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辺境、或いはお飾り

そうして、辺境……というよりも、遺跡のある旧シュヴァリエ領にして現皇領に辿り着く。


 そこは、深い森と、その中に佇む遺跡、そして砦や平原が広がるような土地だ。

 国境近くではあるが、街らしい街はない。

 

 遺跡から異次元の怪異が、魔神族が沸いてきた等のあまり好まれない話が多く、好んで住む人々はいない。

 結果的に……ゴブリン族といった獣人の一種や、さりとて国境を守らなければならない兵士達くらいしか人の居ない土地が出来上がったのだ。

 

 そんな場所に辿り着き、兵役に就いたおれはというと……

 

 「ノア姫。精霊を呼んではくれないだろうか」

 「疲れるから今日は嫌よ。明日にしてくれる?」

 暇していた。

 

 いや、真面目に暇だ。暇すぎる。

 仮にもおれは皇子ということで、地位的には一番上として赴任した。それは良いんだが、所詮おれは忌み子だ。

 そんな忌み子に実権なんて持たせたくないのだろう、おれに与えられた地位は完全なお飾りの上官であった。

 

 そう、お飾り。見回りだなんだの騎士団としての仕事はするし、皇子としての義務として有事には最前線にも立つが、指揮権は無いわ兵士の訓練にも参加できないわで、辺境警備の騎士団に関しての権利は何一つ無い。

 

 マジで何もない。それこそ、物資の発注すらおれを通さない徹底ぶりだ。


 ……すまないが、おれの皇子として父から与えられる小遣いにしては大きな額の金の一部がこの騎士団の財源のひとつになってたと思うんだが、それなのにおれに資金で何発注するかに口出しする権利すら無いの?本気で?

 

 舐められまくってんなぁ、おれ。

 まあしょうがないけど。

 

 おれに与えられている金(大体600ディンギル)は1割エッケハルトに託した孤児院の資金、5割を先天的障害を得てしまった貧困家庭児支援基金、2割竪神等が居る新設騎士団に回していて、2割しかこの辺境の財源に加わってない……んだが、可笑しくない?

 何と、ノア姫どころかプリシラ達への給料分すら無い。

 

 本来辺境の財源に回す金から給料を出す手筈だったんだが、実際に此処に来てみると忌み子は金だけ出せと口出し厳禁にされてて引き出せなかった。

 

 ……これ、ヤバくないか?

 

 信頼されていなさすぎる。いや、おれへの信頼なんてそんなもんなんだろうけど……

 

 「ノア姫。頼む」

 そんなおれに出来ることは、こうしてノア姫に頼んで修行の手伝いをして貰い、刃を振るうことだけだった。

 「……嫌よ。働いてほしいなら、お茶くらい飲めるようにして欲しいわね」

 

 「姫君!」

 と、ノア姫が呆れたようにおれを見た刹那、少年騎士の一人がノア姫に冷えたボトルを差し出した。

 中身は多分お茶。今日の見回りの際に飲むものとして渡されていた筈のものだろう。

 

 「……冷たい茶に興味はないわ」

 けれど、その長く目立つ耳をぴくりとさせ、にべもなく少女はそれを断った。

 「……そうですか」

 「ええ。暖かいものなら戴くわ」

 「次は頑張ります!」

 

 と、少年騎士は何時ものように離れていった。


 おれがノア姫と此処に来てからほぼ毎日これだ。ノア姫が何かを要求すると、それを用意しようとして用意できない少年騎士。

 恐らく、ノア姫に好意を抱いたんだろうな。一目惚れって奴。

 

 頑張ってくれ。ノア姫が人間を好んでくれたら、エルフ達に協力を要請するくらい人に惚れ込んでくれたら、気難しい民と渡りを付けた英雄だからな。

 

 って、難しいとは思うけど、おれ個人としては応援してる。

 おれにとってのアルヴィナみたいに、彼にとってノア姫がそうなれば良いなと。

 おれは……こうして小言は言われるし文句も多くぶつけられるし割と嫌われてそうだからな。

 

 いやまあ、ニコレットみたいに近付いてこないのが普通の女の子だし、おれに色々と指摘してくれるだけでも感謝してもしきれないんだけど。

 

 「……それにしても、どうしてそんなに精霊を使って欲しいのかしら。

 記憶から再現した彼と戦っているようだけど、何が気に入らなかったの?」

 おれを見て、少女がそう問い掛けた。

 

 そう。おれがやっているのはノア姫が使役できる精霊におれの記憶を再現して貰うもの。

 形だけ再現した、攻撃力は本物に全く及ばないルートヴィヒとその使役するスコールとの模擬戦だ。

 

 「……おれは、彼を殺した」

 「ええ、そうね。それがどうしたのかしら。

 正しいことでしょう?何を悔いているの」

 「正しくなんかない。

 どんな理由があっても、どんな相手でも。決して人殺しは肯定されるようなものじゃない」

 

 それは、当たり前の話だ。だから、殺した家畜に命を戴く感謝を抱くし、人を殺せば罰される。

 おれは、だというのに……残酷にも彼を殺した。

 

 「本当は何とかなったんじゃないか?止められたんじゃないか。

 次があった時に、あんな独善的な決着をしない為に、おれはその道を知らなきゃいけない」

 「()めてくれるかしら?

 アナタが彼を殺さなきゃ、ワタシは死んでたの

 ワタシだけじゃなく、あの銀髪の子達もみんな、ね。彼等よりワタシやあの子に死んで欲しかったなんて、そんな間抜けな事を今更言わないで」

 

 静かな瞳がおれを見据える。

 それを振りきるように、奥歯を噛んでおれは言葉を絞り出した。

 

 「それでもだ。本当に悪に対してやるべき事は、悪を殺して解決と嘯く偽善じゃない。

 悪を悪と理解させて、救うこと。それが出来なかった。

 やらなきゃいけなかった。皇子として、民の間違った悪行を止めてやらなきゃいけなかった!

 だけど!おれは!そんなの無理だって早々に諦めて!彼等の未来を奪ったんだよ!

 万四路達のように!」

 

 「……馬鹿馬鹿しい。

 独善的ね。あんな話を聞かない相手を救うべきだなんて……あれだけワタシの知り合いを、皆を殺した相手なのに。

 二度とその事で口を開かないでくれるかしら?不快よ。次に言ったら、魔法でその口、二度ときけなくしてあげる。

 

 アナタがあの時やったのは最善手。殺さなきゃいけなかったの。

 それが解るまで、ワタシはアナタの為に一切魔法なんて使わないから」

 

 それだけ言うと、ノア姫にしては乱暴に席を立ち、少女は部屋を出ていった。

 

 ……仕方ない。おれも、何かしに行くか。

 

 「……彼等を、罪もない人々を。おれが対話することすら叶わなかった……本当のルートヴィヒやシャーフヴォル達を。

 もう殺さず、おれの同類(真性異言)を止めるには……どうすれば良いんだ」

 その声に応えるものは無く、おれの神器は、静かに時を待っていた。

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