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桜光、或いは再会の言葉

『キュゥ?キャウッ!』

 「ごめんな、アウィル。ありがとう」

 

 まだまだ片鱗を見せたばかりの角を輝かせ、桜雷を頬に纏ってこんこんと眠り続ける少女に頬擦りする狼にそう言いつつ、おれは妹を見守る。


 アウィルが桜雷を放てるようになった。

 天狼としての力を段々と使えるようになったから、少しだけ試して貰ったのだ。

 

 もしかしたら、活性化の桜雷なら、目覚めるかもしれないと。

 

 『クゥ?』

 雷を消し、まだまだ可愛らしい蒼い瞳で此方を見上げてくる仔狼を抱き上げ、買い込んでおいたジャーキーを口元へ当ててやる。

 「よーしよし、頑張ってくれて有り難うなアウィル。好きなだけ食べて良いからなー」

 

 餌で釣ってて悪いなと思いつつ、ペット用の刺激の弱い味付けの魔物肉ジャーキー(人間が食べるとちょっと塩味が足りない)を一心不乱におれの頭に移動してから齧るアウィルを落とさないように、アイリスの経過を見守ると……

 

 『アウッ!』

 「ああ、二本目な。はい」

 と、おれの髪の毛数本を巻き込みつつジャーキーを食べ終えたアウィルが二本目を催促するように鳴き、おれの頭をその肉球のある前足で小さくトントンと叩く頃。

 

 不意に、灰色の目がおれを見据えた。

 「……アイリス。おはよう」

 「……お、……は」

 響くのは掠れた音。

 

 「っ、アイリス。水だ」

 と、おれは常備していた水を差し出す。

 特別な水だ。苦いものは受け付けないだろうとポーションではないけれど、飲みやすいようにアナが毎日魔法で冷やし、果物の果汁をほんの香り付けくらいに入れてくれている。

 弱った体にジュースとか案外飲めないからな、アナなりの気配りだろう。本当に良い子で助かるし、おれなんかが連れ回すのは勿体ない。

 

 『キャキュゥ』

 「っと、ごめんなアウィル、揺らして」

 焦りすぎと片足が添え木であることから、普段なら揺れない頭が揺れ、頭上の狼が不満そうに鳴く中、おれは妹の肩を抱いて異様に軽い上半身を起こしてやり、その唇に水のグラスを付ける。

 

 こくりと喉を小さく鳴らして、オレンジに近い明るい茶色の髪を揺らし、アイリスが水を飲みきって……そのまま、目を閉じる。


 「アイリス、大丈夫か?」

 そんな妹に、おれは声をかけて……

 

 「なーご」

 ぴょん、とおれの前に現れるのは、妹が良く使う猫ゴーレム。


 なんだ、ゴーレム扱ってた方が気が楽なのかと、おれは安堵の息を吐いた。

 

 「ふしゃーっ!」 

 『ギャウ!』

 でも、目の前に本人が居るのに何故ゴーレムを?と思ったおれの前で、頭の上の狼に向けて猫ゴーレムが威嚇する。

 

 「寝起きになにやってんだアイリス」

 その光景に、思わずおれはそんなツッコミを入れた。

 

 「お兄ちゃん。邪魔者、排除する」

 と、ゴーレムからの声。

 ゴーレムなら、体の喉はあまり関係ないからな。

 「はいはい」

 どうやら、目が覚めたら自分の定位置に見知らぬ白い毛玉(アウィルのこと)が居るのが気にくわなかったご様子である。

 

 「アウィル」

 『クゥ?』

 と、呼んでみるも、アウィル側もその後ろ足より発達した前足でおれの頭にしっかりと掴まり、領土権を主張するように鳴く。

 

 お前もか、アウィル……

 いやまあ、妙に気に入られてるのは良いんだが……

 爪は立てないでくれよ?

 

 「アイリス、無理しないでくれ」

 「邪魔者、追い出す」

 「こいつはアウィル。天狼のお父さんからの預かりもの。邪魔じゃない」

 「……でも、そこは」

 

 不満げな少女をあやすように、おれは靴を脱いで少女のいっそ過剰なまでに大きなベッドに正座すると、その膝に妹の頭を乗せてやる。

 所謂膝枕だ。

 男にされて嬉しいのかは分からないし、されて嬉しいって感覚もおれには良く分からないけれど、確かガイストルートでガイストがヒロインにされていて、何時もの格好付けた厨二言葉が吹き飛ぶくらいに意識してたのを覚えている。

 

 ……あれ?これアイリスにやって良いのか?

 そんなおれの思いを余所に、少女はおれの膝に頭を預けると、ゆっくりと目を閉じ、ゴーレムの操作も解除して微睡む。

 

 「……改めて、おはようアイリス。

 何か食べられる?」

 「あさ、おきたら」

 「そっか……」

 「……ねてたの、どれくらい?」

 「一ヶ月」

 「……びっくり」

 

 そんな妹に何して良いか分からなくて。小さく伸ばされたその右手を、おれの両手で包み込む。

 そして、少しだけ持ち上げて、額を当てる。

 

 「おれ達のところに、この世界に。帰ってきてくれて……本当に良かった」

 押し出すように言った言葉。

 

 無意識に流れる涙を、おれの手に包まれた小さな手が指を伸ばして拭う。

 

 「ひとりぼっちは、さびしいから」

 「……ああ。さびしいよな。

 だから、ありがとう」

 「お兄ちゃんがいるところ。帰りたかった」

 

 ……その言葉は、すとんとおれの心に落ちる。

 「……アイリス。居るのはおれだけじゃないんだが?」

 でも、あえて言う。

 

 そう言ってくれるのは嬉しいんだが、おれだけに依存しないように、おれに頭を撫でられるままの妹に、少し冷たく言い放つ。

 

 「竪神だって居る。アナ達も心配している、父さんだって、時折来るくらいには気にしていたし」

 「……分かってる」

 「勿論、おれも。

 アイリスは一人じゃないさ。帰ってきてくれて、ありがとう」

 

 ……同じことしか言ってないな、おれ。

 

 「しってる。

 鬣のひとや、あの子も」

 不意に、不安げにアイリスは身を捩る。

 

 「みんな、無事?」

 「ライ-オウとアミュが結構ヤバかったけど、それだけ。一応みんな無事だよ」

 ……アルヴィナは、居なくなってしまったけど。

 

 元から案外アイリスはアルヴィナを無視しがちだから、そこは言わず。

 居なくなった事で記憶が消えていても判別しにくいしな。

 

 ぺしり、とアイリスがおれを叩く。

 「嘘は……だめ」

 「嘘じゃないよ」

 「……片目無くしたお兄ちゃんが、重傷扱いじゃないのは変」

 

 その言葉に苦笑しておれは頷く。

 「それもそうか。おれより酷かったのはライ-オウだけだよ」 


 その言葉に安堵したように、

 「ん、よかった」

 と頷いて、妹は意識を手離したように、膝の上で寝息を立て始めた。

 

 今までは、ほぼ無音だった呼吸の音を小さく響かせて。

 

 「お休み、アイリス。また明日。

 ……ってか、もう今日だけど」

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