遺跡調査、或いは嵐の前兆
「ギャギャッ!」
そう周囲のゴブリン達を鼓舞するゴブリンを従えつつ、おれは森の中の遺跡辺りを歩く。
遺跡自体の門は固く……それはもう滅茶苦茶に固く閉じられている。というか、そもそも何処が遺跡の門であるのか分からないというのが事実だ。
不可思議な建造物であるが故に遺跡と呼ばれてはいるのだが、その中身は不明。何たって、継ぎ目らしい継ぎ目がないし、窓も扉も何もない。
何処から出入りするのか、そもそもこれは……出入りするようなものなのか。
何一つ分からず、けれども神々の力を感じる人工物であることは確かであることから、此処は遺跡とだけ呼ばれ、この辺境に騎士団が常駐する理由となっている。
いや、国境が近いということもあるにはあるんだが、向こうは別に敵国という訳でもない相手だ。そんな相手との国境線に、誰も居ないし管理もしていないとなるのは流石に可笑しいにしても、それなりの規模の騎士団を常駐させるというのも本来は有り得ない行為だろう。
友好国との国境に騎士団を置くなんて、相手国に侵略する準備、若しくは逆に絶対侵略してくるだろうという相手への意思表示か、そのどちらかだと非難されても仕方の無い行動なのだから。
それが許されているのはひとえにこの遺跡の存在が大きい。
魔を封じたとも言われる謎めいた遺跡。それから、伝説の通りに魔の者が出てることを警戒しているからこそ、騎士団が居ても問題視されないのだ。
そんなことを思いつつ、おれはそのつるりとした石っぽい建造物の表面を叩く。
返ってくる音は……内部の空洞を示唆するようなものだが、じゃあ入れるかというと無理だ。
「『……ゴブリンの皆は、何か知ってるか?』」
と、ゴブリン達の言葉で聞いてみるも、返ってくるのは当然シラナイ!の大合唱。
当たり前だ。誰も分からないから謎のままの遺跡なのだから。
って言っても、原作第二部では開いてるんだよなぁ、此処。
どうやって開いたのか?それが分かったら謎の遺跡なんて言ってない。
原作的に言えば、ティアはこの遺跡を護る守護龍一族だと自称しているが外で守護龍一族の話を聞かないところを見るに、この遺跡内部に暮らしているっぽい。
そして原作のおれは何らかの理由で遺跡に入り、ティアと知り合った……筈なんだが、じゃあ入れるか?というと無理。
原作のおれ、一体どうやってこの遺跡内部に入ったんだ……教えてくれゼノ。
まあ、おれだし答えは返ってくる筈無いが。
「ちょっとごめんな」
ゴブリン達に謝りつつ、腰のナイフを投擲。
カンッ!というよりも、ガキン!という金属質な音と共にナイフは弾かれた。
材質、石っぽく見えるんだけどなぁ……
似たようなものにおれが持っている月花迅雷があるが、金属光沢がないけれども金属らしい。
にしても、硬いな。
弾かれた時の感覚的には月花迅雷を振り回してもダメージ無さそうだ。ついでに言えば、魂に作用する技である雪那は実体がない刃であるが故に多分ノーダメージ。魂なんて無さげだし。
これで鎧とか造れたら良いのに。
やけに硬い材質を見ながらおれは呟いた。
「おっと、今は変な生物調査だよな」
それがティアの事なら嬉しいんだけど、その可能性は低いよなぁ……なんて、原作で出てくる長い蒼髪を龍の尻尾のように三つ編みにした少女を思い浮かべて、おれは呟く。
あの子は外見可愛い女の子だし、龍化こそ可能だが、その際の姿も翼のある東洋龍って感じの姿で、不気味な化け物なんて呼ばれはしないだろう。
というか、龍姫像にかなり似てる姿をしてた筈。違いとしては、翼が4枚か2枚かと、後は角に……伝えられる大きさも違ったっけ?
……そういや、今になって思うと、始水がたまにやってる三つ編み姿、ティアそっくりだな、なんて余計なことも思い浮かんで。
それを振り払い、おれは周囲に目を凝らした。
うん、分からん!
それらしい生物の移動跡が見つかればそこから足跡を追えるんだが、何一つない。
森は静かであり、熊っぽい魔物の足跡等は見つかるんだが……あれは土着の魔物だ。見掛けても不気味な化け物なんて表現にはならないだろう。
と、おれの耳が羽音を捉えた。
ブンブンという耳障りな音。見上げると、おれの上半身くらいはある大蜂だった。
蜂はおれやゴブリンを見付け、急降下してくる。
そう、この蜂は肉食。鉤付の毒針でゴブリンを貫いて無力化しつつ巣へ持ち帰り、持ち前の顎で引きちぎって食う獰猛な魔物。
だが、
「迸れ、月花迅雷!」
最後尾のゴブリンを拐うべくおれの射程に入った瞬間、その腹と胴は蒼い一閃によって分かたれた。
『ビギィ!?』
一瞬の混乱。大蜂は、既にない腹を、其処にある針を子ゴブリンへと突き刺そうと空を切り……
「ごめんな。お前も生きるために必死なのは分かる。
でもおれは、国民を護る存在なんだ」
オリハルコンの鞘で、飛び立たんとする蜂の頭を強打。
緑の体液を撒き散らして、蜂は地面に落ちた。
「ギャギャッ!」
感心するようなゴブリン達の声。
それを聞きつつ、おれは他に同種の魔物が来ないかを見る。
「『大丈夫か?』」
「ギャンギャッ!」
……返ってくる答えは元気なもの。
「『皆が無事なようで良かったよ』」
……ところでゴブリン達?囲まれると歩きにくいんだが。
……懐かれたな。
そんなことを経て、暫く歩くが……
特に変わったところはない。
肉食の大蜂と熊の魔物である鎧甲熊がバチバチやりあってるのを見掛けたくらいだ。
恐らくは蜂蜜を奪いに来た熊と巣を護ろうとする蜂の戦いなのだろう。周囲の木より明らかにデカイ巣を見つつ、おれはそう結論付けた。
が、探しているのはそれじゃない。この遺跡に入る方法と、あとはゴブリン達が不安がっている謎の化け物だ。
そのどちらについても収穫はなさげだが……どうしたものか。
見付けることさえ出来れば、仮にも皇子の言葉で少しは騎士団も動かせるとは思うんだが、痕跡すら見当たらないとなるとどうしようもない。
にしても、化け物か……魔神を従える力で従わされているかつての魔神だとか、後はAGXだとかでないと良いんだがな。
特に、ティアが向こう側に付いたとかなるとヤバい事になる気がしてならないしな。
その瞬間、風が吹いた。
「下がれ!」
叫びつつ、おれは刀を腰溜めに構え、吹き荒ぶ嵐に向けて抜刀。
「っ!はぁっ!」
おれへと飛び掛かってくる嵐。
しかし、仮にも上級職が神器を振るうのであれば、そうそう負けはない。
赤き雷の残光を残した刃が、小さな嵐の中央を縦に両断する。
そして……風を纏っていた不思議生物が、まっぷたつになったその体を地面に横たえた。
「ギャウッ!?」
「これは……ヒポグリフ、か?」
倒れた化け物を見て、おれはそう呟く。
鳥のような上半身に、馬っぽい下半身。確か名前はヒポグリフ。
だが、この辺りには生息しない筈だ。何故こんなところに……
と思った瞬間。
「ギャッ!?」
両断された筈のヒポグリフの断面から突如伸びた水晶の鉤爪が、恐る恐る近付いていっていたゴブリンの首を狙って襲い掛かる!
「っらぁっ!」
届かない……なんてのは、普通の武器ならばの話!
おれは鞘に納めていなかった刃を振り、赤い雷撃を飛ばしてその鉤爪を打ち砕いた。
月花迅雷の力だ。雷を飛ばして素で遠距離攻撃が出来る。
だからこそ、ゲームではその便利さから最強神器と呼ばれていた訳だしな。
「……魔神族か」
切り札を砕かれ、あの日見たアルヴィナのように割れて消えていくヒポグリフの残骸を見下ろして、おれはそう呟く。
これは、魔神族の特徴だ。
つまり、彼らゴブリンが見たというのは、良く魔神族に生えている水晶で異形に見えたヒポグリフ……つまり、魔神の偵察者だったのだろう。
とりあえず、皆が無事かつ、正体があの真性異言ズでなくて良かった。
彼等だったら、勝てるか怪しい上にどう対処すべきか分からないところだった。
だが、魔神族ならば恐らく最初からこの兵役の5年の間に遭遇する事は分かりきっていたから。
それがこんなにも早いとは流石に想像していなかったが……まあ、カラドリウスの影が居るのは知っていたしな。封印の解けはじめは原作より前ということも、ガルゲニアの血の惨劇の時期から分かっていたことだし。
おれがやることは、カラドリウスを止めること。原作通りの事だけだ。とてつもなく簡単で、分かりやすい。
出来れば、アルヴィナの今を知りたい気はあるが……。恐らく、次に会うときは敵だ。
迷いは、無い方がいい。
父は帽子を返してやれだとか変なことを言っていたが、記憶を消したということは、そういう事だろう。馴れ合う気は、きっともう無い。
あの帽子は、ぬいぐるみは……おれと仲良くしてくれたアルヴィナの形見のようなもので、おれの左目もそれと同じ。アルヴィナ側に残された、かつて友だったものの残滓。
「嵐の魔神。
来るか、アドラー・カラドリウス……」




