 その時に、いざというときの指揮権の欠片すらおれが持っていないのは厳しい。

 

 「……そうね。ええ、今の人間世界は、とっても(にお)うもの。

 だから、ワタシが手伝ってあげるわ。アナタとの約束を果たすためにね」

 「有り難う。頼りにしてるよ、ノア姫」

 

 その言葉に、エルフの姫は珍しく柔らかに笑った。

 「……ええ。そういう態度で良いの。

 当然だと思われても困るけれど、施しも嫌なもの。少しバランスが取れてきたじゃない」

 口元に手を当てて、くすりと上品に少女は笑う。

 その自前で用意するのが基本故に質素なスカートが小さく揺れた。

 

 「ええ、アナタなりの譲れない一線を護るための決闘というのは分かったわ。その為に、出来ることをしているというのもね。

 けれど、だからといってワタシはゴブリンから施される気にはなれないの」

 

 言って、木漏れ日こそ入るものの全体的には開けた街より暗い森の中で過ごす事が多いが故に暗闇に強い眼を持つ長耳の姫は、周囲の森を見回した。

 

 「家族からならばまだしも、小鬼は違うもの。

 本来ワタシの食事になる筈の何かを採っていって良いわよね?」

 それは、エルフのプライドの問題。

 そういえば、ウィズも天空山で出会った時は、何も用意せず一緒に食べる事に居心地悪そうだったな、なんてことを思い出しつつ、おれは頷いた。

 

 此方に合わせて本来の自然と共に生きるが故の自給自足の原則をある程度和らげて対応してくれるだけ、彼女は優しいのだろう。

 

 ふとそんなことを考えつつ、おれは自分も何か持っていくかな……と森に目線を向けた。

 

 「そういえばノア姫は、ゴブリン達に嫌悪感とか無いんだな」

 小鬼臭いと露骨に顔を歪めたプリシラ等を思い出して、ふとおれは言った。

 

 「あら、意外かしら?」

 耳をぴくりと跳ねさせて、少女エルフは呟いた。

 「確かに、緑肌で尖った長耳、エルフを醜くしたような外見の生物よね、ゴブリン。

 けれど、アナタ方元侵略者(魔神族)と違って、彼等はこの世界に普通に生きる生物なの。ちょっと向こう見ずで考え無しで馬鹿が多いけど、愉快な隣人よ。

 下手に此方に被害を出さないなら嫌う必要も無いわ。魔法が与えられたからと偉ぶっている人間とは違ってね」

 「そんなものか」

 「ええ、だから別に、ゴブリンとアナタが仲良くしてるのは気にしないわよ。

 ……騎士団の彼等は気にしてるようだけれどもね。全く馬鹿馬鹿しい」

 

 見つけた大蜂の巣に向けて魔法で火を放ち、殺さない程度に炙って蜂を追い出しながら、エルフは呟く。

 「確かに、馬鹿馬鹿しいよな。

 獣人だろうが何だろうが国民なのに、変に差別してさ」

 

 「はい、これで良さげな蜜を持っていくわ。

 ゴブリンって、甘いもの食べるわよね?」

 「多分。嫌いって話は聞かないし」

 「そう。なら良かったわ」

 

 そうしてゴブリン集落に向かう中、ふとおれは思い出して、腰の神器を鞘ごとノア姫に差し出した。

 

 「ノア姫。

 すまないけれど、預かってくれないだろうか」

 「いきなりね。どうしてかしら?

 明日決闘なのでしょう?預かる理由なんて何処にも無いと思うのだけれど」

 

 その言葉におれは違うよ、と返す。

 「決闘だから、預かって欲しいんだ。

 おれがこいつに頼らないように。おれの罪にみっともなくすがらないように」

 「訳が分からないわ。それはアナタに託された想いよ。どうして使わないの」

 「使ったら勝てる。勝てないはずがない。

 ……だから、使っちゃいけないんだ」

 

 そのおれの目を、おれより背の低い少女は不思議そうに見上げる。

 「勝てるなら良いでしょう?」

 「駄目だ。神器を使って勝っても、それは月花迅雷が強いだけ。

 おれの扱いは変わらない。それじゃあいけないんだ。おれ自身が勝たなきゃいけない」

 「……神器と所有者は、本来切っても意味のない関係だと思うのだけれども。

 ……そのカタナ?は違うのだったわね。なら仕方ないわ。預かってあげる。

 預かるだけよ、返すからその事を忘れないでくれる?」

 「……大丈夫だよ、ノア姫。

 おれは、この罪を背負って戦い続ける。そう誓ったから。


 逃げはしないよ」

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