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理不尽要求、或いは父の呆れ

父から呼び出されたのは、そろそろ年末が近付いてくるというその時であった。

 

 「父さん」

 おれは一礼をして、父の待つ執務室へと足を踏み入れる。

 卓上にはまだあのぬいぐるみが置いてあり、そこだけ彼のイメージからすれば可愛すぎるギャップに少しだけ表情を崩しながら、おれは椅子に座る父を見上げた。

 

 「来たか、馬鹿息子」

 「父さん。何の用でしょうか」

 「ああ、今回は手早く話を進めよう。あまり時間がないが故な」

 言って、皇帝たる男はおれに向けて一枚の紙を向ける。

 

 星と七大天の紋章が紙の上部に捺印された正式な書類だ。

 星と七大天の紋章ということは、聖教国からの文書という事になるのだろう。

 ちなみにだが、帝国の紋章は龍と狼の横顔と、剣の紋章である。象徴たる轟火の剣と、あとは龍姫と王狼を模したらしい。

 

 「父さん?」

 受け取って、文言を読んでみる。

 そして、おれは残っている右目を細めた。

 

 「賠償請求?」

 随分な話である。

 「ああ、大きく出たものだ。国賓たるヴィルジニー・アングリクスへの度重なる危険等を鑑みてだそうだ」

 

 ……返す言葉もない。

 「おい、阿呆。そこで頷くな。

 全く、お前は人の上に立つのには向かんな」

 と、落ちてくる拳骨。

 

 「痛いんだが、父さん」

 まだ添え木がギリギリ取りきれていない足では避けることは出来ず、甘んじて受けておれはそうぼやいた。

 

 「(オレ)の頭も痛いわ、馬鹿息子。

 そこで納得するな。あやつ等には相応の貸しがあるだろう。それを忘れ、阿呆を言うなと幾らでも返せるだろうに」

 だが、お前はそう答えるか、と諦めたように言って、男はその下を読めと促してくる。

 

 その内容は……

 「賠償としては、皇族一人を差し出せ?或いは、第二世代以降で構わないので神器をはじめとしたそれなりの額……

 随分盛られてるな」

 くつくつと、男は笑う。

 

 「だろう?お前一人か、さもなくばかなりの無茶な額だとさ」

 

 挑発的な焔の眼が、おれを見据える。

 「随分と御執心されてるじゃないか、ゼノ。

 未来の教皇様からの熱烈なラブレター。どうやら、ふっかけている自覚も向こうにもあるだろう財宝と釣り合いが取れるくらいには、高く見積もられているようだぞ?」

 そういうことに、なるんだろうか。


 「魔神娘といい、あの狐娘といい、人たらしとは言えんが無駄に大物を引っ掛ける才でもあるのか?」

 楽しそうな父を見て、おれは首を振る。

 「そんなの、おれには無いよ。ちょっと、あの子達はまだ周りが見えてないだけ」

 

 おれはゆっくりと書面を見直す。

 「いや、そもそも誰って指定は……」

 「指定が無ければ、普通は一番要らん奴を送る。

 いや、あくまでも、友好のために真面目に選定するだとか、誰か一人だけ特別な縁があるだとかの場合を抜いての一般的な話だがな。

 

 それくらい、向こうも分かっているだろう。だから、一番継承権の低いお前を狙って、皇族一人の身柄と言ったのだろうよ」

 

 父が立ち上がり、おれの前に立つ。

 そして……その手に焔と共に現れるのは赤金の大剣。


 轟火の剣をどこかのブリテン王の印象的なポーズのように石の床に切っ先を付けておれの前に見せ付けながら束の先を左手で包み込んだ男はおれに問う。

 

 「それで、馬鹿息子。お前に二つの道をやる。

 即断即決。此処でどちらかを選べ」

 「……分かった」

 遂に来たか、とおれは頷く。

 

 この時までに出来ることはした。あとは、あの真性異言等のなかでも強烈なのがこの先襲ってきたり、ユーゴ等のあの制御装置が復活して再襲来したりが起きないことを願うだけだ。

 

 「……何だ、分かっていそうな眼だな」

 ふっ、と皇帝シグルドの唇がつり上がる。そして、おれの右だけの目を焔の瞳が見返す。

 

 「真性異言(ゼノグラシア)の記憶として、二つの道は何か、語ってみるか?」

 「一つは、言われた通りに、聖教国に人質として送られる道」

 「婿かもしれんがな、まあ、どちらにしても同じことか」

 頷いて、続ける。

 

 「もう一つは……兵役。

 皇子として最低限の使命を果たす道。兵役を果たしている最中だからと、おれを送る候補から外すというそんな道」

 「ふむ」

 父は、そう頷いて……

 

 「違うわ、阿呆が」

 「あいたっ!?」

 轟火の剣から放たれた熱量に撫でられ、一歩下がる。

 

 「去年、初めて貴様が轟火の剣を手にした時に言った筈だ、ゼノ。

 帝国の象徴を使える以上、お前に下手な動きは最早許さんとな。

 つまりだ、貴様を差し出すなどという事は最初から考慮にも入らん。

 当然、兵役行きも規定事項だ。どうしても嫌だあの銀髪娘と離れたくないというなら、一応考えんこともないが……」

 

 「いや、行くよ」

 「だろうな。当然だ」

 少しだけ焔が弱まり、剣を消した父がおれの首根っこを掴み、ひょいと自身の机に座らせて目線の高さを調節する。

 

 「(オレ)が聞くのはそういう決まりきった事ではない。

 他の皇子……あまり使えん第三辺りを送るか、まだマシなのや神器を送るかだ」

 「ふざけた事をと踏み倒さないんだ」

 「言い掛かりが、と踏み倒しても良いがな。

 その前に、お前の話を聞いておこうと思っただけだ。

 

 天狼の角を持ってきた時、上手い使い方を最初から知っていたろう?それは恐らく真性異言の知識によるもの、違うか?」

 違わないとおれは頷く。

 「ならば、話は早い。その知識に、誰を送るべき、或いはかの神器を送るべきという知識はあるか?」

 「残念ながら、無い。

 そもそも、おれの知っている未来では……おれはアステールに出会うことも、好かれることも無いから。

 おれの知識は、聖教国相手にはほぼ役に立たないよ。それどころか、この先……他の真性異言が居るのに役立つかすら分からない」

 

 「素直だな。素直すぎて、交渉ごとに向かん奴だ。

 本当に、何処なら使えるんだ貴様は」

 呆れるように、でも楽しそうに父は言って。

 

 「ゼノ。グゥイから聞いたが、四天王の影が姿を見せたらしいが……ああいった襲撃は、聖教国で起こった等の話はあったか?」

 「いや、平和そのものだったはずだよ父さん。ヴィルジニーが、帝国びいきな教皇様から留学生として送られてくるとかそんなくらいで、そんなに前線でバチバチやらないのが聖教国」

 ……ゲームでモブだった無名の人々はしっかり戦ってたけど、とおれは付け加えた。

 

 「……つまり、それなりに平和か。

 踏み倒すのも良いが、それではあの狐めに向けての負い目を無駄にお前が感じるだろうからな。適当なものでも熨斗を付けてくれてやろうか」

 

 もう良いぞ、と言われ、おれは部屋を出ようとして……

 

 「ああ、ゼノ。

 兵役の件だがな。聖夜を越えれば面倒だ。二日後に出立せよ。

 良いな?」

 急だな父さん!?


 今が夜だから、実質明日1日でおれが勝手に手をつけてる恵まれない子向けの基金の話だのアイリスの為の騎士団の正式発足への最後の承認と取り決めだのと……あとは孤児院についてエッケハルトと話を付けて……エーリカ達の為に聖夜のプレゼントの買い物終わらせて、新年向けのあれこれの受注完了して……

 孤児院やオルフェの面倒を見てくれてるナタリエ(コボルドのお母さん)を兵役で向かう彼女の故郷に連れていく約束だから、後釜を考えて彼女が抜けても良いようにして、あとは別れの挨拶を……って多忙すぎる。


 明日が来るのが怖いな……もうちょっと早くに言ってくれ父さん。

 なんて思いながら、おれはカツカツと添え木の音を鳴らした。

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