誓い、或いは告白
「ねーねーおーじさま!」
大聖堂……七天の像が置かれたその場所に通されるや、ぴょんと飛び付いてくるアステール。
おれはそれを受け流して横に立たせて、何やってんだとヴェールに白ドレスの狐少女を見た。
「おーじさま、その刀ってすごい奴だよねー?」
その言葉に頷き、腰に下げておいた……オリハルコンの鞘の更に上から木の外鞘を嵌め込んだ刀に手を掛ける。
「……第七皇子よ」
「……兄上は事実に気が付いていない、或いは周囲には気が付かせないようにわざと本物のように喧伝することで権威的に扱おうとしているようですが……」
「でもー、ステラは見れば分かるからねー」
「流石に、誤魔化せないようなので、失礼します」
一言謝罪しながら、外鞘を外す。
オリハルコン製の鞘が空気に触れ、口を切れば小さくスパークする。
そう。月花迅雷は無限とも思える雷を放つ神器である。
魔力をほぼ通さないオリハルコン製の鞘な理由は、鞘に納めている間にも膨れ上がっていく魔力を抜刀と共に爆裂させる火力の為。内鞘はヒヒイロカネで逆に魔力を通しやすくしてあったりする。ただ高価な金属を使って値段でイキる為ではないのである。
魔力伝導で言えば銀でも良いが、銀は柔らかいせいで鞘に向かない。特に、抜刀で酷使するからな。
そして、
「我が罪の象徴。共に戦ってくれ」
小さく祈り、その刃を抜き放った。
桜光が散る。
透き通った青色の刀身、そこに刃紋のように通るのはヒヒイロカネ。
「おー、綺麗だねー」
「それが、本当の新たなる神器……」
「はい。その銘を」
「「「『月花迅雷』」」」
三人の声が重なった。
「ええ。龍姫様からお告げがありまして。そうではない神器モドキを見せられた時にはどう反応して良いかと」
「……ステラはさいしょからおーじさまが本当の方持ってるからって見てたけどねー」
と、耳を揺らし、尻尾をぶんぶんと振ってアステール。
「……アステールちゃん、ドレスが乱れる」
「今はおーじさまとおとーさんしか居ないけど?
あー、でも他の人が居る場所でやらないように気を付けないとねー」
7つの像に見守られるなか、おれは鞘に刃を戻す。
「帝国からは、仮神器と兄上をお送りします。
少しおれと同じくバカなところはありますが、神器を手に大使であろうという意志は持つ者。
力だけのおれより、何倍も役立つと思います」
「……第七皇子よ。君ではないのかね」
と、おれの行く手を遮るように教皇猊下がおれを見下ろす。
「はい、おれは帝国の剣であり盾。
皇子としての使命を果たさなければなりませんから。
おれに、大使なんて勤まりません。人の上になど立てる人間じゃない、自己中の人間の屑、それが今のおれです」
言ってて辛い。
だが、それを無視して頼ろうとした結果、甘えた結末が此処にある。
忘れるな、逃げるな。父にもそう言われたろう。
「おれに出来ることは目の前の誰かの剣である事だけ。
そんなおれは、兵役に行かなければいけません。おれには、多少の力しかないから。
こんな形以外で、誰も護れないから」
少しだけ自嘲する。
「その力すら、おれには足りないけれど。
竪神に、アイリスに、天狼に、帝祖に、アナに。それに、アステールやアルヴィナにも。
皆に助けられて、何とかやってこれた程度の至らない力でも。
それが、おれの皇子としての最低限の誇りです」
それを捨てたら、そこから逃げたら。
おれは……おれでない「俺」以下になってしまう。原作ゼノなんて雲の上で、意味もない力を持つだけのゴミクズに。
「おーじさま、その力はステラの為に振るうといいよー?」
と、狐娘はおれに何かを渡そうとしてくる。
それは、白いタキシードのようなもの。胸元に見えるのは、龍姫の紋章。
それをダメだと腕で押し返す。
「着替えを受け取ってくれないのかね?」
非難気味な教皇猊下の声。
おれを睨む瞳を、真っ向から見返す。
「受け取れません、猊下。
大いなる力には、いえ、どんな力にも同じだけの責任が伴います。
皇子としての力、忌み子としての……先祖返りの力、帝祖の貸してくれた力。
そして、おれには大きすぎる、月花迅雷」
今一度、刃を抜き放つ。
「それでもそれは、どれだけおれには大それたものであっても全ておれが背負う責任であり、力です。
逃げないと、共に戦うと。
おれは……おれ達を命を懸けて救ってくれたかの誇り高き狼に、そしておれを産んでくれた父や多くの皆に、そう誓う。
誓わなければ、先に進めない。今までのおれと変わらない、逃げているだけのゴミのままですから」
「だから、ステラと先にすすも?」
そう言ってくれる狐娘を、優しくない言葉で突き放す。
「……それは足踏みだよ、アステールちゃん。
おれも、君も。責任から逃げるだけ。
それは甘くて優しくて、身を委ねたくなるけれど……」
時折、堕ちてしまいたくなるけれど。
「おれの背負う罪が、おれの眼を醒まさせてくれる」
「……それは逃げではないよ、第七皇子。
私の娘と共に、戦う道だ」
「そうかもしれません、猊下。その道でも、立ち向かう壁はあるでしょう。
単なる逃げではない、それは確かです」
けれど、とおれはこの先共に戦う愛刀を握り込む。
「おれは、自分がゴミクズから救われたいだけの、最低の人間です。
本質は、アステール……ちゃんを拐ったシャーフヴォル・ガルゲニアと何ら変わりません」
「おーじさまは、おーじさまだよ?」
「それは幻想だよ、アステールちゃん」
呼び捨てにならないように意識して、少し心の距離を取る。
臆するな、ああすると決めただろう。
アナにもやったように。
いや、違う、とおれは刀を握り直す。
逃げるな。あれだって、アナから逃げ出したに近いのだから。
本当の自分を見せて、でも嫌われた後を見たくなくて、逃げ出した。
逃げるな、ゼノ。そうだろう、獅童三千矢。
「おれは、君の思っている皇子様なんかじゃない。利己的で、悪辣で、どうしようもない……ただ助かりたいだけの小物だよ。
そんなおれが、背負ったものに振り回されて、結果的に……父さんが君を助けられる切っ掛けに運良くなっただけ。
君のそれは、恋じゃない。何時かおれを幸せにして、君を不幸にする……イケナイ悪いものへの幼い憧れだよ」
「おーじさま!おーじさまは、そんなんじゃないよ」
「そんなんだよ、アステールちゃん。
おれの本質なんて、ユーゴと同じだ。だから」
当たらないように刀を振るい、花びらのように桜雷の軌跡を空に刻む。
「おれは、託された想いを背負う、『蒼き雷刃の真性異言』であり続ける。
託された責任だけが、おれを彼等以下のクズから……少しはマシな存在にしてくれるから」
そうしておれは、懐に忍ばせておいた一枚の証書を、おれを見つめる少女に手渡した。
「生涯不犯の誓い。
魔神に還る血脈を絶つという誓約。それをもって、君への……貴女の向けてくれた例え間違っていても尊い想い全てへの返答とする。
こんなおれを好きだと言ってくれるのは、嬉しいことだよ。けれど。
ステ……アステールちゃん。アステール・セーマ・ガラクシアース様。おれは、君の想いには応えられない。
それは、君を不幸にしか導かない道だから」
決別の為でも、とても彼女をステラとは呼べなくて。
少女は、何も言わない。
「ごめん。本当はもっと早くにこう言うべきだった。貴女の好意を、都合良く調子良く利用し続けた、最低のやり方だ。
……けれど、おれは誰とも結婚しないし、そんな不誠実な状態で、誰とも付き合えない。勿論貴女とも」
心に走る少しの痛みと、荷が下りたような安堵と、息を吐ききったときのような息苦しさ。
……これで良い。おれと関わってくれるなんて……自立しきれた竪神と、線引きが出来るエッケハルトくらいで良いんだ。
恋だ愛だは、おれには過ぎたものだから。
そうして、刀を納めて、おれは踵を返す。
七天の像に一礼して、二人のこの地の頂点に背を向ける。
「……第七皇子」
「猊下。どうか、兄上をお願いします。
ちょっとバカな面はおれと同じくありますが、それでも……おれと同じく、皇子としての矜持は持っている筈ですから」
「おーじさま!」
その背に声がかけられる。
「また、会えるよね?」
「会わないことを祈っています、アステール様。
おれと貴女がもう一度会う事があるとすれば……おれが立ち向かうべき彼等……特にユーゴ・シュヴァリエがもう一度貴女にその手を伸ばした時。
そんなことが起こらず、何処かでふとしたときに貴女の幸せな出来事を耳にする、そんな未来を願います」
「おーじさま、そんなに自分を追い詰めないでー?」
「……さようなら、アステール様。そして猊下。
貴女方の未来には、七大天の御加護があらんことを」
なお、こんなん言ってますが、恵まれない子供への支援機構作る金が要るんだとアステール相手に借金してる模様。それは何時か返さなきゃいけないものなのでそこで顔合わせる必要があるんだよなぁ……
主人公はそれを無視して(というか妹からも借りてるから忘れて)都合良く語ってますが、ちゃんと借金は返しましょう。
はい、ということでアナと同じくザ・不誠実な振り方です。関係清算する気が端から見たら無さすぎなポーズだけのものであり、アステールもヒロインのままです。




