表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

163/688

謝罪、或いは受け継ぐ力

「どこまでも着いてくるのですね、ノア姫」

 夜中の王都の大通りを愛馬と共に歩くなか、おれはそう横を歩く少女に問い掛けた。

 

 オルフェは置いてきた。行きたがっていて可哀想だったが、はっきり言ってこの先の旅には着いてこれそうにない。


 だってあいつ、2週間後に一大レース控えてるんだぞ?

 連れていったら大顰蹙だ。只でさえ期待を背負っていた名馬アミュグダレーオークスの冠を奪った~って言われてるのに、オルフェゴールドまで潰したらおれが社会的に死ぬ。


 いや、アミュの足は治った。流石は魔法。まだ添え木したままのおれと違って、肉体的には完治した。

 

 だが、それでも愛馬の歩みはどこかぎこちない。

 もう何も問題ないとしても、心が突然治った体と齟齬を起こして歩みのリズムを狂わせている。

 こんな状況で、全力疾走のレースなんてしたら転倒必至。出場は辞退せざるを得ない。

 結果、おれが連れ出したから3番人気のあの馬の経歴に欠場の汚点がとボロクソ言われるわけだな。事実だけに言い返しようもない。

 

 「ええ。アナタの言葉をそのまま実行してあげてるのよ」

 『ヴァウッ!』

 と、おれの頭の上で、小さな狼が吠えて返した。

 アウィルである。ある意味母を死なせたのがおれだと分かっていないのか、それとも返すために持ち歩いている母の角のせいか、この仔はおれにベッタリだ。いや、真面目に良いんだろうか?

 

 原作ラインハルト等を見るに、かなり早くに分別が付くようになると思うんだが……。その時に殺されないか、おれ?

 

 まあ、それはその時だ。包み隠さず話して、罰でもなんでも受けるさ。

 今は、せめてアナ達と共に、母のいないこの仔達に、孤独を与えないようにする。

 って、それらが良いのかって話も、これからつけに行くんだが。

 

 「ところで、何処へ向かうのかしら?」

 「いや知らなかったのかよ!?」

 思わずおれは突っ込む。

 頭の上でアウィルもびしり!と右前足を出していた。

 ところでなアウィル。まだ切り裂かれたところが治りきってない首が痛いんで、あまり長時間おれの頭の上に居るのは止めてくれないか。

 

 「天空山だよ」

 「そう。じゃあ、ワタシが行くわけにはいかないわね」

 案外あっさりと、ノア姫は引き下がる。


 「そういうものなのか?」

 「ええ。あくまでも森長はあの子。だから儀式もあの子に任せて、ワタシはやらなかった。

 そうでなければ、いくらちょっぴり癪とはいえ恩人との約束でも、復興を放り出してまで協力なんてしないわよ」

 肩を竦め、その長いサラサラの髪を揺らして少女エルフは呟く。

 その所作と共に、比喩でなく光が揺れた。

 

 ……出戻りして初等部塔にノア姫を案内し、アルヴィナの存在記憶が消えてアナ一人の場所という事になっていた部屋に通す。

 二人部屋に文句を言われたが、更に部屋掃除させて別の部屋を開く余裕がないから許して欲しい。

 

 なんたって、アイリスなんてまだ目覚めていないんだからな。竪神と共に無理をして、以降ずっと眠ったままらしい。

 それで、色々と慌ただしいのだ。一応プリシラ達にも許可を出して来てもらってはいるんだが、ラインハルトと遊んでやる事も必要だし、これ以上はアナへの負担が大きすぎる。

 一応おれの奴隷なコボルドのあの人は……孤児院で我が子と共に皆の面倒を見てくれているんで余裕は向こうにもないし協力を要求できない。

 兄として側にいるべきおれには、先に謝る相手がいるしな。帰ったら一緒に居てやろう。

 

 そうして、改めて愛馬と仔天狼と共に、天空山を目指して駆けようとした朝焼け。


 「母さん、ほら……」

 「すまないねぇ……」

 こんな声が聞こえてきて、ふとおれは遠目でそれを見る。片目だとピントをうまく合わせられなくて、少し近づくことにはなったが……

 

 そこに居たのは、名前も結局知らない少年と、眼鏡を掛けているその母親。

 

 ……ああ、母さんを大切にな。

 

 それだけを心の中で呟き、アミュの首を叩いて進路を出会わないように変えようとした。

 

 ふと、最後に振り返ったおれの眼が、あってはいけない気がするものを見付ける。

 それは、少年の腕に嵌まった(くろがね)の時計。ユーゴのものに近い気がする、装飾の豪華な……ベゼルが回転して展開しそうな、2本針のニホン式時計。

 

 一瞬だけ、不意を打つか迷う。

 今なら、使わせずに倒せるかもしれない。AGXを持つ3人目の相手を。

 

 だが、おれはその思考を切る。

 少年は、眼が悪い母親の手を子供らしく、けれど優しく引いて、街を歩いていたから。

 

 父への伝言として3人目が居ること、現状素行に奇行は見られないこと、あまり干渉したくないことを手紙として残して王都の門番に託して、

 「行こう、アミュ、アウィル」

 肩にしがみつく白狼を抱えて、おれは愛馬の首を叩いた。

 

 彼は、母と居て幸せなんだろうか。

 幸せなら、良い。そりゃそうだ。

 真性異言(ゼノグラシア)だから危険だ、敵だというならば。おれはまずエッケハルトと桃色のリリーナと自分の首を斬り落とさなければならない。

 

 だから、おれは手を出さない。少年が……今で幸せであることを祈る。他の使い手等のように、自分の幸せを求めて、あの力を使うことがないように。

 そんなもの無くても、幸せは得られるだろうから。

 

 って、チート頼みのおれが言っても、あまり意味はないけれど。

 家族を殺した『おれ』にも、今、家族が居るように。彼にもそういった優しさがあるように。少しだけ祈る。

 ……何時か彼と戦う日が来たら。おれはこの選択肢を後悔するだろう。でも、今は……これで良いんだ。

 

 そうして、全速を出せないが、それでも走りたがる愛馬に乗って2日。おれは……天狼の故郷に辿り着いていた。

 途中、アウィルは様々な初めてのものにキョロキョロしていて。

 けれども、まだまだ上半身の一部を覆う甲殻の発達していない身を震わせて、天空山に近づくにつれて気を張っていく。

 

 やはりというか何というか、まだまだ甲殻と角が発達していない現状の仔天狼にとって、雷の魔力が強く、神の近くである故郷は……逆に過ごしづらいのだろうか。

 だから、あの母狼は一人というか一頭で山を降りた。我が子を良い環境で育てる為に。というのが真相だろうか。

 

 ならば、原作の天狼事件が何かというのも、大体想像が付く。恐らくだが、子育てに降りてきた天狼の姿を見て襲われると勘違いして、人々が大騒ぎという事件なんだろうな。

 それを子育てだと理解し伝えて解決したのが、隠し主人公たるもう一人の聖女。そこでラインハルトとなる仔狼の誕生に立ち会い……

 そして、って感じだろう。

 

 原作的に、なら何でおれ……いや分けて考えよう。ゼノが救済枠なんだろうなこれ。

 どう見ても、縁深いのはラインハルトなんだが。寧ろそこで角持ってるおれって悪役じゃないか?

 

 ……いや、もう一人の聖女もまだまだ子供の頃の出来事とはいえ、自分が名付けたし時におかあさん?と間違えてくる相手との恋愛は少し気が引けるのだろうか。

 言ってしまえば、おれが成長して特例として人の姿を取れるようになったアウィルと恋愛するような。

 いや犯罪だなこれ。母を死なせ娘を好き勝手育てて……悪どいヒカルゲンジしてる。

 

 そんな余計なことも悩みつつ、ならアウィルを連れていくのは……と思い、だとしてもべったりの仔狼を置いていくのも悪くて。愛馬を止めていると……

 不意に、空が曇る。

 

 そして、桜の雷と共に、山の麓にまで向こうから父たる狼が掛け降りてきてくれた。

 慌てて馬上から降り、添え木故に着地に失敗して二歩ステップしてバランス。アウィルを地面に下ろし、礼を取る。

 

 いくらおれでも、馬上のままという失礼はしない。

 そうして、おれは……父に駆け寄るアウィルを見つつ、人語を理解する賢い狼へと言葉を切り出した。

 

 「……これが、全てです。

 申し訳ありませんでした」

 包み隠さず話したおれの言葉に、『ロウ』とだけ。桜の雷を纏い続けた狼は吠えて返す。

 

 「この角を、貴方の妻の遺品を。此方で勝手に葬り、これしか返せませんが……お返しします」

 そしておれは、大事に布で包んでおいた、青い色を取り戻した角を、ゆっくりと差し出して。

 

 静かな蒼い瞳がおれを見据えたかと思うと、布ごと角を咥える。

 一声鳴くや、父である狼にじゃれついていたアウィルが、はっとしたようにおれの方へと戻ってくる。

 やはりというか、暫く預けてくれる……というより、千雷の剣座にあまり近づけてはいけないのだろう。


 「……暫く、預かります。必ず、彼女等がしっかりと成長した時、貴方にお返ししますから」

 『キャウッ!』

 『ルォォォォオッ!』

 父娘間で、一つ鳴き声を交わし、最後に一度、父は娘の額、角が生えてくるだろう場所を舐めてやって。

 雷鳴と共に、狼はその姿を消した。

 

 と同時、白い愛馬が嘶く。

 「……アミュ」

 見ると、持ってきた荷物が無くなっている。


 中身は、捧げ物として持ってきた果物や、様々。元々置いていこうとは思っていたもので、だとしても露骨に渡そうとすれば、金というか現物で何とか示談しようとする嫌味にも思えて、持ってきたは良いもののどうやって渡すか悩んでいた。

 が、意図を汲んでおれが何か言わずとも勝手に持っていってくれたらしい。

 

 遠くなっていく雷の音に、おれはもう一度頭を下げた。

 

 「……ごめんな、アミュ」

 なんて謝りつつ、そろそろ夜なので帰るのは明日だと泊まる。

 天空山の麓には、小屋もある。この辺りには、修業で訪れる人もまあそこそこ居るからな。

 金を払って泊めて貰い、遊び疲れるまで構って構ってとじゃれてくるアウィルと遊んでやって。

 

 翌朝……

 おれの胸の上で丸くなる仔狼を起こさないように抱き上げて、

 ぽろり、と。仔狼の上から、何かが落ちた。

 

 バチッ!と。衝撃で稲妻が迸る。

 『キャウッ!?』

 その音で、びくりと仔狼が目覚め、反射的におれの手首を噛む。が、それ以上に……衝撃的なものが、其所にあった。

 

 雷を湛えた輝く蒼き一角。おれが昨日返したはずの、母天狼の角。


 誰がこんなことを、なんて言うつもりはない。角は、流麗な狼の毛にこれも使えとばかりに包まれている。

 

 あの狼が、おれに託してくれたのだ。妻の力の源たる角を。ともすれば、おれへ怒りを向けても可笑しくない状況だというのに。

 

 「……ここまで、おれに……力を、貸してくれるのか」

 流石に角に意志はないだろう。けれど、返事をするかのように、静電気は走る。

 ちょっと痺れるが、それが何処か心地良い。

 

 「……有り難う。

 その想い、無駄にはしない。おれと共に、戦ってくれ」

 頬に無意識に流れる水滴を、不思議そうに仔狼が舐めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ