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耳、或いは懺悔

教会を出て、一人おれは歩く。

 いや、一人じゃないな、一人と一頭だ。

 

 カラフルな街並みはそれなりの人通りを保ち、各所で第三皇子についてのさまざまな噂が話されている。

 あとは、おれについては……あまり、良い噂はないな。

 やはりあの火傷痕は……とか、呪われた子が付き添いだなんて皇子様が可哀想だとか、そんなばっかりだ。

 

 まあ、それが普通。実際には違うとはいえ、忌み子とは神々に呪われた子という話が一般的だからな。

 七大天信仰が篤ければそれだけ、忌み子への風当たりは強い。

 

 亜人へもそうだ。

 ああ、そういえばそんな中、表に出てこれるくらいには自分の存在を認められた事、アステールに対して何か言ってやるべきだったな。

 ……そう思うけれど、何度も告白され、それを後回しにした上に最低の振り方しておいて、今更顔を合わせたくなくて。

 

 結局、逃げて。

 その言葉は口に秘めたまま、立ち去ることを決める。


 そして、フードを被って歩く最中……

 ガラガラと音を立てて街中を走る大きな……大きすぎる馬車。


 いや、引いているのが……ああ、嵩胡(スウコ)だっけか?南方倭克等で見かける事もある縞が青く、尻尾が体の周囲を一周できるほどに長い空飛ぶ虎だから、虎車か?

 

 おれは、門前で待ってたアミュの手綱を引いて横に大きく避けて道を開け……

 

 「おい!何やってるんだ!」

 虎車の軌道から避けない一人の青年の姿を前に確認して、手綱を手離して駆け出す。

 

 っ!ギリッギリ!

 なんとか虎車が来る前に青年に追い付いて、その手を横に引く。

 ステータスは此方が上、青年の体は道の端に倒れ込むようにおれの方へと引かれて……

 

 「大丈夫か?」

 その横を通り抜ける、普通よりも大きな虎車。

 

 「気を付けろ(ひら)が!」

 そして、吐き捨てられる言葉。

 中々に酷いが、その胸には紋章が見える。

 信仰で出来た国でも何でも、お偉いさんの中には権力を得たら腐敗する人間が居るというのは、何ら変わらないのだろう。何処にだって、ああいう手合いは居る。

 

 それを分かって、青年を見て……

 呆けた目が、おれを見返した。

 

 「どうしてそんな目をする。

 危険な状態だったろう」

 青年は答えない。

 

 まるで、事態を理解していないかのように。

 

 「ちょっと待て」

 そしておれは、自分の耳を指差し、手で丸を作り、そして✕を作る。

 青年は、その指で✕を返した。

 

 「耳が聞こえないのか」

 反応はない。恐らく、聞こえていないから反応できないのだろう。

 

 だから、だ。普段より大きな馬車というか虎車が来ていても、明らかに異様な音でも、聞こえないから普段通りに歩いていたのだ。

 

 「……これ付けろ」

 懐からおれは、宝石の耳飾りを取り出す。

 

 「?」

 首を傾げる青年に、おれは耳飾りと青年の人の……じゃなく毛に覆われた猿っぽい耳を交互に指差した。

 ああ、亜人だったのか。それはさぞ肩身が狭かったろう。

 

 ぎこちなく耳飾りを着けた青年の目に驚愕が浮かぶ。

 

 あれは……始水の事を思い出して以来持ち歩いている補聴器のような魔道具だ。おれには要らないが、持ってないと落ち着かなくて持ち歩いていた。

 

 「プレゼントだ」

 その言葉に対しても首をかしげられておれは苦笑する。

 「……言葉分かるか?」

 ふるふると横に振られる首。

 

 「アミュ!」

 仕方ないので愛馬を呼び寄せ、くくりつけていた荷物から手帳とペンとインクを取り出して、おれは……文字は分かるか?と書き、青年に見せた。

 

 こくこくと頷かれたので、耳に付けさせた魔道具の説明を書き、定期的に魔力を注げよという点と、注ぎすぎると壊れるという点を二重丸で囲んで強調し、そのページを千切る。

 

 「贈り物だ。次はあんな危険に巻き込まれないようにな。

 大丈夫、慣れれば耳は便利なものさ。後ろの危険や、色々分かるようになる」

 そのことも手帳に書いて見せ、おれは燃える鬣の愛馬に跨がった。

 

 「行くぞ、アミュ!」

 そして愛馬の首を叩き、青年を置き去りに駆け抜けて……

 

 「ってストップ、ストップしてくれアミュ」

 おれは忘れ物に気が付いて慌てて愛馬を止めた。

 「……悪いけど、良い花屋を知らない?」

 

 そして、此処から直接兵役の地へ向かうんですけど?しているプリシラ等と……ナタリエとも別れて、アミュと天狼二頭と共におれが目指したのは、エルフの村であった。

 

 『クゥ?』

 「アウィル、お母さんのお墓。

 ご挨拶しようか」

 形見ともなる月花迅雷と、干し果物と買ってきた花を慰霊碑に添えて、おれは手を合わせて言う。

 

 流石に月花迅雷を此処に置いていく訳ではないが、今は此処に置いておきたかった。その方が、懺悔を含めて話せる気がして。

 

 「ラインハルトさん。貴方にとっても……」

 『ルォン!』

 おれに慣れきった妹とは異なり、兄天狼はおれにあまり慣れていない。距離を取り此方を見る彼の視線に、ああごめんと一旦慰霊碑の前から退いて。

 

 かつて、産まれたその時に母にされた祝福を覚えているのかいないのか。

 それは分からないけれど、二匹の狼の遠吠えが響く。

 

 本当は、二匹とも母と暮らせたろうに。

 その方が幸せだったろうに。

 

 そんな後悔が、遠吠えの響きと共におれの心にすっと入ってきて……

 

 『クゥ?』

 握り締めた手の甲を舐める湿った暖かな感触に、ふと気が付いた。

 

 「アウィル。お母さんとの話、終わった?」

 『キャウッ!』

 「ああ、人間の皇子。

 ラインハルト君なら、一晩僕達で預かるよ」

 

 と、声をかけられ、おれは振り返る。

 「ウィズ」

 「皇子のことだから、多分もう暫く、慰霊碑の前に居るだろう?」

 「ああ」

 その言葉におれは頷く。

 

 「僕達としても、恩狼の子。それなりのもてなしをしたくてね。

 借りていくけれど、良いかい?」

 「そこは当狼に聞いてくれ」

 「彼自身なら、良いとばかりに吠えたよ」

 

 なら、とおれはペロペロとその舌でおれの掌を何が面白いのかキャンディーのように舐め続ける方の天狼を見る。

 「アウィル、お前も行くか?」

 『キュクゥ?』

 その大きめの尻尾を振り、妹天狼はそのままおれの足にぴとりと頬を付けた。

 

 「……アウィルは行かないそうです。

 ……歓迎の何かがあるなら、ちょっと持ってきてくれると助かる」

 「でも、慰霊碑のある建物の外で飲食は頼むよ?

 掃除が必要になるからね」

 「当然だろ?」

 「あと、君が来ると思って今日は止めてたけど、普段は朝一に花を添えるんだ。

 明日の当番、本当は僕だけど代わりに任せて良いかな?」

 「やらせてくれ、ウィズ」

 

 そうして、ほぼ一晩、おれは慰霊碑の前で……懺悔と決意の言葉を繰り返す。

 横で愛馬は……同じくかの母狼に助けられたアミュグダレーオークスは何かを悼むように立ち尽くし続け、アウィルは座禅を組んだおれの膝の上をベッドに寝息をたてていて。

 

 その安らかな安心しきった寝顔を壊さないように、起こさないように、小さな声で言葉を紡ぎ。

 

 「……行ってきます。

 貴女の残した力とともに。貴女の残した子供達や、その世界を護るために」 

 朝焼けの中、摘んできた花を買ってきた花と入れ換えて添えて、おれはそう最後に今一度手を合わせる。

 

 「行こうか、アミュ。

 帰ろう、ラインハルトさん、アウィル。君達の帰るべき故郷へ」

 その声に、白い馬は燃える尻尾を振るい、兄狼は小さく吠えて応える。

 

 「ええ、そうね。そろそろ行きましょう」

 「あまりエルフに負担をかけるわけにはいかないですからね、ノア姫」

 そうして、おれはほら、乗らなきゃいけないんだから手を取りなさいよとばかりに馬上のおれに向けて手を伸ばすエルフの姫にそう言って……

 

 ん?

 「ノア姫?何故此処に」

 「あら、故郷にワタシが居ることの一体何が可笑しいのかしら」


 確かに。

 って丸め込まれるなよおれ。

 

 「いえ、居るのは構わないのですが」

 「……そもそも、似合わないわよ、敬語。普通に話してくれる?」

 

 「何で着いてくるんだ、ノア姫。

 折角故郷に帰ったのに」

 

 その言葉に、おれに似た赤い瞳を……吸い込まれるような瞳をしたエルフの姫は、小馬鹿にするように答えた。

 「あら、まだ大事は何も解決してないのに、そこではいお仕舞いと言う程に薄情だと思われてるのかしら?」

 

 「……何も起きなかったんだからもう良いんじゃないのか?」

 「何か起きるから、兵役に向かうのでしょう?

 ならば、約束通り着いていくわよ。感謝なさいな」

 

 一瞬、迷う。

 

 けれども、思い出す。この姫との出会いを。

 

 ならば、良い。手伝って貰おう。

 おれも……少し、不安はあったんだ。


 「すまない。恩に着るよ、ノア姫」

 「ええ……

 いえ、違うわ。アナタとの約束を果たしているだけよ。アナタの言う『皇族は民を護るもの』と同じこと。

 恩に着られる筋合いはないわ。アナタが、助けられた相手にはアナタへの恩を感じて欲しいなんて思ってるのではないなら、ね」

 

 「……そうか、ごめん」

 大人しくおれはそう言って、少女に手を差し出した。

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