銀髪聖女と皇子への怒り(side:アナスタシア)
「……それで。
アナタ、あの灰かぶりの皇子に対して不満はないのかしら?」
それなりに優しげな表情で、わたしの10倍は生きているらしいエルフのお姫様は、わたしが淹れたお茶を一口啜って、そう尋ねる。
「……?」
その際の少しだけ遠い目が、皇子さまみたいで、ちょっとだけわたしは笑ってしまう。
「何よ」
「お茶、どこか可笑しかったですか?」
「いいえ。単純に、昔あの皇子に人間の淹れたものなんて、って掛けたことを思い出して、あの辺りを怒らない彼にイライラしただけよ」
言って、ノアさんはカップをしっかり置く。
「案外悪くないわね、この人間の茶も」
あれは、アイリスちゃんが揃えているお茶の中では一番高い葉っぱなんだけど、これは……誉められてるのか貶されてるのかどっちなのかな?
「……心配すること無いわよ。ワタシは人間なんかとは違う天に選ばれた種だけれども」
ぴくりと、その長い耳が動くのが……
あれ?誰の事を言おうとしたんだっけ?えっと、いつも帽子で耳を隠した……孤児院のヒャルトくんだっけ?
どことなく、誰かを思わせてわたしは少しだけ、とっつきにくいように感じていた女の子に親近感を持つ。
「アナタは特例。あの流水の腕輪を使える、天にある程度認められた特別な女の子。ワタシ程でなくても、天に愛された子。
それを、他の人間のように蔑ろにはしないわよ。それこそ、誰であっても護って当然の相手に矮小化する灰かぶりの皇子とは違ってね」
くすり、とエルフのお姫様はわたしに笑い、話を聞くために座り直す。
「それで?不満点とか無いのかしら?」
「……あります」
「あら、例えば?」
少しだけ迷ってから、わたしは心の中を吐露する。
「皇子さま、最近冷たいんです」
「冷たいとは?あの男は常に冷酷でしょう?一見熱そうに見えて、その実誰にも心を開かず触れれば傷つく氷のような性格よ」
「そうじゃなくて、最近の皇子さま、わたしがエッケハルトさんと……」
といったところで、はっと気が付く。
「すみません、分かんないですよね。
エッケハルトさんっていうのは」
「アナタ達を出迎えた中の……夕焼け色、焔髪の彼の事かしら」
その言葉に、わたしは頷く。
「はい。その人です。
その人とわたしが揃うと、最近の皇子さま、用事が出来たって言ってすぐに居なくなっちゃうんです」
「……後は若い二人にって奴ね。ワタシもされたことがあるわ」
迷惑よね、アレといわんばかりに、少女は肩を竦めた。
「此方にはその気なんて欠片もないと、本当にありがた迷惑も良いところ。
自分もされてみたら、その事が分かるでしょうに」
「ええ、そうですよ!」
うんうんとわたしは頷く。
「確かに、前ほどは嫌いじゃなくなりましたし、なんとなく好かれてるのも分かるんですけど、わたしはエッケハルトさんの事を好きじゃないです。
わたしが好きなのは皇子さまなんです!なのに、二人っきりにされてもやなんですけど……」
言っていると、皇子さまへの不満は止まらない。
「そう、それがもっとやです!
皇子さま、わたしが……わたしだけじゃなくて、孤児院の皆やアイリスちゃんに……多分アステールちゃんもなんですけど。
誰かが結婚や婚約するってなったら、心から喜んで祝福してくれそうなんです」
「間違いないわね。アレならやるわ」
「そうなんです。わたしたちだときっと結納金とかぜーんぶ用意して、心から『良かったな』って送り出してくれそうなんです。
例えばエッケハルトさん相手とか……それが、とってもやです」
くすくすと、少女は笑う。その淡い金の髪が揺れる。
「ええ、ええ、そうね。
釣った魚を手離そうとするなんて、何様のつもりなのかしらね。
最後まで面倒見る気も無いのに、気ばっかり引かせて」
「そうです!ちょっとくらい嫉妬とか、独占欲とか、わたしに向けて欲しいです!」
「いえ、ワタシはそれは遠慮しておくわ。執着され過ぎても気持ち悪いものね」
言いつつ、皇子さまが好きな……って訳じゃなく、わたしが好きな揚げ菓子を一口つまみ、ノアさんは目を丸くする。
「へぇ。油で揚げてあるのね。
食べ過ぎると困りそうね」
「でも、美味しいですし」
「そうね。エルフは自然の味を重視するけれど、たまには良いわね」
「はいです。欲しい時はわたしに言ってくれたら、頑張って作りますよ」
「……食べ過ぎないように、祝いの席だけにするわ」
「祝いの席と言えば、他にも皇子さまへ言いたいこと、ありました!」
「ええ、好きなだけ吐きなさい」
ノアさんに言われ、わたしは皇子さまには言えない不満を顕にする。
「皇子さま、誕生日を言ってくれないんです!」
「……ああ、人間は自分の産まれた日を祝って貰うのだったわね」
「エルフはちがうんですか?」
「何回毎年同じことを祝う気よ。エルフが祝うのは30までよ。30までは神の子だもの」
「人は5歳になるまでは神様の子って言われてるです」
だから5歳になると覚醒の儀を受けるですと、わたしは知識を受け売りする。
「ええ。時間感覚が違うものね。
それで?もう5歳を越えたから祝わないだけじゃないのかしら?」
「違いますよぅ」
言いつつ、わたしは胸元のブローチを外す。
氷のような、透き通った綺麗な宝石のブローチ。皇子さまがくれた、プレゼント。
「皇子さま、わたしたちの誕生日には必ずちゃんとプレゼントくれるし、祝ってくれるんです。
なのに、自分は頑なに祝われるようなものじゃないって、誕生日教えてくれなくて。それで孤児院のみんなが御馳走が減るって言うから教えてくれたと思ったんですけど、毎年月すら違うんです。
エーリカちゃんが来て、この月の祝いが増えたからって言って別の月にしたり……」
それに、ってわたしは拳をちっちゃく握って強調する。
「皇子さま、自分はギリッギリこえてまでお金を使うのに、わたしにはおれの為に使う無駄金があったら未来の為に貯めておくべきだって言うんです!」
「……あまり、金を使いそうには見えないけど?」
不思議そうなノアさんに、わたしはそんなこと無いです!と叫ぶ。
「お母さんが病気だって聞いたら治療魔法とかおくすりとか買ってプレゼントしますし、そうやっていっつもお金無いんです」
「……ああ、そうね。その通りだわ。アレはそういう人。
ありがた迷惑よね、アレ」
まあ、ワタシはそれに救われた側だから、あまり批判は出来ないけれどって、わたしみたいなことをノアさんは呟いて。
「皇子さまはわたし達の為に気にせずお金を使うのに、わたしは皇子さまの為にも、わたし自身の為にもあんまりお金を使わない方がいいって、おかしいですよ本当に」
「不満ばっかりね。そんなのが、本当に好きなの?」
その言葉に、わたしは当たり前です!と返した。
この話辺りから更新頻度は下がります
ほぼ毎日投稿はしますが、これまでのような日数回はあまり無くなります
ハーメルン投稿ストックがほぼ尽きてしまったので……




