山菜、或いは謎の儀式
「持ち帰れるものは……無いな」
砕け散った魔神族の下っ端だろうヒポグリフの残骸を見下ろして、おれは呟く。
相容れるとアルヴィナ相手に言った割に、非道な事をしたとは思う。本気であの時の言葉を貫くならば、斬り殺してはいけなかったのだろう。
……だが、今それを言ってももう遅い。
心の中で一度だけ謝罪して、終わらせる。
にしても、倒してしまったら証拠も何も残らないな。魔神族復活の予兆とか言っても、信じられるかどうか。
他の皇族ならば文句無く信じて貰えたろうが、所詮おれだからな。
兵役赴任した瞬間の、何だこいつかよという部隊長や騎士団長等の表情は忘れられない。
直後にノア姫を見て態度変えたけど、あれはエルフであるノア姫個人への感想であって、おれに対してじゃないからな。
ノア姫がおれにベタ惚れとかだったら、ノア姫に嫌われないようにとおれへの態度も変わったんだろうけど、残念というか妥当というか、ノア姫はノア姫だったからな。
盲目的におれを過大評価するアナよりも、しっかりとおれ個人の力量と醜さを見て批判的な分ニコレットのように相手しやすい。
ああ、そうだ。ニコレットへ兵役の話とか手紙にして送るのを忘れていたな。書かなきゃまたボロクソ言われる。
仮にも婚約者である自分をまた蔑ろにした、と。
それは正論だし、此方から歩み寄らなきゃいけない事。彼女はおれに対して、何を求めているかをとても簡潔に言ってくれているのだから。
でも、おれにはそれは無理で。誰かを大事にするなんて、護り抜くなんて、こんなおれに出来る筈もない。誰かの人生を背負うなんて無理だ。
……おれ自身の人生、そして第七皇子ゼノとしての生すらも背負いきれていないというのに。
そんなことを考えつつ、一旦置いていった大蜂の死骸を月花迅雷でバラしてゴブリン達と持ち帰る。
羽はあまり透明度が高くなくそう値は付かないが、この大蜂の腹の針はそこそこの値段で買い取って貰える事もある。
魔法を使わない漁の際、大物に突き刺す銛なんかに使われたりしているのだ。
ついでに、毒は……死骸から取り出すと劣化が早いから流石に換金出来る時まで持たないだろうな。
保存魔法さえ使えれば針よりは安いが売れたんだけど。
「ナタリエ」
ゴブリン達の集落に帰ると、コボルドの女性等に出迎えられた。
「『リーダー、やはりというか、魔神族だった』」
妻のナタリエとは異なり、ゴブリンの長は残念ながら人間達の公用語を話せない。だからおれがナタリエから習っているゴブリン達の言葉を使い、語る。
「ギャッ?」
そんな緑肌の小鬼に、口々に語るついてきたゴブリン達。
風だ鳥だ馬だ色々だ。
「『恐らく、神話の……』」
と、いうところでゴブリンの長は首を横に振った。
どうやら、ゴブリン達には神話が分からないらしい。
その割には、集落には猿像が目立つ所に掲げられているし、猿侯信仰の様子はある。
神の存在はその祈ることで実際に起きる利益から信じていても、神話自体には興味はないとかそういう事だろうか。
と、ナタリエがなにかを教えていた。
彼女はコボルドの中でも数年人間の中で生きてきただけあって、神話とかそういった方への理解がこの中では特に深い。
おれは暫く、ナタリエに任せることにした。
「ギャギャッ!」
そうして、ゴブリン達が……とりあえず、信仰すればちょっぴり助けてくれる偉い謎の存在に対する悪い奴、程度の認識を魔神族に対して持ったらしいところで、
「『……そんな悪い奴等が動き出してる』」
と、おれは締めくくった。
緑肌の中に爛々と輝く黄色の瞳がおれを見る。
不安げなナタリエと、その夫を安心させるように、おれは刃を抜かず、オリハルコン製の狼の頭を軽く叩いて、赤雷……は危険なので何でか割と思った通りに制御できる雷の力で、青白い雷撃を空に向けて放つ。
「『大丈夫だ。そんな化け物が例え姿を見せる兆候があっても。
おれが、民を護る』」
……ところでゴブリン達?
火のついた松明を持っておれの周りをぐるぐるしないでくれないか?流石にそれは怪しい変な儀式にしか見えないから。
そうして、ゴブリン達が使いたがっていたので結局蜂の針含めて全部の素材を置いてきて、おれは騎士団の砦に戻る。
プリシラは金がないおれには近付いてこず、レオンは……おれより待遇良いので居ない。新人兵士と共に訓練だったか。
お前は皇子だから強くなるのにも苦労がなくて良いよなと少し嫌みを言われたが、それは良いか。
実際、他人に比べて何倍も恵まれているのは確かなんだから。
そんなこんなで、出迎えてくれる相手は居なくて、おれはどうするかなぁ、この山盛りの山菜、と思っていた。
そう、山菜。山じゃなく森で取れたものだから"山"菜というのは語弊があるかもしれない。が、ゴブリン秘伝の味付けらしい味付けの煮られた茎植物の山は、おれの語彙では山菜としか言いようがない。
味も……って、おれ前世で山菜なんて食べたこと無いんで比べられないけど、独特の苦味?というかクセのある味は多分好きな人は好きだろう。
おれは……舌が子供なんでそこまで美味しいとは思えないけど。
そんなことを思いつつ、山菜の山を見ていると……
不意に、影がさした。
見上げると、深い翠色の髪のイケメン騎士の姿。
「……団長」
ぽつりと、おれは言う。
そう、団長。彼こそ、この辺境で騎士団の長を務めている者だ。確か名前は……ゴルド・ランディア。地位は子爵……じゃなくて、子爵の第三子で本人は準男爵。
そして、レオンの母の兄の息子、つまりレオンの従兄である。
「ゴルド団長、何か御用でしょうか」
一応地位としてはおれが上。但し実際は彼の方が数段この場では偉い。
だからへりくだるように、けれども皇族の常として国賓クラスでなければ基本的に頭は下げず、相手の目を見て、おれは言葉を紡いだ。
この世界では、立場が下の者は基本的には相手の眼を見ることこそが無礼。だが、しっかりとその風の力の片鱗を見せる翠っぽい眼を見返す。
「……忌み子皇子。何を持っているのだ?」
と、見下ろす団長が怪訝そうに問い掛けてきた。横にはレオンとプリシラも。
「……ゴブリン族よりの貢ぎ物を、どうすべきかと」
「……なんだそいつは」
「ゴブリン達の食べる……菜、でしょうか。
独特の味ではありますが」
と、怪訝そうな目はそのままに、団長は山菜のひとつを摘まむ。けれども、毒を警戒しているのか口にはしない。
「……食べられるものか?」
「おれは口にしましたが」
「それは信用出来る理由じゃない」
と、レオンが怒りを顕に告げた。
おれはその言葉に確かにと頷く。
実際問題、庭園会でおれが食べそうなものに毒を仕込んだ事件で、実際に死にかけたのはレオンだったからな。
おれは毒に強いから吐き気のするような口に合わなさと思っていたが、横で食べたレオンは実際に血を吐き倒れ、数日意識不明に陥った。
それくらい、おれとレオン……というか、皇族と普通の人間には毒の効きって違うのだ。
おれがあんまり好みじゃないな……してるこれも、普通の人間には毒かもしれない。
実際、あれ以来プリシラはおれに近付かなくなったしな。
レオンが食べる前に違和感から止められた筈の毒をみすみす……って事で、もともと距離があったのが、完全に嫌われた。
「……まあ良い。出せ」
「……どうぞ」
と、山菜の山は回収された。
……まあ良いか。プリシラ等の給料払えないから買い取ってくれたら嬉しかったんだがな……
仕方ない。金は余ってるアイリスから借りて払うしかないか。
おれより金持ちとはいえ妹に集るとか中々に最低だなおれ!?
そんな事を考え、手紙を出すべく書面とにらめっこを始めたおれを、かなり冷ややかにゴルド準男爵は眺めていた。
因みにだが、回収された山菜はうどん……というかすいとん?のようなもちっとした塊の入ったスープの具材として夜の食事に出てきた。




