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鍛錬、或いは依頼

森の中、ノア姫に見捨てられたおれは、一人で相手を夢想する。

 

 思い描く敵はルートヴィヒ、シャーフヴォル、そしてユーゴ……から、今回はユーゴ。

 刹月花の謎の少年は、あの時でも何とか逃げられなければ捕縛できていたから無しだ。

 

 ユーゴと言っても、アガートラームではない。あんなもの、今のおれが夢想しても勝ち目は全く無いから、エクスカリバーを持った状態のユーゴだ。

 おれが、轟火の剣の力を借りて漸く対抗できた真性異言。一度も死んでおらず、二度殺さなきゃ倒せなくて……一度殺せば本物のユーゴ・シュヴァリエが犠牲になる相手。

 

 思い描いた空想のユーゴが剣を構えるのに合わせ、おれも腰溜めに月花迅雷を構える。

 あの時と違うのは、おれの手にある神器と、後は奥義の存在。

 雪那。あの魂の刃は、彼等に届くのか、彼等を救える一打足り得るのか。

 魂を斬る刃で……悪霊のように取り憑いた名も知らない側だけを倒せるのか。

 

 それは分からない。ただ、効くと信じて今は鍛練するまでだ。

 

 「……一緒に戦ってくれ、俺の罪(月花迅雷)よ」

 一言呟いて、眼を閉じる。更に鮮明に、ユーゴを……もう一本エクスカリバーがあったと仮定して、更に強くなったと当然の想定をした現在のユーゴ・シュヴァリエの姿を脳裏に浮かべ、

 「っ!はぁっ!」

 おれは、神威の抜刀術で、空想の闘いの火蓋を切った。

 

 

 「……2勝、か」

 8戦。キリの良い一セットを終えて、おれは鞘に刀を納めて息を吐いた。

 勝率25%。あの時勝てたのが、どれだけ相手の油断に助けられたのか思い知るような闘いだった。

 

 そもそもだ。あの謎の精霊障壁相手に雪那は通るのか?という話があるし、今のおれはまだ、この神器の扱いに慣れきっていない。

 その状況で、仮想敵ユーゴは流石に無理があったろうか。

 

 とりあえず、原作では最初から……というか、プロローグの登場でぶっぱなしていた月花迅雷の固有奥義、迅雷抜翔断と、ゲームのモーションで使っていた放つ雷を蹴っての三次元機動くらいはマスターしておかないと、次に出会った時に勝負にすらならないな。

 アルヴィナも、頼勇も、今此処には居ないんだから。

 

 というか、ゲーム通りなら恐らくこの辺りに、あの事件の際に戦ったカラドリウスの影が襲来するんだろうけど、それにすら勝てない可能性がある。

 向こうは翼で空を好き勝手飛べるんだ。此方も雷を駆け昇るくらいの空中戦対応は出来ないとどうにもならない。

 

 となると、今のおれの靴では月花迅雷の放つ雷に耐えられないので新調しないといけなくて……

 

 なんて考えていると、不意に木の後ろに影が見えた。

 おれよりも頭一つ以上小さな影。

 

 そう、緑色の肌に、ノア姫のような尖り耳。成人しても子供のような体格と大きさの悪戯獣人、ゴブリンである。

 その姿を確認して、おれはふぅ、と息を吐いた。

 

 「お疲れ様です」

 「ギャギャッ!」

 

 ちなみにこのゴブリン氏、ナタリエの夫でこの辺りのゴブリンを取り仕切るゴブリンの長だ。

 

 おれも、何だかんだコボルドのナタリエからそこそこゴブリン達の言葉を習っている。といっても、精々日常会話が拙くはあるが出来るって程度ではあるが……

 それでも、あの言葉は分かる。

 

 「ナタリエが、おれを?」

 「『そう、妻が』」

 と、コボルドやゴブリンに良くある言葉で、小さな緑肌の小鬼は語る。

 

 「……分かった。行こうか」

 と、おれはそれに合わせた。

 

 当たり前だけど、そもそも別にゴブリンは敵ではない。ファンタジーな小説では敵のことも多いけど、この世界のゴブリンは獣人と同じ、ちょっと困ることも助かることもある小さな隣人だ。時折屋敷小鬼と呼ばれ雇われてるのを見る程度には人類として溶け込んでいる。

 元奴隷のナタリエの家族でもあるしな。

 

 そういうことで、おれは先導する小さなゴブリンに合わせた歩幅で歩きだした。

 

 そして辿り着いたのは……森の中のゴブリン集落。

 狩りで生計を立てている人々の居場所であった。

 そう、狩りなんだよな、彼等の生活基盤。別に人々を襲ってとかじゃない。付き合い方さえ間違えなければ、彼等ゴブリンは良い隣人だ。

 

 そして今回は……

 

 「ナタリエ」

 共妖語で、おれはかつておれの奴隷であったコボルドの女性に声を掛ける。

 それに、女性はゆっくりと振り返った。

 

 因みに、奴隷でなくした理由は簡単だ。

 おれ自身奴隷制度がニホンの感覚のせいかあまり気に入らないし、あとは単純に金がない。奴隷は犬猫のようなものだが、逆に言えば犬猫のように扶養もほぼ義務だからな。

 今のおれは、プリシラ達3人どころか、さらっとおれに扶養されているノア姫含めて4人も扶養対象が居る。それにナタリエまでとか無理だ無理。獣人税より奴隷税の方が高いし。

 ただでさえおれは給料とか要らないとはいえ、残り3人は給料まで必要だから頭抱えるってのに。ノア姫は……本人が受け取らないから有り難く給料無しで考えている。

 本当は払うべきなんだけど、ノア姫に甘えている。

 

 そんなのはどうでも良いか。

 少しだけ困り顔で、ルークという名前の犬耳の……それ故か成長が遅いゴブリンに乳をあげている犬顔の女性から少しだけ乳房が見えているから眼を逸らして。

 

 ナタリエが仔ゴブリンへの母としての愛を注ぎ終わったところで改めて話しかける。

 「ナタリエ。何か用が?」

 その言葉に、こくこくと頷くコボルド。その頭の犬の耳がふるふると震える。

 

 「用……どんな用なんだ?」

 

 そうして聞き出した事によると、最近……というか、帰ってきてから、変な魔物を見るという事だった。

 場所としては、大体遺跡辺り。不気味な怪物らしく、けれども辺境騎士団はゴブリンの戯れ言だと動いてくれないのだとか。

 

 「だから、おれか。

 良いよ、調べてくる」

 遺跡周辺の調査はおれもやりたかったところなので、快く引き受ける。

 

 この辺りに居るはずなんだよな、ティア。

 何たって、原作ゲームでは今ナタリエの腕に抱かれている後のゴブリンの英雄と共に出てくる筈なんだから。

 

 それを探したい。龍姫の眷属だろう少女と出会って、分かることがある気がするし、単純に原作で何で気に入られてたのかとかも分からないが、原作では縁があるからこの世界でも縁を作れるに越したことはない。

 この世界が幾らゲームじゃないと言っても、初対面で滅茶苦茶嫌われてたりは……しないよな?

 

 「『ギャッ!』」

 と、おれの後ろを着いてくるのは、数匹のゴブリン達であった。

 ナタリエの夫より若い、まだまだ子供のゴブリン。生後2~3ヶ月くらいから、生後一年ちょっとまで。

 ゴブリンの成長は早く。4年もすれば成人だ。寿命は……大きく個体差があるが10~30年ほど。

 

 「あまりオススメしないぞ?」

 と、警告はするも、何だか冒険のように、ゴブリン達はおれを囲む。

 「分かったよ。そんなに行きたいなら良いよ。

 でも自己責任だ。おれが助けれるとは限らないからな?」

 

 その言葉に、ギャッギャと緑色の子供くらいの生物は賑やかに答え、各々武器を取り出した。

 

 「じゃあ、忌み子とゴブリン合同調査団の最初で最後の大仕事と行こうか」

 月花迅雷を鞘ごとかかげて、おれはそう宣言した。

 

 ……辺境騎士団に報告は……流石に忘れちゃいけないな。

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