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異伝・妹面幼馴染と未知なるシドウ②(三人称風)

ドーンと、大きな爆音が耳と体を揺らす。

 ぱっと、目に飛び込んでくる鮮やかな色とりどりの光の華。

 

 金星始水は、流石に混雑が過ぎて危険だからと人に紛れて見たことが無い祭の花火を、映画館のスクリーンで少しの感動と共に見上げ……

 

 それと同時、幼馴染である少年が、何故左側の席を熱望したのかを知る。

 きつく結ばれた唇、痛いほどに握られた拳、つぅと顎を伝う一条の血。

 そして、凍りついた表情。

 

 おおよそ、青春を描いた恋愛映画の序盤、ヒロインとヒーローの恋の契機となる花火大会のシーンを見てするとは思えない強張った表情を、スクリーンの花火に淡く照らされた少年はしていた。

 

 虚ろな眼をした少年の唇が、小さく動く。

 その言葉は、映画を存分に楽しむために響く大きな音に弱い左耳の補聴器を外した今の始水には到底聞き取れる音量ではなくて。

 けれども、何度も見てきた動きに少女はその呟きを理解する。

 

 ましろ、と。

 

 同時、少年が花火を嫌いだと言っていた理由を理解する。

 ハイジャックからの、墜落。暗所での大音量の身を震わせる爆発音。それは、この少年獅童三千矢にとって、辛い記憶を呼び覚ますものなのだと。

 

 「……兄さん」

 その声にはっと気が付いたのか、白髪交じりの少年は左袖で流れる血を拭き取る。

 そんな少年の手に、始水は財布から取り出したお札を握らせた。

 

 「すみません、兄さん。予想より塩味が辛くて、早々と飲みきってしまったんです。

 兄さんの分やお釣りはお駄賃で良いので、次の飲み物を買ってきて貰えませんか?」

 その言葉に、こくこくと少年は頷いて。

 

 「ごめん、ありがとう始水」

 逃げるように、少年は映画の席を立った。

 

 少年が居なくなったところで、少女は後ろの席で見守る自身のボディーガードへと、席のホルダーに入れていたアイスティーを手渡す。

 「始水お嬢様」

 「すみません。兄さんが帰ってきた時に残っていたら可笑しいので、飲んでください」

 「良いのですか?」

 「そこまで美味しいものでもないですしね」

 

 本当は、このアイスティー1本で映画中は十分過ぎるほど。その事実を誤魔化すために、少女は後ろの男の飲みきったカップと交換し、兄と勝手にとある理由から呼ぶ少年が帰ってくるのを、映画を見ながら待った。

 

 映画は、甘酸っぱいすれ違いの話に進んでいって。けれども、あまり始水の頭の中には入ってこなかった。

 

 少年が戻ってきたのは、たっぷり20分は後の事。

 「……はい」

 手渡されるのは、アイスティーではなく、こういうときの定番であるメロンソーダ。

 手の甲に増えている引っ掻き傷、巻き直された濡れた包帯にも赤い色が滲んでいて。

 

 「これ、メロン入ってないんですよね、兄さん」

 少年の気を逸らすように、少女は微笑んでそんな分かりきったことを口にする。

 「……ごめん」

 「いえ、家でのものと比べてしまう紅茶より、家では飲まないこういったものを選ぶべきだって、ちょっと後悔してましたから」

 一緒に手渡されるのは、5枚の紙幣と幾らかの硬貨。数えていないが、間違いなく全額あるだろう。

 

 「律儀ですね。お駄賃で良いと言ったのに」

 「……おれが気にしちゃうから」

 それだけ言って、少年は座り、映画を邪魔しないように黙り込んだ。

 

 「……それで、どうでした、映画?」

 もう明るくなったスクリーン。多くの人々がわいわいと帰り支度をする中、始水は取っていた補聴器を左耳に嵌めつつ、横で映画を見ていた……というか眺めていた少年に問い掛けた。

 

 終始遠慮がちに少年が取っていたポップコーンは少し余っていたが、その手が止まらない時点で答えは分かりきっていて。

 それでも、色素の薄い髪を揺らして少年の瞳を覗き込んで、始水は問い掛ける。

 

 「頑張って見たんだけど、恋愛ってやっぱり難しいなーって」

 それは、映画の感想にも、映画を見る事への感想にも聞こえて、小さく始水は笑う。


 「ふふっ。兄さんは、恋愛もの苦手ですもんね」

 「ごめん、言い合えるくらいの気の利いた感想、俺には出せなくて」

 「兄さん、乙女ゲームは良くやってるのに、恋愛分からないってどうなんですか?」

 と、悪戯っぽく金星の少女は上目遣いで問う。あの花火の事に触れないように。

 

 「……あれも、良く分からないところは分からなくて。

 とりあえず、誰かの為に頑張れる主人公の女の子は素敵だなって思うんだけど」

 「実際に居たら、付き合いたいとか思わないんですか?」

 「……無理だよ。俺じゃあ、駄目だって思う」

 

 「兄さんは兄さんですから、そうでもないと、私は思いますけどね」

 「……始水?」

 「いえ、乙女ゲームヒロインに兄さんの心を奪われるのも……少し癪なので、それで良いです」

 

 息を吐いて、少女は続ける。

 「兄さん。そんな恋愛初心者から見て、今回のお話はどうでした?」

 「……人を好きになるのって、そんな難しい話なんだなーって。

 三角関係?とか」

 帰ってきた頃にやっていた部分を使って、少年は語れる部分だけ語る。

 

 「始水は?」

 「私ですか?そうですね……」

 

 一息吐いて、少女はぼやいた。

 「評判そこそこ良かったんですけど、やっぱり原作読んでから見るか決めるべきでしたね」

 と。

 

 そんな言葉に、少年は初めて笑顔を見せた。

 「つまらなかったんだ」

 「ええ。恋愛系でも、主役の女性がふらふらするのは私はあんまり好きじゃなくて。

 三角関係にあんなに時間使うなら、別の作品の方が良かったと思います」

 「……そうなんだ」


 「私は、これでも一途でありたいって思ってますからね。フラフラするのは、あんまり好きじゃないんです」

 

 と、後ろのボディーガードの男が、ストローから口を離して一つ咳払いした。

 「っ、そろそろ出ないと」

 「……ええ、そうですね」

 

 そうして、何時ものように左を歩き、耳の不自由な側を守ろうとする少年を連れて、始水が訪れたのは高級なレストラン……等ではなく、あまり人の来ない小さな店。

 

 「始水?こんな店で良いの?」

 「高い店だと、兄さんが気後れしますから。

 それに、そういった店に入るのにはそれなりの服とかありますし、映画の話で盛り上がる場所として不適です」

 その言葉に一つ頭を下げる少年と共に店内に入り、メニューを渡す。

 

 「つまらない映画に付き合わせてしまったので、何でも良いですよ?」

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