突撃、或いは将軍様
「……さてと、今はそろそろ夜か」
それから、とりあえず様々な事をエッケハルトと話して一刻、つまりは三時間ほど経った。今はとりあえずこの世界表記で言えば大体影の刻の半ば、生前なら午後八時くらいと呼べるくらいだろうか。
とりあえず、今日は何も間に合わなかった。まあ、騎士団が辿り着くとしてもっと後だろうとは思う。
土着のモンスターが作った巣穴、何らかの理由で主が居なくなったとして、そうそう見つけられるものでもない。彼等もそれを知っているからこそ騒いでいたのだろう。
捜索されても見付かりはしない、猶予はあるのだと。寧ろ捜索をやり過ごしてからの方が動きやすいと。ゴーレムが居たならば、土のゴーレムで入り口を塞いで隠す位は難なくやれるだろうし。
未だにどんちゃん騒ぎの音は耳に届く。宴もたけなわといった所だろうか。動くならばもう少し騒いで寝静まった所が良い。倒す敵が少なくて済む。
結局逃げられるわけも無いとたかを括ってるのか、見張りは一度も来なかったのだし。寝る際にも見張りが来るとは思えない。
恐らく、入り口を塞ぐゴーレム辺りには外に対する索敵魔法組み込んだりしてるのだろうが、内部はガバガバ。流石に子供とはいえ舐められ過ぎだろう。いや、舐められてた方が良いんだが。
「寝静まったら動くか」
「……駄目だ」
だが、エッケハルトは当たり前の提案に駄目出しをした。因にだが、他の子供たちに立ち上がる気概はない。
まあ、皇族でも中位以上の貴族でもない普通の子供に誘拐犯一味に立ち向かえというのが酷なので、騒がないように、そしておれが大きな声で逃げろと叫んだら逃げるようにとだけ言い含めておいた。
「どうした、エッケハルト」
「ゼノ、お前なら覚えてるよな、アレットちゃんのこと」
「アレット……ああ、平民出の子か」
知っている。アレット・ベルタン。
おれことゼノと同じ凍王の槍以降の追加キャラだ。確か、皇族と盗賊を恨む少女。平民出身で女の子ながら、ガチガチの前衛職で初期値も高いので割と重宝するキャラのはずだ。
「……ゼノ、可愛い女の子が盗賊に拐われて、なにもされない訳がないよな?」
「アナを襲うほどあいつらもロリコンペドフィリア野郎じゃ無いだろ」
「いや、幾ら可愛くてもアナスタシアちゃんは襲わないと思う。盗賊って割と短絡的思考だろうし」
好きなことを仕込みやすいからと将来性込みで子供を買う者は割と居るらしいが。だから可愛らしい外見の子供奴隷には商品価値がある。そんなものあまり合法的には居ないからこうした人拐い……違法に奴隷狩りを行う人拐いが出るのだ。
「けど、年頃の女の子は?
ゼノ、アレットちゃんが皇族を恨む理由って知ってるか?
助けに来るのが遅すぎたから、だ」
「……『国民の最強の剣だなんて嘘つき!本当に最強の剣だったら、お姉ちゃんは死なずに済んだのに!』」
ふと、その言葉を思い出す。これは……アレットルートでの言葉じゃないな、ゼノルートでのお前は聖女様に相応しくないという糾弾のひとつだったか。発言者はアレットだ。
「まさか!?」
「そう。それがこのイベント。ゲームでのお前は、騎士団を率いて明日此処を見付ける。
けれども、その時には拐われてたアレットちゃんのお姉さんは奴等の毒牙に掛かってて……」
ゲームにおいては、本当の事だし過ぎたこととかなりさらりと流されていたのだが……重いわ。
「その事で精神が壊れて……翌年、お腹の子供と共に自殺した。
だったかな」
実に見事な逆恨みである。おれ……というか皇族はなにもしてない。彼等なりに全力で助けに入って、それでも間に合わなかっただけだ。
だが、恨まれる理由にはなるだろう。間に合ってさえいれば良かったのだから。そして、皇族は最強の剣だと大言を吐いているのだから。落ち度はないが責任はある。
「それが、この事件か」
「そうだ。雷鳴竜と氷の剣で言ってた」
「成程。それは知らなかった」
つまり、待つ選択肢は消えた。
知らなければ、待っていただろう。その方が確実に勝てる。
だが、だ。おれは皇族である。幾ら忌み子で面汚しでも、皇家なのだ。今なら間に合うかもしれない。寝静まるまで待てば確実に間に合わない。
目の前の人間すら救わない奴が、国民の最強の剣にして盾であるわけがない。絶対に勝てない相手ではないのだから。多少の危険など知ったことではないと言えなければならない。
「……行くぞ、エッケハルト。
話した以上、今更おれは行かないなんて言わないよな?」
「当然っ!それを止められたらと、向かったんだからな!」
その返事と共に一閃。流石にうだうだ言っている時間はもうない。隠し持った小刀でもって、強引に鉄格子を叩き斬る。
流石に小刀一本で大立ち回りは不可能だから武器として調達する。そうしてそのままでは長すぎる為、二つに切って片方は武器の無い相方へ。
「使え、7色持ちなら剣の使える職にチェンジくらいは出来るだろう」
斬鉄剣ならざる小刀はその二撃でもって刃が大きく歪み、とりあえず斬るという言葉とは縁遠いものになってしまったが、まあ良い。一応刃先はあるから突きは出来る。
いや、突きは傷が小さいから敵を無力化するには急所を狙う必要があり、手を誤ると殺してしまうからかなり使いにくいのだが。何はともあれ、大立ち回りに良いサイズの鉄棒は手に入った。
そのまま、鉄格子を抜けて駆け出す。
ダンジョンといっても巣穴。そう複雑な構造はしていない。駆け抜ければ、直ぐに辿り着く……!
「さあ、よーく見るんだ。可愛いかわいいお姉ちゃんが、お母ちゃんになる瞬間をなぁ!」
そうして、とある角を抜けた瞬間に辿り着いたのは狂乱の場であった。
広間を煌々と辺りを照らす焚き火に照らし出されるのは十数名の男達。身なりは様々だ。腰布とグローブにブーツといった荒くれものから、さも一般的な人民ですといった姿の男まで。街に入る際に怪しまれない格好と、何時もの姿とかそういう振り分けだろうか。
焚き火の周囲には食い荒らしたのだろう骨やら酒の瓶が幾らでも転がっている。とりあえず、彼等の身内に女性は居ないようだ。その中の一人、荒くれ姿の大男ーおれを取っ捕まえて運んできた男であるーは、一人の幼い栗色の髪の童女の肩を掴み、自身の膝に押さえ付けている。
そうして、やんのやんの騒いでいる男達から少し離れた場所、向こう側に固まっている男達よりはおれ寄りに居るのは……一組の男女。実に似合わない不釣り合いさであるペアだ。
男の方は、如何にもな姿。暫く剃っていないのだろうか髭は延び放題で、山賊の頭と言われれば大半はこのような姿を予想するだろう。まあ、辺りに衣類を脱ぎ散らかして全裸なのだが。実に目に毒である。他人のそう粗末でもないモノを見て楽しい訳もない。
女の方は、別の男二人によって地面に押さえ付けられている。顔立ちは素朴。決して山賊に似合う顔ではない。粗末ながらも可愛さを持っていたのであろう上着は既に意味を成さない布切れとして彼女の周囲にばら蒔かれ、豊かな双房の恐らくは桜色の頂点はそれを握り締める男達によってのみ隠されている。
栗色の髪は抵抗の際に頭を振ったのか大きく乱れ、けれども今はぐったりとして動いていない。気絶したのか、させられたのか、それとも恐怖から固まっているだけか、判断はちょっと付かない。
身に纏っているものは、最早下の下着だけで、それも太股に引っ掛かっているだけ。半分脱がされている。
……だが。逆に言えば、まだ、そこなのだ。
手遅れでは、なかったらしい。男が隠すべきモノをぶら下げている事から、あと少しで遅かったのは確かかもしれないが。
「ああっ!?テメエ何だ!」
横目におれを確認したのだろうか。女性の両足を抱えた男が叫ぶ。
「我が名はエッケハルト!アルトマン辺境伯子の名にかけ、今度こそお前等を討つ!」
……何かバカがヒーローっぽい事やってる。
無視して突貫。おれも男の子、ヒーローに憧れはするが、まずはやるべき事はやってから名乗るべきだろう。
そう、戦隊ヒーロースタイルではなく黄門様スタイルであるべきなのだ、皇族ってのは。いや、助け出してから名乗る方がカッコいいだろ。
そのまま、女性の足を離すのに手間取り動けない男の眼前に辿り着き、そのまま股間をキックオフ。
「ぐげぇっ!?」
割と愉快な声が響く。足裏に伝わるのはぐにゃりとした感触、割と気持ち悪いが、そのまま蹴り飛ばす。
そのまま、手持ちの鉄棒を胸を鷲掴みにしている男の右側の肩口に振り下ろした。
同時、辿り着いたエッケハルトが左の男の脳天に一撃、両方の男が呻き声をあげて崩れ落ちる。
「が、ガキ共ぉ!」
「お出迎えご苦労。お陰でお前等の根城を探す手間が省けたよ」
アレット(推定)を座らせたまま叫ぶ男に、そう返す。
「何者だ、単なるガキじゃねぇな!」
「正義の使者」
「お前にはもう聞いてねぇだろエッケハルト
おれの名はゼノ。帝国第七皇子、国民最強の剣の中の最弱だ」
「皇子、だぁ?」
「お、お、お……皇子ぃぃぃッ!?」
空気が固まる。
比喩である。実際に空気を固定するエアロックなる魔法は……風属性に存在する。
のだが、そんな空気が固まり一切動けないままに、本来は詠唱を妨害されやすい高火力魔法を全員から叩き込まれて死んだ魔王の側近が居るという、伝説の停止魔法なんぞ使われた時点で負けなので無視で良い。神話の時代にしか出てこないのだし。
兎に角、おれの宣言を受けて、人拐いの者達は暫し、おれに全注目を集めた。集めて……しまった。
「そこっ!」
その隙を逃さず、背中に鞘ごと背負っておいた短刀を抜き放ちぶん投げる。的とするのはアレットを捕まえてげへげへしていた男。
鉄格子を斬る際に歪んだ短刀では真っ直ぐは飛ばず、狙った場所ではなくその男のまだ組んだままの右の太股にざっくりと突き刺さる。しっかりと貫通しただろう。
「い、痛でぇぇぇぇっ!」
最悪拾われても構わない。所詮は鉄斬ったせいで刃が潰れまともに斬れない小刀だ。それなりに投げる練習積んだおれでもブレは酷く、使いにくいことこの上ない。
どうぞ拾って使いにくさに振り回されてくれ。突き刃に関わらないが、刀身歪みすぎて上手く狙えないだろうし。
「此方へ逃げろ!」
「は、はいっ!」
太股を抱えて呻く男の腕の中から少女はあっさりと抜け出せる。
……名乗った意味はあったようだ。それほどまでに、皇子というものは概念的に衝撃だったのだろう。
「エッケハルト。任せられるか」
「分かってる!」
そのまま、駆け寄った少女を焔髪の少年が後ろに庇う。
「貴方も、早く」
「でも、出口は向こうじゃ……」
「他にも捕まってる人は居る。だから、全員蹴散らしてから堂々と出る」
「やって、みろよ……皇子サマァッ!」
よろよろと、股間を蹴り飛ばしておいた男が、棍棒を杖に立ち上がるのが見えた。
「やっちまえ、アーニキー!」
「てめぇが本当に皇子サマってなら、そんな醜い傷がある訳ねぇ!
ハッタリもいい加減にすんだな、殺すぞガキぃっ!」
「単純に、自分の至らなさへの戒めだ」
大嘘である。忌み子故に魔法で治せなかっただけだ。
基本大貴族ともなるとどんな傷も魔法で跡形無く治してしまうので、こんな火傷跡が残っているわけもない。
それ故に、疑いが薄かったというのもあるのだろう。皇子サマに怪我跡なんてある訳がない。そんなものすら治せない貧乏なはずがないのだから。
「言ってろ、ガキィ!」
駆け寄りながら、男が棍棒を振り上げる。
十分返り討ちは狙える範囲の速度。だが……
おれは、ゆっくりと目を閉じる。
「失った目で、戒めなぁ、俺達に歯向かったことをよぉぉっ!」
そうして、棍棒は振り下ろされた。
「……で、何を戒めれば良いんだ?」
バキッ、と。それはもう軽い音を立てて棍棒は根元から折れた。
まあ、当然の結果と言えば当然の結果。仮にも皇族、下級職業の振るう棍棒なんぞ避けなくてもまともにダメージは無い。兵士の剣でも気にせず受けられるのだから当たり前である。
目を見開く。
「……何を、戒めにするのかと聞いている」
「は?棍棒の、ほうが、折れ……?」
横凪ぎに一閃。呆然とする男のわき腹を、鉄棒で打ち据える。手に残るのは嫌な感触、肋骨でもへし折ってしまったろうか。
「くぺっ!?」
気の抜けた声とともに、男の口からなにかが溢れた。まあ、何かというか、男がさっきまで口に放り込んで咀嚼していたろう食べ物なのだが。ああ汚い。
「「「ア、アニキぃっ!」」」
「アニキがこんなガキに……ありえねぇ!アニキは……アニキは……」
「上級職でもないんだろう?」
おい煽るなエッケハルト。隠れてる魔術師……ゴーレム使いはまだ居るんだぞ分かってんのか。
「そろそろ上級職だって笑ってたんだぞ!」
「成程。帝国内で奴隷で稼ぎ、金次第で通してくれる異国に渡って上級CC、その力で更に金稼ぎか?
せこいこった」
「てめぇ!」
「だが、それも終わりだな。皇家のものに手を出すからだ。こうして直々に潰される」
「バケモンがぁっ!」
「バケモンだから、皇族なんて中央を存在させる理由になっている」
そう、皇帝という最大戦力、皇族というそれに継ぐ化け物達。その存在を、恐怖をもってこの帝国は成り立っている。絶対的な力故に、小国の王達を貴族として封じ直し、纏めあげた一つの帝国として外敵を迎え撃った。
それが、帝国の成り立ちであるのだから。今や皇族のチートさは広まり、かつて小国の王であった者達は貴族としての世代を重ねすぎて帝国への忠誠心も割と高いのだが、初代の頃は俺が俺がで、逆らう気すら起きない力でぶん殴らなければ纏まれなかったという。
「他の皇族は、おれより強いぞ
投降しろ」
それに対し、隠れているだろうゴーレム使いは反応すること無く。お頭ですら敵わないと悟ったらしい盗賊達は、静かに頭を垂れた。




