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散歩、或いは目覚め

『キャウッ!』

 眠り続ける少女に、小さな狼がじゃれつく。

 

 天空山から帰ってきても、アイリスはずっと眠ったままであった。

 今日でもう一ヶ月。流石に不安になってくる。

 

 だからおれは、ずっと少女の部屋で、その目覚めを待ち続ける。体的には悪いところはなくて。だから、おれに出来ることなんて何もなくて。

 授業だってサボりだ。外に出たのは、修業を兼ねて一日一回アウィルを散歩させてやる時と、あとは流石に四天王襲撃という事件を経て愛娘を置いておけないとした枢機卿が、ヴィルジニーを引き取る際の立ち合いだけ。

 

 レースに出られずアミュの見舞いや、他にも色々やらなきゃいけないんだけど、アウィルを外に連れていく夜中に少しずつしか出来ない。

 

 「アウィル、行こう」

 そう声を掛けるや、仔天狼は眠る妹の髪で遊び、その顔をペロペロと桜色の舌で舐めるのを止め、ぴょんとおれの腕へとジャンプ。

 そのまま肩を駆け抜けて、頭にちょこんと前足を掛けて座る。

 

 それは、少し前はアイリスのゴーレムの定位置で。他のものが乗っていたら、鬱陶しげに尻尾で払い除けていたっけ。

 ……結局。何処でもおれは、妹になにもしてやれないのだろうか。

 

 『クゥ?』

 「……ごめんな、アウィル」

 寂しげに鳴く狼に、おれは言う。

 

 もう、おれの手にこの仔狼が求めているだろうものはない。天狼の雲角、母狼の雷を統べる一角は、既に父に託した。

 哮雷の剣の再現が出来るかも、そんな言葉を言ったから、恐らくはあの角は……宮廷鍛冶や魔術師等の手により、立派な直剣のコアとして生まれ変わるだろう。

 原作のように、月花迅雷ではなく。

 

 それで良い、それで良いんだ。

 あれだけ助けてくれたのに。死して尚、その力をおれたちの為に遺してくれるなら。

 最高のパフォーマンスを見せてやるべきだ。誰でも使える神器は、刀であることが最大の欠点である月花迅雷なんて本領を発揮できない姿になるべきじゃない。

 

 おれ達皆と寄り添えるように。汎用的な剣にして貰った方が、きっと良い。

 おれはこれでも、物理方面は仲間になりうるキャラ内ではぶっ飛んで強いからな。例えばエッケハルトが神器持った方が有為な事は多いだろうし。

 

 あの角を見る度に、己の無力を突きつけられている気がして、遠ざけたい気持ちも少しだけあるけれど。

 それを言って、おれが上手く使えない形状にしろとまでは言わない。そこまで逃げるわけにはいかない。

 

 だから、折衷の最善案。疑似哮雷の剣をと父には言った。

 

 そうして、母を求める狼に謝りながら、カツカツとした添え木の音を響かせて廊下に出る。


 明かりはない。上の階は静まっていて。毎日アイリスちゃんが起きた時の為にとご飯を作っている(ちなみに冷めた後におれとアウィルとラインハルトが戴いている)アナも、もう寝ているのだろう。

 ノア姫?ノア姫ならあれでもエルフ種。その知性と美貌と魔法の力を買われ、あの馬鹿息子は何にも言わんが少し手を貸せと父に連れていかれたので今は居ない。恐らく、天狼の角に関してだろう。

 

 『キャキャウ』

 「……そうだな、行こう」

 この仔も、夜にしか外に出してやれない事に申し訳無さはある。とはいえ、流石に天狼を日中に放す訳にもいかず、日中はアイリスの傍に居てやりたくて。

 

 おれが居て意味があるのかと思いつつ、そんな気持ちを晴らす意味も込めて、最初はおっかなびっくりだったがもう慣れっこになった添え木で左右の足の長さを揃えた足でのキッククライム……ほぼまだマシな片足だけでのそれでもって、一階へと降り立つ。

 

 前回よりはマシな轟火の剣を無理矢理使ったことによる自焼の傷痕。今回の火傷は炎の翼のせいか背中が酷く爛れ、仰向けに寝転がるだけで痛いが……動ける程度だ。

 前回は一ヶ月寝ていたが、その結果がアレだ。アウィルにもラインハルトやその母にも、死んでいったエルフ達にも、ノア姫達やアルヴィナにも申し訳が立たない。

 

 少しでもその際にサボらずおれが1レベルでも強くなっていれば、多少は戦いの流れが変わったかもしれないのに。誰かを救えたかもしれないのに。

 そんなこと無いと分かっていても。眠る度に、おれは彼等に……顔も知らないから顔の無いエルフ達にお前のせいだと責められている気がして。

 

 そんな夢を振り払うようにも、少ない体力で刀を振るう。

 ブランクの無いように。一刻も早く、隻眼故に遠近感が掴みにくくなった今の視界での間合いの測り方に慣れるように。

 

 「……雑念の剣は脆い」

 「それでも、振るわれない剣は存在すらしない」

 ……四天王襲来後、師は西方に呼び戻された。だから居ない彼なら言いそうな言葉に自答しながら、暫く人気の無い初等部塔の庭で刀を振るって。

 

 『クゥーン』

 「……おっとごめんアウィル。鬼ごっこか?」

 足にすり寄ってくる白い犬のような人懐っこい狼の頭を軽く撫でて、おれはそう言った。

 

 『キャキャッ!キャウッ!』

 「よし、鬼ごっこだな。

 

 じゃあ、8数えたら追いかけるぞ」

 そう言って、おれは片目を瞑る。

 

 「8!」

 そうして8数え、周囲を見回すと…… 

 居た。木の上か。

 

 にしても、天狼って怖いな。生後一ヶ月経たないのに、当たり前のように木を登るなんて。

 

 「……これじゃあかくれんぼだな」

 ぽん、と葉の間で丸くなっている仔狼の背を撫でつつ、まあいいかと呟いて。

 

 「あぐっ!?」

 バチリと迸る青い電流に、体が強張る。無理に引っ掛けていただけの添え木が木から外れ、おれは左手だけで木にぶら下がり……

 『キュウ?』

 心配そうにその手指を舐める仔狼を安心させようと、手に力を込めて、木の上に体を持ち上げようとして……

 

 不意に、手の力が抜ける。


 「……っ」

 外れた掌。其処に走るは桜光。

 

 不思議そうにおれを見下ろすのは、少し盛り上がっていた額が裂け、血と共に蒼い小さな一角を見せる仔狼。

 ……天狼としての目覚めが起きたのだろう。

 そんなことを思いつつ、おれの体は……

 

 「おあぐっ!?」

 当然、土の地面に叩きつけられた。

 

 『ルゥ!?』 

 慌てて飛び降りて駆け寄ってくる仔狼。

 多分、登るおれを手助けしようと身体強化の桜雷を無意識的におれに使った結果、忌み子の呪いで逆に握力が下がって落ちた……ってことを、無邪気な狼は理解できなかったからこんな驚いているんだろう。

 

 慌てておれに駆け寄り、もう一度桜雷を……

 「めっ、だ。ごめんなアウィル。効かないから、めっ、だ」

 

 お前は悪くないんだけどな、と。

 おれは立ち上がり、白い仔狼の額の血を拭って抱き上げながら、そう言った。

 

 「今日は帰ろうか」

 『キャウッ!』

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