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ノア、或いは約束

「……87人」

 そろそろエルフの里を旅立とうという時、ふとノア姫がそんな言葉を呟く。

 

 「何か分かるかしら、灰かぶりの皇子(サンドリヨン)

 綺麗な瞳がおれを見据える。


 おれの15倍くらいは生きていて、けれどもエルフの生態的にはまだ子供。

 男女差か、或いは肉は家族が獲ってきたもの以外は目上か同等の相手からの歓待でしか口にしないという自給自足で自然との関わりを重視する風習故か、おれよりも少し背が低い高貴な少女は、見上げるようにおれを睨む。

 

 「おれが護れなかった相手の数」

 「逆よ」

 「そう、か」

 何だかんだ人間への隔意は根強い。

 慰霊碑自体へは反対は無かったようだが、完成したというのに、立ち会いはウィズとノア姫、あとはウィズの友達だというペコラのみ。

 父の友人だというサルース氏は、自分は咎の者だから人の居ない夜に一人で(まい)るのだと、別れの挨拶の際に言っていた。

 

 だから、どれくらいのエルフが残ったのか、おれは正確には知らなかった。

 アナがとても沈んだ顔をしていて、何も声を掛けられなかったから、結構な数が死んだとは分かっていたが……

 

 「何もないの」

 「……救えなかったのが、全体の2/3、か……」

 奥歯を噛んで、その事実を理解する。


 半数ほど、アナがあの腕輪で治療したし、更に彼等真性異言(ゼノグラシア)が消えた後に残った魔力を使いきったのに計算が合わないのでは?となるが、これで正しい。

 

 半数治したのは良いが、直後にシャーフヴォルがATLUSと共に襲撃してきた訳だ。あの|全長1.5km超という《超重剛断》アホかという巨大剣(ブラストパニッシャー)やブリューナク?こそ使われていなかったが、15mはある空飛んでビーム撃って重力操作までやってくる巨大兵器が、半数の……家族を含む者が呪いで倒れたままの街で天狼やシロノワール(魔神王の化身)と戦いながら暴れまわったのだ。

 被害は言うまでもない。というか、周囲を見回すだけで、建物の損壊はひどい。ほぼ傷がない建物なんてひとつもない。全損している家も1/3くらいある。

 

 そんな戦いに巻き込まれて。家族はまだ家で呪いに蝕まれ倒れていて、とっさに逃げられるのかと言われると困るだろう。

 例えば、大好きな人を見捨てて逃げられるか?

 そう考えると、シャーフヴォルにエルフを皆殺しにする程の意図が無かったとしても、1/3も残った方が奇跡だ。

 

 逆に言えば、おれは一つの集落の2/3に当たる莫大な人命(エルフ命?)を救えなかったことになる。見捨てたことになる。


 「すまなかった。

 恩着せがましく助けにきたと言っておいて、このザマだ」

 もっと強ければ。或いは、此処に来たのがおれでなく父ならば。

 轟火の剣を好きに振るえる持ち主ならば。

 

 ATLUSと正面から戦い、勝てる存在なら。

 結果は違ったろう。アルヴィナも居なくならず、星壊紋の治療も、アナとアルヴィナに協力して貰えば天狼含めて全員治せて。

 完璧な勝利が掴めた筈だ。


 ……彼等を殺すという最低な手段を取る罪以外は。

 

 ……強く在らねば皇族に非ず。ならば今のおれは、皇子だろうか。そう名乗れるような存在だろうか。


 そんなはずはない。だからおれは、強くならなきゃいけない。

 

 「ええ、そうね。半数以上が命を落としたわ。

 アナタ達が来て、ね」

 「すまなかった」

 おれが、強ければ。

 他に欠けていたピースはない。おれさえ皇族の理念の体現として強く在れば、こんな事態にはならなかっ……

 

 パァン、と軽い音がして、おれの足元のアウィルがびくりと身を震わせた。


 頬に軽い衝撃。けれど、ステータス差かロクに痛みはなくて。逆に痛そうに、頬を張ったはずの手をエルフの姫は抑えていた。

 

 「ワタシ達をあまり侮辱しないでくれるかしら?

 一つ聞くわ、灰かぶりの皇子サマ(サンドリヨン)。アナタは、この度の事件を経て、高貴なるエルフに何を求めるつもりだったのか、教えてくれる?

 人間など比べ物にならない高貴なワタシ?それとも、エルフ全体の支配権?

 ああ、マジン相手に戦ってくれ、とあの時言っていた……ので合ってるかしら?当時は覚える気も無くて、発音からの推察ではあるけれど」

 その言葉に、おれは頷く。

 

 「では、マジン相手に先鋒でもすれば良いのかしら?」

 「……何も」

 好戦的にかおれを見る少女に、おれはそう返す。

 

 ……頼勇、流石にどうかと思う的な視線は止めてくれ。

 

 「これだけの被害を受けたんだ。これ以上何かしてくれなんて言う気はない」

 「情けかしら?ふざけているわね」

 「皇子さま、(なん)にも要求されないってつらいことなんですよ?」

 アナすらも、おれの敵に回る。


 味方は……何も知らない無邪気な仔天狼アウィルだけだった。

 

 「要求はない?

 アナタ、七大天か物語の中の英雄にでもなったつもりかしら?」

 「違う。皇子のつもりだよ、ノア姫」

 

 七大天により力を与えられたのが皇族。故に民を護ることで成り立つ。そういう皇権神授説なのが帝国だ。

 「……皇族は、民を護って当然。要求もなにも、それが義務だ。

 義務を果たして対価を要求するようなのは可笑しい。何のための皇権だ」

 

 そんなおれを、見上げながらエルフの姫は笑い飛ばす。

 「馬鹿馬鹿しい。その主張も可笑しいけれども、それをワタシ相手に言うなんて、流石は人間ね。思慮が足りていない」

 おれは答えない。


 「エルフを自然に国民として、下に見ないで貰えるかしら?

 ワタシ達はエルフ。七大天、天照らす女神アーマテライア=シャスディテアの眷属。下等な人間ごときの建国した国の民に堕落したつもりなんてさらさら無いの。

 だというのに、国民を護るのが義務?

 ふざけないで欲しいわね。これは狂ったアナタの価値観で当然の義務とは違う、国家間の話よ」

 

 と言われても、目の前の誰かを護るくらいしかおれに出来る事なんて無くて、それをしなければもっと生きるべき他の誰でもなくおれが生き残った価値もなくて。

 誰でも良い中から、運良く七大天に目をかけられた事にも応えられない。

 

 そう思ったところで、ふと思い出す。


 アホかおれは。


 「竪神、アナ。

 ……何かエルフに求めることはある?」

 そう。おれは、当然彼等を助けなければ居る意味の無い奴で。でも、他の皆は違う。

 なら、皆はエルフを助ける事に対価を求めて良い筈だ。

 何を忘れてたんだ、あくまでも、助けて当然なのはおれ一人。おれを助けてくれた皆は、そんな義務は無いんだから、おれの価値観を押し付けてはいけなかったのに。

 ノア姫に言われ、アナにもそれとなく注意されなかったら完全に忘れるところだった。

 

 「……反省はそこなのかしら?本当に、ふざけた皇子ね」

 「わたしは、皇子さまに権利あげます。

 わたし、あんまりいいこと思い付かないですし。寧ろ皇子さまに色々言いたいですから」

 と、アナは権利を放棄。


 そして、竪神は……

 

 「エルフ達に伝わる特殊な金属などがあれば、それを見せて貰いたい。

 私とライ-オウは、皇子や殿下と共にもっと先へ行かなければならない。その為に使えそうならば、装甲やフレーム補強、内部の導線等に使う分だけで良いから譲って欲しい」

 その言葉に、おれは良いのか?と彼を見る。

 

 それは、これからもおれ達と共に戦うような意味を含む言葉で。


 「皇子。ここ一年見てきて答えは決まった。

 私とL.I.O.Hの力は、君達に必要だ。これからも、共に戦って欲しい」

 「それは此方の言葉だ、竪神」

 突き出された左手におれの左手を合わせ、おれはそう言った。

 

 「……ええ。エルフの秘伝は明かせないから、精錬技術は秘匿させて貰うけれど、頼まれた形にした現物ならば渡すわ。それで良いかしら?」

 「当然それで構わない」

 頼勇の言葉になら手配しておくわとノア姫は一つ頷いて、おれへと向き直る。

 

 「……それで?アナタは何かあるの?」

 「無いよ。あえて言うなら、君達を少しでも助けられて良かった」

 「……まだ言うのかしら?」

 「……それが、おれの思うことだから。

 それでも、もしも、それじゃあ納得できないって言うなら」

 

 少しだけ悩む。

 いや、本気でノア姫に頼みたい事って何もないんだよな。

 何で助けたと言われても、被害者を助けない理由なんて何処にも無いのが普通だ。

 おれは、おれが助かりたいだけの偽善者だから。


 「ああ、家族は国民みたいなもの、そう言いたいのかしら。

 回りくどいこと」

 

 ……いや、家族ではないと思うが。


 「……あはは」

 と、アナが苦笑いしているのが、どこか気になった。

 

 「……皆に戦ってくれとは言いません。

 ですが、大事が帝国で起こった時。ウィズ……」

 ノア姫の目が鋭くなる。

 末を護ろうとしているのだろうか、と当たりをつけて……

 

 「か、サルース氏」

 更に鋭くなった。完全に親の仇か何かのように睨まれている。

 「それかノア姫、貴女自身。その誰か一人に手を貸していただきたい」

 だからおれは、そう答えた。

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