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罪、或いは迅雷の刃

「……おめでとうございます、兄上」

 パレードの席で、おれはそう呟く。

 

 結局あの日は、アナにもう一度顔を合わせるとか出来なくて。

 オルフェの厩舎で一夜を明かし、これからもレース等で活躍するだろう彼とも別れを告げて、今おれは此処に居る。

 

 そう、ほの青い銀剣を掲げる第三皇子のパレードに参列している。

 「新たなる神器、新・哮雷の剣とともに!」

 兄は、銀剣を民に向けて高く掲げた。

 

 そして……銀剣から稲妻が迸る。同時、魔力を通された刃は、金属光沢を持つ蒼銀色から、透き通った青い水晶のような材質へと変化した。

 

 竜水晶ドラゴニッククォーツ。一部神器に使われているとされる、伝説の金属だ。

 本来月花迅雷にも使われる、魔力を通すと透き通って一時的に異常な硬度になる性質を持つ、神々から与えられたとされる超希少金属。そもそも鉱脈も何も無く、神から与えられたとされる出所不明のインゴット2個以外は神器の材質としてしか現存しない帝国国宝。

 その性質を見せ付け、天狼の角を組み込んだ新時代の神器はその輝きで王都の一角を照らした。

 

 これで良い、これで良いんだ。

 神器を与えられて喜色満面、大使として聖教国に向かう彼の手の剣を見て、おれはそう思う。

 月花迅雷なんて使い手を選ぶ姿より、今の新・哮雷の剣の姿の方が皆の役に立つ。名前以外は、完全に……

 

 ふと、違和感を感じた。

 蒼銀の剣?薄青の光を纏うようにも見える青みがかった銀色?

 何かひっかかるような……

 

 「では陛下、使命を果たして参ります。

 そこの、使えない忌み子ごときには荷が重かった使命を。託されたこの神器と共に」

 行くぞ、と兄がおれを顎で指示する。

 

 そう。共に聖教国までは行く事になっているから、おれはついていくのだ。

 

 アイリスは見に来ていない。アナも、来なかった。

 

 姿を見せない二人を想い、嫌われたなと呟いて。

 それで良い。おれに関わらなくて良い。もっと幸せになれる筈だから。

 

 そうして、着いていこうとして……

 「ああ、そこの忌み子馬鹿皇子。

 少しだけ来い」

 と、父にそう呼び止められた。

 

 「……父さん?」

 来いと言われて放り込まれたのは父の執務室。

 そこに今も置かれたエリヤオークスのぬいぐるみを見て……ふと、近所のお姉さんの部屋のフィギュアを思い出す。

 透き通った刃を持つゼノのフィギュア……

 

 そうか!

 脳裏に走るのは電流。

 

 違和感の正体に気が付くと同時、おれは父を見上げる。

 「父さん。あの新・哮雷の剣は、本当に神器なのか?」

 その声に、にぃっと銀髪の皇帝はその唇を吊り上げた。

 

 「何だ、気付いたか」

 その言葉に頷く。

 「ドラゴニッククォーツは、ある程度の魔力を流すことで一時的に硬質結晶化する。

 でも、あれには無限に雷の魔力を生成するとされる天狼の雲角が組み込まれている筈だ。なら……常時結晶化してないと可笑しい」

 そう、それが違和感の正体。

 

 月花迅雷は、その全スチルやあらゆるモーションで透き通った刃をしていた。一度たりとも、ダイヤモンドのような輝きを……光沢を持つ蒼銀色の刃を見せた事はない。相当凝った仕上がりである専用モーションですら、だ。


 ただ抜き放っているだけの状態でも、常時クォーツの名を関するに相応しい超硬質化状態である水晶の刀身をしているあの刀と同様の材質で作られていたら、あの剣が雷を放つ時以外は蒼銀色をしているなんてことは……有り得ない。

 

 「……やはりか」

 息を吐き、父は机の背後から、何かを取り出しておれの前にドン!と器用に立てた。

 ……いや、剣用のスタンドに嵌めこんであるのを置いた。

 

 びくり、とパレードの最中は垂れ幕の背後にこそっと隠れていたが王城の中に入るやおれに寄ってきたアウィルが震え、『クゥ』と小さく吠える。

 

 それは、蒼銀色の鞘に入れられた一振の刀。

 全体がオリハルコン製という珍しい鞘。握るだろう部分だけは赤竜の鱗でもって装飾されている。

 そして、鍔は普通のものではなく、立体的な狼の顔のような形をしていて、その双眼と額の角は鮮やかな輝く青。柄には白い皮が巻かれ、目抜は青。そして……柄先はやはり金属製で、狼の尻尾のような意匠が入っている。

 刃渡り77.7cm、材質はヒヒイロカネとドラゴニッククォーツに天狼の雲角、ところによりオリハルコンと竜殻に竜鱗、そして天狼の毛織布。

 

 天狼の頭部を模した鍔……というか最早柄飾りに見える蒼い輝きに、アウィルが懐かしげに目線を向ける。

 

 「さては、完成形を知っていたな?馬鹿息子。

 新時代の神器、迅雷の刹月花。グゥイと(オレ)がつけた、その名を……」

 「月花迅雷」

 「その通りだ。やけに剣の形状を推すと思えば……」

 

 取れ、そして抜け、と父の焔瞳が静かにおれを睨む。

 置かれた刀を取り、広げたおれの眼に飛び込んでくるのはゲームのスチルで見慣れた透き通った蒼い刃。

 

 「お前の知識にあるようだな」

 天狼の雲角を埋め込んだ現代最強の刀、おれの神器……月花迅雷。

 

 「アウィル」

 鞘に刃を仕舞い、此方を見上げるアウィルの額の角に、こんと柄に埋め込まれ、微かに見える母の角をうち当てる。

 『クゥ!』

 

 「……良いか、ゼノ」

 「父さん。どうして刀なんだ。

 おれの知ってるこの姿より、本当に新・哮雷の剣を作った方が……」

 

 轟!と。

 燃え上がる焔が、おれの全身を撫でる。


 おれは咄嗟に鞘走り、袈裟斬りに振り下ろされる赤金の大剣を透き通る刃で受け止めた。

 打ち合わさり、桜雷が刀身に花びらのように散る。

 

 「……阿呆が!」

 「ぐっ!」

 『ルォォッ!クゥ!』

 バチバチとした青い雷が父を覆う。アウィルがおれを助けようと寄り添い、父にデバフを掛けようとしてくれたのだ。

 

 「ゼノ、これはお前の背負うべき罪だ」

 赤金の剣から焔が噴き出す。

 けれど、鉄剣であれば融解し始めるような焔を受けても尚、蒼く澄んだ水のような刃には、揺らぎひとつ無い。

 

 「天狼は、貴様と共に戦ってやる為に、己の力を遺したのだろう。

 忘れるなゼノ。逃げるな、獅童三千矢」

 焔が、おれを見据える。

 

 「お前のやるべき事は、この神器から逃げることか?

 違う!携え、世界を、皆を、護ることだ。

 それを履き違えるな。己の使命から逃げることは、(オレ)が許さん。

 使命から、想いから、罪から!総てから逃げるな、ゼノ!」

 

 「……ああ」

 分かってる。護れなかったから、見るだけで思い出すから。

 

 他の誰かが使った方が有意義だからという逃げる大義名分が欲しかった。

 それが、最低の考えだなんて、分かりきってた筈なのにな。

 

 柄の狼の眼が……オリハルコンの隙間に見える薄く竜水晶にコーティングされた天狼の角が輝き、刃が赤雷を纏う。

 

 「……ふっ」

 微笑して、父たる皇帝シグルドは剣を振るい、焔を消す。

 「ちょっとはマシな眼になったか、ならば良い」

 そしてそのまま、轟火の剣デュランダルは姿を消し、赤雷を放つ刃だけが残された。

 

 「だが忘れるなよ、馬鹿息子。

 お前が逃げた時、(オレ)はお前にはもう皇族の資格無しとして斬り捨てる。

 

 お前は(オレ)の子で、第七皇子で……世界を救うべく戦う『蒼き雷刃の真性異言(ゼノグラシア)』。

 そうだろう?」

 

 「……ああ」

 オリハルコン製の鞘に刃を納め、おれは頷く。

 「だから、あまりお前への想いを無下にしすぎるな。良いな?

 そして、お前に託された想いを、背負う罪を、忘れるな」

 

 『クゥ!』

 調子良く、おれの横でもうさすがに頭に乗ったらアルヴィナがおれの帽子被っているのよりもサイズ合わなくなったアウィルが鳴いた。

 

 「話は終わりだ。あまり心配してはおらんが、生きて帰ってこいよ?」

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